わたし攻略やめます! ~超大作VRMMOでギルドマスターの私スタート地点にいた村娘が可愛すぎて攻略を諦めて、全力で推し活します!~

津慈

1章 出会いと別れとRe'verieWorld

第1話 ギルドマスター辞めます!


私は何を目的にゲームを始めたのだろうか。


「最近、集まり悪くないですか? マスターからもっと言ってくださいよ。」

「うん、わかった」


 小さい頃、ゲームの中には現実にない夢や希望が詰まっていて、いつもワクワクしながら遊んでいた。


「しっかりして下さいよ。ギルド対抗戦も近いんですよ?」

「そうだね」


 そんな幻影を今も追い掛けて私は25歳の今もこうしてVRMMOに興じているのだろう。


「はあ……正直、不満の声も多いんですよ。前任のギルドマスターが辞めてメンバーも減ってますし、落ち目なんて声もあります。」

「……私なりに頑張ってはいるんだけど」


 でもあの日ゲームの中で眩しく輝いていたソレらをいつしか私は見失ってしまった。


「はあ、とにかくメンバー招集お願いしますね。……ホント使えねーわ」


 最後に小声でそう言い残して部屋から出ていく男に対して悔しさも申し訳なさも私は感じていなかった。ギルドマスターになったのも押し付けだった。前任がリアルの関係で引退する事になって初期メンバーだった数名で話し合いをした時にちょうど欠席していた私が槍玉に上がった。最もらしい理由を付けられ断る事も出来ずなあなあでここまでやってきたが流石にもう限界だ。


 ゲームといってもオンラインは人間関係が付き纏う。そういうのが嫌なら最初からソロかオフラインで遊べばいいのだろうが、皆で協力する楽しさには遠く及ばなかった。それでもこうして罵倒され思い悩む苦しみの前にはそんな楽しかった思い出すら薄ら寒く感じる程、虚構の世界で努力する無意味さを改めて痛感する。


「馬鹿らしい。たかがゲームで悩んでアホみたいじゃん私。……辞めるか。」


 何度か自分をある種脅迫する様に口にしていたそんな言葉も今は腑に落ちた気がした。それもそうだろう。もう悔しさも申し訳なさもない。あるのはただ虚構の世界を冷静に眺める酷く現実的なもう1人の私。VRゲームになって現実とのギャップに悩む精神患者が最近増えてるらしい。たかだか25の美容師の自分がギルドマスターなんてしている方がおかしい。適材適所と言うやつだ。飲む前に飲む。病む前に辞める。これは社会人の常識だ。


 とは言っても辞めるのはタイミングみてからだろう。無責任に投げ出すのは嫌だし、引退するにしても何か最もらしい理由を付けないと後々面倒になる。立つ鳥跡を濁さずとはいかないだろうが、まあ羽の二三枚……とちょっとした食べ残し位は我慢して貰おう。そんな事を考えながら私はギルドホームを後にすると、何となく行きたくなった場所に向かった。


****


 転移で来た場所は始まりの町ニュージア。ゲーム自体はリリースから1年以上経過しているがまだまだ新規プレイヤーは多い。最近ギネスに載ったとか何とかニュースでやっていたし、ゲーム通貨の換金システムが決まり職業としてやっている人も増えたみたいだ。


 私も紛いなりにもギルドマスターでそれなりの稼ぎはあったがそれでもお小遣い程度だった。仕事にしている人は何十時間とゲームしているんだろう。このゲームは基本的にPKは出来るが金銭やアイテムは奪えないあくまでロールプレイの演出的要素だ。ただ任意のデュエルという形で賞品として金銭やアイテムをかける事は出来る。金が絡むと治安が悪くなりそうだがそういう仕様のため特にこの初心者の多い町はほのぼのした空気が流れ皆楽しそうにゲームをしている。


 私はオープンカフェに入り、そんなプレイヤー達を眺め紅茶を飲みながら在りし日の自分を思いセンチメンタルに浸っていた。


「すごーい!本当に現実と変わらないね!!」

「確かに!……ただお前の胸は現実とは大違いだな。」

「はあ?そういうあんただってこんなに華奢でクビレもないでしょーが!!……ていうか大体あんた男でしょ!?」

「俺、いや私は生まれ変わったんだよ!!にゃははは!!」

「きんもッ」


 そんなことを言い合う初期装備のエルフと猫耳娘。このゲームは見た目を自由に変えられる。かくいう私も現実とは似ても似つかない容姿をしている。まあそれがゲームの良さというものだろう。別人になれる楽しさはVRゲームによって格段にレベルアップした。ゴリゴリのおじさんが美少女になれるし、その逆も然り。その辺が精神に悪影響を与える要因とも言われているが1度この快感を覚えた者はやめられない。


