第9話 これがアメリカンスタイル!

 だるだるだるくと別れた私は1度セーブのために近くにあった適当な宿屋に向かった。1泊500ゴールド。所持金の半分を失い、部屋に向かうとベッドに横になりセーブをしてからログアウトを選択した。すると意識がふわふわと薄れ、次の瞬間には見慣れた部屋にいた。


『……お疲れ様でした。電源が自動でシャットダウンするまでそのままの姿勢で待機していて下さい。シャットダウン後もすぐに大きく動かず体に異常がないか確認して下さい。』


 ゲームからログアウトした時の感覚は不思議だ。ゲームの記憶のせいで自分の体が作り物みたいに感じて違和感がない事に違和感を感じるというか。すぐにそれは無くなるのだが、時々精神や心がふとした拍子に体から抜けてしまわないのかと不安になる。それくらいにVRゲームは簡単に仮想世界に意識を飛ばしている。


 立ち上がると少しふらつくが、ヨタヨタと部屋を出て階段を降りるとタイミングよくトイレから出てきた父の姿があった。


「おう百合香。またゲームか?」

「そう、お風呂先に入っていい?」

「いいぞ。今母さん入ってるからちょっと待ってろよ。」


 お父さんは、お母さんより幾分か優しくてたまに私の援護もしてくれる頼もしい男だった。ただ私が妹を勝手に連れ出して2人で暮らそうとしてるとわかった時から援護はなくなった。あの日から私の補給線は断たれ、戦場を常に1人で戦っている。まあ別に仲は悪くない。


「お父さん、人探す時どうしたら見つかるかな?」

「は?なんだよ急に??」

「いやちょっと会いたい人がいるんだけど、顔は分かるけど名前は知らないんだ。」

「うーん、周辺を聞き込み、監視カメラの確認、あとは写真や似顔絵で調べるとかじゃないか??」

「絵!!それだ!!天才かよ!!」

「いや、普通に思いつくだろ! お前は少し自分で考える事を覚えろ!!」


 自分で考えるか。なるほどね、そういう選択肢もあるな。以後考慮するとしよう。


「あーちょっと書いてみるね!紙ある??」

「ねーよ!! はあ、ちなみに会いたい人って男?」

「ううん、金髪美少女!!」

「あああああ!! やっぱり実の妹を誘拐しようとした時にお前を寺に送るべきだった!!」

「茉莉花は坊主似合わないと思うよ。」

「寺行くのお前だけな!!」


 父がうるさいので一旦部屋に戻ってきた。

 手先は器用だが私に絵心はない。頭の中の美少女を忠実に描いたが出来上がったのはゴミだった。うちの家族は全員絵心がない。特に茉莉花はあんなに可愛いのに絵が狂気に満ちている。黒目と白目が逆なんて当たり前で基本背景には黒い太陽があって服も大体黒いし地面は真っ黒だ。人物は無表情か口が裂けるくらいに笑っているかで手に必ず身の丈程の黒い棒を持っている。もう怖すぎて大人でも直視出来ないレベルで小学校でクラス会が起こったらしい。ただ幸か不幸か茉莉花は全く気にしておらず、むしろ素人に理解されない独自センスだと悲鳴をあげるクラスメイトを見てご満悦らしい。


 しかし、どうしたものか。類は友を呼ぶって奴で友達も軒並み脳筋系だしな。参った参った。


「あっそうだ!真姫ちゃんに頼もう!!明日、お店に来るし一石二鳥じゃん!!」


 そうと決まれば風呂に入って寝よう。今日は色々あったけど、気持ちよく眠れそうな気がする。ゲーム中も見た目は寝てる状態だから、ずっと寝てばかりと思われるかも知れないが、VRゲーム中も脳は活動してるし、意識もある。ちゃんと現実で休息を取ることは大切だ。VR機器を使ってディープリラックスモードで短時間に質の高い睡眠をとる方法もあるが、今日はやめておこう。今日の出来事を振り返ってゆっくりと眠りに着きたい気分だから。



 ――場所は変わってRe'verieWorldのゲーム本社。所在地はアメリカだ。ここには世界から選りすぐりのクリエイターやプログラマーが集まって日々より良いゲームを追求している。

