第44話 日本に迫る危機
深夜午前2時の北海道旭川の第2師団駐屯地である。基地内の待機所で、突然、枕元に置いたスマホのアラームが鳴り音声が出る。
「ミサイル警報!ミサイル警報!これは訓練ではない。ミサイルと思われる飛行物体、ロシアより接近中。非常時班は直ちに位置につけ」
飛び起きた、第2師団参謀長である石間慎太郎陸将補は、そそくさと用意していた迷彩服を着て、部屋を飛びす。
すでに過去3日間は、自衛隊と在日米軍は密かに一部の者が1級警戒態勢に入っていた。ロシアと中国の防衛大臣を、相手にせず追い返したと言う経緯からすれば、何らかの仕返しはするというのは当然予想されるところである。それも、両国が同時に仕掛けてくるだろうと想定されている。
そして、アメリカは中国側の軍幹部に情報源を持っていた。すでに、経済第1の共産主義という異形の国になっている中国においてそれなりの立場にある者が、何らかの汚職に手を染めていないのはあり得ないと言っていい状態である。
人民解放軍の情報部長である李チョウン少将が、CIAに情報を渡すようになったのは、12年前のアメリカ大使館における武官としての勤務中である。その時点では、将来を有望視されている軍の若手による小遣い稼ぎであったが、現時点においては、世界中からの包囲網に包まれつつある自国と軍を見限ってのことである。
自衛隊と在日米軍が警戒態勢に入ったのは、李少将の情報によるもので、中国とロシアによる日本の自衛他基地への同時ミサイル攻撃があるというものだ。もっとも弾頭には、核はもちろん、通常の弾頭も入っていないことになっているが、個体燃料が残っているので爆発は起こすだろう。
だから、命中したとしても出来るだけ被害は少なくしようとはしている。つまり、それほど自分たちのWPCに自信があるなら、その程度は防いで見せろということだ。更には、WPCに関して言うことが本当なら、自分たちの軍備などは意味をなさないということだ。結局、いわばヤケクソになっているという訳だ。
石間陸将補が管制室に入った時には、すでに第2師団長兼駐屯地司令官の木川陸相は来ていた。そして、石間が上官に当たる木川陸将とスクリーンを見始めたすぐに、米軍のピーター・アンソン少将が入ってきた。部屋には、当直の8人に加え非常即応班のメンバーである5人が来ていて、さらに集まってきている。
「やはり、SS-4ミサイルだね。対岸の発射で発射後5分、もう日本海の中間地点か」
石間が、スクリーンの表示を見て言う言葉に管制官が応じる。
「はい、今のところまさにこの駐屯地を目指しているという分析です。間もなく留萌のミサイル基地から、迎撃ミサイルを2発発射します。あ!一発目を発射しました。
……10秒後にもう一発です。ああ!もう一発、ビリカヤ・ケマから敵ミサイル02の発射です!」
日本海における対岸のロシア側の、小さな村であるビリカヤ・ケマにミサイル基地があることは知られていた。そこは旭川から僅か450㎞であるので、自衛隊のレーダーの検知範囲であり今回の警戒状態でなくても常時監視されている。
そして、当然北海道には迎撃ミサイルの基地もあって、この場合は留萌の基地がその対応に当たることになっていて長距離ミサイルであるSM-2改が発射されたのだ。
「敵ミサイル01に対する迎撃ミサイルの最接近は2分25秒後で、速度は秒速1.2㎞、領海から80㎞で高度100㎞になります。敵ミサイル02についてはスクリーンの表示をご覧ください」
管制官の冷静なアナウンスが部屋に響く。
2発目のミサイル02の速度、距離と高度は刻々とスクリーンに表示されている。しかし、室内の人々の注意はそちらには向いていない。彼らは、オレンジのミサイル01の点と、ブルーの迎撃ミサイルSAM-4の2つの点がスクリーン上で刻々と近づいているのをかたずを飲んで見守っている。
「迎撃ミサイル1号の最接近まであと1分です。それが10㎞以内に近づくと、ロケットの推進薬が発火するはずなので、実際の撃破はもっと早くなります」
米軍のピーター・アンソン少将は、横に立っている今村2佐から逐次通訳されるのを聞いていたが、そこで質問する。今村2佐は、アメリカで米軍での研修経験があるアンソン少将のカウンターパートである。
「迎撃するSM-2改は、推進は水WPC推進で弾頭も炸薬ではなくWD-WPCがセットされているのだね?」
「ええ、その通りです。大電力を使って効力範囲を広げていますから、10㎞まで有効のはずです」
「まあ、従来のSM-2改の2発では近接信管の爆発による迎撃は無理でしょうが、10㎞のWPCの有効範囲に入ればよいということになればまず100%迎撃可能だな。迎撃の常識が変わったなあ」
アンソン少将が言うところに再度管制官からの声だ。
「あ、ミサイルの軌道が急変しました。推進薬が発火したものと考えられます。迎撃成功!迎撃成功です。ミサイル残骸は現在海岸線まで120㎞……。落下地点は海岸線まで95㎞の点だと推定されます。
