第20話 中央アジアでの数日3

 僕はWPを練りながら準備をして、大声で言い返したよ、

「ふん、お前らのようなクズ共が、宗教の名を名乗るとはな。それ!アラーの神の罰があたるぞ!」


 一瞬後、ガシャ-ンという重なった音と、共に5台の車が跳びあがり、10mほどの空中に停止して、落下を始める。そして、斜めにまたは反転して地面に落下する。これは、直径1m長さ3mほどの土柱を周辺地盤との接続と摩擦を水で切り、地下で水蒸気爆発を起こしたものだ。


 その勢いで、下から飛び出してきた土柱に打突された車は跳びあがって、瞬間に引っ込んだ土中のそばに落下したというものだ。実のところ10mの高さに跳び、落下したとて、秒速10mほどだからそれほどの衝撃ではない。しかし、特に跳びあがった時のショックは、全く予期していないだけに中々だろう。


 正面に立っていた小男は、音に振り返って一部始終を唖然として見ていたが僕に向かって叫ぶ。

「お、お前何をした!」


 僕は当面この男に用はないので、川合さんに目配せをした。男は慌てて腰のホルスターから拳銃を抜こうとしたが、滑らかに近寄った川合さんから足刀で首を刈られてドサッと倒れた。


 さらに僕ら3人は、銃を使われないうちということで急いで正面の車に近づく。それらの2台はへしゃげてはいるがまともな姿勢で、1台は横向きになって、2台は完全にひっくりかえっている。調べると5人は車の下敷きになって死ぬか重症であり、6人がのろのろ動いて起き上がろうとするところで、残りは気絶している。


 意識を取り戻しつつあった6人は、川合さんと山江さんが蹴飛ばして再度気絶させる。数えると人数は全部で28人であり、全員がイスラム教徒の常でむさ苦しい髭を生やしている。そこに、後ろに残してきた車が寄って来て、皆が降りてくる。


「凄いものね。土魔法というやつなの?」

 僕の横に立った村田医師が言うのに答えた。


「うーん、名前がねえ。土WPではピンと来ないし、土魔法とかがぴったりするんですよね。まあ、土と水と火というか熱の複合というところです。こういうことが出来るのは秘密なので、向後さん、映像を外に出しちゃだめですよ」


 僕が最後に向後さんに言うと、彼女は不服そうだが頷く。

「ところで、後始末はどうしましょうかね?」


「うん、私の通訳をやっているカームスに、警察に連絡させたわ。彼はその関係者なのよ」

 村田医師が言うので、念のために聞いた。

「この連中の治療はしなくても?」


「わたし、この連中の犠牲になった人を見たことがあったのよ。異教徒ということで、女は犯されて殺され、子供まで惨殺されていました。人を差別するのは好みませんが、この連中は人間と思ってはいけないと思います。だから、彼等を私自身が治療することはしません」

 彼女はきっぱり言って、その会話を忘れたように言う。


「どう、カームス。連絡は付いた?」

 医師が英語で聞くのに若い通訳は答える。


「はい、ジザフの駐屯地にいる部隊がやってきます。30分くらいだそうです」

「駐屯地というと、軍なの?警察でなく」


「ええ、武装した過激派は警察の手に負えませんから、軍が対応するのです」

「うーん、ちょっとここで足止めされるのは困るし、おさむ君が尋問されるのはもっと困るわね。ここは、カームスお願い。それと……」


 村田医師の視線が、川合と山江を見ると川合が応える。

「ええ、僕が残りましょう。WP能力者の僕がやったと言っておきます。山江、頼んだぞ」


「はい、先輩。浅香さんの護衛は任せてください。もっともおさむ君に護衛が要るかどうか疑問ですがね。ハハハ」

 山江が笑って応じる。


 僕たちは、1台の車を残して、もう1台に乗ってタシケントに向けて再度出発する。2時間余りの車中で、僕は村田医師に、アジャーラとその母を日本に連れて行きたい旨を言い協力を頼んだ。


「そう、彼女を日本に連れて行って、おさむ君が訓練すれば医療用のWPCを作れるようになるというのね。君は彼女を離したくないだけではないでしょうね?それは確かなのね?」


