第11話 我が家の防衛

 その週刊誌をテーブルに置いて、母は怒っている。父は母から言われて早く帰っているが、流石にこれは危ないとは思っているようだ。


「この内容は、全てについて皮肉めいた書き方と、いかにも我が家に大金が入るような書き方には腹が立つけど、それ以上にこのために私たちはうかうか出歩けないわよ。すでに製品化されて売れている“いのちの喜び”はともかく、危ないのは特に医療用の魔道具のことが書かれている点よ。


 誰かというか、大メーカー、あるいは外国のどこかの国が、家族の誰か、まあ本人のA君の修だろうけど、を誘拐しようと考える可能性はうんとあるわ。さつきも同じくらいに危ないわ」


「うん、そうだね。そうなると警察に頼むか……、でも僕も国立大学に勤めているからわかるけど、官庁はあまり頼りにならない、というより時間がかかる、だから……」

 父が話しかけた時に、めったに鳴らない固定電話の着信音が鳴った。母が着信の電話番号を見て、受話器を取り上げる。


「携帯からね。はい、浅香です。ああ、広田君。その後、傷は大丈夫?え、ええ、週刊Bね。その記事で困っているのよ。今はそのための家族会議なの。ええ、そうね……、うん、うん、うん。…………。そうか、そう言えば広田君は空手をやっていたわね。じゃあ良かったら家に来てくれるかな。待っているから」


 少しやり取りをしていた母は、受話器を置いて向き直った。聞こえてきた声からも、今の電話はあの日にCS病院の救命病棟で僕が治療した広田慎吾さんだ。彼は、バイクでの巻き込まれ事故で瀕死の重傷を負ったが、IR-WPCのお陰で後遺症も残らず2週間で退院して、律儀に家までお礼に来たのだ。


 年齢は24歳で、大学を卒業してバイトをしながら空手の修行をしていると言っていたが、将来は自分で道場を持ちたいということだ。

「彼が週刊誌の記事を見てね。私が心配したことを心配してくれたのよ。それで、良かったら護衛をしようかと言ってくれたわ。私は警備会社に頼むくらいしか思いつかなかったけど、空手の猛者が護衛してくれるのだったらその方がいいわ。本当にありがたい話よね。家に来てくれるというので、お願いしたわ」


「うん、母さん。広田さんだったらいいな。広田さんはKC館という大手の流派だから、知り合いも多いだろう。姉さん、母さん、父さんと2人ずつ位は護衛を付けた方がいいよね。でも当然、皆に働いてもらっただけのお金は払っての上でね」

 僕が言うと母さんが応じる。


「そうね。でもあなたはどうなのよ。いくらWPが発現できるようになったと言っても、護衛を付けるとトラブルが寄ってこないという効果があるのよ。お金の心配をすることはないから、あなたと、お父さんもお願いするわ。それと、考えていたんだけど、週刊Bを訴えるわよ」


「訴える?どういうこと………、そうか個人を特定出来るような情報を拡散することで、我が家の家族を危険に晒したということだな。だが、勝てるかなあ?」

 父が母の言葉に対して言うと、母は意気軒高に応じた。


「いいのよ、勝てなくても。いらん情報を拡散したら、黙ってはいないというところを見せなくちゃ!今度会社で大きな法律事務所と契約したから、早速役にたってもらうわよ」

 そのように言っている内に、玄関のインターフォンが鳴った。僕らは応接室に移動して、母が玄関から広田さんを案内してくる。


 どうも玄関からは、知っている母と、広田さんの声に混じって女性の声も聞こえるようだ。入ってきたのはジーンズにジャンパーの身長175㎝で体重は75㎏あるがっちりした広田さんに続いて、同じくジャンパーにジーンズの女性だ。2人ともバイクに乗って来たらしい。


 女性の身長は165㎝くらいか、肩まである長い髪で、スラリとして引き締まった体で、美人というより可愛い感じだ。部屋に入ったところで、広田さんが頭を下げて口を開く。

「どうもご無沙汰をしております。こんどその週刊誌をみて、心配になって連絡をしたのですが……」


「ええ、ちょうど、家のセキュリティをどうするか話していたところなんだ。そういう意味では電話してくれて助かったよ。ぜひ相談に乗ってほしい。ええと、そちらは?」

 父が立って迎え、女性について聞く。

「はい、小林沙織という名で、大学の後輩でもあり、道場仲間でもあります。浅香さんの家にはお嬢さんもおられるので、女性も必要かと思って連れてきました」


「なるほど、確かにさつきには女性の方がいいな。それは助かります。まあ、座ってください」


 そうして話し合った結果、広田は道場仲間でそれなりの腕のものを、10人程度なら動員できると言う。ただ女性は小林を入れても3人というので、それはそれとして費用は支払うとして広田を代表者として契約した。


 これは、20時から朝6時までの夜間は作業小屋に泊まることで警備3人を付ける。さらに、浅香家の4人、祖父のみどり野製菓の社長の合計5人については、外の移動時には常時最低1人は付き添うことにした。

