第45話 核兵器全面廃止への移行1
実のところ、G7に代表される民主的な先進国に対極にある国が、中国とロシアであることは誰もが同意するであろう。そして、核兵器が無くならない事情というのは、その2国が多数の核兵器を持っており、彼らが何をするかわからないという信用ならない国であるという面が大きい。
無論、核を持っている国は北朝鮮を代表として、インド、パキスタン、イスラエルなど信用できるとは言えない国も多いが、北朝鮮を別として彼らを強制して核を放棄させることは可能である。
日本がM国に介入して軍事政権を打倒したことに端を発して、火薬を検知して発火させるMPCが存在することを世界が知ってしまった。つまり、酸化剤と燃焼剤を混合した火薬の使用を前提とする近代兵器が実質的に無力化されたのだ。
核はまた別と思われるかもしれないが、核爆弾はU235などの核分裂物質を小分けにして、その裏側に火薬を仕掛けて爆発させ、小分けした核分裂物質を合体させる。そうすると、合体した核分裂物質は連鎖反応を起こす臨界量を越えて核爆発を起こす。
核爆弾より威力の大きい水素爆弾は、核爆弾を包む形でトリチウム(3重水素)を仕掛けて、核分裂による超高温の爆発を利用して核融合反応を起こして爆発させる。だから、核爆弾には仕掛けている火薬があって、それをWPCで燃やされると核爆弾も水素爆弾は機能しないまたは、意図しない時に爆発する。
それに、核ミサイルとしての核兵器は、固体燃料として燃焼剤を使った場合にはそれをWPCで燃やすことができる。準備に時間を要するという欠点がある液体燃料のロケットとした場合でも、通常は非常時には自爆させるために爆薬を仕掛けてある。
いずれにせよ、WD-WPCによってWPを照射されると、核ミサイルは地上にあっても飛行中にあっても内蔵されている火薬・燃焼剤が発火して本来の機能は発揮しなくなる。ただ、核爆弾はWD-WPCに照射されると、仕掛けた火薬の発火の具合によっては、臨界量以上の核分裂物質が集まって核爆発を起こす可能性が高いと想定されている。
ただ水素爆弾は、充填されているトリチウムが火薬の燃焼で逃げてしまって、核融合反応は部分的にしか起こらず、その威力は大幅に弱まるとみられている。しかし、1㎞の範囲では殆どに人が即死すると言われる熱核反応だけでも大被害生じることは間違いない。
だから、核ミサイルについては、攻撃されたものをWPCで迎撃しても、有効距離の10㎞程度の距離だと迎撃側に大被害を生じることになる。これには熱のみでなく強烈なガンマ線によって、非常に広い範囲の人など生物を焼き、さらに殆どすべてのITC機器の機器を焼き切ることになる。
また、地上の基地にある核兵器がWPCで照射した場合に爆発すると、その場所と周辺に大被害が生じる。つまり、WD-WPCが開発された今、核兵器は持っている側にも大きな危険物になったと言えるのだ。
このように、どういう形で使っても、核ミサイルは大被害をもたらす厄介な兵器であることに依然変りはない。
僕はWD-WPCの開発に当たってはバーラムの力を借りている。バーラムは知的好奇心バリバリであり、とりわけ地球おいては、その大きな発見である原子の周期律表を含め、原子、分子の成り立ち、空間において深い理解がある割に、WPの存在と作用に気が付かなかった点に大きな興味を持っている。
その好奇心が嵩ずるなかで、様々な分子構造の議論において、酸化剤と燃焼剤の混合による火薬の存在を議論するうちに、その検知と遠隔発火を起こすWPCの発想に至ったわけだ。それは、バーラムと僕がそれらの分子にWPによって触れるという感覚がその操作への道筋になった訳だが、後にそれは核分裂物質にも興味が及んだ。
バーラムの強い要望もあって、父の伝手で、T大の物質研究室(原子力学科が組織替えされた)で見せられた微量のU235とPU239 のサンプルにWPによってバーラムと共に“触った”。自ら強烈な熱と様々な放射線を放つそれらの物質は、極めて目立つ存在である。それは、その性質故に原発の燃料として貴重であるとされていた。
だが、それはWPCによる発電が世界的に導入されつつある今は、危険なだけで価値はない物質に成り下がっている。その危険性は、有害な放射能の発生に加え、核分裂の連鎖反応によって核爆弾に使われることにも繋がる訳である。
また、核爆弾に使われているこれらの物質の連鎖反応を防ぐ方法があれば、核爆発の防止が可能になる。その方法を僕らは求めていた。
しかし、核分裂反応を抑える方法を見出すのは中々難しかった。時間をかければ、銅で発電を行えるように活性を抑えることは難しくはないが、核爆弾を無効化するためには瞬間的な効果が求められる。
『核爆弾と言うのは厄介だなあ。ミサイルで飛ばされた後だと、爆発した付近が大きな被害が出るし、地上だとその地点で大災害だ。この場合でも、簡単に自業自得とは言えないものね』
