第21話 あの日した枕投げの理由を私達はよく知らない。終


 枕投げ。それは競技やスポーツではない。そのため明確なルールはなく、勝敗という概念は存在しない。言ってしまえば旅の思い出を彩るちょっとしたエッセンスで、意味や理由を求めてはいけない単なる"旅のお約束"という奴だ。


****


 ――私はあの後、ログアウトして作戦を考えるつもりだったが、なんか色々とあってすっかり忘れてそのまま一日が経過していた。まあ寝たら大抵の事がリセットされるのでよくある事だ。だがいつも通りの日常を過ごし、家に帰ってきた私はふと夕飯で母が発した言葉でその事を思い出した。


「そういえば、テレビでやってたけど枕には200種類の雑菌がいるんだって。だから寝てばっかのアンタは軽く千越えね。イースト〇ルーなら海賊艦隊を率いるレベルだわ。まさにドン・ユリーカね(?)」

「あっだったら茉莉花、お姉ちゃんにチャーハン作りたーい! だからお姉ちゃんは泣きながら素手で貪り食って大暴れして!!茉莉花がボコボコにするから!!」


 雑菌ってそれ食事の最中にする話?? それに勝手に千越え雑菌持ちにしないで。あと私は全身武装で毒薬ばら蒔いたりしてないから!はあ……本当にこの人たまに意味不明なんだよね。茉莉花が関わると特に。そして、茉莉花のチャーハンが食べられるなら私は人間の尊厳を捨てる覚悟がある!!


 そんなこんなで枕投げを思い出した私だったが、別に良い案は思いつかなかったので、とりあえず気合を入れてゲームにログインした。カチカチの枕片手に部屋から出ると待ち侘びていたかのように番台のジジイがゆっくりと立ち上がった。


「ふん、漸く来たか。で早速やるか?」

「……その前にジジイが言い訳出来ないようにルールをはっきりさせましょう。 」

「……ルール。確かに必要か。貴様の息の根を止めるためにはな。」


 私の誰からも褒められた覚えの無い雑学に全日本枕投げ大会というものが存在しているが、コレは競技用にルールを設けている本来の枕投げとは似て非なる「漫画やゲームでやってる修学旅行の夜のアレ」ではない何かだったと記憶している。確かチーム戦で戦い、枕に当たるとアウトでドッヂボールみたいにキャッチしてもアウトになる鬼畜仕様だったはずだ。ただ布団を盾にしたり、先生が見回りに来たりとゲーム性は中々興味深かった。しかし、今回のルール制定の参考にはならない。


「まあルールといっても1つだけ。"相手の投げた枕は必ずキャッチしなければならない"今まで通りこれだけで十分でしょ?」

「ふん当然。それは戦いの不文律というもんだ。力と力のぶつかり合いこそ、我らの本懐ッ!!」


 現状、私たちはタイマンでカチカチの枕を投げつけ合っていて、その時どちらも特に明言してはいないが自然に「避けた奴は負け。取れなければ負け。」という暗黙のルールが既に存在していた。だがこれを公式ルールとして明確にしておかないと後々禍根を残す結果になる。それの予防線として私はルールの制定を提案した。


「じゃあ早速始めましょうか。年上を敬って先行は譲ってあげる。」

「減らず口が。店の枕を投げつけておいて敬うなどでまかせを言うなッ!! ふふ精々……あの世で後悔しろ!死ねぇ!!」


ジジイが大きく振りかぶって枕を投枕とうちんする。その一連の動きは前回の様ながむしゃらな投枕とうちんではなく、全身の力を無駄なく枕に伝える洗練されたフォームだった。


「なに!? 枕速ちんそくが上がってるだと!!――グハッ!!……やるなジジイ!」

「ふふ、今のを受け止めるか。少しは楽しめそうじゃな。」


 カチカチ枕は殆ど正四角形に近い四角柱。ボールの様に円形ではないため投げればボールの倍近い空気抵抗を受け、自ずと枕速ちんそくは落ち長期戦を余儀なくされていた。しかし……これは一体!?いや、今はとにかく勝負に集中しなければ!


