第20話 『ランベルカ』の町
翌日――『ランベルカ』の町にユーリはリンスレットと共に辿り着いていた。
王都はすぐそこだったが、リンスレットが野営でまた服を汚したため、新しい服を新調する羽目になった。
一先ずはユーリが洋服店で適当に見繕ったものを、町の外で待っていたリンスレットに渡した。その結果、
「あの、これ少し……小さい気が……」
少し顔を赤くしながら、リンスレットが言う。上下とも確かにリンスレットには少し合っていないようで、臍もちらちら見えているし、スカートも短くなってしまった。
ユーリは肩を竦めて答える。
「あなたのサイズなんて知らないもの。前回だって適当に見繕ったわよ」
「そ、それなら聞いてくださいよっ! わ、私は騎士なのに、こんな服装……!」
「バカね、あなたはもう騎士団には戻れないでしょ」
「そうかもしれないですけどぉ……」
リンスレットは涙目で、不服そうな表情を見せる。
ユーリはそんなリンスレットを無視して、再び町の方へと向かった。後からリンスレットもついてくる。
そもそも、この町に寄らず真っ直ぐ王都に行く予定だったのだ。
町を出て、しばらく街道を進めば王都だ――こんなところで、油を売るつもりなどない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
「待たない。服は買ってあげたんだから。さっさとこんな町、抜けるわよ」
ユーリはリンスレットにフードを被せて、町中を進む。
ユーリは吸血鬼であることを隠せるが、リンスレットはまだ成ったばかり。吸血鬼の力を満足に使うこともできなければ、吸血鬼の特徴も隠せない。
故に、フードで顔を隠す必要がある。
ちらちらと、リンスレットは周囲を窺うような仕草を見せた。
「じろじろ見ない。下手に目立つようなことはしないで」
「あ、す、すみません……」
「あなた、本当に『正騎士』なの? 落ち着きがないし、騎士らしくもない間抜けだし」
「ま、間抜けって……それは否定できないかもしれないですけど、騎士になるために頑張ってきたんですっ」
間抜けは否定しないのか、とユーリは思わず笑いそうになる。
実際、正騎士になったのだから、リンスレットが努力してきたことは疑う余地のないことである。
あくまで、今の彼女を見ていると、疑問に思うところがあるというだけだ。
(……まあ、どうでもいいことね)
ユーリは足早に歩を進める――そこで、ふとリンスレットが足を止めた。
「……」
「何をしているの?」
「いえ、あの人……少し様子が変で」
「? どの人よ」
町中はそれなりに賑わっていて、行き交う人々に怪しい人物がいるかどうかなど、ユーリには分からない。
ユーリと同じ『吸血鬼』ならば、匂いで判別できるかもしれないが、今はそれもなかった。
ここは至って平和な町だ。何やら事件が起こる、というような雰囲気にはない。
むしろ、下手に時間をかけて町中を警備する騎士に声を掛けられる可能性を考えれば、さっさと町を抜けてしまった方が、面倒事にならなくて済む。
「リンスレット、早く町を――」
「泥棒だーっ!」
ユーリの言葉を遮ったのは、そんな男の声だった。少し離れたところで、ローブで身を隠した人陰が、身軽な動きで人込みを駆けていく。
同時に、リンスレットまで動き出していた。
リンスレットも人込みを物ともせず、軽やかに人陰の後を追う。
「あのバカ……!」
余計なことに首を突っ込むな――それくらいのこと、分かっているものだと思っていた。
リンスレットは吸血鬼なのだから。だが、彼女の心は、ユーリとは違う。
すでに人間とかけ離れてしまったユーリに対し、リンスレットはまだ人間寄りなのだ。
むしろ、吸血鬼としての生き方など知らない赤子同然。困っている人がいれば反射的に動いてしまうような――そんな『騎士の鑑』のような少女だった。
(……事件が起こる前に異変に気付いたのは、さすが正騎士というところかしら。けれど、勝手に動くのは最悪ね……)
ユーリは怒りながらも、あくまで冷静だった。
姿を消したリンスレットはローブの人影を追って路地裏の方へと向かった。
下手に追いかけるよりも、『上から探した方が早い』だろう。
ユーリはすぐに、近くで周囲を見渡せそうな場所を探し、動き出す。
「……見つけたら、少しばかり調教が必要かもね」
少し感情的になったユーリは赤い目を輝かせながら、小さく呟いた。
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