第48話 人道防衛隊出動
核兵器禁止条約は、2021年1月にその成立の条件である50か国の批准を満たして成立したが、核保有国が署名も批准もしておらず、実質的に意味のない条約であった。
しかし、2030年8月のロシア、中国、北朝鮮の核兵器の無力化によってアメリカ、イギリス、フランス各国が署名・批准に同意した。
さらには、同年9月にそれぞれの国内的な合意の元に核兵器廃棄を約束した。無論アメリカの核の傘に入っていることが理由で、条約に加わることが出来なかった日本を始め似たような事情の国々も同様である。
いずれの国民も、単に相手が持っているから持ってはいるが、常時設備の更新が必要であり、核弾頭を冷却する必要があるなど、金食い虫である核兵器などはない方が良いと思っていたのだ。だから、反対が多いと見られていたアメリカでさえ、アンケートの結果は廃棄賛成が60%に近かった。
そうなると、国際的な圧力を高まりに、他の非公認の核保有国であるインド、パキスタン、イスラエルも10月には核兵器廃棄を約束をせざるを得なかった。しかし、インドとパキスタンは互いを敵視してでの保有であり、相手が廃棄しない限り自分の廃棄は出来ないと言い張った。
さらに、イスラエルは周り全てが敵であるアラブ諸国に囲まれているという地勢的条件から、当面核兵器を密かに隠し持っている可能性のありイランの核兵器が無いことを確認することを条件とした。つまり、これら4国は条件付きで廃棄に同意するこということである。
しかし、すでに日本・アメリカを始めG7は核兵器を無力化できる手段をもっており、多数の核兵器を持つロシアや中国ですらあえなく無力化されたことから、彼らに物理的に核無力化を防ぐ手段はない。さらに、時間をかけるほど国際的な圧力は強まるので、それほど非核化までの時間は要しないと見られている。
一方で、強制的というよりまさに戦闘行為によって、核兵器を無力化されたロシア、中国、北朝鮮の狼狽する心情は同情すべき面もあった。とりわけ、核のみならず軍備を殆ど無力化された北朝鮮の治安は一気に悪化した。元々、国民の多くを半ば飢えさせてきたこの国が、ここまで保てたということが奇跡的であったのだ。
国の上空を戦闘機が飛び回り、WPCを照射して回ったことは隠しようもなく、その結果に関する国の外側からの通信は遮ることは不可能であった。だから、北朝鮮の軍備を無力化したというアメリカの発表もほぼリアルタイムで国民に知られている。
こうして、国民に犠牲を強いて整備してきた、核兵器をはじめとした兵器類があっさり無力化されたことは、軍・国民の猛烈な怒りを買った。しかも、多数の国民を抑えてきた小銃などの兵器が大部分無力化されたのだ。
市民並びに軍人さらに警官までが、軍の本部や中央官庁など支配層のオフィスに加え支配層の私宅にまで、スコップやこん棒など様々なものを手になだれ込んだ。この暴動の渦は1週間ほども荒れ狂い、この中で30万以上の人々が虐殺されたといわれ、その中には街中で吊るされた最高指導者を始めその一族全てが含まれているという。
荒れ狂った人々が疲れ果てて、暴動が治まったころ、韓国軍が侵攻して秩序を回復した。この韓国の侵攻は、アメリカを始めとする国際社会の圧力の下であったが、彼らは破壊された街並みと、飢えた2千5百万人余の国民を抱えて改めて途方に暮れている。
いずれは、アメリカを始めとする国際社会の援助もあるとしても、当面の秩序の保持と人々の支援は韓国単独が担う必要がある。
韓国は、国際社会への要求とは別に、日本に対しては当然のごとく莫大な援助を要求してきた。だが、朝鮮半島の人々に対する冷え切った国民感情を反映して、日本政府は求められた5兆円の援助はにべもなく拒否している。
いずれにせよ、北朝鮮は韓国の傘下に入るか合併することになるので、すでに核兵器禁止条約の批准を表明している韓国と同調することになるであろう。
