第6話 私ってそんなイメージなの?

 百合香がリュカの作成に掛けていた3時間の間にゲーム内ではリオの新しいキャラを捜索する為に所々で騒ぎが起こっていた。本人は文句を言いながら呑気に髪を編み込んでいた時、初心者が最初に過ごす街ニュージアには包囲網が着実に形成されつつあった。特に武闘鬼神会マーシャルナイツはいち早く最初の演目アクトがある女神の泉広場に30名近い人員を割いて監視を続けていた。それでも新規プレイヤーは山の様に現れる為、ある程度目星をつけて行動するしかなかった。


 紅の獅子唐は泉広場近くにある子供用の遊び場のベンチから最初の演目アクトに突入している膝をついて祈る姿勢のプレイヤーを真剣な顔で眺めていた。彼は30名の人員に"泉の演目アクトをスキップしたプレイヤー"をマークする様に指示を出していた。そんな紅の獅子唐と共にいるのはナンバー2の乱癡気丸だった。


「あの会長、これ本当に意味ありますか?」

「新規プレイヤーはまず物語演目ストーリーアクトで仕様と世界観を体験する10分弱のチュートリアルをあの泉広場で強制的にやらなきゃならない。」


 目線を広場から逸らさずに淡々と語るその姿に乱癡気丸はかくはずのない冷や汗が額に滲む感覚を味わった。周りにいる子供の無邪気な声も彼には届かない。


「あ、あの超大迫力な世界1周旅行体験みたいな奴ですね!あれは鳥肌もんでした!」

「ああ、あの体験は初見の奴はスキップなんて絶対出来ないレベルの面白さだ。むしろ、2回目も余裕で金払ってでもやれる代物といえる。」

「えっとーじゃあ意味ないじゃないですか?」


 乱癡気丸がそう言うと獅子唐はフッと僅かに笑い、あまり見せない嬉しそうな顔で話す。子供達も見掛けない大人が気になるのか集まってきた。


「いや、リオとフレンドだった俺にはわかるんだ。アイツは間違いなくアレを速攻スキップして尚且つ、1番近くて子供がよく遊んでいるココに移動するはずだ。なんならスキップが出るのが遅くて悪態をついている可能性すらある。アイツの頭にあるのは可愛い女の子と戦闘だけだ!ロリコンシリアルキラーが相手だと思え!」

「はい!!」


 そんな彼らに1人の幼女が澄んだ瞳を煌めかせて近づいてきた。


「ねえお兄ちゃんロリコン?モリモリキラーってなあに??」

「ッ!!あーいけね。リアルで呼び出しだ。ちょっと離れる。後は頼んだぞ乱癡気丸!」

「いや、ちょっと待ってくださいよ会長!」

「ねえねえ、オリコンモリモリキラーってなんなの??」「僕も知りたーい!」「私もモリモリキラーしたい!」

「いや、あはは……獅子唐、あの野郎覚えとけよ!!」



 時を同じくして、ニュージアの戦人組合に併設された酒場の一角をギルド ストゥーピド・ファミリーが貸し切っていた。ギルマスのカルツォー姉は奥で机に足を乗せて部下に呆れたように話す。


「このゲームで泉の次にやる物語演目ストーリーアクトは『組合に登録する』だ。戦人、商人、職人、農人の組合から選ぶ訳だがあの戦闘馬鹿は間違いなくここに来る。」


「でも姐さん、こんな酒場の奥じゃ受付の様子は分かりませんよ」

「はあーお前らが今から組合に登録するとしてあのなげー説明を聞く必要あるか?」

「いえ、スキップします。」

「だろうな。初心者じゃない奴はスキップしてさっさとクエストの受注に向かうはずだ。」


 カルツォー姉はそういって酒場にあるクエストの掲示板をノールックで指さした。


「なるほど、それでクエスト掲示板が見えるここにいるんですね!」

「はあ、アホかお前。キャラをリセットした奴やこの手のゲームをやり込んでる奴もスキップするだろーが。というか誰がスキップしたかなんて分かんねえだろ!そこは第1段階だ。肝心なのはどのクエストを受けるかだよ。」


