第21話 姉、さつきの青春

 さつきは、高校3年生であるので、本来であれば大学入試を控えて大変な時期である。だが、彼女は処方以来成績が伸びて、3年になって周りも処方を受けていても、学年ベスト3には必ず入っている。

 だから、T大または国公立医学部確実という成績であった。だから悠々であるはずなのだ、例年ならね。


 「ああー、センター試験の追加なんて、傾向も判らないし、まったくどうしたらいいのよ!」

 百地真理ことマリリンが叫ぶ。


そう、センター試験を2ケ月前にして、村山市を中心とした異常な成績優秀者の数が問題になってきたのだ。 実のところ、さつきが修から処方を受けたのは高校2年生の7月で、さつきが学年1位になったのが2年の最後の期末である。


 その後、修に頼んでマリリンほかサッカー部の皆と、仲のよい友達30人ほどに処方を受けさせたのが、2年生になっての4月である。さらに、さつきもWP能力を発現した結果、修の開発した処方の手法を使って、学内の皆を処方していったのだ。


 これは、修の父がいるT大から文科省に提言が出され、能力を発現したものは出来るだけ身近のものから処方することが、“お願い”の形で義務化されていったのだ。

 この処方の方法と、循環飴と循環棒の開発については、その必要性を感じたT大とバーラムの対話から大学で手法を開発して行われたものである。


 そして、循環飴と循環棒も、初期のうちは政府から無償で配られた結果、処方を受けたものはおおむね半年で能力を発現できるようになっている。その後も、処方を受けたものはこの2つの循環手段は必ず使っている。もっとも循環棒は中古を使うものが多いが。


 WP能力を最初に発現したのは浅香修であり、彼はその前からバーラムの助けで処方が出来た。だから、彼は肉親とそのつながりのある人々に個人的に処方をしていたが、T大でWP能力の存在が認められ始めたころから、T大関係で組織的に行われるようになってきた。


 その中で、処方に伴う良い副作用として知力の増大が認識されるようになり、日々の活動と研究に顕著な効果が表れると、とりわけ学問の府であるT大では大騒ぎになった。それが、僕の過密労働に拍車をかけたのだよね。でも確かに、この中で鍛えられた僕は、処方に関しては効率よく上手くなっていったよ。


 こうした中でWP能力を発現した2人目は姉のさつきで、次が友人の荒木、それに続いてはT大の処方を受けた人達の中から発現する者が次々に生まれた。その中には、天地真理や彼女と一緒に受けたもの達も含まれ、彼女の場合の発現は2年生の11月であった。


 マリリンや高校の仲間は、血の巡りの良くなった頭脳を使って、先輩である姉の助言も取り入れて、効率よく勉強を進めて、どんどん成績が上げて行った。高校で30人ほどがそうなると目立つよね。希望・要求は強まるけど、僕は到底姉の高校の面倒は見切れない。


 また、姉がWPを発現したのは2年生の6月だったが、彼女の発現は父が待ち構えていて、T大学や様々な研究所や役人、場合によって政治家の処方に駆り出された。これは荒木も同様だが、要は学校の生徒への処方はプライオリティが低いと見做されたのだ。


 しかし、T大周辺で能力を発現するものが増えてくると、姉と荒木はT大などでの処方は解放されて自分の学校内での処方をするようになった。とは言え、10人ずつでまとめて、10~20分足らずで処方ができる僕と違って、姉や荒木は1人ずつで20分以上はかかる。


 だから、そう簡単に人数は増えないのだ。だが、すでに成績を上げる効果があることは、彼等と今までに僕が処方した高校で50人余、正木中学校で30人余がはっきり証明している。こうして、姉と荒木は毎日寸暇を惜しんで、処方を施していく羽目になった。

 

 この努力の成果として、同窓生に喜ばれはしたが、同級生の成績の伸びのために、折角トップに近づいていた成績が下がるという悲哀を味わうことになった。姉のさつきの場合には系統的かつ効率よい勉強のしかたを身に付けたおかげで、トップ3を維持しているが、荒木はむら気かつ勉学に関して根気のなさで上位20%程度である。


 姉のさつきの場合には、3年生も2学期になると、学校の教師も含めて全員がすでに処方を受けていて、WP能力を発現したものが80%に近づいている。そして、彼等は半ば義務として、周りの市町村から送り込まれてくる人々に対し、または出かけて行って待っている人々を処方している。


 このために、どうしても処方の始めが僕であり、そのため処方を始めたのが村山市かつ父の関係でT大である。このために、比較的優先度の低い中・高校生の処方済の者は圧倒的に関東圏、それも実施率が100%に近い村山市になっている。

