第25話 サービス業にとって週末は鬼門
『フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん! フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん!』
「ふわぁ、眠い……けど、ファイトだ私!!」
『フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん! フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん!』
目覚まし時計、妹応援団Verで起きた私はいそいそと身支度を始める。昨日はあの後、精神診断という名のお説教を受け意気消沈したままに眠りについた。
『フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん! フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん!』
精神診断は取り調べの様な質問と自己啓発セミナーみたいなお話を聞かされその間に脳波や脈拍、汗腺や体温などメディカルチェックまでされた凡そ20分、現実時間だと5分程度のものだった。結果は故意の発言ではなく、事故だったと認められたがティララちゃんに最低と言われたショックで記憶が曖昧だ。正直不貞寝を決め込んで仕事を休みたいがそうはいかない。今日は土曜だし、予約も埋まってたはず。
『フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん! フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん!』
「……そうだね茉莉花! お姉ちゃん頑張るよ!」
私が目覚まし時計に語り掛けながら自分を奮い立たせていると勢いよくドアが開いた。
「うるせえうるせえ!! その目覚まし時計さっさと止めろ!!ノイローゼになるわ!!」
「あっお父さん、仕事は休みなの?」
「休みだったよ!! お前の頭のおかしい目覚まし時計のせいで完全に起きたけどな!!おはようございますッ!!」
『フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん! フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん!』
うわ、テンション高っ。なんかイライラしてるし更年期障害ってやつ?最近、生え際も後退してるし触らぬ神に祟りなしってやつだね。そっとしておこう。ていうか土曜だから茉莉花も家にいるよね!ふふふ、この傷ついた心を癒してもらおっと!!
『フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん! フレフレお姉ちゃん! がんばれファイトだお姉ちゃん!』
「にやけてないで目覚まし早く消せぇ!!!」
――その頃、橘家一階リビングでは母の美夜華と妹の茉莉花が二階の騒ぎに耳を傾けながら仲良く朝食を食べていた。
「はあ……茉莉花、後であの時計にお姉ちゃんリクエストのゴキブリお姉ちゃんVer.とお母さんが考えた大呪殺Ver.入れましょ。」
「えー、面倒だから混ぜてゴキブリお姉ちゃん大呪殺Ver.でよくなーい?」
「――ッ!!そうね、やっぱり茉莉花は可愛くて天才ね!! 」
「ふふーん、まあね!! あっそうだ!お姉ちゃんの朝ごはんチャーハンにして! 床に置いて手で食べさせるから!!」
「茉莉花それは流石に…………掃除が大変だからレジャーシート敷きましょ!」
「うん!物置から取ってくる!!」
幼くて可愛い茉莉花に家族全員ゲロ甘なため、姉に対する扱いが年々酷くなっているが突っ込み不在のこの家族にそれを止める手段は無い。唯一の救いは百合香が喜んでいる事だが傍から見れば家庭内暴力と取られてもおかしくはなかった。
「さてとチャーハンか。具は……このいつのか分かんないチクワでいいか」
母の美夜華はこう見えて国立大学の工学部だった理系ハーフ女子である。手先も器用で妹目覚ましやゴキ姉ジェットなど変なDIYも余裕で作れる無駄にハイスペックなお母さんだ。40代後半ながら百合香と姉妹と言ってもギリギリ通る可憐な見た目で家族で出歩けば年相応の見た目の父が浮きまくっている。しかし夫婦仲は至って良好だ。ちなみに百合香の目付きがキツいのは母譲りで、逆に茉莉花は目元が父親似で柔らかい印象がある。
「お母さんレジャーシート敷いたよ!」
「もう少しだから、ちょっと待っててねー」
「おはよう茉莉花!あとお母さん。」
「あっお姉ちゃんおはよう! 早くこっち来て! ここに座って朝ごはん!!」
「えっ? なんで部屋でレジャーシート??」
「茉莉花、チャーハン出来たわよ!」
「わーい!なるべく薄くて平たいお皿に雑に盛って!……あっそれでいいや。」
茉莉花が満面の笑みで平皿というかまな板に盛られたチャーハンを受け取るとレジャーシートの上で茫然自失の百合香の前に音もなくそれを置いた。
「はい、
「いや、待って待って!! どうゆう事!? なんで朝から熱々のチャーハン?? しかもまな板だし、素手強要されたんだけど!! 私の事飢えたゾンビだと思ってる? もう泣くのは演技とかじゃなく普通に出来そうなんだけど。」
「ふっ百合香……これが本当の
「別に上手くねぇから!!」
そのあと百合香は妹の期待を裏切れず全身全霊で
****
百合香の働くヘアサロン Schere《シェーレ》は言わずと知れた隠れ家的な名店だ。この丁度いい具合の地方都市で議員の若い神経質な奥さんや燻った地方女子アナ、パッとしないご当地アイドルまで中々の支持層を持っている。そして、何故か百合香はこういう客に人気がある。技術も然る事乍らあけすけで裏表のない性格が業界の闇に染まった彼女達には癒しなのかも知れない。
地方キー局女子アナ 如月 彩はその可愛らしい見た目とは裏腹に27歳というデリケートな年齢と上と下から挟まれる立場に程よく燻ってる常連客だ。そして本日の最後のお客様で、VIP用個室での対応だ。
「でさー、その上司なんて言ったと思う?? 「お前ら女子アナはヘラヘラしてるだけだろ。わかりもしないのに話に入って来んな」だってさ!!! いや元々てめぇ話に興味ねぇから!! 勝手に近くで話し始めたから中座も出来ねぇし、相槌してやったんだろうが!!このハゲが!!百合香ちゃんもそう思うでしょ?」
「うっとうしいわ!!髪切るのに集中出来ねーから黙ってろ!!あと話もよく分からん!!」
「酷いっ!!」
朝のドンが抜けきれていない百合香が鏡越しに指を差して怖い顔でそう言うと、ハサミをしまって彩夏の両肩に手を置いて怖い顔のまま少し鏡に顔を寄せて話す。
「だって私はいつも彩ちゃんの笑顔に元気もらってるし、ヘラヘラしてるなんて思った事ないんだけど! ていうかいつも頑張ってんじゃん!! この前の動物園のナレーション噛み過ぎてたけど、私は全女子アナで1……いや5番目くらいに好き!!」
「……百合香ちゃん」
「ま、最近ゲームばっかでテレビあんま観てないんだけどね。……少し太った?」
「ふふふ、百合香ちゃんは相変わらずだね。……いや、前よりキツイかも。太ったのわかる?」
「わかるよ!テレビは観てないけど彩花ちゃんが出てる所は録画してチェックしてるからね!」
百合香は昔から取り繕ったり空気を読む事が苦手だった。だから誰からも好かれていた訳じゃない。口の悪さも自己防衛のためで過去の体験が起因している。一応そんな自分を客観的にみて変だと思う常識も持っていたが、省みようとしても毎度失敗していた。ゲームのリオは言わばそんな百合香の努力の結晶でもあった。結局、リオは途中で諦めてしまったがリュカになってから確かな変化があった。
『あーもうここまで来たら人格治すの無理だし、自分らしくやろう。後のことは知らね。』
そんなこんなで明らかに百合香の傍若無人がリュカになってからパワーアップしていた。
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