 そこまで言うとカルツォー姉は少し暗い顔になり、飲み物口にしてから間を空けて話を続ける。


「アレだけ強かったリオがなんで辞めたと思う?」

「さあ? 姐さん、心当たりがあるんですか?」

「まあな、強くなり過ぎたんだよ。張合いが無くなって全てを捨てて1から強敵と戦うつもりだアイツは。……フッ私とアイツは似てるからな。わかっちまうんだよ。私たちは同じ孤島の存在さ。」

「……姐さん、孤高の存在ですぜ。それだと遭難してます。」

「え……こ攻略という荒波に揉まれ心が遭難してんだよ!詩的な表現だろうがあ!!ニブチンが!!」

「痛ッ!!」


 叫びながら部下の頭にグラスを投げつけるカルツォー姉は小さく咳払いして話をする。


「おほん、お前ら初心者で受けられるクエストで1番難易度が高いのは何だったか覚えてるか?」

「レッドオークの討伐じゃないですか? アレ実際、敗北前提の無理ゲーですから。レベル15は無いと勝てませんよ。」

「ああ、そしてアイツは間違いなく最速単独撃破しにやってくる。このクエストをな!」


 そう言って懐出したレッドオークの依頼書をテーブルに勢いよく叩きつけると部下がどよめく。


「受付に金を積んでこのクエストを預かってきた。奴がクエストを受けるにはどうやっても私の下に自分から来るしかない。ははは、傑作だぜ。のこのこ正体を自分でバラしてくれるんだからな!!私たちはここで奴が餌に食いつくのを待つだけだ!」

「おお!!姐さんスゲェ!!」

「ははは、前祝いと行こうや!リオを飼い卸すのが待ち遠しいぜ!!」

「姐さん、飼い殺すですぜ。それだとペットの仲介業者です。」


 そんなグラスが飛び交う酒場の奥を見つめる人影があった。全身を覆うようなマントから時折銀色の鎧が見え隠れする。そんな見るからに怪しい客に店員の女性が嫌そうに近づく。


「あのー、ご注文は?」

「……ねぇあなたの頭のそれって金髪?」

「え、いや茶髪だと思います。」

「そう、ざーんねん。」


 ふと店員がマントの客を見ると赤く血走った目がマントの奥から爛々と覗いていた。


「ごご注文決まりましたらお呼びください!失礼します!!」

「ふふふ、リオ様はここには来ない。だって私に会いに来るんだもん。……でもその前にまず金髪の町娘。妻として浮気は許さないんだから。」



 ――ここはニュージアの下町にある昼の飲み屋街。準備中の札が並ぶ閑散とした通りに1人の金髪少女の姿があった。手には沢山の荷物を抱えていて身なりも綺麗とはいえない。それでも楽しそうに鼻歌を口ずさむ少女に天から声が掛かる。


「おい、うるせえんだよ!! 黙って歩けねぇのかお前は!!」

「と突然、天から声が聞こえました! 神の啓示ですか!?」

「アホか!! 2階から話してんだよ!!」

「あっおはようございます。いい天気ですね! えへへ リンゴ入りますか? 投げますよーえいッ!」

「え?お、おう。ありがとう。……調子狂うぜ全く。気をつけろよ!」

「はーい!」


 少女は看板もない建物に入ると、荷物を置いて掃除を始める。変わった造りの店内は窓もなく明かりもないため昼なのに真っ暗だった。先程注意された事を気にしたのか黙々と作業を進める。時折奥から笑い声が聞こえると少女は少しだけ寂しい顔でそちらを見つめた。


「……いつか自由になりたいな。えへへ…」


 袖口で目元を擦ると服の汚れで顔に黒い跡が残る。食いしばる様に少し下唇を噛みながら休むこと無く掃除を続ける。すると奥から人が現れた。


「おい、掃除は済んだのか?」

「あの、買い出しの時にお店の人がお茶をご馳走してくれて――」

「済んだのか、済んでないのかを聞いてんだよ!!どっちなんだ??」

「す済んでません。ごめんなさい。」

「チッ使えねえな。さっさとしろよ。」


 そういうと奥に消えてしまう。奥からはまた笑い声が聞こえぽつんと1人残された少女は耐え切れずつい弱音を吐いてしまう。


「……誰か助けて」


 そんな少女の悲痛な声は決して誰にも届くことは無い。そう、今はまだ。

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