第39話 M国の動乱2

 僕はダメもとで、お願いポーズを決めて(そのつもりで)防衛省の4人に聞いてみた。

「うーん。そうだよね。困ったな。自衛隊がM国に行くっていう話はないよね?」


「話はあったらしいですよ。日本政府としては、今までM国に相当な援助をしてきたのですよ。まあ、中国から彼らを切り離すためですがね。それがあんな風になっちゃって面子丸つぶれなんです。

 表立っては出来ないので、裏からというか、秘密部隊でという話でしたけど、そんな旨い話はないですよね。乗り込む段階でばれちゃうから」


 園山課長が言うのに僕が飛びついた。

「どうです、僕の空間転移があれば、M国でも秘密で行けますよ」


「ええ!く、空間転移?本当に?」

 皆驚いているが、その中の防衛省組の増田氏が思わず言う。まあ、そうだろうな、空間転移は軍事的には凄く値打ちがあるよね。


「うん、そうなんです。できるようになったのは最近ですけどね。マジックバッグというか、空間収納ができるようになったんですよ。これは亜空間の扉を開いてそこに物を置くというものです。でも、それが出来れば、亜空間経由で移動できるので、通常空間では空間ジャンプになります。

 これは具体的には僕がゲートを開く形になりますけど、2~3分は開けておけます。だから、その間に他の人も移動できるので100人位は転移できるはずですよ。荷物は空間収納で持って行けますからね。便利でしょう?」


 小串女史も含めて、僕の話を聞きながら身を乗り出しているが、今度は園山氏がどもりながら聞く。

「そ、それは、どこにでも、例えばM国でも行けるのですか?」


「基本的には、ゲートを開く位置を意識の中でマークするというか認識できるなら、そこを繋いでゲートを開くことは可能です。その意味では今はグーグルマップってあるでしょう?あの画像自体は今のものではないですけど、あれに意識を重ねればその位置を認識するのには使えるのです。

 あれはズーム機能があるので意識を重ねて場所を意識し易いのです。これは何度も試したから大丈夫です」


 そのような話の結果、M国については自衛隊が動ける可能性はあるということで、本部に当たってみるということになった。それとは別にWD-WPCについて火器研究班の若手の西野氏から質問があった。


「さきほど、その回路について爆薬を検知する回路部分の説明がありましたよね。発火を無しにして、それを検知してアラームを出すことはできないのですか?」

「うん、それは簡単ですよ。回路のその部分だけを取り出せば良いのですから」


 そこで、小串女史が目を見開いて口を挟む。

「ええ!それは是非早急に作ってほしいですわ。発火させるなどという物騒なものでなく、探知だけなら民生に使えますものね。アメリカとか銃火器が野放しの国では凄く必要なものです。

 具体的には、人が出入りするあらゆるところにセットして、爆発物が検知できるようにするのよ。これは、ものすごい需要があるわ。アメリカだけでなく、世界中であらゆる入り口にセットすることになります」


「ええ、そうなんですよ。我々にも火器の検知ということで研究させられています。でも火薬が検知できるのだったら、ほぼ完全な解決策ですからね」

 西野氏が応じるが、続けて上司の増田氏が僕に頭を下げて言う。


「うん、それは是非実現したい。すでにWPCの回路が出来ているなら是非その部分の協力をお願いします」


「でもそれはこっちの仕事よ。ものが出来ると決まれば、売り先を探して売る方は私の方でやります。防衛省は自分の施設の防護のためでしょう?それは私共WPC製造㈱からちゃんと供給しますから。オサム君はいつもの通りやってくれればいいのよ」


 小串女史が割込んで僕に念を押すが、確かに防衛省にはできたものを供給すればいいだろう。女史は尚も言う。

「防衛省の増田さんのところでは、さきほどオサム君の言っていた火薬を使わないWPCによる銃というか、発射機構をものにする方に注力するべきですよ。これは武器になるので、政府と話を付けないとちょっと私たちでは売れないですからね」