一方で、ロシアと中国に対しては国連を通して条約への批准の打診を行っているが、両国とも回答を拒否している。しかし、彼らが再度莫大な予算を投じて、無力化されることが確実な核武装をすることは考えられない。
だから、実害はないので両国はG7からは放置されているものの、いずれは批准することになると見られている。一方で、核保有国で軍事大国として国際的な威信に、国内的にも政府の権威としてきた両国は、国民から一気にその存在を軽くみられるようになってきた。
そして、どちらも国内に多くの異民族を抱えていて、火種は多く、実際に反抗運動はすでに顕在化していたのだ。とりわけ、中国の場合には、国際的な孤立が長く続き、そのための経済の凋落もあって国内の格差が誰から見ても明らかなほど広がっている。
そのように、人々が豊かになる希望が無くなったところに、政権に近い層のあからさまな腐敗と横暴は大多数の国民の中に耐えられないほど不満がたまっていた。中国は、その不満の顕在化をITを用いた監視網で抑え込んでいたが、その監視する要員にも十分な利益供与が出来なくなった。
このためこの層も、核の無力化をきっかけに反抗分子に転化することになって、暴動が一気に拡大することになり、中国政府は対外的な対応どころではなくなっているのが実情である。
ロシア政府については、中国と違って選挙で選ばれた政権である。ここでは、長く政権にあるブリーネス大統領が憲法を変えて終身を可能にすることで、未だに政権の座にあった。そして、長く続く経済的停滞の中で、不満が高まる国民と野党を力で押さえつけてきた。
しかし、今回の核の無力化は与党の内部からも大きな失態とみられており、俄かに高まった野党支持者の抗議活動を力で抑えることに反対する勢力が強くなっている。このようなことから、ロシアの政権交代は近いと見られている。
さて人道防衛隊であるが、本部は日本の横田基地に置かれた。現状では日本とアメリカはその役割を終えたとして、日米安保条約の解消に動いており、返還すべき横田基地を人道防衛隊の基地として用いることになった。
ちなみに横田基地は自衛隊も共同で使っているが、人道防衛隊は米軍基地跡を用いることになっている。この部隊はG7+1の8か国が費用と人員を分担することになっており、各国抽出の戦闘員が5百人の合計4千人に、支援部隊が3千人で全部として7千人の部隊である。
パイロット、整備員なども支援部隊に含まれるが、その半数は地元の日本から派遣している。航空基地である横田が選ばれているのは、基本的に人道防衛隊は移動速度が重視されており、現地乗り込みはいずれにせよ、航空機によることになるからである。
そして、なぜ立地が日本かであるが、公にはWPC発祥の地である日本がその供給に最も有利であるということになっている。しかし、本音は僕を当てにしているんだよね。少人数で密かに紛争地区に人員を送り込む。
そして、その人員には出来るだけの武器等の機材を持たせるとなると、空間収納と空間移転は欲しいよね。僕がM国の件で使ったものだから、人道防衛隊は、僕がその能力をもっていることを知っているんだ。
実際に僕のアクセスが良いというのが、横田に本部を決めた理由ではないかと僕は疑っているけど、どうしようもないよね。各国から人道防衛隊への人員配置が行われ、必要な機材が揃えられるのと並行して、なぜかアジャーラがK大からT大に移籍するという人事がうやむやの内に決まってしまった。
そうなると、彼女も当然僕の実家の横に建てた新しい家から通うことになるよね。そこは、彼女が彼女の母に会いに村山市に帰って来た時には、泊まるのに使っているけど、僕は東京にいる時は便利だから実家に住んでいる。
彼女が東京にいる時、僕は自分の家で彼女と住んでいるけど、両親もそれに対しては何も言わない。僕は彼女が大学を卒業したら結婚するつもりだしね。僕がアジャーラとそういう関係というのはネットではちょくちょく話題になるけど、オールドメディアには出ない。