 その人件費は、夜間宿直一人1万5千円、その他は時間2千円で経費別の契約としたものだ。そして、彼等には必要に応じてレンタカーを自由に使えるようにした。メンバーの半分は学生であったが、残りの半分も空手が好きで、その練習のためにバイトで食っている連中なのでその契約を聞いて随分喜んだらしい。


面通しのために護衛対象の母、父と姉に祖父がみどり野製菓の本社の会議室に集まった。来たのは12人で、そのうち3人が女性だが、皆黒帯である。そのように武道に打ちこんでいる連中は、それなりの風格と雰囲気がある。僕は彼らを見てわくわくしてきた。


 だから、一通りの紹介の後で、母さんと祖父に提案したよ。

「お爺ちゃん、我が家の隣の土地を使わせてくれないかな?あそこに空手の道場を建てたいんだ。折角だから僕も空手を真剣にやってみたい」


「ううむ、あの土地に道場を建てる?あそこは会社の土地にしていて、今のところ使う予定はないが。しかし修、何千万か掛かる話を思いつきで気楽に言うでないぞ」


「うん、今思いついたことは事実だけど、今後WPCの話はドンドン大きくなっていくよ。その際に警備の話は凄く重要になっていくはずだよ。だから、ここにいる広田さんを館長にして、道場を建てようと思っている。ここにいる、こんな人たちが大勢うろうろしているところに怪しい奴は近づけないよ。ねえ?」

 僕は祖父と家族に笑いかける。それに対して父が応じる。


「うん、確かにそうだな。我が家の話とWPCの話が世間に広まった以上、セキュリティの問題は緊急でもあるし、長中期的にも重要だ。あつらえたように土地はあるから、2階建てにして1階は道場で、2階を宿舎とかはできるね。それと、それなりの駐車場もできる。

 道場だったら、道場生も通ってくるから猶更安全だね。もっとも道場に出入りする人のチェックは必要だけどね。とは言え、完成まで1年近くはかかる話ではあるな。それと、広田君やここにいる皆さんの意向もある。その点は如何ですか?」


 父の問いかけに、彼等はお互いに顔を見合わせて結局広田が答える。

「ええ、それは願ってもないことです。実のところ我々の道場も大分手狭で何とか新しいところを、とは思っていたのです。ただ、家賃については、それほどは払えないと思いますが………」


 僕は父母と祖父を見て、「いいかな、そういう方向で話をしても?」と問うと、祖父が答えた。


「よい、よい。どのみち“いのちの喜び”のノウハウ料として、修にはまとまった額を考えてはいた。多分、お前のやっているWPCは“いのちの喜び”など遥かに超えるものになるのじゃろう?」


「ええ、それは確かです。医療用のWPCのみでは届きませんが、産業用は世の中をひっくり返すほどのものですから」


「そうね。考えたら私たちというか我が家は、この週刊誌の言う通りで、世の中を変えるレベルのノウハウを持っています。だから、どれほど警戒しても足りないくらいで、それも緊急に必要です。まあ、道場は緊急には間に合いませんがね。


 いずれは政府の主導での警備体制ができるでしょうが、自分たちの警備部門を持つのも必要でしょう。修、“いのちの喜び”のあなたの権利分、それにその材料の製作の収入分、さらにはWPCの販売利益があるけど、“いのちの喜び”材料の製作の収入分で十分でしょう。道場の建設費は言い出しっぺであなたが負担するのよ。いい?」


 そこに姉が自分も一言を言わなくちゃとばかりに声を出す。

「道場を作るとか、修もとんでもないことを考えるのね。でも、いいかもしれないわね。空手をやっている人たちは集まる道場に滅多なことはないでしょう。安全にはなるわね。でも小林さんみたいな素敵な女性もいるから大丈夫だとは思いますが、広田さん、その場合、道場の風紀は大丈夫ですよね?」


 広田は戸惑った顔をしたが、とりあえず答えた。

「そ、それは大丈夫です。我々の流派は、『武を通じて己を律する』というのが基本的な教えですから、習っている子供たちにもちゃんとそれは教え込んでいます。しかし、本当に?」


「ええ、そこに問題がなければ、私も賛成です。ただ、この場合は決定するのは弟のようですね」

 姉が僕の顔を横目で見ながら言うので、僕はそれに応じて口を開く。


「家族皆と土地の管理をしている祖父の同意してくれたので、これは正式に進めたいと思います。この場合には、建設費が私どもで出しますし、特に家賃も請求しません。今のところ、2階建てにしますから、住んでもらっても構いません。ただ、そっちは格安ですが家賃は頂きます。

 また、皆さんの今の契約は不定期の日給、時間給になっていますが、その機能ぶりを見てですが最終的には間もなく立ち上げるWPC製作・販売の会社の警備部門に属してもらうことも考えています」


「あと、護衛というのは専門的な知識を必要とするらしいのだけど、皆さんは空手のエキスパートではあっても、そっちに関してはどうなんでしょうか?」

 そう姉が言ったが、すぐに舌を出して、「映画の受け売りだけど」と言う。それに対して広田が応じる。


「いや、お嬢さんの言われる通りなのです。私どもの道場にはその方向の仕事をしている人もいて、できればその人も一緒に働いてもらって、その中で僕らも学んでいければと思っていまが……」

