第2話 やっぱり妹は最高だな!
『健康状態に大きな異常はありませんでした。ただ軽度の睡眠不足と精神疲労が見受けられます。しっかりと休養をとってから引き続きゲームをお楽しみ下さい。VR安全ガイダンスに基づき問題がなければこのまま10分間のディープリラックスモードに移行します。』
目を覚ますと私は自宅のベッドに仰向けになっていた。音声を聞きながら次第に頭が覚醒していく。リンゴ…金髪…美少女!!
『心拍数の急上昇を確認しました。再度、健康診断プログラムを実行――』
「あーうるさい!!今大事な事思い出してんの!!」
VR用のヘッドギアを投げ捨て先程の出来事を思い返す。そして重要な最後の名前のやり取り。
「くっやっぱり名前を思い出せない! ギリギリで落ちちゃったのか……このポンコツが!!何が心拍数の異常だ!! みんなみんな生きているから友達何だろうがッ!!お前に真っ赤に流れるこの血潮がわかんのか!!これはミミズの分! これはオケラの分!!」
ヘッドギアを枕で押さえ付け窒息させながらタコ殴りにして思いの丈を叫んでいると部屋のドアがノックされ少しだけ開いた。
「……お姉ちゃん、どうかしたの?? お歌の練習??」
「あっ茉莉花、な何でもないの!ちょっとゲームで失敗しちゃって。」
ドアからちょこっと顔を出して不安そうに見つめているのは歳の離れた妹だった。
「そうなんだ。……いいな、茉莉花もお姉ちゃんとVRゲームしたいな。」
VRゲームは精神影響を考慮され、未成年の使用が禁じられている。VRゲーム黎明期に不登校や学力低下、そしてゲームと現実を混同してナイフで同級生を切りつける事件などが全世界で起こった事が原因だ。確かに多感な時期の青少年にあの全てが叶う無限の世界は麻薬めいた魅力を持っている。
しゅんとして俯く妹の茉莉花は両親が何をとち狂ったのか14歳年下の小5で目に入れても痛くない所か気持ちいい部類の超絶可愛い自慢の妹だ。もし茉莉花がVRゲームで重度の厨二病になって突然高笑いしたり、マント羽織ったり、眼帯したりして私の事を姉上とか姉様とか血を分けし半身とか言い出したらと思うと……ありか。うん全然ありだな。とは言っても法律的にも、VRの個体認証システム的にも茉莉花がVRゲームをするのは不可能だった。
「じゃあお姉ちゃんとテレビゲームしよっか? あの動物と森で暮らして借金返すやつ。」
「いいの!? やったあ!!お姉ちゃんのお家きっとゴキブリだらけだよ!」
「ふふ、久々にお姉ちゃんのジェノサイドっぷり見せちゃうか!……お姉ちゃん、ちょっとやる事あるから茉莉花居間でゲーム準備しといてくれる?」
「わかった!! 早く来てね!!」
嬉しそうに部屋を出る茉莉花を見ながら、私は今後をどうするか考えていた。妹は妹、金髪美少女は金髪美少女だ。思い出すと鼓動が高まり自然と笑みが零れる。こんなにゲームをしたいと思うのはいつぶりだろうか。思えばいつからか惰性で続けていた。割いた時間や費やした課金、そしてギルドマスターとしての責任。私は枕の下のヘッドギアを装着すると決意を決めてゲームを開始した。
――居間に降りると茉莉花が膨れっ面でこちらを睨んでいる。
「もう、二十分も待ったんだよ!」
「ごめんね! 思いの外長引いちゃって!!」
「もういいよ。お姉ちゃんの生み出したゴキブリいっぱいいるから早く殺そうよ」
「そうだね! あとお姉ちゃんゴキブリ産んでないからその言い方やめて。これでも人間だよ。」
「でもお母さんが"いい歳して実家暮らししてるゴキブリ"ってお姉ちゃんの事言ってたよ。」
「それは……よし、ジェノサイド始めようか!!」
「うん!!」
言い訳をさせて貰えるなら、私はニートではないし生活費も振り込んでいる。ただ付き合ってる人はいないし、休みの日にゲームばかりしているし、たまに妹の使っている寝具一式を自分の物と取り替えて深呼吸して眠っているくらいにはゴキブリだったが可愛いものだと思う。
私は昔から勉強は出来なくてスポーツは得意という典型的な脳筋だった。このVRゲームが当たり前になった時代、肉体労働はオートメーション化によってほぼ絶滅した。だからといってスポーツ選手になる気概も才能もなかった私は「髪はみんな生えてるから仕事に困らないんじゃね?」という馬鹿な考えで特にオシャレに興味があった訳でもなかったが美容師になった。手先は器用な方だった事もあり専門学校では大会に出て入賞もした。元々実家から妹を攫ってきて2人で暮らすつもりだったが、両親に反対されて今に至る。母よ。そんなに出ていって欲しいなら茉莉花をくれ!!
「お姉ちゃん、ゲームの失敗ってなにしたの??」
「うーん、ちょっと気になる女の子がいたんだけど、色々あって名前も聞けなかったんだ。」
「ふーん……」
「えっ茉莉花!? お姉ちゃんの周りに穴掘るのやめてくれない?動けないんだけど??」
「じゃあさっきは茉莉花をほったらかしにしてその子を探してたんだ。」
「いや、さっきはその子じゃなくて――ッ!! なんか穴に落ちた!! これなに!?」
「お姉ちゃんがゴキブリだからじゃない。ふん!」
「ひどっ!!でもヤキモチ妬いてて可愛い!!」
茉莉花に言いかけた事は本当でさっきの二十分で私は美少女のために過去の精算をしてきたのだ。
「そういえば忘れる所だった。ちょっとタイムね!穴掘り禁止だよ!!」
「……わかった」
私はスマホを手に取りSNSのDMでギルドメンバーに何枚かのスクショを投稿した。そしてそのまま自分のゲーム用アカウントを削除し、スマホを放り投げる。
「お待たせーってなんか私の周りゴミだらけになってる!!」
「餌の時間だよお姉ちゃん」
「ゴキブリ扱いやめてくれません?!」
「ふん!」
頬を膨らます妹に謝りながらも、私はすっと肩の荷が降りた様な清々しい気持ちを感じていた。チラッとスマホを見ると先程のスクショが写っている。それはゲームの行動ログを写したもの。
『所持金全額1025万3600ゴールドをギルド金庫に入れました。』
『所持アイテムを全てギルド金庫に入れました。』
『土地の所有権をギルドに譲渡しました。』
『リオのデータを全削除しますか?(レベル、スキル、所持金、アイテム、土地、称号、フレンドリストの削除) YES or NO』
『本当に削除してよろしいですか?(任意の場合、セキュリティの観点からデータの一切の復元は出来ません。またレベルのみなどの一部削除も可能です。是非ご再考ください。) YES or NO』
『本人確認完了。認証コードを自動入力しました。』
『データ削除の開始準備が完了しました。※最終警告 キャラネーム リオ レベル200 クラス
『リオのデータを削除しました。今までお疲れ様でした。また次の冒険で』
つい手に力が入る。これでようやく始められる。まずは……心拍数の安全設定をいじらなければ!!
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