「ええ、その点は請け合いますよ」

「だけど、そうなったらウズベキ側は彼女を国に帰すように要求するわよ。でも、あなたは離したくなくなるでしょうね。その感じだと」


 彼女はため息をついて、一旦言葉を切り話を続ける。

「でも、まあ、こっちから日本に出るぶんには問題はないでしょうよ。引き受け人はいるし、お金はあなたの方から出せるのね?」


「ええ、でもすぐにアジャーラ自ら、自分とお母さんの生活費以上のものを稼ぎ出しますよ。それに、アジャーラはこの国にそれなりのお返しはするつもりだろう?」


「はい、将来どこに暮らすとしても、この祖国にはそれなりの数のWPCを贈ります。それに、可能ならWP能力者を増やすのに協力したいと思っています」

 彼女はきっぱり言った。


「ところで、アジャーラは学校から半ば無断で出奔した形になったけど、その仕舞はどうなるかな?私ももう一度学校に弁明してみるけど」


 それに対して、村田医師が言うのに彼女は一遍にしょげて答える。

「放校になるかもしれません。まあ、それはオサムが日本にと言ってくれているのでいのだけど、それまでの費用を払わなくてはならないかも……」


「ああ、それは問題ないよ。僕が立て替えるから」

「でも、結構な金額になると思います」


「まあ、10万ドル以上ということはないだろうから、問題ないって」

 僕が村田医師に問うと彼女は頷く。


「ええ、まあ、たぶん2~3万ドルよ。アジャーラ、あなたの今からすれば大金かもしれないけど、医療用のWPCが1台2万ドルよ。格安で海外の政府に日本政府が売っている価格がね。闇市場では百万ドルよ。

 それを作れるようになれば、そんなお金はすぐ返せます」


 アジャーラはそれを聞いて元気を取り戻す。

「解りました。いずれにせよ、学校は辞めさせてもらって日本に行きます。でも、貧しい私を勉強させてもらって、すごくお世話になったから、先生方と学校に一生懸命お礼を言います」


「うん、いい子ね。そうだよ、その感謝の気持ちが大事なんだよ」

 村田医師がアジャーラの頭をなでながら話を続ける。


「ああ、今晩は日本大使館に行こう。もらったWPCは、やはり大使館経由でウズベキ政府に渡した方がいい。公使の山田美弥さんは、話が分かるから話しておきたい。それに、アジャーラとお母さんの日本行きについては、日本大使館に世話にならなくちゃならないからね。 

 特にウズベキ政府と話をするには大使館の重しがあったほうが、効くものね。今は彼女はいるはずだから、電話しておく」


 彼女はそう言って、スマホで話しはじめるが、それを切ると僕らに話しかける。

「うん、たぶん大使館に入るのは18時頃になるけど、彼女は待ってくれている。WPCは貴重品だから大使館で預かってもらおう」


「へえ。WPCはオフィシャルの話でやっていいんですか?せっかくお任せしたのに」

 僕の言葉に彼女が応える。


「もちろんよ。これだけのものは、私個人では扱えないわ。ウズベキ政府に渡すにしても、役人にこっそり渡すとどう扱われるかわからない。だから、前に大使館を通じて渡したように、表のマスコミの前で渡すべきことにしたいと思っています。ただ、大使館がどう考えるか、そこのニュアンスを聞いて、納得いけば後はお任せよ」


「うん、いずれにしても、村田さんのいいようにしてください」


 街路樹が立派で、高層アパートが整然と立ち並ぶタシケント市内に入り、一つのビルの前に車が止まる。日の丸の旗が翻り“日本大使館”のエンブレムが見える。警戒厳重なゲートを潜り、ローカルの係員に手荷物を検査される。


 一行は村田医師に、僕と護衛の山江さんと向後さんという日本人達に加えてアジャーラだ。村田医師は頻繁に来ているので知り合いらしく、小声で挨拶をしている。

 この場合は、村田医師は手提げバッグを、僕はWPC10台を入れた手提げ袋を持っている。基本的には護衛は手ぶらでなくてはならないので、護衛の山江さんは荷物を持たない。


 中の応接室に通されて、少し待つとノックの音がして、扉が開いて中年のキャリアウーマンらしきスーツを着た女性が入って来る。次に40台に見えるスーツの小柄な男性、さらに中肉中背の白髪の男性が入ってくる。


「あらー。大使閣下も!ご無沙汰しております。すみませんね、突然のことで」

 村田医師が、最後に入ってきた男性に声をかける。


「いや、WPCがこの国に10台も入ってきたと山田さんから聞いてね。それに、知る人ぞ知るそれを作れる人が来たとあっては、僕もぜひお会いしたいと思ってね。いや、私はこの国の日本国全権大使の澄田省吾です。今言った通りで、重要なことと思って話し合いに参加させてもらいます」


僕 らも慌てて立ち上がって頭を下げたところで、村田さんが僕らの紹介をする。それに続いて大使館側の公使山田美弥、1等書記官三島健太氏の紹介があり、一同は椅子に座ったところでまた大使が口を開く。


「ほほー、君が浅香おさむ君ですか。いやあ、この国でも医療用のWPCの要望が多くてね。ところがなかなか割り当てが回ってこないときているんだよ。君のような人が、この国に来るのは大変なことだと思うのだけど、どういう経緯かな?」

 それに対して村田医師が応える。


「はい、このアジャーラさんは、井戸水でヒ素中毒の出た、シラベ村のベートラ地区の出身で、お母さんが重度の中毒に罹患しました。それで、私が彼女に浅香君に会いに行って連れてくるように焚きつけたんですよ。


 そして、この国の厚生省の役人とこの大使館にも協力してもらってビザを用意してもらって渡航させました。それが成功したもので、緊急のことなので厚生省には空港に迎えに行って、そこでビザを用意させるようにしました。それで、今浅香君がここにいるわけです」


