第19話 中央アジアでの数日2
翌日は、再度シラベ村のベートラ地区で治療だ。昨日、重傷者は僕が主体または医師を手助けして治療したので、他は基本的に村田医師で治療が可能である。
だから、その日の朝は、僕はホテルの部屋で持ってきた10台のWPCの活性化を行うので、護衛の2人と一緒に残り、村田医師は、カメラマンの向後も同行して村に行った。
昼前には活性化が終わり、ホテルで昼食を摂る。この地の標準的な食事としては、ナンという直径20㎝ほどの薄くて丸い一種のパンに加えて何らかのメインディッシュになる。
僕は主として護衛の2人の食欲を考えて、ラグマンといううどんの原型である麺にギトギトした肉野菜たっぷりのスープと、シャシリクという鉄の串に刺した大きな焼き肉を頼んだ。
これらは昨晩も食べて、結構美味しかったのだ。僕ももちろん食べたけど少量であり、脳の栄養のために、日本から持ってきた羊羹をデザートとして、それの半分ほども食べる。僕は、基本的に毎日WPCの活性化を2時間以上はやっているので、脳が糖分を欲しがることになるために、大体好物の羊羹を食べている。
食事が終わると、一緒に食事を誘ったドライバーに声をかけて、シラベ村に向けて出発だ。料金?基本的に旅の費用は護衛の川合さんに金を預けて払ってもらっている。体は大人とそん色はないけど、まだ顔は少し幼い僕が払うより20歳台の川合さんが払う方が良いと言う判断だね。
ホテルは、まあ内容は日本のビジネスホテルより少し落ちるレベルで、一人一泊20ドル、さっきの食事は全部で25ドルだから安いと言えば安いけど、日本の地方都市では2千円代で泊まれるところもあるからね。ちなみに、村田医師は全部自分で払おうとしたけど、自腹のようだったから断った。
ただ、昨晩の食事は彼女が払ったよ。あれだけ絡まれたらね、そうしてもいいと思うでしょう? 昨晩の彼女の言い分は一方的なもので、その点は腹がたったよ。ただ、自分で能動的に医療用のWPCを活性化できる能力者を探す努力をしたかというと、そうじゃないんだよね。
別に僕は、それを自分で独占したいわけじゃないことは確かだ。それを出来る唯一の者という意味で、優越感めいたものがあることを否定はしないけどね。それよりは、世界中の医療関係者が待っているという、重いプレッシャーの方がずっと強い。これを分かち合ってくれる人が出るなら大歓迎だ。
実のところ、バーラムから聞いているWPCの種類で、それが出来ると言ったけどまだ実現していないものはまだある。代表的なものはマジックバッグだ。これは、異次元のポケットを作って、そこに物の収納ができるというものだ。
僕は便利なのは認めるけど、トラックとか大量輸送機関がある地球では、世の中を変えるほどのインパクトはないと思っている。
それより、犯罪に使われる可能性が高いのではないかと疑っている。姉にはまだできないのかと責められているけどね。バーラムに言わせると、僕の能力は毎日の努力の甲斐あり、順調に育っているのでマジックバッグが活性化できるまでもう少しとのことだ。
ところで、昨晩の村田医師の話の後で、バーラムに高いWP能力者を増やす方法はないのかと相談した。なにせ、僕はウオッカを飲んで酔ってないからね。
『ふむ。基本は循環をやること、そして能力をより使うことで能力は高まる。そのための相応しい時期は、人の自我が固まり、より強い目的意識を持つようになって、かつ若いうちということだの。
その意味で、残念ながら30歳代を過ぎると、能力の伸びは限定的だ。おさむはその意味で理想的な年代にあって、現在最も効率の良い努力をしている。また、その伸びの度合いは、より知的な活動に長けているものの効率が良いことは明らかになっている。おさむの姉は、もうすぐ医療のWPCを活性化できるであろうな』
『へえ、さつき姉さんが!確かに頑張っているよね、姉さんは』
『うむ、お前の父は優れた知的能力があるからの。お前と姉は、それを比較的良く受けついでいる。その意味では突然変異的な者もいるな、例えば、アジャーラだ』
『ええ、アジャーラが?』
『彼女の母はごく平凡だ。たぶんその父も貧しい農民で終わったところも見ると非凡でなかったようだな。その間に生まれた彼女は、容貌からしてウズベキ族とは大きく異なる。おさむも、最初に会った時に感じるものがあっただろう?』
『ええ、そうかな?だけど、あれだけの美人だもんね。それは来るものがあるよ』
『お前は、本来相手の容貌等に動かされにくい方だ。それが、あれだけ動かされたのは、その内面から来るものだ。彼女は、本来の知的な意味で潜在能力はお前より高かった。お前は私と同体であるために、本来あったところよりはるかな高みに登りつつあるがの』
バーラムは僕の心理を、ダイレクトに感じるのだ。