 それが顕著に表れたのが、受験を控えて、他地域の受験生を含めたセンター試験などの模擬試験を受けた高校3年生であった。


 中学の場合は、殆どが市内の高校に進学するので大きな問題にはならない。ところが、センター試験の模試において、村山市の4つの高校のうち、さつきの通う東部村山高校から全国ベスト10が3人現れたのだ。ベスト100には村山市の高校から21人が入っている。


 ほぼ市内限定の生徒を集めていることから、統計的に明らかに異常であり、処方の効果であることは明らかである。市内でも姉の通う東部村山高校が突出しているのは、処方が最も早かったということで簡単に説明が付く。ちなみに姉のさつきは7番、真理ことマリリンは302番である。これは全国だよ。


 処方によって脳の血の巡りの良くなった効果というのは、それの活用の仕方によって大きな差が出る。間違いなく理解力が増すので、物事を早く正確に理解することができる。記憶力が増すので、授業を聞き、教科書を読んで教科の内容を理解しつつ覚えるには最適なので、学校の成績は上がりやすい。


 しかし、多くは短時間で教科書の内容を理解し覚えたと思ったことで満足してしまう。だから、平均的には処方の前より勉強時間は減っているという統計がまとまりつつある。だが、さつきは修の話も聞いて彼のやっている勉強を見ているので、その背景にある考え方までを網羅して理解すべく勉強をしている。

 

 真理もそこまでは必要ないかもと思いながらも、親友の助言に従っている。その結果が模試の成績だったのだが、狂喜した結果に暗雲が立ち込めてきた。模試の結果がY新聞の地方版に載った。それは、喜んだ高校の関係者が漏らしたものだが、県別の統計を見てもS県の結果は異常であった。


 そして、“処方”とその効果のことがはっきり書かれており、それはT大に取材に行って取材した結果を含んでのことである。それが、テレビのワイドショーに取り上げられて、全国的な騒ぎになったのは数日後の事だった。


「うーん。皆さん不公平と言いますが、これは素晴らしいことなんですよ。私の大学でも今ではほとんどの学生・研究者がこの処方を受けていますが、お陰で研究がどんどん進んでいます。来年春位には、素晴らしい研究成果が続々と出てくると思いますから、皆さん楽しみにしてください。


 そして、処方の結果として理解力が増して、記憶力も増す点は確かです。ですから、政府も国民全員に処方を受けてもらうべく計画を立てています。だから、今は過渡期なのですよ。それと、はっきり出ているのは、この処方の効果を生かす人と、あまり生かせない人がいることです。


 ごく普通の高校生徒に対して処方を受けてもらった結果として、平均の成績は概ね1.4倍に上がっていますが、勉強時間は平均でむしろ減っています。しかし、上位のもの10%ほどはほぼ満点で突出しており、理解度もほぼ完ぺきです。そして、そうした彼らの勉強時間は増えていますが、彼等はこう言っています。


『やっていることが良く解って、より深く勉強することが楽しい』とね。これこそが学問なのですよ。

 だから、今回好成績を挙げた子たちはそのように、より良く努力したもの達だと思いますね。確かにそのチャンスをまだ与えられていない子達は可愛そうですよ。だから、全員が早くその恩恵に与かるようにするべきです」


 T大から出席して、自らも処方を受けている講師が、呼ばれたワイドショーで言ったが、残念ながら彼は少数派であった。


「吉武先生はそうおっしゃいますが、受験生は皆一生懸命努力をしています。その一部の者だけが、理解力と記憶力を高める処置をしてもらっているわけです。それも、たまたま村山市という所に住んでいただけでね。その子達には罪はないことは解りますよ。でも明らかに他の子に対して不公平でしょう?」

 その意見が圧倒的に多数派であった。


 結局、文科省が中に入って、処方を受けたものについては、通常のセンター試験に加えて個別試験が行われることになった。この試験は、処方とその効果について精通しているT大学が問題を作成した。


 これは、受験生が高校で学んだことを掘り下げて理解しようとしたかを主として試すもので、センター試験の結果と合わせて評価するものだ。これは土・日の試験後の次の土曜日に、2時間通して行われる。そして、その結果は各大学が評価するが、各大学で独自に問題を作って評価することも可としている。


 ただ、T大を含め、独自の試験を行う大学と、センター試験の成績で合否を決める大学のどちらも、個別試験の趣旨を理解して、処方を受けた者の選抜には十分と考えていた。そして、大部分が、処方を受けた者の条件を自分の大学の受験生の平均点以上としている。平均点が足切り点になるわけだ。


 大學側が恐れるのはレベルに達しない者が合格して、全体のレベルを下げ自校の声価を落とすことである。その意味では、処方を受けた者については、平均以上の成績という条件を付けておけば十分と考えている。


