第26話 幸せなどいらない
アレクシアと会うのもこれで何回目だろうか――少なくとも、指で数えるよりは多い。
『吸血殺し』と呼ばれ、『調停騎士団』の殲滅対象の最高ランク『S』で登録されているユーリと、『調停騎士団』の上位騎士として二つ名を持つアレクシア。
二人が出会えば殺し合いになることは必然であった。
今も、アレクシアはすぐにでもユーリに襲い掛からんとするほどの殺気を見せており、それに対抗するようにユーリも鋭い視線を向ける。
だが、お互いにすぐには動かない――ユーリがわざとアレクシアを呼んだからだ。
「私がここにいることを知っていて、あえて呼び出した理由はなんだ?」
「答えなくても分かるでしょ? わたしがいるんだもの」
アレクシアの視線が一層鋭くなる――ユーリがここにいるということは、すなわち『吸血殺し』としての役割が発生しているということ。
この王都に、吸血鬼がいるということに他ならない。
「……この王都に潜んでいる、だと?」
「ええ、あなたなら分かっていると思うけれど、わたしの推測は外れないわ」
「確かに、お前の鼻は優れている。下手な猟犬よりも狩りが得意だと言えるだろう。だが、この王都では吸血鬼による被害は全く確認されていない――それでも、ここに吸血鬼がいる、と?」
「王都で被害が確認されていなければいない、という考えが間違いよ。すでに、近隣の町や村では被害が発生しているもの。バレないように隠れてやるクソ野郎がここに潜んでいるのは間違いない。だから、いつものように取引をしましょう?」
ユーリがアレクシアを呼び出した理由は単純だ――彼女は強い。
『調停騎士団』で彼女より強い者はおらず、吸血鬼でも彼女に勝てる者がいるかどうか、それは分からないほどだ。
絶対強者、と言えるアレクシアが本気になれば、ユーリとて無事でいられるか分からない。
幾度となく殺されかけたことだってあった。
だからこそ、ユーリはアレクシアと争うのではなく、協力の道を選んだ。
「わたしが吸血鬼を見つけ出して、始末する。その首を持ってくるから――」
「今回は手を出すな、か。お前のそれは取引とは言えん」
「条件としては、純粋に破格でしょう? あなた達が気付けない吸血鬼を始末できて、起こるかもしれない事件を未然に防ぐことができる――受けない理由がないわ」
「その代わり、またお前という吸血鬼を見逃すことになる」
アレクシアの言葉は、すなわちユーリは殲滅の対象として明確に見ている、ということだ。
ユーリもそれはよく理解している。『吸血殺し』と呼ばれているとはいえ、ユーリが吸血鬼であるという事実は何一つ変わらない。
いつ人間を襲うかも分からないし、裏ではすでに人間を襲って殺している可能性だってある――そういうことを、アレクシアは警戒しているのだ。
だが、すぐにユーリを始末しないのには理由がある。
ユーリには、確かな実績があるからだ。『吸血殺し』と呼ばれるほどに吸血鬼を殺し、その首をアレクシアに渡したことだってある。
その事実がある以上、アレクシアもユーリの提案を無下にはできない。
だから、結局彼女の選択は一つしかないのだ。
「わたしを見逃すかわりに、王都の民は救われる――得しかないわね」
「……最初に吸血鬼になったお前を殺せなかったこと、私はずっと後悔している。あの時殺せていれば、こんなことにはならなかった」
「それは、吸血鬼を見逃すようになってしまった、ということ?」
「そうではない。吸血鬼になってまで、吸血鬼を殺すような……そんな『呪い』にも似た行為をさせずに済んだ、ということだ」
アレクシアは臨戦態勢を解き、憐れむような視線をユーリへと向ける。
彼女は、ユーリの今を見てただ悲しんでいるのだろう。
人々から英雄視されるようなことはなく、かつて仲間であったはずの『調停騎士団』から狙われ、吸血鬼すら殺すユーリには味方などいるはずもない。
あそこで死んでいれば――きっと、こんな孤独に生きることもなかっただろう。
「馬鹿ね、わたしは吸血鬼を殺すためだけに生きているの。全てを殺すまで生き続けるわ――そして、全てが終わる時は、『わたしという最後の吸血鬼が死んだ時』」
最後には、ユーリ自ら命を絶つ。
ユーリも吸血鬼に含まれるのだから、当然の帰結だろう。
『吸血殺し』の名を背負ったユーリの行く末は、どう転んだところで幸せなものにはならない。
けれど、それはユーリが望んだことでもある。
行き着く先に幸福などは必要ない――他人から『英雄』と呼ばれる必要もないのだ。
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