 そのように言われて増田が慌てて応じる。

「え、ええ、そうです。その話も聞こうと思っていたんですよ。さっき言われた炸薬を使わない銃というのはどういう原理のものですか?」


「うん、最近WPCで水を噴射剤に使うジェットエンジンを開発したのですよね。実用化に入っているようですから、防衛省にも話がいっているでしょう?」

「ええ、もちろん聞いていますよ。試験結果は凄く良好で本格的に導入するようです。既存のエンジンを全て交換する勢いらしいですね」


「うん、そうです。だから、その原理ですよ。これも発射剤に水を使おうという訳です。一応回路は描いていますが、口径は最小で15㎜は要ると思いますから、余り小口径はダメです。銃身長は最小で30㎝程度のはずですから、拳銃はちょっと無理でしょう」


「なるほど、それだと音は大幅に小さくなりますし、煙も出ないし、さらには炸薬が要らないのでコストが下がりますし、いいことばかりのようです。是非研究させてください」


「ええ、解りました。考えたら防衛省とは今まで特にお付き合いはなかったですね。いいですよ。でもM国の件で何とかWD-WPCを使えるようにして下さい。アジャーラをがっかりさせたくないんですよね」


「まあ、話してみますが、可能性はあるとは思いますが政府の意向次第ですね」

 最後は園山課長が言った。


        ―*―*―*―*―*―*―


 しかし、日本政府は実際に大いに困っていたらしく、秘密に大量の荷物を持ったうえでM国に部隊を送りこめる、さらに銃を無効化するWD-WPCがあると聞いてすぐに話がまとまったらしい。


 M国への『調査団』31人は自衛隊の朝霞駐屯地に集まった。空間転移ができる僕はもちろん加わっている。実のところ、M国人で意心館の練習生のヤン・ジュラスとムセラ・ミューライに、彼らが集めたM国人25人はすでにM国に送り込んでいる。

 また、M国で勤務経験がある外務省の職員8人も同じく日本大使館に送り込まれている。


 彼等には秘話機能のついた衛星通信ができるスマホが与えられているので、日本からの連絡は問題ない。M国への最大の援助国は日本であり、企業もすでに数十社が支店を出しているために、M国には官民を問わず太いパイプがあり、軍にだって人脈がある。


 軍も一枚岩ではなく、先の見える者は、今回のようなクーデターはともかく、人々を銃撃するような行為は将来には必ず破綻を招くと反対している。

 そして、銃撃によってすでに100人を超える犠牲者が生じた今、そういう者達はすでに出口を求めていた。そこに日本政府が介入の決断をしたことを知らせると、相当部分の者達が反対することに同調した。


 その活動も一環として、まずは犠牲を減らすために現地で日本政府筋が接触している抗議活動のリーダーへの働きかけによって当面はデモや抗議活動は控えさせた。そのため、最近2週間は大きな騒ぎは起こっていない。

 無論そこには僕が送った27人が大いに活躍している。このような抗議活動の鎮静化に、軍事政権側は自分たちの強硬な鎮圧が功を奏したと誇っている。


 自衛隊員の20人は、半分がケース入りのテニスラケットに似せたWD-WPCを持っており、すでに様々な銃器に対して訓練を積んでいる。つまりWD-WPCを持って操作する者一人と守る一人の2人組が10ある訳だ。彼らは持っているWPCを必ず持って帰るように命じられおり、自衛隊員以外の者に渡すのは禁じられている。


 そして、彼らは2人組に対して日本語のできるM国人が付き、デモ隊に交じって行動して銃器の無効化を行うことになっている。だから、2人組の片方は陸曹長以上であり自分で判断ができる要員である。彼らの武器は特殊警棒であり、服はラフなスラックスにジャケットであるが、ケプラー繊維で編まれた服だ。


 自衛隊の残り10人と僕は一緒に行動することになっていて、そのメンバーは全体の指揮を執る隊長の三笠1佐に加えて残りは実質僕の護衛らしい。ちなみに自衛隊の30人は全員がWP能力を発現していて、身体強化が出来、剣道の有段者なので、相手が銃を使えない条件で特殊警棒の武装といえども十分な戦闘力がある。


