第11話 ちゃんと働いてますよ!

「グェ」


 時刻はAM7:00、私は潰れたカエルの様な呻き声をあげて目を覚ました。


「お姉ちゃん、朝だよ!!おはよう!!」


 理由は妹が私のお腹に乗っているからだ。正直、最悪な起こし方ではあるが超絶可愛いから許す。


「うぅ…茉莉花おはよう。髪結ってあげるから椅子に座って。」

「うん!!」


 妹は毎朝私を叩き起して髪を結わせる。寝癖を直して、最近お気に入りのハーフアップのお団子ヘアにするとお礼を言って嬉しそうに1階に降りていった。うんうん、元気な事はいい事だ!


「ふぁ、……あと1時間寝よ。」


 わたしの働く美容院は9時出勤だ。オープンは10時だがその前の準備もあるし朝礼だってある。掃除や大量のお客様用タオルを畳んだりと体も動かすし、体力は温存しておきたい。ゲームばかりして基礎体力も落ちてるしね。ではおやすみなさい。


 ****


『もう、お姉ちゃん起きないとメッ! もう、お姉ちゃん起きないとメッ! もう、お姉ちゃん起きないと――』


「ふぁ……今日はお説教Ver音声か。縁起がいいね……よし、準備するぞッ!!」


 特製の茉莉花ボイス目覚まし時計(現在全10種類の音声)で起きた私はベッドからスプリングの反動を使って立ち上がりいそいそと服を着替える。ちなみにこの目覚まし時計は音声に確率があってお説教Verは出現率10%の分類だとノーマルレア相当になる。他にもノーマルVer、ドS風Verや応援団長Verなどがあって毎朝わたしを元気100倍、いや1000倍、時に限界突破10万倍!!にしてくれる私にとってもし無人島に持っていくなら迷わず選ぶ1番の宝物だ。今度、新しい音声ゴキブリお姉ちゃんVerを頼むとしよう。


 1階に降りると母が洗い物をしていた。机には1人分の和朝食があり私は母に向かって手を合わせ、深く頭を下げて感謝の意を示すと椅子に着席した。


「母上、おはようございます。いつも朝食を与えて下さりありがとう存じます。」

「うむ良かろう、味噌汁と飯だ。早く食え。」


 世のご飯を作って貰っている方々には是非覚えておいて欲しい。感謝の気持ちは言葉にしないと伝わらないのだと。はい、整いました。


『いつまでも あると思うな 髪と飯』橘 百合香


 我ながら悲哀に満ちたいい作品だ。今日帰ったらお父さんに詠んであげよう。最近生え際が後退気味だし、きっと響いてくれるはずだ。


 朝食を食べ終えると食器を片して仕事に向かう。もちろん退室前に母に向かって頭を下げる事を忘れてはならない。主婦にとってダイニングキッチンとは神域なのだ。もう銀ボウルの悲劇を繰り返す訳にはいかない。


 会社にはバイクで通勤している。まあ高校生の時に取った小型限定普通二輪免許だから125ccまでしか乗れないけど遠出はしないし十分だ。一応二人乗りも可能なので茉莉花をたまに乗せたりする。正直、危険だと思うが合法的に抱きついてくれる誘惑には勝てなかった。バイクって最高!!途中でコンビニによってお昼ご飯を買っても10分程で職場に着いた。まあ近場を選んだからね。さてと、張り切って働きますか!!



 ――準備を終えて、朝礼で予約を確認しお店がオープンした。大体1日10名くらいをアシスタントの子と一緒に相手にしているが、内容によって忙しさは変わる。今日は予約を見る限り、バタバタしなさそうだがまあ接客業は何が起こるか分からない。最後のお客さんの真姫ちゃんまで頑張ろう!