 そして僕の顔を見る。


「ええ、いいですよ。その人が来てくれることが可能なら、必要な報酬はお支払いします」


「ありがとうございます。今は空いているそうなので、来てもらうことにします」


 集まった広田の仲間は、話の発展ぶりに驚いていたが、思わぬいい話に多くは喜んで帰っていった。だが、用心のために広田は家に残って、警備をすることになった。その場合は、夜間の警備は起きる必要はなく、寝ていてよいが、すぐに飛び出せるように服は着たままである。


 我が家と離れの作業小屋に関しては、警護のWPCを仕掛けており、怪しいものが家に近づいた場合、また触った場合に屋内の警報機が鳴り響くようになっている。このWPCは同じような機能のものが日本でも売っているが、家に近づく者と触った者の悪意が検知できる点で大幅に優れている。


 翌朝から、護衛は始まった。僕には川合徹という21歳の学生が護衛についた。この場合は、家から学校までの700m余の裏道に当たる田舎道を護衛されて歩くことになる。彼らの待機室は作業小屋であり、3人による警護もこの小屋に折り畳みベッドを持ち込んで泊まり込む。


 川合は、僕から携帯の電話を受けて玄関先で待って、それから一緒に歩く。姉は、通学の自転車は危険なので止めて、車での送り迎えである。今日の運転者はやはり護衛の黒木という男だが、小林沙織が後部座席に同乗する。


 父は母の運転で、護衛が2人付けて、わずか600mの距離の駅まで行き、護衛の一人は父と電車に同乗して、大学まで一緒に行くことになる。もう一人は、母と会社まで行く。僕と姉は学校の門をくぐったところまで、母は会社のビルまでだが、母については出かけることも多いので、護衛は会社で待機する。


 姉は、小林沙織から広田との仲を聞き出そうとしているらしいが、道中が短いこともあってなかなか白状しないそうだ。

「でも、絶対にあの2人は思い合っているわ。どこまで進んでいるのか聞かなくちゃ」


 姉は暢気にそう言っているが、もう少し危機感を持ってほしい。僕は最も狙われるのは僕で、次が姉だと思っている。

 でもすでにWPの発現があってその能力を使える僕は、襲われても実は危険は少ない。護衛が着くのはすぐに知られるから、相手はそれに対抗する陣容、例えば大人数または銃を持って襲ってくるはずだ。だから、僕の場合はそれを撃退できるが、他の家族はそうはいかない。


 ただ、殺したり傷つけることは避けるはずだから、仮に僕以外の者が誘拐されても僕が探しだすことはできる。僕は、知っている人の脳波を感知できるのだ。僕が襲われた場合には、殺さないように撃退して、他の家族の護衛を強化して、行動範囲を制限するしかない。


 産業用のWPCを作って機能を実証すれば、国が護衛を付けるだろうから、銃器についても対応できる。しかし、遅かれ早かれこういうことになったかもしれないが、週刊Bの記事には腹がたつ。


 思った通り、最初に襲われたのは僕だった。僕の帰る時間は午後5時前で、ほぼ毎日一緒である。実のところこの授業は苦痛であるが、“義務教育だから仕方がない”とあきらめて、WPの循環の時間に当てている。


 そいつらは、襲うとすればここだろうという場所で襲ってきた。そこは道が直角に曲がっていて、向こうは見通せない。いつものことだが、辺りには人影はない。護衛が付き始めて3日目であるが、今日も護衛は川合さんだ。


「川合さん、5人が襲ってくる。多分、木刀なんかを持っていると思う」

 僕は横を歩いている川合さんにささやく。彼は驚いたような顔をしたが、無言で頷く。あらかじめ僕の能力は伝えてあるのだ。


 数呼吸で身体強化を掛けた僕は、大きな声で言った。川合は伸縮警棒を伸ばして構えている。

「だせえ、隠れてやんの。いい大人が鬼ごっこか」

 その声に、まず2人が飛び出してきて、振りかぶった木刀を僕に向かって切り下ろす。しかし、僕はその振下ろす動作の間にすでに相手に密着していた。相手の腕と木刀を掴んで、腕を引き下ろして、頭から地面にたたきつける。通常の腕力では不可能な技だ。


 そして、もぎ取った木刀で、僕めがけて振り下ろす木刀をはじいて、側足で相手の腹を蹴り飛ばす。その相手は、丁度角から出てきた男2人にうち当たり、3人はもつれて倒れる。僕に蹴られた男は、肋骨を折って内臓を損傷しているはずで、気絶して動けない。


 このために、気絶した男の下敷きになった2人がもがいている間に、川合がするすると進みでて、仲間に気を取られている最後の一人の側頭部を警棒で殴りつける。そいつが、くた!としたのを横目に、僕はもがいている2人の首筋を軽く蹴って気絶させる。


「すごいね。修君。それが身体強化の効果かい?」


「そうです。でないと、僕にはこんなことはできませんよ」

 僕は川合の言葉に答える。

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