『わしは、今回の出来事、つまり彼女が日本に来たこと、お前がそれに応えてここに来たことはすべて約束されたことのような気がしている。まず、彼女が日本に来たこと自体が、まずありえないことだ。村田医師がお前のことを知っていたのは、まあ偶然の必然として解る。
しかし、村田医師の要望に応じてこの国の役人が彼女を日本に送る決断をして、さらに日本大使館が彼女のビザを用意したあたりが普通はあり得ない。また、日本においてお前が彼女に応える決断をしたのは、まあお前のオスの本能とすれば解る。
しかし、桐川女史が同意し、お前の母が同意したのはこれまた普通はあり得ない。その上に、この国の役人によるお前たち一行の空港におけるビザなしの受け入れだ』
バーラムは何気に失礼なことを言うが、なるほど偶然としては考えにくい。
『バーラムは、神様が介在したというのかな?』
『我らの世界でも、地球と同様に自分たちより高次の存在を感じていて、呼び名は様々であるが敬っている。そして、それが良き、あるいは有難い結果であれば素直に感謝して受け入れるのだ』
『なに?それは彼女が僕の運命の人っていうわけ?だけど、僕はまだ14歳の中学生だよ。アジャーラだって15歳って言っていたから、あまりに若いよね』
僕はバーラムにそう言ったけど、内心ではそうであればいいと強烈に思っていた。だから頭に響くバーラムの答えを、かたずを飲む思いで待った。
『うむ、お前の言う“運命に結ばれし”、という仲の男女はピートランにはまれではあったがおったよ。わしは残念ながら、そうした相手には巡り合えなかったな。そのように、まれな出会いであるために、あまり年齢には関係なかった。
ただ、肉体的な結びつきは年齢相応ということになるが、やはり幼くしてそうした相手に出会ったときは、そうした結びつきは早くなったようだな』
それから一拍置いて続ける。
『それと、そうして出会った相手と肉体を伴う結びを得た場合には、互いのWP能力を高めあう効果が認められている。だから、アジャーラの高い素質から考えると、そうなればお前の可能なWPC作成はまず彼女も可能になすだろう。
とは言え、お前の場合にはアジャーラはそのような相手であるかどうかは、お前自身ではまだ確信がもてんようだの。だがそれは、おさむ、お前が自分に素直になれていないが故である。
お前の年代の男の子の常として、好ましい相手と思っても自分で否定しようとしがちだ。それは、自分に自信がないがために、相手に近づく勇気をもてないためだ』
僕はバーラムの伝わってくる思いに、その通りだと思って顔が赤くなった。そして、『もっと自分に素直になるよ!』と彼に伝えて無理やり寝てしまったよ。寝付けないと思ったけど、疲れていたんだね、すぐ寝入ってしまった。
車が、見覚えのあるシラベ村のベートラ地区に入って、仮の治療所になっている集会所の前に止まった時、僕はドキドキしていたよ。だって、“運命の人”なんて言われるとね。その人がいるんだよ。確かに、今までもアジャーラを見たり、話したりしている時は無理に考えを逸らして、ドキドキするのを抑えていたな。
車の音に、アジャーラが飛び出してきた。そして、僕が車を降りるのを待って英語で話しかけてくる。
「オサム、お母さんはすっかり良くなりました。まだ、体力がないので、ベッドから出られませんけど、食事もしてくれましたし、顔色が良くなりました。私はお母さんと随分話をしたのよ。助けてくれたオサムのことも話したのよ。ぜひ、お礼を言いたいって」
彼女は僕の正面に立って、きらきらした目で、両手を広げてジェスチャーをしながら熱心に言う。その顔は幸せそうだ。
「う、うん!良かった。僕もすごく嬉しいよ。それにしてもお母さんを一人で置いていていいのかい?」
昨日みたいに抱き着いてくれないのを少し残念に思いながら、『素直に!』と思いつつ言葉を返す。
「ええ、お母さんが村田医師の手伝いをしなさいって、送り出してくれたの。家はすぐ近くだしね。それで、村田さんの手伝いをしていたのよ。村田さんは凄いのよ。どんどん、皆を治療していっている。そして皆どんどん良くなっているわ。でもあれは、CR-WPCとIC-WPCのお陰なのね。それを作れるオサムは凄いわ」
「うん、今のところ僕しかできないけど、今後医療用のWPCを作れる人を、どんどん増やしていきたいと思っているんだ。昨日の晩に村田さんに言われてね。出来る人を真剣に探すつもりだ」
「ええ!そうなの?でも、今まであなたしかいないということは、それはものすごく難しいのでしょう?羨ましいわ。自分が、あんなに人を救えるCR-WPCとかIC-WPCを作れるのだったら死んでもいいわ。……、でも死んだら作れないわね。馬鹿なことを言ったわ」
彼女は舌をペロッと出す。可愛いい!
