第26話 WPCによる熱の有効利用
熱というのは、分子の振動によって起きると言うよね。高温状態ではすごく高速振動していて、低温状態では振動は少ないわけだ、だから、絶対零度というのは、振動が止まっている状態といえばいいのかな。その時に電気抵抗がゼロになるというのは興味深い現象だよね。
そして、振動数が大きいというのはエネルギーの量が大きいということだからだろうね、WPCは熱を吸収することで、 機能させることができる。バーラムの世界では、長く魔道具であるWPCは熱を吸収して機能していたので、そのために寒くなって困ったらしいよ。
そのために、電子の流れとして電気を使うことを編み出して、このほうが大きな力も使えるために、こちらが主流になってしまったのだと言う。
地球では、以前人は暑さ寒さは着物で調節して、さらに火を焚いて、それでできない場合は耐えるしかなかった。でも、今はエアコンで屋内の温度を調節して快適に過ごすことを覚えてしまった。
このことによるエネルギー消費量は莫大なもので、温暖化の大きな原因の一つになっている。だけど、WPC発電によって電力発生には実質エネルギー消費が必要なくなってしまった。とは言え、今のエアコンの仕組みを考えると、室内の熱気に加えてエアコンのコンプレッサーを回した熱の排熱を外に排出している。
これは、結局外の温度を上げていることになる。さらに家庭ではその中でそれほど熱を発生することはないが、工場では熱を発生する工程は数多くある。この熱は排気として環境中の温度を上げているのだ。
つまり、電力を消費しない熱吸収のシステムは以前であれば非常に大きな開発だった。ところが電力発生がWPC発電に変わったことにより、以前ほどの大きなエネルギー上の意味はないものの環境面では影響は大きい。さらに、冷やすシステムとしてのエアコンの機器はなかなか複雑であるが、WPCは極めて単純である。
そして、吸収した熱をどうするかと言えば、B-WPCによって電力に変えることになりバッテリーに蓄えるわけだ。K大で実験により確かめた数値をもとに計算すると、20㎡の比較的密閉性の高い部屋で、平均気温30℃の場合に室温20℃に下げた場合に発生する電力は、大体4㎾時/日である。
大体1家庭の電力使用量はエアコン以外で3~4㎾時程度だから、1部屋のB-WPCの設置で家庭の電力を大体賄えるわけだ。だから、夏には2部屋以上のB-WPC設置で大幅に電力は余ることになる。むろん春や秋はエアコンが必要なく、冬は逆に暖房が必要である。暖房も電力からWPCで熱を出すことができる。
これにはH(Heating)-WPCを用いる。おおむねこれは、1㎾時=3600kJの理論通りの効率で働くので、20㎡の部屋を平均外気温10℃の場合で20℃の室温に保つとき5㎾時/日の電力を消費する。つまり、年間を通じてみると日本で室温を一定にしようとすると、トータルとして電力は外部からの供給が必要である。
そして、これらを実際に使う場合は、ファンのついたエアコンの室内機のような機器に、室外機の代わりにバッテリーが必要になる。つまり、各部屋に冷暖房のためのB-WPCとH-WPCを設置したファン付きの室内機と、1つ家屋共通のバッテリーになる。さらに、余剰電力は電力線に返すようにする仕組みが必要だ。
普通の家で言えば、各居室3室または4室にエアコンをつけた場合の2/3程度の設備費になるが、電力消費量は1/3~1/5程度と圧倒的に少なくなる。だが、WPC発電の開発によって電力会社が政府と折衝して料金の見直しをする見込みで、3年後には料金は半分程度になると予測されている。
だから、メリットはそれだけ減ることになる。しかし、このシステムの本領を発揮するのは熱帯の国である。そこでは暖房は必要なく、冷房はほぼ年中必要だ。実際に熱帯の国では、自宅の電力をこのエアコンシステムで賄い、その上に自動車用のEXバッテリーの充電を自宅で行うということが普通になる。
だから、予想通り数年後には爆発的に売れている。日本でも沖縄では、大体電力収支は合うようでほとんど外部電力の供給は必要ないという結果が出ている。
このシステムの開発したのは、K大学の電気工学科のメカトロニクス研究室であり、話を持ち込んだ真中が中心になっている。彼らは、先述の種々の効率等の数値を実測して定めて、必要な能力を決定しモデル設計を行って、試作機を作成して様々な場所に持ち込んで試験運転をした。
これらは、実際は大学の研究室で実行できることではないが、指導教官と卒業生を通じてD工業の全面的な協力を得てのことである。D工業は、むろん自社でその生産を担うという目論見があってでの協力であったので、実用化の目途が立った時点では製造のラインもでき上っていた。
そして、真中がドクターコースの2年生になった夏に、その研究が学会とマスコミに発表された。学会へは、熱をエネルギー源とするB-WPCの存在の周知と、その諸機能、効率性の測定結果とシステムの確立等でセンセーションを呼んだ。また、それがすでに実用機として完成した点でマスコミが飛びついた。