 もっとも空間収納が使える僕が同行するわけだから、96式装輪装甲車を3台持ってきているし、20式小銃を人数分、手りゅう弾、無反動砲も持ってきているが、銃は基本的には使わない。


 アジャーラは一緒に来たがったが、守る対象が僕以外もいるのは具合が悪いということで反対が多く結局止められた。僕も実際はその方が安心だから、説得に回ったけど彼女から『裏切者』と言われてすねられたよ。


 出発前のブリーフィングで、48歳のレンジャー資格を持つ三笠1佐は僕に言った。

「ええと、浅香さん。くれぐれも危ない行動はしないようにお願いしますね。あなたにもしものことがあったら、私はともかく、今回の作戦を決めた上の人たちの首が飛びますから」


「ははは、ええ、僕も命は惜しいから気を付けますよ」

 僕はそう返事をしたけど、本当だよ。だけど、今回の作戦は政府が絡んできたために最初思い描いていた形と大幅に変わってしまった。


 でも、結果的には良かったと思う。当初考えていたように、WD-WPCをデモ隊に与えて、前線の国軍や警察を無力化できても、全体として国軍から支配権を取り返すまでには大きな混乱があったと思う。


 それが今では、クーデター前の政権の幹部との接触、さらに国軍の反主流派との接触もできているようだから、幹部を押さえてしまえば、カウンター・クーデターが決まってしまうだろう。おそらく国軍も銃器を無力化されれば、圧倒的に少数派なので抗う術はないだろうね。


 まあ、その読みがあるから、政府も僕がM国に入るのを止めなかったのだろうと思うよ。それに僕は空間転移が出来る輸送役だから、必須の要素であることは確かだけど、わくわく感はなくなっちゃったなあ。まあ、多くの人々の運命がかかっているので、わくわく感などと言うと不謹慎ではあるけど。


 僕がゲートを開いたのはヤンゴン郊外の廃工場内で、建屋に囲まれた100m四方位の空き地で、日曜日の現地時間朝の8時だ。僕ら30人が2人ずつ並んで順次出現するのを、10m四方位を空けて囲んでいた人々が見て目を丸くしてどよめく。日本の4月から、ヤンゴンの朝とは言っても気温27度だから少し暑い。


「三笠1佐殿、ご苦労様です。駐在武官の山田2佐です」

 ぞろぞろ出てくる僕ら31人が揃ったとみて、40歳代に見える長身のいかつい顔の人が進み出て三笠1佐に向かって敬礼する。


「ご苦労、山田2佐。じゃあ、段取りを教えてくれ」

「はい、もうお聞きと思いますので簡単に説明させて頂きます。まず、WD-WPCを持った10班は、現地の人の車で市内に散って、それぞれ担当のデモ隊に加わって銃器の無効化をしてもらいます。

 そのうちの4つは国軍の司令部と、国軍の市内の駐屯地、さらに警察本部などに、武装した相手の数が多い場所になりますので、身体強化ができる現地の人を多めに配置しています」


「うん、解った。手筈通りだな。では、皆頼むな。不測の事態が起きたときは、私か私が出なければ、一緒の誰かに連絡してくれ」


 三笠1佐が、それぞれがラケット状のWPCを持った10班に声をかけると、「「「「はい、承知しました」」」」と返ってくる。

 そもそも、この程度の部隊を1佐が直卒することなどありえないが、今回の作戦の特殊性から、このような編成になっている。


 それを見ていた、顔色の浅黒い現地の人々が山田2佐の合図で寄ってきて、日本語で車に案内し始めていて山田2佐もそれい加わる。それを横目に、日本人らしき女性が一人寄ってきて言う。


「私は、日本大使館の佐川1等書記官です。浅香さんと三笠1佐たちは、大使公邸に入って頂きます。大使館は雑居ビルなので、守りがいささか弱いものですから」

 大使公邸は、大勢の招待客を招いてパーティを開くことが多いために広いし守りも固い。


 その言葉で、僕たち11人は大使館の用意したマイクロバスで、ヤンゴン郊外の大使公邸まで移動することにして出発する。移動の途中で、三笠1佐の通信機には次々と送りだした班から連絡が入っている。