 私は枕を片手に持ち、ストレート回転を掛ける様に勢いよく腕を振り抜いた。


「調子に乗るなッ!!――嘘だろ……?!」

「ふふ、ふはははは、軽い! なんて軽い枕だ!! この雑魚があ!!!」


 私の渾身の一枕いっちんをジジイは片手で難無くキャッチし高らかに笑いながら吠える。


「……一体何が。」

「ははは、理解が出来ないか。だが私に教える義理はない。何も知らず愚かなままに死ねぇ!!!」

「だが所詮は枕速ちんそくが上がっているだけ、注意すれば問題はッ――!! なんだその構えは!?」


 ジジイは枕を手に持つと振り被らず、地面を抉りとる様に腕を振りさげ一気に天空に振り抜いた。


「アンダースロー!?」

「昇れ――夜明陽魔枕ライジング・ピロウ。」

「枕の軌道が違――ッ!!!」


 床から放たれた枕がまるで重力を無視するように浮き上がり、速い枕に対応するため低く構えていた私の顔面に突き刺さる様に直撃した。枕はそのまま小さく音を立て床に落ち、理解する間もなく私の敗北が決定した。


 呆然とその場に座り込んだ私にジジイは近付くとにこやかに声を掛ける。


「お客さま、宿のご利用ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。但し――」


 そういうと突然、悪辣な笑みを浮かべ顔を私の耳元に近づけた。


「――顔にまた魔枕まくらの跡をつけたいならな。敗者はとっとと失せろ。この蛇もどきが。」


「――ッ!!くそっ覚えてろ!!」

「いってらっしゃいませ。またのご来店お待ちしております。……」


 宿を飛び出した私はがむしゃらに走り、人気の無い路地にたどり着いた。そして感情のままに捨てられたゴミを蹴り飛ばす。


「クソっ!!!」


 やがて怒りや悔しさが過ぎると、少し冷静になって散らかしたゴミを片付けながら、あの惨敗を検証する事にした。


 あれは一枕目いっちんめにあえて速い枕を見せ枕にして警戒した私が低い姿勢になる事を予測し、奇襲に近いアンダースローによる浮き上がる枕で仕留める非常に狡猾な作戦だった。そしてあのスピードと痛みは今までにないものだった。流石にアンダースローの効果にしても不自然に感じる。それにあの痛み……まるで角に当たったみたいな感覚だった。……ッ!!まさかジャイロ回転かッ!!!


 ――野球の速球、つまりストレートは通常バックスピンを掛けてボールに上方向の抵抗力を与えて重力に逆らい真っ直ぐ飛ぶ、言ってしまえば変化球だ。対してジャイロボールは弾丸の様な螺旋状の回転によって空気抵抗を減らし初速のスピードを落とさず伸びのある真っ直ぐの軌跡を描く投げ方の1種だ。特にアンダースローの選手のジャイロは下から上に向かって進むボールと手元で伸びる感覚が合わさり、まるで浮き上がって感じる事から"魔球"と呼ばれる事もある。


「まさに魔枕まくらという事か、ふふふはははは、面白いじゃん!次は絶対に血祭りにしてやるよジジイ!!」


実は野球はお父さんが好きで別に観たい番組もないし、なんとなく流し見で観ている時が結構あった。あとハプニング名場面集は好きなので乱闘や珍プレーには詳しい。変化球に関しては漫画の知識だから合ってるか分からないがまあ何とかなるだろう。とりあえず、私もジャイロボールを投げられる様にならないと話にならない! 何かこうクルクルっとすればいけるだろう。余裕余裕!! じゃあ気を取り直して、フリースペースで金髪美少女探しとお金儲けを始めるか!!