そして、家庭用としての活用は、屋内のエアコンシステムという形で完成した。そのこともあって、熱吸収のWPCは様々な製造工場で極めて広い応用範囲があることが、K大学の様々な学科からの提示で明らかになっている。
例えば、食品加工においては、大抵の場合には煮炊きなど加熱の工程が入るが、この熱源はほとんどがガスや燃料油による燃焼によっているので、温室効果ガスの排出源になっているのだ。
そして余剰熱の大部分は排気として排出されるが、相当な割合が中に残って高温の室内になるわけだ。
そのような労働環境が快適であるわけはないが、必要悪として諦められていた。それが、熱を吸収して電力として利用できるWPCがある、ということになると飛びついてくることになった。また、煮炊きの熱源は高いコストから電力によることは困難である(しかし、WPC発電で電力料が下がると話は変わってくる)。
でも、その排熱を電力の形で大部分回収できるなら話は別になる。真中等が出した数値を元に、各分野で一斉に生産工程の排熱利用の研究・開発が始まったのは当然である。
それは、まだ研究の初期で、さつきがK大学に入学した年の夏のことであった。研究室に、真中のほか石川准教授、D工業の室田真奈美、ほかの院生が2人いて、各々適当に座っている。
「この部屋は快適ですねえ。でも少し温度を下げすぎじゃあないですか?」
さつきの言葉に真中が応じる。
「いやいや、実験に使っているのでこれでいいんだよ。設定も23℃だしね。それでも、大体の必要な数値は出たので、基本的な設計にかかっているんだ。でも、電気代を気にせずにエアコンを使えるのは有難いよ」
「うん、この部屋のある棟は各部屋のエアコンだから、結構予算の縛りがきつくてね。電気代の節約のために、大体28℃で設定していたんだ。このWPC方式のエアコンは、電気代を気にするどころか、温度を低くしたほうが電気を生むことができるからね。だから、一日中運転しているよ」
石川准教授が言うが、彼は43歳で中背小太りの色白の優男タイプだ。本来、学部学生のさつきが、研究室に出入りすることは許されないが、彼女はWPCの活性化に関した優れたスキルを持っている。それで、様々な試作のWCPの活性化に大いに貢献したので、彼女は出入り自由になっている。
また、真中との仲が公然のものになっている点は、本当のところむしろマイナスで、普通は研究生が部外者の彼女を研究室に連れてくることは許されない。
「でも、WPC発電がない時だったら、もっと開発中のエアコンシステムは画期的なものだったのにね。電力が半分以下になるのだったら、余り意味はないですね」
さつきが言うのに、真中が応じる。
「いや、そんなことはないよ。設備費は2/3になるし、電気代に気を使って我慢して温度を高めに設定する必要はないし、夜間は消すという必要もない。実際のところ、 エアコンによる電力消費は電力会社にとって供給電力のピーク量の要因になって、給電可能量を高めにとる必要がある要因だったんだ。
それに、電気料は発電コストが下がるほどに劇的には安くはならないよ。多分半分程度で打ち止めだな。持っていた設備の償却、それと電力網の維持があるからね。それに、このシステムのおかげで全体として給電量が下がるので単価はなおさら上がってくる。
試算では、このシステムを導入することで、家庭の電力消費量は半分程度になるから、十分なメリットがある。それに、災害大国日本では、大容量の電池を持つことのメリットはすごく大きいよ。僕はほとんどの家庭はこのシステムを設置すると思うな」
「ああ、僕も家庭への導入は全面的になると思うね。それに、熱帯・亜熱帯の国ではこれをつけないという選択はないと思うよ。そういうところの国は大体が途上国で発電・給電インフラが貧弱だ。そして、このシステムを入れれば、暖房が基本的に不要だから電力供給の必要がなくなる。
それに今僕のところに共同研究やら問い合わせが殺到しているのが、生産現場の排熱利用だ。政府もWPC発電や自動車のWPC化によって、温室効果ガスゼロの目途が立ってきたので、ボイラーや窯を持っている工場に、電気への切り替えを迫っている。自分でWPC発電施設を持てばコストはずっと低くなるしね。
それで、排熱利用と効率の良いWPC方式のヒーターの開発を我々も言われているのだ。だけど、排熱利用はこのエアコンシステムの変形だからいいとしても、ヒーターはねえ。結局弟さんの修君が出入りしているので、当てにされているんだな」
石川准教授が真中の話を補強するように言う。
「ううん。修はそんなに有名になって?」
「うん、そうだね。日本の大学と研究所で彼を知らない人はいないだろうよ。今や全国を走り回っているよね。結局彼くらいなんだよな。WP能力とWPCの組み合わせ、さらにWPCの回路の可能性を本当の意味で知っているのは彼一人だからね。
基本的に我々の研究がこんなに順調に進んだのは、彼のアドバイスで何度もWPCの回路を修正し作って試せたからだよ。もちろん、さつき君がどんどん試作したWPCを活性化してくれたこともあるけどね。なにしろ、僕らの中で活性化できる者でも、1つやればヘロヘロになるものね」