推定落下地点をスクリーンに表示します。付近に船舶なし」
管制官は1分ほど黙ったが、その間に期せずして拍手と歓声が沸いた。ちなみに迎撃ミサイル1号、2号はWPCによって水蒸気爆発を起こしてばらばらにする。なにしろ、今回はWD-WPCのミサイル装着機の初の実戦使用であったのだから歓声も無理はない。
WD-WPCは酸化剤を混入した燃焼剤を発火させる機能を持っている。その効力方向を一定の方向に向けることは出来るが、後方を含む周囲への効力を完全に防ぐことは今のところできない。つまり、固体燃料ロケットにはWD-WPCは使えないのだ。
WD-WPCを迎撃ミサイルへ装着するアイディアは早くに出されたが、そのために、現時点の迎撃ミサイルの弾頭部にWPCを設置するという訳にはいかないのだ。しかし、空気・水推進のWPCがすでに実用化されており、それを水蒸気爆発の原理を使った水推進とすることは可能である。
従って、水推進WPCを推進エンジンにしたミサイルが構想された。この点は、WP 処方を受け知力が向上したエンジニアがあっという間に設計して、SM-2の函体を使ってSM-2改として製作したのだ。
このSM-2改の推進剤は水で水推進WPCを備え、弾頭部にはEXバッテリーとWD-WPCを設置している。これで有効射程は400㎞を確保しているので、弾道ミサイルでも迎撃ミサイルとしては十分使える。
そしてSM-2改は北海道沖の日本海でその効力を発揮したのだ。従ってこのミサイルがあれば、固体燃料ロケットを使ったミサイル、または液体エンジンのミサイルであっても炸薬を使った弾頭のものはほぼ100%迎撃可能である。
核弾頭であっても、核物質を炸薬によって爆発させるのであるから同様である。
固体燃料の場合には、燃料の爆燃によってすぐに推進力を失うので、爆燃による衝撃で軌道が大幅に変わった上にその時点の慣性によって自然落下する。
液体燃料の場合には、弾頭の爆燃によって軌道が変わるが、そのまま飛んで目標からずれて着弾する。ただ、着弾しても火薬の弾頭の場合には爆発はしない。
核弾頭の場合のスーパーコンピューターにシミュレーションによると、WPCによって弾頭の仕組み次第で核爆発を起こす場合と起こさない場合がある。しかし、液体燃料ロケットの場合には、WPCの効果で爆発しなくても着弾時のショックで爆発する可能性が高いとされている。
だから、とりわけ核ミサイルの迎撃は場所を選ぶ必要があるということだ。しかし、今回のロシアの中距離ミサイルは固体燃料であることは判っていたので、日本海上空で迎撃する以上は安全と考えられていた。
迎撃ミサイルを2機撃ちあげた理由は、ミサイルも機械である以上は故障等の恐れがあるためである。ミサイル02については、同じように迎撃されて、日本海にむなしく落下して沈んでいった。
―*―*―*―*―*―*―
さて、同じ時刻に中国も同じような行動を取った。人民解放軍は、上海の北方に当たる南通市郊外のミサイル基地から地対艦ミサイルDF-4の2基を10秒ずらして発射した。目標は790㎞離れた長崎県佐世保市の相浦駐屯地である。
このミサイルは、高度2千㎞まで上昇するロフテッド軌道を取るために、亜宇宙からの落下時には秒速4㎞にもなって迎撃は困難と言われている。しかし、イージス艦“はぐろ”が佐世保沖100㎞に遊弋しており、ミサイル迎撃は“はぐろ”によることになっていた。
これは、佐世保のミサイル基地からの迎撃では、撃破されたミサイルの大きな慣性により、地上に落下する恐れがあるため出来るだけ海側で迎撃しようということである。自衛隊艦船が東シナ海の公海を航行することは普通にあるので、人民解放軍側も気にはしていない。
管制士官の来島2尉は、自分のスクリーンの変化にはっと反応した時、部下の管制官の松島2海曹が叫んだ。
「南通基地よりミサイル発射の模様、……。1発に……、2発目、ミサイルです。上昇中!」
来島はすぐさまこの時間当直に当たって、指揮官席に座っている艦長木戸将司2佐に告げた。3日前の1級警戒態勢から艦長と副長及び管制士官、火器士官などは12時間交代の24時間体制になっている。木戸艦長は最も確率が高いと言われていたこの時間に、自分の当直が当たるようにローテーションを組んでいた。
「艦長、ミサイル発射2発ですね。警報を出します。よろしいですか?」
「ああ。頼む、出してくれ」
「警報、警報。総員起床!総員起床!中国南通よりミサイル2基発射、これを迎撃する!総員配置に着け」
木戸は艦内放送を行う。
艦長が自分の司令官席から立って艦橋の大スクリーンの前に立つ。今夜の南シナ海は穏やかで、約1万トンの護衛艦“はぐろ”は殆ど揺れない。
「南通基地のミサイルはDF-2 型だな。あのミサイルはロフテッド軌道を取るので、多分2千㎞の高さまで昇って下りて来る。松島海曹、敵ミサイルの目標は判ったか?」
