第3話 ピートラン風菓子の導入

 依然として僕は訓練中-いや修行中と言ったほうがいいかな-修行中だが、バーラムが魔力を増やし、心身の健全さを促進するサプリメントのような食べ物のことを言い出した。彼も、母の作る食事や、母が忙しいためにしばしば外食をする外で食べる食事には満足はしている。


 しかしピートランでは、菓子ようなの形で一種の健康促進剤、かつ精神に活力を与える上に魔力を増大させる食べ物があるという。そして彼はそれを作るべきと言い始めた。


『それは美味しいものなの?』

 僕の問いにバーラムの答えはこうだった。


『そういう概念を超越しているものだ。ひとたび味わえば、誰もが自分に必要なものであることがわかる』


『それはやばい奴じゃん。麻薬の一種?』


『失礼な!麻薬は心身をむしばむ。マーナルは心身を活性化して育(はぐく)む』


『それさあ。母さんの会社で作って売り出せないかな?ちょっと業績が伸び悩みのようなのよね』


『出来るだろう。色々調べてみたが、材料はある。ただ、材料を練って焼くときに、最後は人の良かれという善意の意志を込めることが必要じゃ』


『ええー?善意の意志? “美味しくなーれ”と願いを込めること?』

 僕もバーラムに学んで、魔力でなくとも人の念はものに影響を与えることを知っている。だけど、それを食べ物に当てはめることに疑問に思ったのだ。


『そうじゃ。そういう思いはとりわけ食べ物には大事だ。わしの言うレシピに従ってその材料を混合して、焼く準備をした段階で、それはとりわけそうした思いに敏感な状態になっている。

 だから、作っている人々のそうした思いが込められると、それは十全なものになって、さっき言ったような効果がある。しかし、“食す人に良かれ”という思いを込めない限りはすこし変わった味の菓子というだけのものになる』


 バーラムはそう説明して、続いて僕に言い聞かせたよ。

『そもそも、お前も一員である日本人という者たちは、作るものにそうした思いを込める人々だったようだの。だから、作るものを導いてやれば無理なくそうした思いになれるはずだ』


 うんそうだね。祖父の会社の社員は地元の人たちがほとんどで、長く勤めている人も多い。だから、何も言わなくてもそうした思いで、自分の担当する菓子を作っているんじゃないかな。そして、それは母さんのよく言う、なかなか他が真似のできない差別化になる。


 僕はその話を母さんに打ち明けて、作ってみたいと頼んだ。母さんは、祖父の会社である、“みどり野製菓㈱”の企画担当取締役の職にあって、菓子の試作なんかもやっている。母がその職にあるのは無論一族、それも社長令嬢という面もある。しかし、実際に母はいろんな提言をして業績を伸ばすのに貢献している。


 その母に、バーラムの言った材料と作り方を伝えた時に、スパイスとして少量使う材料が熱帯産の非常に珍しいものだったため、少し難色を示した。


「うーん、それは熱帯のある樹木の皮なのだけど、希少なので大変高価なのよね。供給が不安定だし。でも、それはいいんだけど、わが社の菓子は“和風”なのに、そんな材料を使ってはそこが崩れるのよ。何か代替の材料はないかなあ」


「うん、その点は、僕が魔力を使えるようになれば、それを使わなくても国内のブナの樹液なんかを加工して、同じ効果を出させることはできるよ」

 僕がそう説明すると、安心したようだけど、「そうなると私や社員も魔法を使えるようにならなくてはならないわね」と言った。


 いずれにせよ、バーラムの言う菓子を作ることに母は大いに乗り気にはなって、早速材料を集めて試作にかかった。主材料は、穀物の粉であればよいということなので、和風ということに拘って米粉とした。味は試作を担当するベテラン社員と母が相談して、5つほどの候補を決めて、それにバーラムのレシピの材料を混ぜる。


 たっぷり『美味しくなーれ。食べた人が幸せになーれ』という念を吸い込んで、オーブンで焼けたそれは、見かけは黄色い小さな饅頭くらいの大きさの丸くて薄いクッキーである。


「うーん、香りはちょっと、カレーっぽいなあ。それにあまり見栄えの良いものではないな」

 焼きあがってまだ暖かいそれをつまんで目の前に持ってきて、祖父で社長の皆川健太郎が言う。


「ええ、でも見かけや匂いはどうにでも調整が効きます。問題は効果ですよ、社長。修の言う効果があれば、超高級菓子として売り出せますし、海外へだって売れます。まあ、食べてみましょう」

 母が言うが、母も社内では父である健太郎を社長と呼んでいるのだ。


 まず、皆で5種類の味の最も味付けの薄いサンプルを食べる。それはしっとりとしていて、ぱりぱり感はないが、ほのかな甘みともにサクサクと食べられる。まず口の中に広がるのは清涼感であり、僕の場合には真っ青な沖縄の南西諸島の海の景色が目の前に広がる。


