第40話 M国の動乱3
山路陸曹長と木島士長は、乱入したデモ隊を追って陸軍本部の正門をくぐる。28歳と若い木島が逸って走ろうとするのを、35歳のベテランの山路が止める。
「待て、木島。慌てると禄なことがない。我々も建物の反対を掃討するので行く必要があるが、そのWPCは稼働状態にして歩いていこう。ミアン君も着いてきてくれ」
WPCを当てて効果を出すことを掃射と呼んでいる。
「は!了解しました」
「はい、了解です」
両者が応じて早足で歩く山路に続く。
陸軍本部の軍人達は、自分らの武器の火薬が燃えて無力化され、血相を変えたデモ隊に迫られるとバラバラと逃げてしまって、立ち向かおうとするものはいない。守るべき国民に銃を撃つような連中はあんなものだろうと、山路は思って、ふと横を歩いている木島に聞いてみた。
「木島君、日本でな、治安維持に駆り出されて日本人のデモ隊に発砲するように俺に命令されたらどうする?」
「え!『いやです』と言いますよ」
木島は聞いた山路の顔を一瞬見て、真面目な顔ですぐさま答えた。
「そうだろうなあ。俺だって上官から命令されてもそう言うし、命令には従わないぞ。もっともこのM国だったら命令拒否で撃たれるかもな」
「うーん。僕らもM国で軍が市民を撃ったと聞いて、同僚とも話したのですが、命令する心理も解らないし、それに従う感覚も解らないと皆言っていましたね。
生ぬるいのかもしれませんが、自衛隊、軍も一緒だと思いますが、国と国民を守るのが役割ですよね。だから、M国では軍がよほど市民とは切り離された違うところにあるのだと思いますよ」
そこにミアン君が口を挟む。
「そうなんです。23年間の軍事政権時には、軍は政治・経済の双方を握って意のままに国を動かしていました。ですから、軍人はいわばこの国の貴族だったわけです。しかし、そのために我が国は国際社会からは切り離されて、遅れた貧しい国になっていきました。
民主化は、軍が支配権を握りつつ国際的孤立と経済を何とかしようとしたのですが、民意は彼らが思ったより軍に厳しく、選挙では圧倒的に彼らの支配する政党は負けました。今の憲法と選挙制度は、まだ軍に都合の良いものであるにも関わらずです。つまり、軍と一般国民の間には根強い反感があります。
ですから、我々はしょうこりもなくクーデターを起こした軍については、完全に解体する必要があると思っています。今のような軍は有害にして無益です。丸腰の市民には強いけれど、カレン族などの武装勢力には蹴散らされるような弱兵達です。本当に同じ民族としてあいつらは恥です」
目が座って言い募るミアン君はちょっと怖いけど、言いたいことはわかる。彼は更に話を続ける。
「だけど、僕らはあなた方が今回持ってきてくれたWPCに可能性を感じています。我々の国に軍が必要だったのは、外敵というより少数民族の武装勢力の対応のためだったのです。軍も一般国民に比べると圧倒的に少数ですが、軍と同様に少数民族が恐れられるのは結局かれらに銃があるからです。
WPCで銃器を無力化すれば、軍と同様に少数民族を押さえられます」
『ええ!』山路はそれを聞いて困ってしまったらしい。少数民族は、差別とかの理由があって武力を握って反抗している訳だ。出発前のブリーフィングで習ったが、M国の民主派も少数民族の難民問題を抱えていた。
これは、おとなしい少数民族を迫害していたわけだ。世界にはそういう少数民族問題が多数起きている。
「でも、そういう少数民族も、いろいろ迫害とかの問題で武装するようになったのではないの?今の軍とは問題がかなり違うような気がするな。だから、そういう少数民族には平等に接して扱うしかないんじゃないの?」
今度は木島が手厳しく言う。
「う、うう。我が国は少数民族が20以上あって、大抵が不便なところに住んでいるので、貧しくて不満を持ちやすいのです。だから、独立したがるのですが、独立しても自分では食えないから援助に頼ることになります。