「ちょっといいですか? あのボク生産職なんですけど、まずはどうしたらいいんですか?」

「うん? それなら職人組合に行って説明を受けるといいよ。初心者クエストもあるし素材も貰えるから一石二鳥だよ。」

「ありがとうございます!……それよりお兄さんいい身体ですね。僕とあっちで臨時生産クエストしてみませんか?」

「え、何?どこ連れてくの!? ――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 美少年とムキムキのおじさんが路地に消える。ちなみにこのゲームは部位ごとのセクシャルガード機能があって初期設定の時にしつこく説明される。多分あの男性は全部offにしていたんだろう。ちなみに18禁行為は一切出来ないが工夫すれば間接的だがギリギリのラインを攻める事は出来る。本当にご愁傷さまです。


 またNPCは全員セクシャルガードが全身ONになっているので触ることは出来ない。ただ友好関係を築くと個々のAI判断で解除してくれるらしい。ただ非常にシビアで下手な恋愛ゲームより難しい。それもそのはず選択肢もなければ、特にイベントも起こらない。自力で会いに行って、約束をして、食事に誘う。それも頻度が多すぎるとウザがられたり、他のNPCの評価に左右されたりで固定の攻略法は存在しないし、まず1人でも攻略すればその子は他のプレイヤーに見向きもしなくなるというそれはそれで夢のある様な世知辛い現実が待ち受けている。


 ちなみにNPC攻略者の最高到達地点が手を繋ぐだった。それを生配信で実況して調子に乗ったプレイヤーは腰に手を回そうとして悲鳴を上げられ、騒ぎを耳にした衛兵が駆けつけ事情聴取で「お友達」だと言われ付き合っていると1人勘違いしていたプレイヤーは失意の中、生放送で衛兵に取り押さえられながら完膚なきまでに振られるという事件でかなり有名だ。これによってNPCと付き合ってイチャイチャするという男達の幻想は一夜にして崩れ去った。それもそのはず、その振られたプレイヤーはNPCの間でセクハラ男として噂が広がり、街の全NPCに総スカンを食らうという目も当てられない状況が待ち受けていたからだった。それでも今も挑戦している者はいるらしいが一時期ほどの盛り上がりには欠けている。


「うーん全然前が見えない。……おっとと!セセーフ! えへへ」


 そんなしょうもない考え事をしていると、私の前を大荷物抱えたNPCの少女が危なっかしく歩いている。


「よっこいしょ! うん? ……なんか軽くなりました! 私ついにコツを掴んだみたい! えへへ もうひと頑張りだ!」


 少女が掛け声と共に荷物を持ち直すと私の目の前で袋の底が破け中からリンゴがゴロゴロと勢いよく解き放たれた。本人は気付いてないのか嬉しそうに軽くなった荷物を運んでいる。


 私は流石に気の毒に思い、手近なリンゴを1つ拾うと少女に声をかけた。


「あのリンゴ落としましたよ?」

「ええ!? ここれってもしかしてナンパ!? 私初めてナンパされちゃいました!! えへへ」

「いや、私は――」


 そういえば私はゲームでは見た目と声は男になっているんだった。色々あって完全に素に戻って話しかけていた。訂正するのもNPC相手だと面倒だし、この何やら嬉しそうにしている荷物で顔も分からない少女にも悪い。


「まあいいか。とにかく袋の底が破けてリンゴ落としてますよ」

「えええ!? 軽いと思ったら破けてたの!? あのナンパ師さん親切に教えてくれてありがとうございます! あっ!!――」

「あっ!!」


 少女が御礼を言って頭を下げたら、上の方の荷物が地面に滑り落ちた。それを何とかしようと焦って結局全ての荷物が地面にばら撒かれた。


「……えへへ 初めまして」


 呆然と空の袋を抱きしめ少女は恥ずかしそうに笑い私に挨拶する。それはそこで漸く互いの顔が見えたからだった。サイドアップの金髪ショートカットに大きな青い目と白い肌。そしてまるで警戒心を感じないだらけた笑顔。


 その顔を見た瞬間、私の抱えていたモヤモヤが全て綺麗さっぱり消えていた。世界が色づき、心がざわめく。


『心拍数の急上昇を確認しました。体調が優れない場合は速やかにログアウトをオススメします。ログアウトしますか? YES or NO 』


 何だろう。ドキドキして胸が苦しい。何より警告メッセージが邪魔で顔が見えない。慌ててNOを選択すると不思議そうに首を傾げて覗き込む顔が目の前に迫っていた。


「あのナンパ師さん?だ大丈夫ですか? そのもしかして私の顔にガッカリでしたか? ナンパ撤回ですか??」


 言葉が出ない。何だこれ。


『連続する心拍数の乱れを確認しました。VR安全ガイダンスに従って強制ログアウトを開始します。』


「――ッ!! ああなた名前は??!!」

「え!?私ですか?? えへへ、やっぱりナンパですね! 私の名前は――」


『強制ログアウトを執行します。またそのまま簡易健康診断プログラムに移行します。目が覚めましたらそのまま音声ガイダンスに従って下さい。』


 その名前を聞き切る前に無遠慮なアナウンスによって私の意識は途絶えてしまった。

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