     ―*―*―*―*―*―*―


 山路陸曹長は、WPCを持った木島士長と共に陸軍本部前の広場に着いたところである。彼らの車には自由M国の旗が立っており、彼らの車が付くとそこで止まっていた車が一斉にクラクションを鳴らす。

 山路は案内のM国人のミアン君から彼らの車が付くのと同時にクラクションが鳴らされて、それを合図に人々が集まってくると聞いている。


 軍が、デモに発砲を始めて以来、最も軍人の数が多い陸軍本部前でデモをやったことはないそうだ。聞いていた話の通り、辺りはどんどん人が集まってきているが、それと合わせて本部の正門から、銃を持った100人ほどの部隊が出てくる


「ヤマジさん。軍の部隊は流石にいきなり撃ってはきません。まず、スピーカーで警告して空に撃って、それでも動かないと水平射撃をしますが、撃つのは全部隊でなく2人か3人です。でも、それで確実に死者がでますから、我々も耐えられなくなって引いてしまう訳です」


 山路と木島の後ろから、まだ20歳代の始めの年頃に見えるミアンが日本語で説明してくれる。軍側がスピーカーを準備しているのを見て、デモ側の車の上のスピーカーから声が流れ始める。M国語でこう言ったらしい。


『軍の皆さんに告げます。あなた達は国と人々を守る軍人であるはずです。にもかかわらず、人々に銃を向けてしかも撃つという最も恥ずべき人々です。それを恥じて直ちに銃を捨てなさい。その銃は呪われていますから、今から燃えますよ。それ!』


 その言葉の途中から、軍人の中の将校らしき兵が、部下に指図をしてスピーカーを指さしている。5人ほどの兵が銃を構えようとしているところで山路が言う。

「よし、木島、あの銃を構えようとしているところから狙いをつけてWPCを発動しろ。さらに正面の部隊を全部掃討しろ。次には最大射程で正面の建物を掃討しろ」


「は、了解、まず正面の部隊に向けてWPC発動!」

 銃を構えた兵隊に向けたラケットに似たWPCがブーンとかすかに鳴る。それから一拍置いて銃の弾倉からボフ、ボフ、ボフという音に加えて煙と火が見えて、兵たちが銃を放り出す。


 さらには将校の腰から同様に火と煙がでて、各将校は慌てて拳銃を抜いて放り出す。その現象は正面に並んだ部隊に次々に伝染して、整然としていた部隊はぐちゃぐちゃに乱れている。辺りは煙と火があちこちで上がっており、時折パンパンという爆発音も聞こえる。


 自衛隊での実験では、銃に装てんされた銃弾と弾倉の銃弾は、基本的には爆発せずに燃えるので、持っている人にはやけど程度でそれほど致命的な危険はない。

 ただ、グレネードランチャーや手榴弾は発火の火が大きく場合によっては大やけどの元になる。さらに、燃え方によっては銃弾が爆発の形でパンパンはじける場合もある。


 その光景に、すでに2千人以上になっているデモ隊は気勢をあげて拳を振り上げている。木島士長はさらに、WPCの狙いを建物にして、ゆっくりと動かしており、中は大騒ぎになっている模様だ。


 そして、木島が本部棟から少し離れたコンクリートの小屋にWPCを向けたとき、その小屋からボワンという大きな重低音と共に、太さ2~3m高さ30mほどもある巨大な火柱が立ち上がった。多分弾薬庫が燃えたのだろう。


 幸いその小屋は他の建物と離れていて、コンクリート製でもあるため延焼の恐れはなさそうだ。それを見て、山路等の通訳を務めていたミアン君が、デモ隊に向かって叫ぶ。

 あとで聞くと、「軍の連中の銃は無力化された。本部に突っ込んでアヤン・ルーミンを捕まえろ!」と叫んだらしい。


 アヤン・ルーミンは軍人のトップの名前である。

それに、すぐさま呼応したものが100人ほどおり、彼らが正門をくぐって建物に駆け出すと、半数ほどのデモ隊の者がばらばらと続いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る