第12話 見た目は確かに天使だった


 百合香が突拍子もない事をするのには慣れている。それは小学校の頃から百合香のバカに付き合わせれ抗体が出来ているからに他ならない。


 ――私は小学3年の時に親の仕事の都合で転校してきた。慣れ親しんだ家も仲の良かった友達も同時に失い、どうしようもなく落ち込んでいた私は転校初日になってもその呪縛から抜け出せずにいた。


「なんと今日は転校生を紹介したいと思います。何でも県の絵画コンクールで優勝した事があるとっても絵が上手い子らしいですよ!みんな仲良くしてあげて下さいね! では筆内 真姫さん、入ってきて下さい!……あれ、筆内 真姫さん?」


 先生なりに気を使ってくれたのかも知れないが要らぬお節介だった。廊下からでもクラスの期待する視線が突き刺さり、私はすっかり怖気付いてしまい教室の扉の前で固まっていると突然後ろから声がした。


「初めまして、私は百合香、橘 百合香!好きな物は転校生!よろしくって事で、よっしゃあ!! 行くぞぉ真姫ちゃん!!」

「――ッ!? えっ何??」


 驚いて振り返るとその声の主は目の覚める様な少し目つきの悪い茶髪の美少女だった。謎の自己紹介をすると百合香は私の手を握り締めて扉を勢いよく開く。


「あ、筆内さん遅い――? 橘さん? いつの間に廊下に移動したの??」

「先生、私はたぶん一生転校することは無い。だからこのチャンスを逃す訳にはいかない!真姫ちゃん、悪いが先に転校させて貰うぜ!」


「「はあ? コイツ何言ってんの??」」


 私も含め生徒と担任の心が通じ合った瞬間だった。百合香は黒板にデカデカと"橘 百合香 9歳"と殴り書き、チョークを無造作に置いた。呆気に取られた先生が声を振り絞って尋ねる。


「あの…橘さん、これは――」

「私の名前は百合香。橘 百合香。歳は9歳。」

「…歳は皆一緒だから必要なくないですか?。」


 先生のズレた突っ込みにも気にした様子を見せず百合香は続ける。


「趣味は友達の誕生日会に行って慣れない状況に戸惑う周りを無視して料理を誰よりも沢山食べること。」

「…それを趣味にするには頻度が少なくないですか?」


 やはり先生の突っ込むポイントに大きな違和感を感じるが百合香は尚も続ける。


「特技はすぐに友達を作る事。この子は真姫ちゃん、ついさっき偶然そこで出会った私の新しい友達です。……という事で次は真姫ちゃんね!なんなら今の私を真似すればいいから!!」

「えっ??」


 百合香に眩しい笑顔で肩を組まれ、私が戸惑っているとクラスから声が上がる。


「おい、橘いい加減にしろよ!いや、いい加減にして下さい!!」

「そうだよ! 筆内さん困ってるから! 筆内さん、はやくこっち来て! 百合香ちゃんから守ってあげる!!あの子可愛いけどヤバいから!」

「皆さん静かにして下さい! あと百合香さんは今後…あの…転校禁止です!!」


「なにこれ、意味わかんない……あははははっ!」


 私は百合香の事がよく分からないツボに入ってその日1日中、百合香を見る度に笑っていた。本当に一生分笑ったんじゃないかと思うくらい笑って気がつくとずっと抱えていた憂鬱な気持ちは無くなっていた。それ以来、私にとって百合香は大事な友達だ。一緒にいて飽きる事なんてないだろう。それに最低限のマナーはあり偶に天才というか、ちゃんとすごい事をやるので不思議な信頼がある。


 ****


「うーん、うろ覚えだけど、肌はきめ細かくて白くて可愛い!ただ化粧はしてなくて唇はちょっと乾燥してて、でもそれが逆に可愛い!眉も自然なままで油断を誘ってくる感じで可愛い!目鼻立ちはハッキリしてるけどちょっとタレ目気味で柔らかい印象で可愛い!髪は首の半ば位の長めのショートカット、ただ前髪は長くて重いし全体的にボサボサで雑にワンサイドアップにしてて正直ちょっと微妙なんだけど、それがなんか言葉に出来ないけど可愛い!!」