「はい、現状のところ、コースは長崎県ですから、多分佐世保港または相浦駐屯地です。高度は現在450㎞ですが、まだ上昇中で、長崎までの距離800㎞の内約300㎞で頂点に達して下降に入ります。予想飛行コースの断面図を示します」
スクリーン上の右隅に軌道の横断予想図が示される。
「さて、ミサイルの軌道の予想が出たが、海野3佐、迎撃はいいな?」
今度、艦長は火器管制官の海野3佐に聞くと、海野は自分の制御盤を操作して応じる。
「はい、艦長。予想されたコースだと、この艦の直上で高度250㎞になります。この艦のサイロにセットしているSM-2改の有効射程400㎞以内ですが、迎撃点を出来るだけ本土から離すために艦の100km手前にします。相手が2発ですので、4発撃ちます」
「始点からの距離310km、速度は秒速1.8km、最大高度1980㎞で下降に入ります。横断図を修正しますが、殆ど最初の予想と合致します。目標は相浦駐屯地のようです」
今度は松島に代わって、担当士官の来島2尉が言う。その数分後海野3佐が制御盤のチェックと操作の後に言う。
「7分30秒後に迎撃点に達する見込みで、その時点での速度は秒速3.2㎞になる計算です。2分後に迎撃ミサイルを10秒ごとに発射します。佐川海曹長、南2海曹、迎撃ミサイルのコントロールはいいか?」
「「了解、発射後の迎撃ミサイルのコントロールを実施します」」
各2基のコントロールを行うベテラン下士官が声を揃えて応じる。その後、時間通りに海野が発射を告げ、それぞれの発射のショックで艦が揺れる。
「1号ミサイル発射!……、2号ミサイル発射!……、2号ミサイル発射!……、2号ミサイル発射!」
概ね60度の角度で秒速3.2㎞にて降下する、直径0.8m長さ5mのミサイルの、10m~20m以内に迎撃ミサイルを近づけて爆発力で破壊することは非常に困難である。
しかし、WD-WPCを使った場合、その10㎞以内に迎撃ミサイルが一瞬でも近づければ、燃焼剤を爆燃させることができるのだから難度は非常に低くなる。
これらのSW-2改ミサイルは、4基とも正常に飛行することで日本製の信頼性を証明して、実際に命中するほどの精度で敵ミサイルに近づき、残っていた燃焼剤を爆燃させ、さらに弾頭に積まれていたTNT火薬500㎏を爆発させた。
このため、2基のミサイルは木っ端みじんになって、空気抵抗で急減速し50㎞以内の海域に落下した。なぜ、予定にない弾頭が詰まっていたかは謎であるが、最後になって宋防衛相の命令で変更したらしい。
なお、この海域は訓練の口実で昨日から3日間は立ち入りを禁止していたので、船舶への被害はなかった。全てことが終わった日本時間の午前3時、日本の防衛省とアメリカ国防省発表のそのニュースは世界を駆け巡った。
それはこういう内容であった。
「ロシア軍と中国解放軍が、それぞれ日本の北海道の旭川駐屯地と、九州の相原駐屯地を狙って中距離弾道弾を2発発射して、いずれも迎撃されて海に落ちた。ロシアのミサイルは弾頭が空であったが、中国のミサイルは核ではないものの通常の火薬が詰まっていたために大爆発を起こしたことも報道された。
それに対して、日本政府はロシア、中国にこの戦争行為に対して最大限の抗議の意を表し、両国の外交官を追放すると宣言した。さらにアメリカは、日本が安全保障条約の相手国であることを考慮して、ロシア、中国に両国の日本へ攻撃する手段を除去することで報復すると宣言した」
日本周辺の大部分の人々は翌朝起きてそのことを知ったが、アメリカ大陸、モスクワを含む欧州では生活時間帯であったために人々は即座にそのニュースを知った。
モスクワからはそのニュースから2時間後に声明があった。
「日本がアメリカ等の諸国と共にWD-WPC及び空間転移の技術を独占して、わが国を含むそれ以外の国々を排除している。それは、日本やアメリカ等の国々がその他に対して軍事的に生殺与奪の権を握ることで、わが国はそれを座視し得ない。だから、わが国は日本が真実その技術を使いこなしているかどうか試したのだ。
それに際して、被害を最小化するために弾頭を空でミサイルを発射した。今回の試行によって、日本が真実WPCを戦いに使えることが判明した。だから、公平の観点から、これらのWPCの技術を我が国に供与することを改めて求める。
なお、アメリカ帝国主義者が我が国を犯そうとするなら、わが国は激烈な報復をすることで、その決断を後悔させることになる」
中国からの発表は更に5時間遅れたが、短いものであった。
「我が国の防衛相が日本を訪問してWD-WPCと空間転移の技術を要求したが、その対応は極めて無礼なものであった。今回の“措置”はその無礼さへの報復であり、わが国の当然の権利である」
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