第19話 愛しはしない

 すっかり周囲は暗くなり、ユーリはパチパチと燃える焚火を見据えていた。

 リンスレットはユーリが狩ってきた魔物の肉を食べると、それほど時間もかからずに横になって、眠りについた。

 やはり、まだ吸血鬼には『成りたて』だからかもしれない。


「この子が《正騎士》ね……」


 ユーリは改めて、その事実に小さくため息を吐く。正騎士は――かつてユーリが目指した場所であり、生半可な実力ではなることはできない。

 リンスレットもまた、ユーリの知らない努力を続けてきたのだろう。

 それは理解しているのだが、あまりにも彼女は無防備すぎる。

 今だって、ユーリが殺そうと思えばいつでも殺せる……それくらい、リンスレットは隙だらけなのだ。

 あるいは――正騎士の実力を持つ相手でも隙だらけに見えるほど、ユーリが人間離れしてしまったということだろうか。


「……まあ、そんなことはどうだっていいわね」


 むしろ、人間離れしたというのであれば……それで構わない。

 ユーリはすでに、吸血鬼として生きることを決めたのだ。吸血鬼でありながら、ユーリは同胞であるはずの吸血鬼を殺し続ける。

 それこそ、『同胞殺し』と蔑まされることになるだろう――だが、一向に構わないことだ。

 何故なら、ユーリは吸血鬼のことを仲間だとは思っていないから。否、誰一人として『仲間』だとは思ったことはない。

 吸血鬼になった時から、ユーリはずっと孤独で……それでも一つの『目的』を持って生きてきた。

 ――それは、『英雄』になること。

 ユーリが吸血鬼として力をつけた唯一の意味であり、だからユーリは狩り続ける。

 本来は騎士であった頃にすべきだった『悪』を殺すことを。

 すでに自分が、『悪』の側にいることだって理解していても、なおユーリはその道を進むことを決意した。


「ん……」


 リンスレットが、小さく声を漏らしながら寝返りを打つ。

 見れば、少し呼吸が荒い――疲れが溜まっているだけでなく、ユーリからの血液を必要としているのだろう。

 放っておけば、リンスレットは吸血鬼になることは出来ず……衰弱していくことになるだろう。

 少し苦しんでいるようにも見えるリンスレットの姿は、かつての『自分』とどこか重なるところがあった。


 ――とても可愛いわ、ユーリ。可愛くて可愛くて可愛くて、今すぐ血を吸い尽くしてしまいたいくらいには……でも、貴女のことはもっと、愛してあげないとね?


「……っ」


 脳裏に過ぎるのは、かつてユーリを吸血鬼にした張本人――エウリアの言葉。

 あの時の彼女との生活は、明らかに『異常』だった。

 だが、確かにエウリアからは……言葉通りに『愛』も感じられた。

 それが理解できてしまうのは、やはりユーリ自身が異質な存在へと変わってしまったからかもしれない。


「……でも、悪いわね。私はあなたを愛することはないわ」


 ピッと指先を切ると、眠るリンスレットの口元に、自らの鮮血を滴らせる。

 眠っているはずなのに、リンスレットはそれに気付いたように口元についた血を舐め取っていく――餌を求める、雛鳥のように。


「……」


 ユーリはただ、そんなリンスレットの姿を静かに見つめていた。

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