「はいはい、あといちいち文末に可愛い付けなくていいからね。ていうか――」

「あと左の目尻に小さいホクロがあって、利き手は右手で、未婚の18歳くらい。身長は150後半、靴のサイズは23センチ位、服装から見るに裕福ではなさそう。荷物を見るに一般家庭ではなくお店の買い出しか配達業務。だけど配達業務に明らかに非力な女の子を雇うとは考えにくい。そして仮に買い出しの場合、荷物が果物とナッツ類や菓子だった事から飲食店ではなく、収入源となるサービスとは別に飲食を出す仕事。例えばバー、スナック、キャバクラみたいな仕事の可能性が高い。くらいしか覚えてないや。ごめんね。」

「いや、どこがうろ覚えなの!? 半端ない観察眼なんだけど!! もう絵なくても見つけられるでしょ??」


 そんな文句を言いつつも真姫ちゃんは、もの凄い画力で金髪美少女を描き上げてくれた。ていうか可愛いが過ぎるのでは!! これ待ち受けにしようかな。でも茉莉花の画像を変えるなんて出来ない! 私はどうすればいいの……いや、そうか!!


「この隣に私の妹描いて、隅に日付と真姫ちゃんのサイン書いてくれない?あと構図は妹が後ろから顔を出してふざけてる感じで!」

「お前いい加減しろよ。人探しは? 妹描くなら金とるぞ?」

「えっじゃあお金払うから別で書いて!!構図も練り直すから!! 2人が背中合わせでこっちを見つめてるとか良くない??」

「はあーコイツと話すのしんど。マジで会う頻度、週一が限度だわ。あんたの職場や家族を尊敬するよ。」


 何故か同調するように皆が頷いているが知ったことか! ちょっと位わがまま言ってもいいじゃんよ!!


 結局その日はツーショットの絵はお預けだった。真姫ちゃんが帰ったあと、アシスタントの優ちゃんを扱き倒して、20時くらいに家に帰ってきた私はリビングで寛いでいる母と茉莉花に真姫ちゃんに書いてもらった金髪美少女の絵を見せていた。


「あんた、ついに妹卒業したの? ぐすっおかえりなさい百合香。あなたは漸く家に帰って来れたのね。」

「えっお姉ちゃんは私よりもその女を選ぶの!? 不潔ッ!!こうなったら……ゴキ姉ジェット噴射!!」

「ちょっ痛!目に染みるからやめて茉莉花!! ゴキジェットの使用法確認して! それ人に向けて撃っちゃダメだから!!お母さんも泣いてないで止めて!!マジで殺される!!」

「あー大丈夫よ。それ茉莉花に言われて作った百合香用のゴキ姉ジェットだから。中身は生理食塩水と空気。You〇ubeみて1時間くらい掛かったわよ。横のバルブ壊さないでよ。」

「ゴキ姉ジェットってなに?? 可愛いからって茉莉花に面白DIY作るのやめて!!……くっ覚えてろ!!」


 絵を死守しながらなんとか部屋に逃げ込んだ私だったが一難は去ってまた一難。よくよく考えたらこの絵どうやってゲームに持ってくの??枕の下にひいてゲームすればワンチャンいける?実はこう見えて私って機械音痴なんだよね。VRゲームも真姫ちゃんに設定してもらったし……真姫ちゃんに頼も。私は何も考えず真姫ちゃんに電話をかけた。


「――なに百合香? もう1週間は百合香に会わないと決めてるんだけど。」

「ゲームに真姫ちゃんの絵を送りたいんだけど、どうすればいいの?」

「ゲーム? あぁVRゲームか。絵をスキャニングしてデータ化してから……百合香には無理か。じゃあスマホで撮って私に送って。暇してたし私がゲーム内で渡すよ。確かリオだっけ?キャラ名。」

「おっ真姫ちゃんとゲーム久しぶりだ!ただそのキャラ消したから!私いまリュカ!ニュージアにいるの!」

「……あーはいはい、あの絵とかキャラ消した理由が何となく分かったわ。じゃあ21時にいつもの噴水広場の子供がいる所ね。」

「あーあそこか!! 分かった!!」




※作者からの追記。

 知ってると思いますが、危険なので本物のゴキジェットは絶対に人に向けて撃たないで下さい。また百合香母が自作したスプレーはタイヤバルブを使った無限スプレー缶です。全体を黒く塗装して達筆な赤い字で"家に棲う厄介なゴキブリを瞬殺!ゴキ姉ジェット!!"と記載してます。

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