「ところで、さつきさんは、意心館の道場のビルに住んでいるらしいですね。僕の同級生の弟が習い始めたんで通っているのですよ」
マスター2年の磯田翔太が言う。
「ええ、そうですか?まあ、順調に道場生が増えているようで有難いです。やっぱり、意心館の実力を認められてきたということですね。今度開く世界格闘技グランプリで、良い成績を取るとまた弾みがつくのですが」
身体強化ができる者が増えてくると、格闘技の世界でも、身体強化ありの小規模な大会も開かれるようになってきた。意心館の門下生を名乗る者もすでに2千人を超えており、その門下生のみの大会も毎月行われていた。
それが今では、広田が属していたKC館など他流派または個人も受け付けるようになっている。そして、半分ほどがそうした他流派の中で意心館は上位を独占している。その大会はだんだん話題を呼ぶようになっており、テレビ局が声をかけて、身体強化ありの格闘技大会である世界格闘技グランプリの開催が決まったのだ。
かつてKC館の名が世に高まるきっかけもそのいう大会の結果だった。一方で、身体強化をした選手同士の格闘技の戦いでは速さと筋力が全く通常と異なり、見ごたえが違うということでエンターテインメントとしての価値が高いと評価されたのだ。身体強化をした者の戦いは、実質地上最強である人を決めるものになる。
「なにか聞くと、本部道場はさつきさんの家の隣にあるとか?」
また磯田が聞く。
「ええ、そうです。弟の修の関係で、私の家族を含めて週刊誌に載って、それで危なくなったので護衛が必要ということになったのです。それもあって、館長の広田さんに頼んで隣の道場に入ってもらったのです」
「入ってもらった?というと、道場はお宅のものですか?」
「いえ、まあ一応祖父の会社の所有になっています」
「ああ、みどり野製菓でしたね。おじい様が社長で、お母さまがおられるとか。僕の家の皆も“いのちの喜び”を食べています。あれは、食べ始めるとやめられませんね。
あれを最初に売り出したのがみどり野製菓でしたよね。でも、みどり野製菓は次々にヒット商品を出して、すっかり全国ネットになりましたよね」
磯田が言うように、みどり野製菓はいのちの喜びを相変わらず月間1千万枚を売っているが、他にその過程で学んだノウハウで年間に一つ程度のペースで新たな菓子を売り出している。これらは、いのちの喜びほどの売れゆきはないが、固定客がついて順調に売れている。
なお、公取との駆け引きもあって、いのちの喜びは少しづつ値段が下がって、今は1枚4百円になっているが、今もなおみどり野製菓の大きな利益源にはなっている。ちなみに、その意味では1枚千円だった時期に1千億円を超えていたみどり野製菓の年間売上げ高はすでに半分程度になっているが、利益は十分確保している。
「ええ、有難いことにそうです。おかげで、こちらにも道場を作ってもらって警備もしっかりしていますので、私もここに来ることができました」
さつきはそう言うが、修の姉である彼女に護衛が付くのを不思議に思う者はいない。
「そう言えば、真中さんも道場に通っているのですよね」
磯田がさらに言うのに真中が苦笑いをして応じる。
「ああ、だいぶましになったよ。なにしろ、前はさつきに手もなくやられたからね」
華奢に見えるさつきに比べて筋骨たくましい真中は、お互い身体強化ができるようになったこともあって、明らかに強そうだ。しかし、原っぱでじゃれて組み合いをした時、手もなくやられて意心館に通うようになっている。
「ところで、修君は今九州に行っているのだって?」
石川准教授が聞くのにさつきが答える。
「ええ、福岡です。F大の先生のお呼びですね。半分は観光旅行だと思いますよ。修も始めてだし、アジャーラも連れてだし。すでに、仙台も札幌も行きましたからね」
アジャーラも京都に来て、この研究室に訪問したことがあるのだ。
「でも、行けば観光というわけにいかないだろう。そういえばアジャーラさんと言えば、医療用のWPCを活性化できるようになったのだって聞いたよ」
「ええ、そうです。それで、彼女は留学している高校には、行ける時に行けば良いということになったわけです。それと、私もようやくその活性化ができるようになりました。ほんの1週間前です」
「ええ!医療用のWPCを!何と。今までずっと一人だったのが3人になったわけだ。それはすごいね。世界中が待っているからね。それが皆修君周辺の人というのがまたね」
「でも、修は20分程度で1台を楽々やっているのに、私は1日に2台が精いっぱい。まあ、アジャーラも同じくらいだけど」
「それにしても、凄い。真中君は知っていたの?」
「ええ、聞いてはいましたけど、本人が言わないのに僕が言うわけにはいかないですよ」
時々行われた彼らの駄弁りは、大体1時間から 2時間ほども続いたものだ。
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