第3話 何事も準備が大切だよね!

 妹と一頻り遊んだ後、母の作る夕ご飯(何故か私の分だけ銀色の調理用ボウルによそってあった)を食べてゴキブリらしくコソコソと自室に戻ってきた。今度あいつの髪を切る時は刈り上げワカメちゃんカットにしてやる。まあ後で殺されるからしないけど。


 ベッドに横になってヘッドギアを装着すると躊躇なくこめかみにある電源を入れた。


『――多重生体認証クリア。本人確認完了。認証コードを自動入力します。ホームに移動します。体を楽にして下さい。……バーチャライズスタート。』


 最後の音声と同時に意識が狭まり不思議な浮遊感(全身麻酔されてる感覚に近くて私は結構好き)がくると一瞬で景色が変化する。何も無い真っ白な空間と目の前に浮かぶガイド表示。だがまだ動くことは出来ない。


『感覚の遮断と同調を行っています。そのまま待機していて下さい。』


 何でもこの感覚の遮断と同調がVR技術で1番難しかったらしい。当たり前だが現実で殴られたり、刺されたりすれば痛いし死ぬ事だってある。しかしVR世界でそんな事があっても現実の肉体や精神に影響は起きない。これは完全に感覚を遮断し、精神・肉体と剥離しているからだそうだ。VRで死を錯覚して現実の心肺が止まるなんて事が起これば小説で読んだデスゲームが始まってしまう。正直、私は馬鹿だから最初の説明を聞いても全然分からなかったけど、とにかく安全に遊べる様に色々と頑張ってくれたのだ。ありがたやー!


 そして、ここまで聞いて「じゃあ心拍数も感覚遮断してるなら問題なくね?」と思った貴方はお利口さんだ。これは現代科学で解けない難問の1つらしい。感覚遮断を心拍まで完全に行うとVR世界に意識を送る事がどうやっても出来ないそうだ。「意識は心(心臓)に宿るから」と唱える人もいるが正直、馬鹿な私には分からないし興味もない。とにかく私は科学技術の遅れのせいで金髪美少女とろくに話も出来なかったのだ。前言撤回だコンチキショー!!


『バーチャライズが完了しました。ようこそVRの世界へ。』


 体が自由になり私は早速、心拍数問題に着手する。


「えっとー、心拍数の設定変更」

『心拍数の安全設定は現在、標準設定です。』

「なら設定解除して!」

『設定の解除は生死に関わるため出来ません。超低水準に変更しますか?※変更後は25歳上限心拍数175が200になります。生体情報を考慮しご年配の方、心臓に持病を持つ方は選択できません。』

「まあそれでいいか。変更します!」

『規約要項を確認してサインをお願いします。……サインを確認しました。設定を変更しました。』


 これで漸くあの子とお話出来る!! その前にゲームを1から始めないといけないからアバターの作成か。前のアバターは老紳士だった。一応私の元の顔をベースに60代男性バージョンをAIに予想してもらって顎髭と身長を20センチプラスした中々のダンディーおじさんだったからな。声も渋い感じに変更してたし、中身が女だと気付いてる奴はいないだろう。そういえば、ゲームのフレンドに何も言ってなかった……まあバレると面倒だし黙っとくか! 正直あんまりフレンドいなかったし大して騒ぎになってないだろ。



 ――ギルド武闘鬼神会マーシャルナイツのギルドホームで幹部が緊急集会を開いていた。上座には赤い豪奢な中華風マントを素肌に羽織った大柄の男が険しい顔で座っている。彼こそがギルドマスターにして会長と呼ばれている"紅の獅子唐"である。


「会長、リオの奴が引退ってマジですか??」

「ああ多分な、フレンドリストから削除されてるし、バグかと思って管理AIに聞いたが"バグはありません"だってよ。……張合いが無くなるぜ、まったく。」

「えっマスターあの人とフレンドだったんですか? あのいつも怖い顔してて、あんまり喋らないオッサンと??」

「まあな、喋ると割と可愛いオッサンだぞ。」

「へえー、じゃあ中身は女かも知れませんね」

「それはないわ。俺アイツと夏のパイスラについて狩りしながら2時間話したんだぜ。ただの変態野郎だよ。……とにかく奴らを叩くなら今だ。情報収集を頼む。あとリオは多分辞めてない。初心者エリアに人を回せ。」


 ――ギルド銀麗聖騎士団 ギルドマスターの団長 "だるだるだるく"は団員の言葉に耳を疑った。輝く銀鎧にスラリとした足が覗く膝丈のスカートを穿いた銀髪ショートカットの彼女は反抗するように力強く机を叩いた。


「リオ様が辞めた!? そんなの……有り得ないわ!! 」

「え、リオ様?いやしかし、かなり信憑性の高い情報です。武闘鬼神会マーシャルナイツも引退と聞いて動き出しています。それにギルド名簿からも既に名前が無くなっています。」

「嘘よ。リオ様が引退なんて……それならまず恋人の私に言うはずじゃない!!」

「恋人!? リオって団長の恋人なんですか??」

「ええ、リオ様にはもう3回も串刺しにされてるし、そのうち1回はお外で後ろから強引に刺されたのよ!! 話したことは殆ど無いけど、事実上恋人でしょ?というかもう結婚したのも同然!! ……私を騙したのねリオ! 絶対に許さない、ギルドの総力をあげてリアルを特定してやる!!」

「うわぁ団長メンヘラだった。」


 ――ギルドストゥーピド・ファミリーのホームにはギルドマスターで姐さんと呼ばれている"カルツォー姉"が金の蔦の刺繍が眩しいダブルスーツを肩がけして葉巻片手に笑っていた。


「こりゃ傑作だぜ!リオが居ねぇあのギルドなんざいよいよお終いだな。お前ら完膚なきまでに叩き潰して印籠を渡してやれ!!」

「姐さん、印籠じゃなくて引導です。印籠は水戸黄門が出すやつですぜ。」

「え……ふファミリーの印籠を、その奴らの脳裏に刻みつけてやれって事だあ!!」

「「おおおお!!」」

「ちっリオの野郎、この私に恥をかかせやがって。野郎は絶対まだゲーム内にいるはずだ。見つけ出して直接男前をつけてやるぜ!!」

「姐さん、落とし前です。」



 初心者歓迎 フリートークルーム


205 名無しの冒険者

速報 不羈磊落のギルドマスター リオが引退!


206 名無しの冒険者

誰それ? 有名人??


207 名無しの冒険者

超有名人。刺殺狂ヴラドっていうユニーククラスの化け物プレイヤーで槍で何でも串刺しにするから一部の女子に大人気だった老紳士。


208 名無しの冒険者

俺、この前のイベントでそいつに開始2秒で串刺しにされたわ。でもその後声掛けてくれて結構いい人だった記憶がある。


209 名無しの冒険者

つーか不羈磊落ってもう詰んでね?少し前は戦闘系四大ギルドとか言われてたけど、ちょっと前から落ち目じゃん。


210 名無しの冒険者

すみません、初心者なんですけど戦闘系四大ギルドってどこですか?


211 名無しの冒険者

マーシャルナイツ、銀麗聖騎士団、ストゥーピド・ファミリー、不羈磊落。正直、不羈磊落はリオの前のギルドマスターがやめた時に半壊しててギリギリ体裁を保ってた感じだった。


212 名無しの冒険者

速報 不羈磊落がアエテルニタスに吸収合併。亜叡輝爾堕主アエテルニタスが誕生!!


213 名無しの冒険者

亜叡輝爾堕主www


214 名無しの冒険者

会議にヤンキーいてワロタ

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