「前下がりのボブなんですけど、前髪はここくらいのシャラーンって感じで、後ろはあんまりペタっとならない感じで。あとサイドは気持ちシュッとさせて下さい。」

「あーならトップにレイヤー入れて丸さを出しながらスッキリさせた方が良いかもね。前髪は結構シャラーンってした方がいいの? 私的に私服の感じだと透け感のあるシャラリンでいいと思うよ!」

「なるほど! シャラリンでお願いします!!」

「オッケー!じゃあ、まず髪を洗いますね。優ちゃんお願いします!」

「はぁーい!」


 接客する上で気をつける事はお客様の気持ちになって考え、なによりも自分のセンス、可愛いを信じる事だ。なぜならお客様の描いたイメージを超える事が私達には要求されるからだ。正確に100%を出す機械には出来ないある意味で不完全な120%を出せる事が人間の強みなのだから。


「……なんか百合香さんって大体上着その服ですよね。紫色の。」

「うん!このジャージ好きなんだよね!楽だし格好よく――。」

「私も前から思ってましたけどぉ、先輩カット上手いのに髪も服も紫でぇ、なんかサツマイモみたいですよねぇー。」

「おい、優ちゃん。今なんつった?」

「ブフォ!! サツマイモッ」


 私はこの紫ジャージが好きで割と一年中着ている。上下セットで着てくると店長に怒られるので一度に着るのはどっちかにしているが、トレードマークといっても過言では無い。バイクに乗るので大体パンツスタイルだし、起伏のないこの体だし色気は全くない。…ってサツマイモ!? おイモなの私? そして優ちゃんお前は私を怒らせた。あとスタッフ含めて全員笑ってんじゃねえよ!! 泣くぞ!!


「本日はクーポンのご利用でカットとトリートメントでしたので5000円になります。」

「はい。じゃあ百合香さんまたお願いしますね! 最近、寒いから身体に気をつけて下さいよ!」

「うん待ってるね!気をつける…まあ私は所詮サツマイモ、寒さに強いから大丈夫だよ。」

「ブフォッ、サツマイモネタやめて……お腹痛い。」


 転んでもただでは起きない女、橘 百合香。こうなったらサツマイモキャラとして生を全うしてくれるわ!


「先輩、私のおかげでオイシイキャラが出来ましたね!サツマイモだ・け・にッ!!ウケる!」

「優ちゃん今日、仕事終わったらみっちりスタイリング教えてやるよ。手取り足取りな!!」

「あはは、顔こわーい!」


 アシスタントの優ちゃんは腕もいいし、センスもあってオマケに胸もデカいがそれを帳消しにして余りあるいい性格をしてる。コイツは終業後にしめるとして今日も残すところ最後のお客さんである真姫ちゃんだけだ。


「お、久しぶり百合香ッ!」

「いや、先週もあったじゃん」

「あはは、だねー。今日はよろしくね!」

「はいはい、いつものでいいんだよね?」


 このくすみピンクベージュのワンカールロングにリムレスのメガネ女子が筆内 真姫。小学校からの付き合いになる。そして私の友人で唯一の文系タイプ。現在はイラストレーターをしていて結構人気があって中々に羽振りもいいらしい。


「あっ忘れない内に真姫にお願い叶えて貰っていい?」

「はあ? ていうか叶えるの確定なの?」

「実は人相書きして欲しいんだよね。私が容姿を話すからモンタージュして!!」

「なにそれ? …まあいいけど、ちょうどカラーの間は暇だしさっさと描いてあげるよ!私のカバンからスケッチブックと筆箱持ってきて!」

「やったあ!! すぐ取ってくる!!」


 こういう時、この店の緩い感じは実に有難い。まあ私がいつも変なことするから皆が諦めたという方が正しいかも知れないが。


「で、どんな女の子なの?」

「すごい!! なんで女の子って分かるの!?」

「いや、百合香が男の絵を求める光景が想像出来ないだけ。」

「えっとね、髪は金髪で目は青い、天然系原石美少女!!」

「おー外国人?それでそれで?」

「……それで??それだよ。出来た?」

「出来るかッ!!わたしは霊能力者じゃねえ!!フリーアートだろこんなもん!!」

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