 食べた後に見たと感じる景色は、自分が見て過去感動した景色であり、だから各々で異なる。そして、その景色を愛でながら、それを咀嚼して飲み込むとふつふつと幸福感が沸いてくるのだ。皆一様に、しばらく目を閉じて黙っていたが、やがて皆川社長が言った。


「これはやばいな。『絶対に歩行中や運転中は食べないでください』って注意書きが要る。修、これだけではないんだろう?あと活力が沸いてくるとか。どの位の期間、効果があるんだ?それに、続けて食べると害はないのかな?」


「効果は1~2日くらいだと……。続けて食べるようなものではないそうです。ピートランでは随分高価なものなので。国の専売になっているらしいですね」


「うーん。いずれにしても、味は特に問題はないな。不快でなければいいようだ。だけど、匂いは少し工夫した方がいいな。佐紀、原価はどの位になりそうだ?」

 祖父が開発の方向を出しながら、母に聞く。結局会社は祖父のワンマンなのだ。


「そうですね。100枚で1万円を超えるかな。材料の一部が馬鹿高いのと人件費が少々高いものね。こうしたものとしては、随分高いけど、これは安く売っちゃいけないでしょう」


「その通り、これからわしらが味わうその効果にもよるけど、これはもはや菓子ではないな。取り扱いは慎重にする必要がある。

 下手な扱いをすれば会社の命取りになる。うーん、今は19時過ぎか。明日昼に集まって、この効果がどういう風か説明してもらう。各々メモを取っておいてくれ。修は学校だな。佐紀にメモを渡してくれ」


 65歳の祖父は、てきぱきと指図をする。その後、僕は母の車で途中の弁当やで夕食を買って家に帰り、すでに自分で調理して風呂にも入った姉に迎えられた。母が遅いことはよくあるので、家には、簡単に調理できる冷凍食品などの材料が揃えてあるのだ。


 父は相変わらず遅く、大体11時ごろに帰ってくる。父は今ライフワークの論文を執筆しているらしいので、別に家で書いてもいいような気がする。でも、使っている高性能のコンピュータと時折使う学内の大型コンピュータの関係があって学校の方が便利らしい。


 僕と母は弁当を食べながら、姉にも効能を良く説明したうえで、試作したピートランではマーナムと呼ぶ菓子を食べさせた。食した直後の効果に、しばらく幸せそうに眼を閉じていた姉が言う。


「うーん。すごいわね、これ。この上に活力増進、魔力の増加にも効果があるのでしょう?これは御菓子ではなく薬でしょう。あるはサプリメントか」


「いやいや。あくまでお菓子として売るわよ。薬もサプリメントも薬事法で面倒なのよ。その点では、消費者が勝手に効果を認めて、その上で買っていただけるのだったたら、かまわないわ」


「でも、値付けと名前よね。それから店頭売りもどうかな。その何とか言う材料は希少なんでしょう?限定販売になるよね」

 母の言葉に姉が言う。姉もなかなか鋭い。


「当面、100万枚くらいの材料は抑えたわ。あと10倍位の材料には問題なさそう」

 母の言葉に姉が応じる。


「これだと、100万や1千万枚はすぐ売れるわ。品切れになると恨まれるわよ」


「ふふ、その時は魔法を使えば今使っている材料のスレムラムの代わりは国産の材料で出来るらしいから、修とさつき、あなた達に期待しているわ」

 母が良い笑顔で言い、姉が「うん、報酬を期待しているわ」と笑顔で返すが、その後真顔になって聞く。


「それで、すでに食べてから2時間に近い母さんと修の効果のほどはどうなの?」


「うーん、僕は活力が沸いてきているのは感じるよ。それと興奮して眠れないなどを心配していたけど、すでに眠気がさしてきたからその心配はなさそうだ」


「私は、わくわくした幸福感と活気ということかな。確かに何もない時に比べると歴然と差はあるわね。これはすべて良い方に影響されているから、ネガティブにとられることはないわね。

 うん、眠気に関しては、少し体の奥で感じるけど、眠った方がより良い方に効果があると感じている。だから、その状態になればすぐ眠れるでしょう。この効果が知れると、これは売れるわ。それも爆発的にね!」


「母さん。これは一私企業が売っていいものでないような気がします」

 姉が母をピシッと指さして言うが、母は笑って応じる。


「その一私企業に勤めている母に、『お母様、小遣いの追加を』と、ちょくちょく言ってくる人の言う言葉ではないように思うわよ」

 それから、真顔で言う。


「それを政府に任せるの?冗談じゃないわ。私は会社の利益を最大化するべく努力をするわ。少なくとも、このお菓子は人には害はないと信じる。修に棲みついたバーラムが長い歴史があるというしね。

