第20話 元手ゼロの商売って本当ですか?
「バカとは失敬な! サービスを提供してお金を貰う。至って普通の商売です!!」
カンタは目の前でオブラートを剥がせば「人を蹴るんだから金を取るのは当然!」と自慢気に宣言するトカゲ女に今まで経験したことの無いタイプの恐怖を感じていた。
――正気なのか?? コイツのやっている事は最早、劇場型予告強盗犯だぞ!! 現実世界なら強盗致傷罪で間違いなくパクられてる。……コイツはヤバい。関わったらいけない奴だ。早く逃げないとッ!!
「あーそうだな、ごめん。じゃあ俺は用があるからこれで!」
「まあ待ちなって! 特別に1発50ゴールドでいいから蹴られていきなよ! ただ2発目もしたいなら通常料金を貰うけどね!」
コイツなんでゲーム出来てるんだ? 精神異常を感知するシステムのエラーか?? 飲酒状態や薬物使用状態なら脳波や生体情報確認を行うログイン時点で弾かれるはずだ。……もしかして、何かの隠し
「悪いけどあんたのおふざけには付き合ってられない。俺はこのフリースペースを愛しているんだ。はっきり言ってあんたの様なふざけた奴はここに相応しくない。出ていけトカゲ女!」
「……愛してる?」
「?? そうだ。俺はログインする度に通って店を物色している。この中の誰よりもココに詳しいし誰よりも愛してるといっていい!そんな俺だから見ただけで店の善し悪しを判断できるんだ!わかったか!」
「――あんたのそれは愛じゃない。」
「ッ!!なん……だと……?!」
カンタの言葉に木箱座りながらトカゲ女が俯いて答える。しかしその目には力強い光が宿っていた。緑の細い瞳がカンタをジッと捉えて離さない。得体の知れない何かを感じ思わず後退りするとトカゲ女は長い舌を遊ばせながら真剣な顔で話す。
「本当に愛しているなら見ただけで判断せずに全てを知りたいと思うはずだ。どこに行ったのか、何を食べたのか、何回トイレに行ったか、くしゃみをした回数、抜けた髪の毛の数、それでも足りないと友人の家族構成、着ている服のブランド秘話、座った椅子の部品メーカーまで調べてそれでも満たされない思い。それが愛。お前のそれは精々が趣味だ。訂正しろ小僧。」
「いや、それはストーカーでは……」
「じゃあお前は自分の母親が明日突然、黒のセットアップを着てシュール系コント芸人になるって言い出してもそうやって一方的に否定するのか?気にならないのか!コント内容がッ!!」
「それは気になるけど、話が違うんじゃ――」
「つべこべ言うなッ!! とりあえずお前は私に蹴られろ!愛はそこからなんだよ!! わかったら返事!!」
「えっいや――」
「はっきり返事をしろッ!!」
「はい!!」
百合香はこの手の暴論による説得が得意だった。むちゃくちゃな内容なのに気迫と勢いで乗り切る術を熟知していた。またカンタはリアルだと大人しいタイプだったため強引な言動への耐性が著しく低かった点も上げられる。カンタは黙って臀部のセクシャルガードを解除しサッと無防備な臀部をリュカに差し出した。
「愛を知れ小僧。ギルティ・タイキック!!」
「小僧って俺、結構いい歳なんだけど――ッ!!! 痛ッえええええええ!!! って痛みが引いた?それより動けない!?」
「もう1発いっとけえええ!!ギルティ・タイキック!!!」
痛い!痛い!!……でもなんだこの虚脱感は?痛みはすぐ引き、残るのは鮮明になった自我。無駄な思考が削ぎ落とされ内なる自分と対峙する感覚。これは……もしやかなりトリッキーな座禅なのか!? そうか、今ならわかる。この屈辱的な姿勢は人の目を気にする弱い心を戒めるため、そして動く事も出来ない体は凡百雑念を排除し、等間隔の痛みによって意識が鋭く研磨される。
そして理解する……自分がいかに底の浅い人間だったのかと。愛とは言いつつ一つ一つの品物の背景にまで目を向けてはいなかったと。商品の善し悪しだけを見て批評家ぶって悦に浸るクズ野郎だったと。そんな誰かを評価する立場は俺のリアルでの願望が関係している。蹴られる度にそれが浮き彫りになっていく感覚はとても不思議なものだった。
――そして気がつくと俺は泣いていた。痛くて泣いた訳では無い。自分が情けなくて泣いていたのだ。しかし、同時に憑き物が落ちた様に軽くなる心を感じていた。トカゲ女、いやトカゲ女さん、違う!トカゲ大明神さま!! 本当にありがとうございます!!