政府からも働きかけもあるかもしれないけど、どうも僕の案件はアンタッチャブルなんだね。そういうことで、僕は大部分自分の家に住むことになったわけだ。
ちなみに、人道防衛隊の司令官はアメリカ陸軍のカメラ・カーラル少将になった。 55歳の小柄で丸顔ぽっちゃりおばちゃんだ。この人は情報畑が長かったようで、結構危ない橋も渡ってきたようだ。まあ肝っ玉母ちゃんというところかな。実際に10代の息子と娘がいて一緒に日本に来ている。
副司令官は51歳の自衛隊の溝口卓也陸将補であり、中背で筋肉質の角ばった顔の人だが、この人も情報畑が長かったらしい。どちらも僕にとっては付き合いやすい人達だ、とは言え、相手が僕に合わせてくれていることは明らかだけどね。
人道防衛隊も軍である以上、統制が取る上で必要なので階級があるけど、全体としては1万人以下の少数精鋭の軍とする予定なので簡素化している。将官、佐官、尉官、准尉官までの構成で、兵は含まれずそれぞれ2階級までしかない。
つまり、将官は1将、2将ということであり、カーラル1将、溝口2将ということになる。僕はあれよあれよと思っているうちに断れなくなって、“技将”という変な役職になった。同じく巻き込まれたアジャーラはもっとひどく“技佐”という役職だ。
アジャーラは最近ようやく空間ゲートを開けるようになって、転移ができるようになった。でも、まだマップ上に座標を決めてゲートを開くまでは出来ていないが、時間の問題ではある。そりゃあ、引っ張りこむよね。
ちなみに、空間収納のWPCは出来たものの、WP能力が高くないと操作はできない。だから、空間収納は人を選ぶわけで、それも数万人に一人というオーダーだ。
この人道防衛隊との係わりの中で、横田本部に通うのは週に2回で良いということになった。とは言え、僕の研究室は結局T大の中になっているので、僕の家とT大の僕の研究室からは可及的速やかに本部に移動できるようにというのが条件であった。
でも、僕の家及び研究室と本部の僕のオフィスの座標を僕が記憶しているので、連絡があれば実質数分で移動できるということで、問題ないということになった。この点では僕が他出している時には、移転のためには自分の現在の位置を目的地の相対位置と対比して意識に刷り込む必要があるので、30分ほどが必要だ。
ある朝、僕がアジャーラの作った朝食を摂っている時に、防衛隊から持たされている秘話通話機能のあるスマホが鳴った。
「はい。浅香です」
「司令官秘書のマリア・ベーカーです。特急の出動案件です。すぐに本部においでください」
「はい、じゃあ。5分で行きます」
僕は答えて、すぐ立ち上がって寝室に向かいながらアジャーラに言った。
「そういう事で行ってくるよ」
「ええ、オサムのことだから間違いないだろうけど気を付けてね」
アジャーラが笑顔で送りだす。
僕は寝室で、さっさとパジャマを脱ぎ、防衛隊の戦闘服のズボン着て、さらに上着をひっかけて座標を脳に刻みこんでいる居間に移動する。そこで目を閉じて、両地点を意識内で繋いでグッと繋ぐようにWPを絞り出すと、そこは防衛隊基地内の僕の狭いオフィスへの門ができる。
すぐさま、門をくぐって部屋に入る。更に部屋を出て、司令官室に向かってノックして入り、室内にいたカーラル司令官に対して一応敬礼して言った。
「命令により出頭しました」
部屋には他に作戦部長のガルグ・デッセン1佐に、僕も良く知らない3名の将校がいる。
「はい、ご苦労。ああ、早朝から有難う。君は早いな。まだ溝口副司令官はこっちに向かっているところよ。緊急事態なので呼んだの。最初のミッションになると思う」
カーラル司令官が応じてドイツ軍出身のデッセン1佐に言う。
「じゃあ、デッセン1佐、状況を説明して」
「はい、今日未明の連絡ですが、アフリカ南部ナミビアの首都ウイントワークからの通信で、フランス政府を経由しています。通信そのものは今から3時間ほど前のものです。
それは、ウイントワークから北に350㎞ほどの場所にある山中の村に強盗団が押し寄せて、村人を虐殺し始めているという連絡です」