僕の念話にバーラムが応える。
『それも、熱を出すので常時冷やす必要があるのだろう?手間のかかる兵器だの。しかし一発で都市一つを滅ぼす威力だもの、それだけの手間をかける必要もあるかな。とは言え、相手がそれを使うかもしれないので、自分も持つというのは、馬鹿のようだが、ピートランには幸いそのようなものはなかったな』
『うん、まさに馬鹿みたいだよね。本当は皆廃止したいのだろうけど、実際に使いかねない国があるから、仕方がないんだよね。何とか無効にする方法があれば、火薬を燃やすWD-WPCと一緒に使って世界から軍備を無くしたいのだけどね』
『うむ、非常に特徴のある物質だから検知は容易ではあるな。さらに、自ら力、つまりエネルギーを発しているので、WPで働きかけて、何らかの現象を起こすのは非常に容易だ。要は、その放射線を発しなくすれば良いのだな?』
『うーん。そうだけど、そう簡単に行くかな?ピートランにそのような魔法があるだろうか?』
『ああ、オサムも知っているだろう?十分なWPを使えば石ころを金に変えることができる。この場合は、そこまでの変換は必要ない。要は、構造を少し変えてやればよいのだ。しかも、そのためのエネルギーは自ら発しているのだから問題はない。それこのように!』
僕はバーラムからWPがサンプルに向かうのを感じた。
『え、ええ!まずいよ。バーラム』
僕はU235のサンプルが瞬間に性質が変わるのを感じて、バーラムに苦情を伝え、横にいる父に慌てて声を出して言った。
「ええと、と、父さん。そのウラン、ちょっと性質が変わって……」
「ええ、性質がとは?」
「うーん、多分、放射線が殆ど発しなくなっていると思う」
「「ええ!そんな、馬鹿な!」」
父と、サンプルを見せてくれている物質研究室の峯岸准教授が叫んだ。
それから、急いでサンプルを調べて、実際にU235だった5グラムのサンプルは、すでにガンマ線などを発しなくなっており、核分裂物質でなくなっていることが判った。
元々サンプルを見せてもらった理由は、核爆弾の無効化のため現物を見たいということだった。だから、さっきやった結果を、WD-WPCと同様にWPCで再現できるのであれば、目的は達成できるわけである。
その情報は、密かに文科省から首相他の政府首脳に伝わって、大騒ぎになった。日本政府としては、世界の核兵器の全廃条約には賛成していない。これは、アメリカの核の傘に入って近所の危ない北朝鮮、中国、ロシアなど核を持っている国から守ってもらっているための苦渋の選択である。
たとえ、その“傘”なるものが当てにならないものであっても、無いよりはずっと増しなのである。しかし、唯一の被爆国である日本の国民は、核兵器を廃棄することには大部分が賛成である。
だから、核を廃絶する方法を見出して実行したとなれば、その政府は国民から大絶賛を浴びること間違いない。文部科学大臣黒田ひとみ氏が大学に現れて、僕と父及び峯岸准教授に、核分裂物質を不活性にするNI(Nuclear Inactive)-WPCの開発を懇願して帰ったのも当然である。
しかし、峰岸准教授にとっては、ある意味で不本意な要求ではある。彼の専門の原子力工学は、発電を含む原子力の産業利用を目的としていて、最終的には核融合を目指していた。そして、そのためには、原子核のプラズマ化が必要であるために、1億度を超えるような超高温の場の生成を競っていたのだ。
しかし、それはMPの作用によって銅原子をエネルギーに変換する、極めて単純なシステムであるWPC発電システムの開発で、実現できてしまった。だから、エネルギー利用のために今更核分裂、核融合を研究する必要性はなくなってしまった。今後原子力発電所は少なくとも10年以内には全廃されるであろう。
だから、原子力学科は廃止され、WPCによって変換される可能性のある様々な物質の研究をする物質研究室になって、かつての原子力関係の研究者はそこに配属されている。ただ、原子力発電所の廃止に当たっては、危険な放射能を発する物質を安全に処分しなければならないので、専門知識を持つ研究者が必要である。
核爆弾は、これも核物質の大きな活用法?であり、他にはあり得ない威力の大きさから、今後も兵器として使われ続けると考えられていた。しかし、NI-WPCの開発ができれば、火薬を使った兵器と同じ過去のものになるわけで、峰岸にとって自分の専門範囲の応用分野が減る訳だ。
しかし、彼自身は核科学者として核兵器の存在は許せない思いがあったので、核兵器の無効化に貢献できるならと積極的に協力した。とは言え、彼自身がWPCの開発に貢献できるわけでないが、試作WPCの試験には大いに貢献した。
さて、僕とバーラムがWPを使って実現できたということは回路化することはさほど難しくない。だから、NI-WPCは1ヶ月もならない内に試作され、サンプルレベルの核分裂物質の無効化に成功した。