「うぅありがとうございます!! これは気持ちです!200ゴールド受け取って下さい。」
「あっはい、どうも」
「トカゲ大明神様。是非また禅に伺わせて頂きます。」
「そうなんだ、うん、待ってます。……禅?」
****
なんかムカついたから適当に言いくるめて一方的に蹴ってたら突然泣き出して感謝されたんだけどこれ何?? 新手の逆ドッキリみたいな奴? 意味わかんなくて凄い怖いんだけど!誰か助けて!!あとトカゲ大明神ってなに?? このゲームまともな奴いないのかよ!! ……まあお金は貰えたし、結果オーライか!でも蹴ってるだけでお金貰うのって実際商売としてアウトだよね。うーん、そうだ!さっき大明神とか禅って言われたし、それっぽい事言ってスピリチュアル系にしよう!!ついでに金額も上げるか!!
――1時間後。
「汝の心の内を話せ。」
「大明神様、私は女の子にモテたいのです。どうかこの願いを叶えてください!」
「甘えるなッうつけ者が!!ギルティタイキック5連続!!!」
「あぎゃあああああ!!――はっ私は間違っていた……もっと己の内面に目を向けるべきだった。人に頼るなんて浅ましい人間だ。ありがとうございます! 己を磨き、願いは自分の手で掴み取ります!!」
「必要なのは清潔感と金だ。汝に幸あれ。あとこの子を見掛けた事はある?……次の者。」
最初のお客さんを見ていたプレイヤーが興味を示し、やっている内に行列が完成していた。願い事や懺悔など様々なものを蹴りだけで解決すると口コミで広まったらしい。それっぽい雰囲気で蹴っているだけだが別に詐欺では無い。私なりにアドバイスもしているし、極めて健全だ。お客さんにはポスターを使って金髪美少女の聞き込みもしているしね。
「僕は付き合っている子がいながら別に好きな人がいます。その子は彼女より巨乳で僕を誘惑するんです。どうかこんな僕をお許し下さい!」
「許しません、改めなさい。 くらえギルティタイキック8連続!!!」
「あばああああ!!!――はっ僕は胸に気を取られ人間の本質を見ていなかった。うおおおおおお、ごめんよマチコ!この愛はもう決して揺らぎはしない!君の貧乳みたいに!!」
「きんも……いや、末永くお幸せに。あとこの子を見掛けた事はある?……次の者。」
かれこれ1時間はやっているが、1回200ゴールドにしたから蹴った22人で4400ゴールドの利益! しかも元手は無しだから割といい商売じゃない?まあ精神的に辛いけどね。後半はカウンセラーの気分だったわ。あと単純に蹴られたいだけの人とかも居て最初はドン引きしたけど、蹴るだけだし楽なので影で"当たり"と呼んでいた。噂をすれば次は当たりだ!!
「い卑しいこの豚めに再び罰をお与え下さい!!今回は手数重視でお願いします!!」
「……くたばれ。ギルティタイキック10連続ッ!!」
「ウヒョおおおおおおおお!!!! ――はっいけないッ!あまりの快感にトリップして強制ログアウトする所でした。」
いや、ハズレの間違いだったわ。これが当たりとか食玩だったら発禁もんだし。とりあえず、目標金額までは頑張ろう!!あと次から5連続以上は追加料金取ろうかな。明日からね!
「えー今日はこれで終わりです! また明日も来るので。それでは!!」
私はログアウトのために宿に向かう。行くのはもちろん永久機関であるカチカチ枕の宿だ。宿に入ると因縁のおじさんが番台で待ち構えていた。
「ほぅ逃げずに来たのか小娘。」
「あんたこそ、私にビビって枕変えてないでしょうね?」
私がそう言うと懐からカチカチの枕を取り出し、ガンッというおよそ枕とは思えない音を響かせて番台に叩きつけた。
「はっいい度胸ね。とりあえず500ゴールド。まあどうせ帰りに返ってくるんだけどね」
「……1回引き分けた位で良い気になるなよトカゲ女がッ!」
なんか唯一の戦闘?ってここだけなんだよね。なんか失礼なおじさんだし、完膚なきまでに叩きのめす為に作戦でも考えておくか!
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