そういう場合は、結局彼らは国際社会の負担になるのですよ」
そのように彼が言ったところで、本部棟に入ったので面倒な話を避けるという意図もあって声をかける。
「いくぞ。最上階に登って裏をWPCで掃討する!ゴー」
3人は、階段にもごちゃごちゃいるデモ隊の連中をかけ分けて、出来るだけ早く最上階に登る。人込みをかき分けると睨む者もいるが、ミアンが言い訳をすると目つきが緩む。デモ隊に銃器を無力化するWPCを持った支援者がいるのは伝わっているので、そういうことを言っているのだろう。
3階は中央に廊下があって両側に部屋があるから、どこかの部屋に入る必要があるが、多くの部屋のドアは開いている。廊下にもデモ隊の者がいて、あちこちでもみ合いをしている。それをよけながら裏側に面した部屋を覗いていくと人のいない部屋がある。
「この部屋だ、入るぞ」
山路が言って中に入り込み、下を見渡す。兵が数十名見えるが皆わらわらと動いている。多くは今いる本部棟から遠ざかっていて、彼らは武装している様子はない。装甲車が3台見えるが、2台からからは煙を吐いているので処理済のようだ。
しかし、十数名の小銃を持った兵が近づいてきている。
「ほお、なるほど。先ほどの掃討で、建物の裏側にも十分効果があったようだな。銃を持っている連中は、有効範囲外にいたようだな」
確かに陸軍本部の敷地の遠い部分は、明らかにWPCの有効範囲の300mを越えており、そちらにも兵舎がある。そこから出てきたであろう兵隊が小銃を持って近づいているのだ。
「よし、木島あの連中を掃討しろ!」
山路が命じる。
「は!掃討します」
木島が応じてラケットに似せたWPCを窓から出して、WPCの電源を入れて向かってくる銃を持った兵達に向けてゆっくり動かす。このWPCの欠点は、発生するマナが見えないので効果が計りにくいことだが、この場合は兵たちが持っている銃が発火するので効果が判る。
弾倉が発火した銃を放りだした兵たちの様子を見て、さらにそれ以上銃器を持った者がいないことを確認して、山路がミアンを振り返って言う。
「木島、もうよかろう。さてミアン君」
「ヤマジさん。どうも司令官室で戦いが起きているようです」
ミアンが。ドアのところで外を見ながら言うので、山路と木島は廊下に出てみる。すると、長さが50mほどもある廊下の20mほど先にぎっしりと人が集まっており、その中で怒号が響いている。
「どうも、司令官室に強い兵がいて、入れないようです」
ミ アンが早足でそちらに近寄りながら言う。部屋の前に立っている人々を、ミアンが声を掛けながら押しのけて進んでいくと、開いた両開きのドアから部屋が見える。
中では棒を構えた一人の逞しい兵を、5人が取り囲んでいるが、彼らは足場に使うような2mほどの鋼管をもっている。守る方の兵の棒は丈夫そうな木の棒で、長さは1.5mで太さは4㎝ほどもある。
そうやって見ている間に、左手の一人が鋼管を構えて突っ込もうとするのに、棒を持った兵がそちらを向いて構える。それを反対側の一人が思い切りよく大きく2歩踏み込んで、持っている鋼管を振り下ろす。明らかに身体強化を掛けた力と素早さだ。
棒を持った兵は軽いが素早い動きで向きなおり、半歩踏み出して棒を鋼管に沿わせて力を逃がして、そのまま棒で相手の胸を撃つがこれも身体強化がかかっている。
直径が4㎝ほどもある棒がすこし撓って、突っ込んだ男は跳ね飛ばされる。
とはいえ、相手も身体強化を掛けているので、深刻なダメージはないであろう。そして、棒を持った男は身体強化による素早い動きで棒を回しながら、くるくると体を回しながら、残り4人の横面、腹、横面、頭頂を打ち付ける。打たれたいずれの男たちも脆くも倒れて起き上がってはこない。
「ほお!M国式棒術か。面白い」
山路はにやりと笑って、まず身体強化を掛けて、腰に吊っていた特殊警棒を取り出してそれを90㎝一杯に伸ばす。そして、それを両手で握ってスルリと群衆から抜け出して、棒を構えてゆっくり体を回しながら得意げに周りを見渡している兵に向かう。