僕は、一歩踏み出して彼女を抱きしめたよ。素直が一番だもんね。
「え!え!」
いきなり抱きしめられて、彼女は驚いたけど抵抗はしなかった。
「アジャーラも、医療用のWPCの活性化ができるようになるよ。君はWPの強い能力を持てるようになる。でも、そのためには日本に来ることが必要だ。お母さんも連れてくればいい」
僕は、いい匂いの柔らかな彼女を抱きしめて耳のそばで囁くように言った。それに対して、彼女はびくりと反応して返す。
「ほ、本当に私が、医療用のWPCを?」
「ああ、保証するよ」
僕も彼女に素直に向き合って、彼女が大きなWPの潜在能力を持っていること、そして自分が助ければ早いうちに医療用のWPCを活性化できることを確信したのだ。やがて、彼女はおずおずと腕を僕の背に回し、やがて力を込めて抱きしめた。僕は幸せ一杯だったな。
まあ、いつまでもそうしてはいられないので、お互いの体を離して、中に入ったけど一緒に来た2人の護衛も、運転手もサムズアップでしていた。その夕刻には、村田医師はタシケントに帰らなくてはならず、まだ日が高いうちに治療は終えた。
中毒の症状が出ている者はすべて治療が終わったので、残りは再度訪問して様子を見てということになる。
集落の全員に見送られて、慌ただしく出発したが、アジャーラも同行している。彼女は母を気には掛けていたが、彼女は既にはっきり回復してきており、面倒を見てくれていた親戚の女性も、治療が済んで体調が万全になったので請け負ってくれた。 それに、彼女も首都の学校・寄宿先等から抜け出ており、その手続きが必要なのだ。
村を出て20分ほどの事だった。僕は違和感を覚えて探査のWPを前方に伸ばした。
「前方に車両が5台で道路を塞いでいる。人員は32人で、小銃、バズーガを持った集団だ。通過しようといている車は皆止められている。何枚か緑に赤の三日月の旗が掲げられているな」
俺の英語の言葉に、横に座っていた村田医師が顔をしかめ、アジャーラは顔色を変える。
「イスラム・ジハード団ね。イスラム過激派の一派だけど、金になることは何でもやる、という連中よ。村の誰かがチクったのね。これは帰るしかないわね」
「いや、相手はこっちに気が付いたな。こっちに進みだした。悪意満々だな。それで、あいつらを掃討したら、何か問題はあるかな?」
「掃討?武装集団相手に?そう言えば、あなたは魔法使いね?」
「ああ、そうさ。日本では威力が高すぎて使うところがなかったけど。ここだったら、道路を傷めるくらいは許してくれるだろう」
「そ、それはもちろんだけど。ええ、イスラム・ジハード団を全滅させれば皆大喜びよ。勲章をくれるかも」
反対の横のアジャーラは、目を見張っているが心配そうだ。僕は女性2人に挟まれて座っていたのだよ。
僕は前部座席の川合さんに言った。もう一人の護衛の山江さんは後ろの車に乗っている。
「僕が一発かまして、武器は使えなくします。多分その後動ける奴は少ないと思いますがよろしく」
「ああ、承知した。車はこのまま走るのか?」
僕はそれに応えてドライバーに英語で言った。
「道路上で車を止めて、それからライトを点けて!」
英語の解るドライバーは状況を理解して、怯えながらも素直に従う。
ものの2~3分で車の集団が現れる。1台が、幅5mほどのぼろぼろの舗装の中央を走り、2台がその両側の道路の外を走ってくる。そして、その後ろに2台の車が続いている。真ん中の車はランクルで、両側はピックアップトラックだ。トラックには長いものを持った人が乗っている。
それらの車は皆古ぼけているが、荒れた路外を走っている車がいるためなのか速度は遅い。
僕は車から降りて、道路の真ん中に足を広げて立ちはだかる。その両側に護衛の川合・山江が立つ。彼らには僕が大威力のWPを振るうことを見せたことがあるので、かれらはそれほど心配はしていない。
それらの車は、僕から50m程離れて止まり、一人が歩いてくる。そいつは、気取ってゆっくり歩いて来るが、その間に僕は5台の車と人員をたっぷり探査して、攻撃方法を決めていた。
「素直に止まって待つとは感心だな。俺たちはイスラム・ジハード団だ。オサムというやつを出せ。それと医療用のWPCというものもだ。素直に出せば命だけは助けてやる」
そいつは、身長160㎝程の痩せた小男で、髭もじゃでこすっからい顔をしている。
「僕がオサムだよ。僕が素直に一緒に行ったら他の人は返してくれるかい?」
僕が応じると、小男はわざとらしく笑って言った。
「ハハハ、馬鹿を言うんじゃない。いい車じゃないか。洗いざらい物はもらって、男は奴隷だ。女は可愛がってやるよ。いつまで生きれるかはわからんがな」
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