 親友の嘆きの声を聞いたさつきは笑って言った。

「マリリン、あなたの第1志望はY大の国際学部でしょう?その平均点なんて、あなたの今の成績だったら楽勝よ。余分な試験はあるけど、父さんが言うには、要は賢くなったことでより勉強するようになった者だったら問題ないってさ。あなたまさにそうなったでしょう?」


 しかし、真理は元気のないままだ。

「それがね。パパがどうせならT大を目指せって。ゆかりはT大でしょう?」


「うーん。私はそれよりK大に行きたいのよ。京都の街ってすてきじゃない?」

 さつきは、真中信一郎を思い出す。彼女がT大で処方を頼まれた中にいたK大学の院生なのだ。その後、学校を出る時にまた出会い、声を掛けられてその時は少し話をした。そして、その時交換したアドレスで、その後はメールのやり取りをしている。


 彼が来ていたのは、T大が処方を自校の関係者にのみに限るわけにもいかず、計画的に各大学から院生と教官を招いて処方を行ってきたのだ。能力者の少ない初期の内には、何回かさつきも処方しているが、現在ではT大に招かれることはない。

 しかし、なんと言っても最も単位時間に多くの数の処方をこなせる弟の修は相変わらずちょくちょく呼ばれている。


「だけど、お父さんの大学だよ、行かないの?ああ!そういえば、前に素敵な人に会ったと言っていたわね。さては、その人はK大の?」


「へへへ!まあ、それだけではないけどね。修もたぶんT大だから、皆集まるのは変でしょう?」


「別に変とは思わないけど。そう思うさつきがおかしいのよ。ところで、修君は高校に行かないんだって?」


「うん、この前大検を受けたら受かってね。主要科目は殆ど満点よ。本人は“僕の青春を返せ”とか寝ぼけたことを言っているけどね。もっとも、この前、ウズベキスタンに行って、どうも女の子を呼び寄せるようで、それは治まったわ。ほら、言ったでしょう。修のところへ来て、一緒に来てくれって」


「ああ!聞いた、聞いた。でも、修君についている桐川さんが良く行くのを許したわね」


「うん、会った時に、私はちょっと離れたところにいたので、その瞬間は見ていないのよ。でも、母さんも特に反対しなかったしね。私も何か反対する気になれなかった」


「それで、わざわざそこまで行って、そのお母さんという人は助けられたの?」


「ええ、聞くところによると修が行けば、死にかけでも助かるらしいわ。それで、その女の子ね。素質が凄いらしくて、修しかできない医療用のWPCを活性化できるようになるって。それで、連れてくるって言っているけど、本当のところはどうかね。

 私より2つ下かな。なにしろ美人だし雰囲気があるのよね。修も普通の男の子らしく結構スケベだもんね」


「へえ!それは、それは。それにしても、さつきはK大かあ。よし決めた。私はやっぱりY大だ。無理をする必要もないしね」

 真理はこぶしを握ってきっぱり言う。


 その夕刻、さつきはラインの着信音にドキドキしながらスマホを覗く。特定の人の、着信のみの着信音が鳴ったのだ。やはり真中からで、T大でWPC回路学の集中講義があるので、2泊3日で来るという連絡だ。講義の最後は次の土曜日の昼解散なので会えないかというお誘いだ。


 最初に会ったのは去年の秋であるが、その後2回会っている。一度は彼が東京の友人に会いに来たということであり、2日目はさつきが家には内緒で日帰りとして京都に行った。一度目の時はまだ彼がWP能力は発現していない時期だったので先輩能力者として、様々にアドバイスをしたが、なんと雰囲気がないと後悔したものだ。


 しかし、2回目はなかなかいい雰囲気だったと思う。嵐山で人気のない道で彼は肩を抱いてくれた。でもそれは自分が彼の腕を持って誘導してでのことであるから、彼はあまり女性と付き合いはないのだろう。その意味では、アメフト選手をやっているという彼は、背が高くてがっちりして精悍だが、少なくとも美男子ではない。


 別れ際は、自分が抱き着いてキスをした。私も始めてだし、彼もたぶん始めてだと思うけど、唇を合わせるだけのキスは、そんなにいいものではないと思った。帰ってから、彼に聞いたことを頼りに彼の論文を探した。


 彼はメカトロニクスが専門であり、WPCを取り入れた研究をしていて、共著ではあるが結構論文を数多く書いていた。そうやって、彼のことを考えながら夜居間でぼんやりしていると、早く帰った父が「おお、さつきか」と顔を出す。


 その顔を見て、クスリと笑えて来た。何でお母さんは、お父さんのようのブサメンの人を好きになったのだろうと不思議だったが、私も似たようなものだと思え、おかしくなったのだ。

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