「なるほど、でも浅香君の出国はよくできましたね。聞くところによると、浅香君には調整官がついているはずでしょう?それに、護衛までついて来ておられる。浅香君はわが国にとってそれほどの重要人物ですよね」

 山田公使が口を挟むので僕が応えた。


「ええ、まあ僕の重要さは置いておいて、僕には桐川調整官がついていて、主としてスケジュール調整をしていただいています。僕はこのアジャーラさんが日本にきて、僕にお母さんのために来てほしいと頼んだ時、断われませんでした。


 だから、僕は桐川さんに一生懸命お願いして、彼女には認めてもらい、やってきたわけです。彼女のお母さんはすでに治療して回復しつつありますが、実際に僕が来なかったらまず亡くなっていたと思います。


 だから、少なくとも彼女にとって絶対に必要な旅だったのです。桐川さんは、僕がここに来ることはその上の方に知らせてないと思います。僕は、彼女に迷惑を掛けたくはないのでその点のご配慮をお願いします。

 そして、ここに来るに当たって、僕はアジャーラさんのお母さんの治療だけではいけないと思って、この国への贈り物としてCR-WPCとIC-WPCのそれぞれ5台持ってきました」


「なんと、5台ずつか。そのままあげたらこっちの厚生省は狂喜するな。しかし、足りないのはウズベキだけではないからなあ」


 今度は三嶋一等書記官であるが、僕は話を続ける。

「えーとですね。このアジャーラさんですが、彼女は類まれなるWP能力をもつ素質があります。だから、彼女を日本に連れて行って、そうですね半年ほども訓練してもらえれば、医療用WPCを作れるようになると僕は思っています」


「ええ!なんと、そんな偶然があって良い訳はないと思うけど、世界で唯一医療用のWPCを作れる人の言うことですからねえ。浅香君、アジャーラさんは大変美人で、魅力的だけど、そっちに引っ張られて言っているんじゃないでしょうね?」


 山田公使がすこし笑みを含んで言うが、僕は少し赤面して返す。

「ま、まあ、そっちに全く引っ張られていないとは申しません。だけど、僕はある程度WPの素質は感じられるのですよ。彼女の素質、それは間違いありません」


 実際に、バーラムに相談したあの夜から、バーラムに習いながら他の人の潜在WP能力を見分ける練習をしているのだ。そこで、アジャーラに関してはすでに部分的にWPを発しているのが判る。彼女の知的能力が高いのは、あたかも処方後に循環を始めた状況に似た環境に脳が置かれているせいであろう。


 だから、彼女はWP能力に関しては、医療用のWPCを作れるレベルには能力発現の初期からなれるが、回路に関する知識がないので活性化はできない。そして、今のところ医療用のWPCの回路の知識に関して公開はしていない。だから日本に行くしか彼女が医療用WPCの作成者にはなれないわけだ。


「なるほど、なかなか面白い状況だなあ。ただ、医療用のWPCの配布については完全の本庁マターで、突然ウズベキに10台現れたから、その国に上げると言うわけにいかないんだよね。

 だけど、浅香君が持ってきたWPCは活性化されていない本庁の管理外のもので、それをこの国で活性化したという属人的なものだ。


 だから、これは浅香君が個人として、アジャーラの母国に寄付するという形がいいかな。大使館としてそれを承知しているとはこちらの政府に通知するので変な使い方にはならないと思う。

 その場合の方がアジャーラさんが日本に出国するのもスムーズにいくだろうし、その桐川調整官に迷惑がいく可能性が減るだろう」


 大使が言い、村田医師が応じる。

「そうですね。私は浅香君からWPCの扱いを任されましたから、今回彼らを呼び寄せるのに協力してくれた官僚を通じて浅香君の寄付として贈ります」


「ところで、シラベ村のベートラ地区のヒ素中毒の治療と、なにか帰りにイスラム過激派に遭遇したとか言っていたけど、その点をお聞きしたいわね」


 山田公使が話を変えて質問するのに、村田医師が淡々と報告するが、イスラム・ジハード団の掃討では一同驚く。

「ええ!イスラム・ジハード団の、バズーガまでもっていた連中を一掃したというのですか。それも28人の部隊!2か月前には西部で軍の部隊が彼らと交戦して全滅したと聞いていますよ」


 三嶋一等書記官が驚いて言い、大使が聞く。

「WP能力者というのは、そんなこともできるのですか?」


「ええと、普通はできません。多分出来るのは僕だけです。皆出来たら危なくてしょうがないですよね」

 僕は、ばれるのを承知でカミングアウトした。


 その後、僕は熱意に負けて、大使館の日本人スタッフと主要ローカルスタッフの処方を行った。無論村田医師とアジャーラも含んでだよ。さらに、翌日の午後の日本へのフライトまでの時間、主としてウズベキ人の処方を行った。


 さらに、持ってきた循環飴と循環棒は全て置いて、僕と一緒に来たメンバーは日本に帰った。もちろん、アジャーラは残ったよ。彼女は母親を含めたビザとかの準備をして、本人は留学、母親は治療ということで日本に来るのだ。

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