第27話 カルツォー姉の正体
『前回、正しいログアウト方法を取っていない為プレイデータは記憶されていますがスタート地点がログアウト地点から女神の泉に変更されています。マナーを守ったゲームプレイにご協力お願いします。』
仕事が終わり家に帰ってゲームを始めると出鼻を挫く様な無機質なアナウンスが流れた。確かに昨日はお店の中で強制ログアウトしたけどなんか理不尽……まあでもちゃんと泉の登録してたから別にいいか。正直枕おじさんはムカつくから暫く会いたくないし丁度よかったかも。
「うわーあのトカゲ、正座してる」
「初心者あるあるだな」
そんなこんなで女神の泉で正座した状態で目を覚ました私はゆっくり立ち上がった。女神の泉での目覚めた時の状態はその時々で違っている。普通に転移で使った場合は立った状態。戦闘で負けた時は尻餅を着いた状態。そしてこの様に正座した状態は宿屋を使わずログアウトした場合に起こる。ていうかここのゲーム会社アメリカじゃなかった? これって日本特別仕様なの? あと謎の罰金2000ゴールドをシレッと奪われるオマケ付き。ちゃんと宿屋使えってメッセージだろうけど金欠には厳しい価格だ。
いま現実時間は22:00だからこっちは夕方頃で茜色の空が泉に反射してロマンティックなムードにさせている。ゲーム内でデートするならこの時間帯の泉はオススメだろう。……まあそんなもんに興味はない。すぐにでもティララちゃんに会って謝って、誤解を解いて握手したりついでに膝の上に座ってもらったり、流れで細長いお菓子を両端から食べるゲームしたりしたい!!(※ガールズバーは飲食店なのでそんな事出来ません。)けど飲み屋が開くのは23:00くらいだからそれまでお金を稼がないとね!あーはやくティララちゃんに貢がせろッ!!体の震えが止まらないんだよ!!
お馴染みのフリースポットで蹴り屋を開くと常連客がすぐにやってきた。ついついゴキブリを見る様目を向けてしまったがかえって喜ばれたから結果オーライだろう。心底気持ち悪い。嫌な顔されて喜ぶとかちょっと理解できないわ。でもまあ私も妹なら……もしかしてこれが同族嫌悪なの!? 私のカテゴライズこれなの??
「おぼおおおおぉ!! 一切の助言なく冷ややかな視線!そこから放たれるあまりに重い連撃!! 感無量です!!」
「ぬほおおおお、これこれッ!!!間違いなく僕のリアルはここにありますッ!!」
「よろしいですかお嬢さん、不躾ですが上乗せするのでもっとお尻の上を当て擦る感じでお願い出来ますかな? 」
いや、私はまだジャンル全年齢だわ。こいつら完全にR指定だもん。最後の奴なんて紳士風な感じで狂人強者感半端ないわ。私とは隔絶した領域に到達してるよ。
「ちょっと邪魔するぜ。紳士諸君。」
「あーもう、本当すみません!ちょっと失礼します! ごめんなさい! 説明しますから一旦落ち着いて下さい!」
そんな絶望と希望を噛み締めていると肩がけスーツのガニ股歩き美女がズカズカと列に割り込みして私の前に現れた。その後ろではいつかのお客様一号がペコペコ周りに謝っている。あっどっかに連れていかれそう。大丈夫かあいつ?
「私はカルツォー姉だ。此処で会ったが百日目!仲間になれトカゲ!まあお前に拒否権は無いがな!!」
「やばコイツ」
ゲームって気が大きくなりがちなんだよねー。特にロールプレイしてる人に多いけど別人格って言っても過言じゃない人もいるし。まあ私も前は寡黙な出来る男を演じてたし一定の理解はあるけど、これは中々ぶっ飛んでるわ。それに一見ゴリゴリのネカマキャラに見えるけど髪を触る仕草とか口の開け方からそこはかとなく上品なメス味を感じる。あと微妙に目が合わない。……なんか気になるなこの子。いや、別にティララちゃんから乗り換えるつもりじゃないんだけどね。うーん、とりあえずマナー違反だけど中身が女の子か確認しよ!まあこの方法ならきっとグレーのはず!!