デッセン1佐の説明では、ナミビアの標高1400m余りのウムラムという村には、最近ダイアモンドが見つかったという噂があって人が集まって来ているらしい。そこで、フランス人の記者が乗りこんで取材していたところ、強盗団に襲われて慌てて首都の宿泊先の同僚に衛星通信で連絡を取ったということだ。
通信時点では少なくとも10人以上の村人が強盗に射殺されており、強盗は家々を回って家探しをして回っているらしい。ウムラム村は高所で涼しいことから、お茶の産地ということで300人ほどの人口があって、ダイヤモンドの噂で100人ほどが入り込んでいるという。
さらに、記者の取材ではダイアモンドが取れるというのは事実で、多くの村民が見つけたそれを隠し持っているという。強盗団の規模は相当大きいようで村のあちこちから銃声と悲鳴が聞こえているようだ。
「どうもナミビアには、大規模な強盗団が出没していたらしいですね。人数も100人を超えて、山岳地帯を自由に動き、小銃どころかバズーガも持っているような相手で、警察では対応できず、軍もなかなか手に負えない存在らしいですな。
今現在出発していない軍が仮に出発しても、道路事情から8時間以上はかかるでしょう。どうも、そのフランス人の記者アラン・ビシル氏の報告では、子供・老人も容赦なく射殺しているようですから、下手をすると攫われる若い女以外の村が全滅ということもあります」
デッセン1佐の説明にカーラル司令官が続く。
「そういうことで、オサム、貴方の能力を使わせてもらえば、私たちはWD-WPCを持った30人の部隊を現地に1時間以内に送り込める。皆WPC方式の小銃を持っているから、銃を無力化された強盗に後れを取ることはないでしょう。どうですか、オサム君?」
司令官の柔らかな声に、僕には選択肢はない。
「ええ、そうですね。大分時間が経っていますから、どの程度の被害がでているか心配ですが、すぐ行きましょうか。ええと、部隊は準備できていますか?」
「ええ、取りあえず、今回はアメリカの特殊部隊出身の30名としました。一人は空間収納が使えますので、現地に必要になりそうなバイクを含めて、様々な武器を持っていきます。じゃあ案内しましょう」
今度はデッセン1佐が応じて先に立って案内する。行った先は、格納庫であり、そこに迷彩の戦闘服を着た30人が寛いで立っていたが、デッセン1佐と司令官が来たのを見ると、さっと並び姿勢を正して敬礼する。
「ご苦労!君らを空間転移で運んでくれるオサム・アサカ技将を紹介する。彼は、知っての通り人類最強のWP能力の持ち主だ。その能力によって、空間移転のみならず様々な超常的な能力を振るえるのみならず、武道の達人でもある。
だから、一方的に君らに守ってもらう必要はないが、かけがいのない人材であることは留意してほしい」
デッセン1佐の話の後にカーラル司令官が良く通る声で言う。
「すでにミッションの内容は説明した通りだ。今回がわが人道防衛隊の最初のミッションになる。指揮官のシュンゲル2佐の指揮の下、臨機応変に任務をこなしてほしい。現地の状況ははっきり言って不明なことが多く、状況に合わせて行動してもらう必要がある。いずれにせよ、皆が生きて帰還することが第一優先だ」
それに対して、男22人女8人で白人、黒人、その他のヒスパニックらしいもの達が交じった中で、長身の白人の指揮官が進み出て敬礼しはっきりした声で言う。
「は、承知しました。現地の状況に合わせて柔軟に行動して任務を果たします。隊員を全員無事に返すことを最重視します」
それから二コリとして、僕に寄って来てから手を差し出して言う。
「やあ、オサム君。始めまして。よろしくお願いするよ」
僕も、彼のタコの出来た鍛えられた手を力強く握って言ったよ。
「始めまして。現地の行き来は任せてください。現地ではよろしくお願いしますよ」
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