「あ!危ないですよ。あれは、ガバニ曹長、棒術で有名な人です」
と声を出して止めようとするミアンを、木島が肩を掴んで言う。
「大丈夫です。剣道7段、柔剣道5段、山路陸曹長は自衛隊でもトップの腕です。見ていてください」
山路が、最も危険とみられる陸軍本部前を割り当てられたのはその腕を見込まれてのことだ。彼は変態的に難しいと言われる剣道の8段試験にはまだ通っていないものの、剣道の全日本選手権で準優勝をした腕である。
ガバニは、警棒を持って歩み出る山路の強者の気配と、動作の柔らかさを見て一気に緊張して、山路に向かって棒を構える。右手で棒の端を握り、左手で棒の肩幅ほどの中央よりを握るが、あくまでその動きは柔らかく肩に力は入っていない。
打たれて起き上がった数人と、新たに部屋の中に入ってきた数人に加えて廊下から覗いている周囲の者は息を飲んでそれを見守っている。
十数秒のにらみ合いの後に、山路が警棒をしゃくって相手を挑発する。一拍を置いて、ガバニが大きく踏み込んで棒を突き出す。シンプルながら目にも止まらぬ突きであり、身体強化による速さと力が加わってまず躱すことは難しい。
しかし、山路は顔に向かってくるその棒を、手首を返して振り上げた警棒で摺り上げて、跳ね上げる。それは相手の棒を逸らすだけの跳ね上げであったが、もう少し強く跳ね上げて、突きを出せば終わりであった。しかし、山路は折角だからもう少し楽しみたかった。
身体強化については、自衛隊は最も早くそれが行き渡った組織であり、その使い方ももっとも深く研究してきた。その結果として、身体強化状態の自衛隊式の剣道と柔剣道も体系化されていて、身体強化ありの大会では現状のところ自衛隊が強いが山路はその準優勝者である。
その山路から見ると、ガバニは技そのものがまだ未熟ではあるが、身体強化なしでは身長が195㎝余、体重は100㎏余の均整の取れた恵まれた体と運動能力で、山路ともそれなりの勝負をするだろう。しかし、身体強化が出来るようになったのは多分最近であり、まだその使い方に習熟していない。
だから、少し遊んでもいいかなと思ったのは、銃器が使えないという条件があるからである。ガバニは手加減されているのを悟ったのだろう。棒の中心を持って回転させ始め、その状態で山路を狙って突っ込んでくる。それを山路が軽く躱す。
さらに突っ込んできて躱すということを2回繰り返した後、3回目ではガバニは回転をピタッと止めて、体に棒を当ててブンと振り回して、山路の首を狙う。山路は体重の乗ったその打ち込みを警棒で滑らせて躱し、棒を握っている右手の親指を軽く撃つ。軽くであっても筋肉で守られていない親指は砕ける。
さらに、その衝撃に動きが瞬間止まったガバニの左手の親指より軽く打つ。両手の親指が効かなくなったガバニは棒を手放し、それは絨毯の上に鈍い音を立てて落ちる。しかし歯を食いしばって山路をにらんでいるガバナはめげずに踏み込んで正面から蹴り上げる。だが、山路は軽く横に躱して警棒で横面を強めに打つ。
どっと倒れる巨人を見て、囲んでいた周りの連中が、軍の総司令官で政府首班、独裁者のアヤン・ルーミンがいるはずの中のドアに飛びつくが開かない。しかし、身体強化ができる男たちを頑。丈なドアと言えとどめることはできない。皆で一斉に蹴りつけると、ドアは割れて内側に倒れた。
中を覗いたもの達が囲んでいる者達に何やら叫ぶと、棒を持った3人が進み出てくる。山路と木島が中を覗き込むと。中には制服を着た3人がいて若い2人がドアの傍でサーベルを構えている。
「ほお、剣を持っているか。しかし大した腕ではないな。身体強化もできておらん。棒を持った連中には敵わんだろう」
そのように山路が木島に言う通りで、身体強化をして交通標識の支柱だろう太い棒を持った男たちが躍りかかると、たちまち剣を持った2人は叩き伏せられる。