 ゲーム製作陣の待遇は非常に良く、会社内にジムや日本の温泉、ダーツバーやミニシアターまであった。そんな彼らは個性的だが同じゲーム好きという事もあって皆仲が良く、楽しく仕事をしている。そんな自由なオフィスで今日も男性陣は画面を見ながらお喋りしていた。


「oh my got!!!」「Amazing!!!」「Fooooo!!! 」


 ※以下は日本語でお送りします。


「見たかよジョージ! このトカゲガール本当にやりやがったぜ!!」

「ああ、最高に刺激的だぜ!! 向かいの店の特製チリソースより俺を燃えさせるモノがあったなんて驚きだ!」


 2人の背の高い男性が画面を見ながら会話している。そこにはリュカと表示されたプレイヤーが映っていた。そんな2人近づく人影があった。


「どうしたんだよトムとジョージ。そんなにご機嫌なんて今週のランチには、あのエイリアンの涎みたいなゼリー寄せはなかったのか?」

「ははは、マルコ。それだったら今頃小躍りしてブルームーンで乾杯してるぜ!ここは設備はクールだが食事と女が絶望的だからな!!」


 マルコと呼ばれた男性は、小太りだが男前な顔をしている。話しているトムは大きな手振りと顔で絶望的な事を表現していた。


「じゃあ何だっていうんだ? まさかピザ屋のミランダを落としたのか!? 」

「それだったらコイツは今ここにいない。」

「そりゃそうか。じゃあ何なんだよ?」


 ジョージの突っ込みを受けてマルコが再び尋ねる。


「日本サーバーに愚者が現れた。しかもトカゲガールだぜ。」

「マジかよ!! アメリカが最初と思ったけどまさか日本とはな。保守的な国民性は今は昔か?」

「それにこの子。……多分やるぜ? セクシャルガードが無効化できるって知ったら(小声)」


 トムが耳元でそう囁くとマルコが口を大きくあけて叫ぶ。


「おいおい!お前アレ修正してないのかよ!!」

「バカ、静かにしろよ!!ははは、する訳ないだろ。上にはバレやしないぜ。それにお前だって見たいだろ?内緒にしてくれよ?」


 トムが自分の胸筋を揉む仕草をするとマルコは小さく口笛を吹く。


「……昼はバーガー奢れよ。トッピングにチーズとベーコン2枚にピクルスたっぷりだぜ?あと録画を頼む。」

「おいおい、録画して欲しいならバーガーを奢れよ。トッピングに――」

「「チーズとベーコン2枚にピクルスたっぷり」」

「「「はははははは!!」」」


 そんな楽しそうに話す男達に眼鏡を掛けた目つきの悪い女性が近づく。


「お楽しみの所ちょっといい?あんた達に絶望的なお知らせが2つ。1つは大量の仕事の依頼。もう1つは絶望的な女の私が話し掛けたって事。」

「……。」

「ああ、それと絶望的な事を追加して。頭の悪い男しかいないってね。」

「はは、それは違いないぜレベッカ。」


 その数時間後、男たちの歓声が部屋に響いた。それはさながらスーパーボウルで大逆転劇でも起こった様な盛り上がりだった。しかし更に数分後部屋に怒鳴り声が響き、その後はお通夜の様な静けさだった。



――深夜に百合香には1件のメールが届いた。それは日本サーバーAIからの返信。内容は以下である。


リュカ様、いつもRe'verieWorldをご利用ありがとうございます。私は日本サーバー管理AIアルファです。夜分に失礼とは存じますがご意見のあった『眉なし』に関してご回答させて頂きます。


『眉なし』の記載内容を私が確認し、不適切な表現であると断定しました。AIという都合上メール形式になりますがRe'verieWorldスタッフを代表して『眉なし』を謝罪させて頂きます。大変申し訳ございませんでした。

そして『眉なし』は私の判断で項目から削除させて頂きます。またセクシャルガードの件は開発陣の不手際が原因でした。ご友人のだるだるだるく様にもご迷惑をお掛けし、重ねてお詫びを申し上げます。更なる改良に励みますので今後もRe'verieWorldを末永くお楽しみ下さい。 日本サーバー管理AIアルファ



 これによってあの世界から『眉なし』というささやかな呪いはなくなった。しかし、ある1人の人物にとってそれは大きな意味を持っていた。

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