「あの……肩のとこブラ紐下がってますよ」
「えっ!?」
リュカが小声で発した言葉にカルツォー姉があからさまに動揺した。
****
私は自分の肩を確認しますがよくよく考えればスーツを羽織っているので見えるはずもありません。それ以前にゲームですから下着が下がったりしませんし、第一見せる下着?じゃないと他者から見られることはシステム的に有り得ないと伺った記憶があります。つまりこの方は私を騙したのです! 信じられません! ハレンチです!ハレンチバイオレストカゲです!!
自分の肩から正面に顔を向けると犯人は舌をチョロチョロ出しながら不敵に笑っています。そしてその憎たらしい顔についカッとして素で話してしまいました。
「あ、あなた騙すなんて酷いわ! それにお下品だから舌を出すのをおやめなさい!! 慎みがなくってよ!」
「えっまさかのお嬢様キャラ?」
その言葉で我に返り、咄嗟に口を押さえたが時すでに遅し。慌てて後ろを確認するとカンタや客達は何やら楽しげに談笑していた。私は一安心してからトカゲの女性に詰め寄る。
「あなたどういうおつもり!? リアルを詮索するのはマナー違反じゃなくって?」
「いや、出来心っていうか。気になっちゃって……ごめんね。でもまあ中身も女の子なんだしいいんじゃないの?」
「全然違うわよ!! リアルの私は……まあいいわ。あなたも秘密を何か教えなさい。それで不問にして差し上げます。」
「えー……じゃあ前はリオってキャラ名のおじさんでプレイしてて、リアルは女。好きな物は妹の寝汗。」
「へえー、リオねぇ。……えっ、ん、ちょっ、はあ? リオ? あなたリオなの!? 」
その後、現在リュカと名乗る女と話をしたが間違いなくリオ本人だった。実はちょっと憧れだったあのリオがこんな下品を煮詰めて暴力で味付けしたみたいな変態アンポンタン女だったなんて。私はショックですぐにログアウトしました。
――趣味じゃない天蓋付きの無駄に豪奢なベッドから体起こすとベッドサイドのミネラルウォーターを飲み、横のブザーを鳴します。するとすぐに1人のメイドが部屋にやって来ました。
「雪希お嬢様。何か御用でございますか?」
「新しいお水を頂けるかしら。常温のオルデンがいいわ」
「かしこまりました。ではこちらを」
「あら、準備がいいのね。ありがとう。」
「また何かありましたらお声がけ下さいお嬢様。」
「おう!」
「え?」
「――ッ!! おうおん、ん゛ん゛ごめんなさい。むせてしまったわ。」
「あっはい、まだ夜は冷えますからお気をつけください。」
はあ、まったくもって肩の凝る生活です。私は10歳までイタリアで父方のおじいちゃんと生活していました。おじいちゃんはイタリアで五本の指に入るマフィアのボスでお金持ちには変わりありませんでしたがもっと自由で賑やかな暮らしをしていました。そんなおじいちゃんが死んで暫くして父に連れられて日本に来たのは8年前。日本語はもうペラペラですが、正直ことわざなんかは未だに苦手です。そして何よりこの生活。母親のアレな趣味で超お嬢様学校での勉強とオールドな貴族的な暮らしを強いられている事です。父は厳しいですが所謂マフィアっぽい事はしませんし、少し毛嫌いしているところもあります。安全で静かな日本の生活を求めた事もそれが理由かも知れません。周りの目、期待、保身、色々なものがこの息苦しい生活を作り上げているんでしょう。
1年前メディカルチェックと自習用に使っていたVR機材でたまたまこのゲームを間違ってダウンロードした事が全ての始まりでした。ゲームの中では堅苦しい作法も立居振舞も言葉遣いも自由で憧れだったおじいちゃん(もうカルツォー姉はおじいちゃんの原型を留めていないけど)みたいなれます。正直もうどっちが自分の素なのか分からないし、最近はゲームをリアルにリアルをゲームに侵食されている危うさも感じていましたが、私にとってこのゲームは無くてはならない存在なのは間違いないです。まあ今日、素がバレてしまいましたが……うぅ。
「いや、でも前向きに考えれば素を知ってる人がいるのは気楽かも知れません! それに……初めての何でも話せるお友達になって頂けるかも知れません!」
私はそんな決意を独り言ちると期待と不安を胸に無理矢理眠りについた。
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