「あっその子見た事ありますよ。」

「え!!? 何処で??」

「確か……下町路地の西区ら辺だったかな。なんか嬉しそうに荷物を沢山持ってましたね。」


そして本日、6人目の客で私はついに金髪美少女の手掛かりを得た。


――リュカがついに核心に迫ったその時、銀麗聖騎士団のギルドホームでは、リオ捜索作戦の進捗会議が行われていた。


「――以上から他のギルドも発見に至ってはいないようです。……正直、私個人としてはこの捜索は無意味だと思います。しかし団長は探索の続行を望まれているんですよね?えっとリオ様の探索を」

「……そうね。ただ今後は私だけで捜索をするわ。私個人の感情にギルド全体を巻き込むのは間違っているしね。」

「え!? それはそうなんですけど……いいんですか? 旦那さんなんですよね??もしかしてメンタル完全崩壊しましたか?? 虚構と現実の区別出来てますか団長?? Are you OK?」

「オーケー!!! 区別出来てるわよッ!! 失礼ねあなた!!」


だるくはリュカの事を皆に秘密にしているため、表向きには単独捜索を続けている事にした。アレだけ暴走していたのに急に捜索を止めるとこんな風に勘繰られるとは思ったが、無意味なことをするのは好きでは無かった。


その後、次のイベントについて少しだけ話し会議が終わった。だるくはため息を吐きながらギルドホームを後にするとニュージアに転移する為、女神の泉に向かう。

そんな道中で1人のNPCの女性をプレイヤー達が囲んでいた。プレイヤー達は女性と空中を見比べ、手を動かす不思議な動きをしている。


「誰か嘆きノ森で行方不明になった私の息子を見つけて下さい!! 見つけた方には報酬を支払います!!」

「うーん、嘆きノ森か。ちょっとレベル的に私はパスかな。」

「ちょうど暇してたし、俺は行こうかな! 」

「私、嘆きノ森に行く予定だったし丁度いいわ!」


どうやら演目アクトだったらしい。報酬をみて受けるか選択出来るタイプはガイド表示の操作が必要なので傍から見ると少し間抜けな光景だ。


「……女帝Lv5 愛の偏執狂 発動。」


私は演者技能アクタースキル発動によって赤く光るその目で一際盛り上がっている一団、いや中央で目元を抑えているNPCを見る。


「虚構と現実ね。区別するまでもなくゲームは所詮ゲームよね。」



NPC カミア

風味階級フレーバークラス 花屋の奥さん

風味演目フレーバーアクト すぐ居なくなる息子と健気な母。

・息子役NPCのカイトはやんちゃですぐ迷子になる困った役柄。母役であるカミアは神より支給される物資を用いて英霊達に助けを求める花屋を経営するシングルマザー役。

※裏設定 シングルマザーでも仕事が順調でそれなりに裕福な暮らしをしているが、それと引き換えにカイトと距離が出来てしまった事が息子の居なくなる原因。アクト 息子を見つけて をクリアした後にカイトの友好度を上げ、アクト カイトの思い をクリアすると"大輪の虹素馨"が貰える。

■AI異常値 62%(イエロー)

■AI演技評価値 42/100点(イエロー)

■総合評価からの支給ランク D


「英霊様ありがとうございます!! カイトの事を宜しくお願いします!!」

「任せてくれ!!大事な息子さんは俺が助けてやるからな!!」

「……はい」


ここは生と死のないゲーム世界。親子、恋人、友人に仕事、AIによる個別の人格があろうがNPCの何もかもが虚構なのは当然の事だった。なぜなら彼等は所詮、この世界を彩る舞台装置過ぎないのだから。


Re'verie Worldのタイトルには制作陣一人ひとりのRe'が込められている。その中の1人トム・パリッシュはReveal《本性を見せる》という意味を込めた。ゲームリリースから1年経つがそのを知る者は未だ少ない。


「これってやっぱりAI人格の集団マインドコントロール……みたいな感じよね」


だるくはそう独り言ちると守秘義務契約を思い出しすぐに口を噤んだ。



1章[完]

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