 でも、1から2か月はモニターに食べてもらって様子は見ます。それから、売り出すわよ。売れるのは日本だけではないはずよ。世界中に売れるわ!」

 

 母はこぶしを握り、上を向いて虚空を見つめて言う。少し怖いので僕は言ったよ。

「母さん、どうどう、どうどう。静まりましょうよ。この位で興奮しちゃだめだよ。バーラムが言う魔道具が実現したらそんなものではないよ」


 母は僕の声にこっちに向き直って、僕の肩に手をかけて、僕の額にこぶしを当ててぐりぐりとして籠った声で言う。

「誰に“どうどう”よ。馬じゃないっていうのよ」


「痛い、痛い。止めてよ、止めてください。お母様!」

 俺が悲鳴ながらに頼むと椅子に座っていた姉が口を挟む。


「二人ともじゃれるのはやめてよね。ところで、修。その魔道具というのは聞いてはいたけど、どんなものができるのよ?あなたは自信たっぷりのようだけど。まあ、皆座ろうよ」

 そこで、僕は母が僕から手を離して椅子に座るのに安心して、自分も座ってお茶をすすって間を取って答える。


「うん、地球では魔道具化されている相当なものがすでに製品化されて出回っているから、それほど種類は多くはない。例えば、照明、冷蔵庫、エアコンや自動車・飛行機とかね。でも、医療関係はねらい目だね。特に、人体の回復を促進するもの、開腹手術なしに腫瘍なんかを取り出せる魔法具は画期的だろう?」


「ええ!医療魔法ってあるの?」


「ああ、切り開かなくも人体から腫瘍を取り出す魔法とか、骨折を補正する魔法はあるけど、そのまま治るわけじゃない。それに、人体の反応を促進する魔法と組み合わせて、組織を取り出したダメージを回復させる必要があるし、骨折の場合には骨の回復をする必要がある。

 だから、ラノベのように一瞬に治療できるようなものではないよ。所詮、自己回復能力を薬の力も借りて増強するものだから。でも、そうだなあ、回復過程を10倍近く促進することができるから、治療期間は1/3~1/5に縮めることが可能だ。それに、ガンなんかは助からない命を救うことができるね」


「うーん、それは凄いわね。知っている人でもうガンで助からないと言う人がいるから。でも、修が魔法を使えるようにならないと、その魔法具はできないんでしょう?」


「うん、それはそうだ。僕の場合であと3か月というところだな」


「3か月!その人余命半年と言われてもう2~3か月たつから、何とか間に合わないかしら」

 母が言う内容の深刻さに困って、僕は言い出したことを後悔するが今更だ。


「うん、魔法陣と魔力を込めるだけの魔道具の素材は用意しておくから、出来るだけ早くするよ。魔道具の素材は銀が良いんだよね。2kgくらい必要かな。だから、少し値が張るよ」


「ううん。それは問題ないわ。金だったらともかく、銀ならね。プレッシャーをかけるようなことを言ってごめんね。私の親友のお父さんなのよ」


「治療の魔道具はいいよね。すごく世のためになるわ。ところで、修。異世界の定番、マジックバッグ、あれはできないの?」

 姉が話題を変えるように言う。


「マジックバッグ、見かけより大きい容量の入れ物ね。できるよ。だけど時間が止まったりはしない。容量は、そうだなあ、10㎥くらいだな。それと中身の重さは感じないな。だけど、あまり有用性はないだろう?」


「何を言っているの!女にとっては重量なしに10㎥も入ればすごく有用よ。必要なもの、必要になるかもしれないものを一式持って歩けるのだから」

 姉が言い、母も賛同する。


「そうね。そのマジックバッグは特に女にとっては重宝するわ。それに10㎥も入るのだったら旅行にはもってこいだから、値段にもよるけどすごく売れるような気がする」


「とりあえず、作れるようになったら私と母さんのものをすぐに作りなさい。それから、私が魔法を使えるのはいつになりそうなのよ?」

 姉はいつものように上からの目線で作るよう命じて、さらに脅迫するように聞く。


「たぶん、1年はかかると思う。僕のようなバーラムが中に住んでいるわけではないから。でも成績は伸びているでしょう。まだその点は改善されるはずだよ」


「うーん。仕方がないわね。でも、そのお菓子をずっと食べれば少しは短縮できないかしら」


 そういうことで、僕と姉それから友人の荒木に加えて父母が、その“いのちの喜び”と名付けられたお菓子を毎日食べるようになった。モニターによる確認では、2日に1枚食べれば多幸感と活力は十分ということだった。


 しかし、バーラムから魔力の増加を目指すなら毎日食べる方が望ましいと言われたのだ。父は、最近論文を脱稿して、世の中に帰ってきた。そして、母から聞いて母と共に僕から処方を受けて魔力の循環をはじめている。


「脳が活性化されるなら、その処方を受けないという選択肢はない!」

 きっぱり言った父だった。

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