残るは、60歳代の始めに見える、がっちりした体格のアヤン・ルーミン大将である。最近ではしばしばマスコミに出てくる軍事政権の首班である。
そこで、デモ隊から少しフォーマルな格好をした老年に差し掛かった男が進み出る。ミアンが囁くところによると、民主政府の首相だったがクーデターで地位を追われたサミラーム・ムジン氏らしい。
その様子は数台のテレビカメラが撮影しており、さらに5人ほどが大型レンズのカメラを構えている。後で翻訳はされたやり取りはこういうことだった。
「ルーミン、君らのクーデターもここまでだな。おとなしく、退陣の宣言をしろ」
ムジン前首相が胸を張って言う。
「ふん、わが軍は40万の兵力だ。この本部に置いてある軍はほんのわずかだ。わしを含め本部のものが捕虜になっても軍全体には影響はない」
「たかだか40万の、銃器が使えない軍が5千万の人民に対抗し得るかな?ルーミン、お前らの愚行のお陰で100人以上の人々が殺されたし、我が国の被った経済上のダメージは莫大なものがある。お前ら軍が人々に優越していたのは銃を持っていたことによる恐怖のみだ。
そして、我々には国際社会の後押しがある。それ!この方は日本から、お前ら軍の銃器を燃やす機能があるWPCを持ってきて、それを使ってくれたのだ。この方たちだけではないぞ、お前らのヤンゴンにある駐屯地は同じように制圧された。それ、これはヤンゴン駐屯地のライブ映像だ、見ろ!」
ムジンがタブレットを突き出す。否応なくルーミンが見入るその画面には、建物が立ち並ぶ広大な用地内で棒を持った人々が、制服や戦闘服を着た兵と争っている。しか、兵隊より私服の市民の方が多い。
戦車や装甲車があちこちにあるが、燃えているものあり、煙を吐いているものある。いずれにせよ、銃が撃たれている様子はない。タブレットを見せつけてムジン氏が言う。
「今は市民の方が少し多い位だが、続々と人々が集まっている。いつまで耐えられるかな。この様子をみて、他都市のアラバトラ基地など、続々と武装解除されている。それからこの映像を見ろ」
今度はスタジオのようなところで、老年に差し掛かかった制服の将軍がマイクでしゃべっている。
『私は、M国軍、第5師団長のユーサム・ジラース中将だ。総司令官のルーミン上級大将を始め、同僚諸君に武装解除を呼びかける。すでに、わが国には銃を無力化できるWPCを持った部隊が我々を制圧するために多数送り込まれている。それに対して、わが軍は対抗する術がない。
確かにわが軍は40万の兵員を数えており、小銃、迫撃砲、大砲、戦車、戦闘機を持って非武装の市民に対して絶対的な強者であった。しかし、今やこれらの武器はすでに無力化されたのだから、我々は5千万の人々の中のわずか40万である。それも、最新の調査ではすでに半分の兵は軍を去っている。
我がM国軍は、民主的な選挙で選ばれた政府を武力で倒し、なおかつ非武装の市民に銃を向けかつ撃ったという時点で、すでに国軍たる資格を失った。それを知った兵は自ら去った訳だ。このまま、我々が使える武器をあくまで保持し人々と戦うなら、我々を待っている将来は惨めな死である。
そして、残った20万も6割が家族を持っている。その家族も同じ目にあう可能性が高い。それよりは、我々はここで武装解除して人々に対して降伏するしかない。諸君、私と私の師団はそうするし、賢明な道を選ぶことを諸君に勧める』
結局、首都ヤンゴンの軍と警察は銃器を燃やされ、デモ隊に制圧された。この中で、軍とデモ隊双方に合計6人の死者が出たが、重傷者の100人以上は医療用WPCで治療された。
それを知った軍はジラース中将の説得もあって武装解除して、いち早く声を上げた臨時政府に対して降伏した。その中で、最後まで抵抗した将校もいたようだが、死体で見つかっている。
その状況の中で、ルーミン上級大将は退陣を宣言して、軍事政権の幹部と共に直ちに牢に繋がれた。
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