その資料の調達などのアレンジと検証に峰岸准教授が活躍した訳だが、彼はその過程で放射能により汚染された物質の浄化にも使えることを見出した。
彼は、NI-WPCの開発が終わったのち、その研究を続けて放射能の浄化システムを構築して、世界から感謝され学者として名を挙げた。彼も父に頼まれてその結果僕に付き合って得をしたわけだ。めでたし、めでたし。
出来たNI-WPCはアメリカに運ばれて、実際の核爆弾で検証されて、実際に核爆弾の無効化に使えることが実証された。このように、火薬の発火を促すWD-WPCとは違って、NI-WPCはどこで起きても大惨事を引き起こす核爆発を抑止する。
日本政府は、NI-WPCの目途が立った段階で、どのようにこれを使うか研究に入った。この段階では、核保有国のアメリカはその研究に引き込みたくはなかったのだ。
そして、一方では日本はWD-WPCを共同で運用すると決めたG7+1諸国に対して、場合によって強制力を用いてもNI-WPCによって世界の核兵器を廃止することに賛同を求めている。
それに対しては、核兵器を持たないドイツ、イタリア、カナダ、オーストラリアは全面的に賛成、核保有国のイギリス、フランスは原則賛成、アメリカは保留となった。核兵器システムに莫大な国費を費やしているアメリカとしては、難しい判断であることは理解できる。
まず、NI-WPCをどう使うべきかが議論になった。すでに、憲法9条は改正されて、自衛隊の保持が明文化されて、防衛のための武装と武力行使が認められた。例えば他国が明らかに日本に対する攻撃を行う準備をしている場合には、例えばそのミサイル基地を攻撃が出来るようになった。
しかし、防衛のための武力行使がどこまでかは、まだきちんと詰められていない。だが、日本が例えば、中国とロシアの核基地を攻撃できるかというとまだ法制上難しいことは確かだ。
だから、日本のみが動く場合には基本的には防衛、つまり迎撃一択である。そして、WD-WPCとNI-WPCを併用して迎撃ミサイルに積めば、核ミサイルであっても核爆発を起こすことなく迎撃することは可能である。
海上で迎撃すれば、まず被害なしに迎撃可能である。しかし迎撃が近距離であると地上に落ちて被害を出す可能性はある。つまり、NI-WPC とWD-WPCを装備した、炸薬を使わないWPCによる推進機の迎撃ミサイルの数が十分あれば、日本は安全に守られることになる。
つまり、M国に介入する前から、日本はWD-WPCの存在が明らかになる危険性を承知して、NI-WPCを量産していた。時間さえあれば検知できるミサイルに対しては安全に対応できるのだ。
とは言え、近海からの潜水艦発射ロケットなど、対処が間に合わないこともありうるので、核兵器がある限り危険は排除できない。だから、積極的に核兵器を排除する手法が真剣に検討された。実際のところ一応開かれた国である、中国とロシアの核ミサイル基地の位置は正確に判っている。
G7の保有国とロ・中以外の他の国、インド、パキスタン、イスラエルも同様であるが、閉ざされたに国である北朝鮮については一応当たりがついているがやや怪しい。
だから、核ミサイル基地にNI-WPC とWD-WPCを備えたミサイルを撃ち込めば、その基地はロケットの燃焼剤の発火、火器の火薬の発火によって無力化はもちろん廃墟になる。
あるいは、爆撃機や戦闘機で、あるいはミサイルで基地の上空を飛んでWPCを照射すれば、同じ効果が得られる。そして、WD-WPCを照射しているミサイルを迎撃することは不可能に近い。
それは、固体燃料の迎撃ミサイルは近づけず、高射砲は10km以内では炸薬が発火するし、発射できても弾頭が発火する。つまり10km以内の高射砲で炸薬を充填していない砲弾を命中させるしかないが、それはほとんど不可能だ。
それより効率の良いのは、例えば爆撃機で飛び回ってWPCを照射することである。この場合には、敵からの炸薬で飛ばすミサイルや火薬で発射する高射砲の攻撃に対しては基本的に安全であるが、例えば丸腰の戦闘機による体当たり攻撃を受ける可能性がある。
このため、この機体にはWPCによって発射する機銃を装備しておくことで、体当たり攻撃に対して対処は可能と考えられているが、確実ではない。自衛隊は政府の了承のもとに、この段階で米軍と協議することにした。
結局自衛隊は法規性の上で他国の核ミサイルの積極破壊は出来ないのだ。協議の結果、結論として沿岸部は戦闘機、内陸部は巡航ミサイルのトマホークを使うことになった。最長射程のトマホークの射程距離は3千㎞であり、中国及びロシアのいずれの地点も海から届く。
つまり、日米で中国とロシアの防衛相と協議をした時には、中国・ロシアの弾道ミサイル基地は全てマーキングされ、NI-WPC及びWD-WPCを装備した戦闘機またはトマホークによる攻撃の準備をしていたのだ。
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