第51話 人道防衛隊の今後
イエメンの内乱は、人道防衛隊の派遣部隊を送ることで当面は簡単に治まった。
三笠一佐率いる派遣部隊は、まずはサウジアラビアのマーマンスレイの飛行場を起点として活動を始めた。
そして、乗ってきたオスプレイによって、首都サヌアのあらゆる建物に加え、その周辺100㎞の情報にある反勢力部隊の基地及び支配都市を隈なくWD-WPCを使って照射することで、域内の火器を無効化した。
その活動の途中で、首都のサヌアから150㎞当方の紅海沿岸にある飛行場のボデイダを接収して基地にしている。ボデイダであれば、弁軍の補給船で運んだ貨物の受領が容易になるのである。
しかし、先述のように火器の無効化は反政府勢力、政府軍及びサウジアラビアの派遣部隊を問わず行ったので、イエメン政府とサウジアラビア政府の双方から強硬な抗議が行われた。とは言え、この行動の方針は人道防衛隊の既定の方針である。
それは、現地政府が当事者能力を失っている場合においては、双方の勢力の火器を無効化するということになっている。その主な理由は、片方の勢力のみをWD-WPCの効力範囲外にすることは基本的に困難であること、さらに信頼出来ない勢力の持つ火器は防衛隊の隊員に危険を及ぼすからである。
その信頼性のカテゴリーの分類の中で、人々を積極的に傷つける反政府勢力は敵であり、敵対するイエメン政府軍もまさに“信頼できない勢力”の典型である。加えて千人に満たないサウジアラビアの派遣部隊はイエメン軍よりはましであるが、政府軍と分離することが困難という理由で無力化を行っている。
それに、WPCの照射は人体には害はなく、基本的には単に火器を無効化するのみの効果であり、敵に当たる部隊や軍も同様に無効化するのであるから大きな危険はないのだ。
まあ、それでも刃物や銃剣を使って戦闘するというのであれば別であるが、治安維持側が数としては警官を含めた戦闘員は多いはずなのでこの種の戦闘は有利であろう。さらには、銃器を使って戦闘するのに比べれば、死傷者数は確実に一桁以上減るはずだ。
ほぼ1週間をかけて行った、首都周辺の火器の無効化によって実質的な戦闘は納まったが、当然反政府勢力及び政府軍共に地方都市にも戦闘部隊は存在する。だから、その後1ヶ月をかけて全土の主要な街と集落及び反政府勢力の住処として情報のあった地点のWPCの照射を行っている。
隣国のオマーンの反政府勢力はイエメンほどの勢力はないが、沿岸部にはソマリアやイエメンと同様にいくつかの海賊村が存在する。だから、沿岸部の海賊村へのWD-WPCの照射はオマーンにも深く入り込んで念入りに行っている。
これは、オマーン政府の要望に応じて国境付近の反政府戦力の無力と合わせて行ったので、オマーン政府の抗議も中途半端なものになっている。また、どうせ海賊村が税金を納める訳もなく、反政府拠点でもあるので、潰してくれるのなら幸いと言う面がある。
また、紅海を挟んだイエメンの反対側のソマリアは、国境を巡りエチオピアと戦闘が続いているため世界有数の動乱の地であり、沿岸部は海賊村の巣である。ソマリアもイエメンと同様に人道危機のエリアとして知られている。
エチオピアとの国境問題は、火付けをして回るのが得意なイギリスの植民地時代の半端な仲介によって火種が残った国境線を、エチオピアが自国に有利なように確定しようとしているものだ。
ソマリアには石油をはじめとする手つかずの資源が豊富と言われているけど、WPC発電が普及しつつある現在石油・天然ガスについては大きく値打ちが下がっている。エチオピアはどういうつもりなんだろうね。
資源の値打ちが低いとすれば、占領しても内戦で荒れ果てた国土と心の荒れた国民を抱えて大変だと思うけどね。
実のところ、人道防衛隊の本部で、イエメンに加えて紅海を挟んだ隣のソマリアも今回出動したイエメンのついでに片付けるという話はあったのだ。しかし、ソマリアの政府軍を含んだ武装勢力のみの武装を無力化すると、エチオピアが圧倒的に有利になるということで、今回は見送られている。
アフリカには、さらエチオピアを挟んで同じく人道危機の場であるスーダンがあり、ここの火器の無力化も予定されている。だから、現在欧州のG7メンバーが中心にエチオピア政府と交渉しており、まとまり次第にソマリアとスーダンを片付ける予定になっている。
この場合にはイエメン政府もそうであるが、人道防衛隊はソマリアやスーダン政府とはまともに交渉するつもりはない。これらの政府は、多かれ少なかれ欲に駆られて自国で内戦を主導してきた連中であり、相手にしても時間を要するだけであると見られている。
だから、火薬を使った銃器を無力化すれば、WPC方式の銃で武装した少数の治安維持部隊で武力闘争を止めることは容易である。だから、後には治安維持の部隊を残し、国を立て直すチームを派遣する必要がある。
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人道防衛隊副司令官の溝口卓也は、女性司令官のカメラ・カーラルと話をしている。溝口は自衛隊の陸将補であり、カーラルはアメリカ空軍の将官であって、双方ともに現状のところ出向の立場であるが、間もなく人道防衛隊の恒久的な地位に就く予定になっている。
「まあ、歴史的に考えてみれば、火薬の発達と交通機関の発達によってどんどん争いの規模が大きくなっていって、さらには戦いによる死者も増えましたよね。今度WPCによって、火薬は恣意的に発火させ、核爆発は停止できるようになった訳ですが、その結果戦争というか人と人の戦いはどんな風になるでしょうかね?」
溝口の言葉にカーラルが応じる。
「うーん、いずれWPC方式の銃器のノウハウも広まって行って、元の火器のようになっていくと思うわよ。そして、武器としての爆発だって水蒸気爆発を使えばそれなりなるわね。
だから、そう20年もすれば今と大差がない兵器が開発されるでしょうよ。でもそれまでの間、人が争うことを止めるとは考えられないから、刀剣がどんどん作られ使われ、飛び道具としてはクロスボウとかが発達するでしょうね。
そして、刀剣を使った戦いの技術を教えるところが賑わうのじゃないかな。現に銃世界のアメリカでは、火器禁止の法制化の動きが始まって、その動きがでているわ」
「へえ、アメリカで火器禁止の動きが始まっているという話は聞いていますが、どんな様子ですか?」
「ええ、元々これは古くからそういう論者は居たし、賛成する者も多いのよ。なにせ、アメリカでは4億丁の銃器が出回って毎年4万人が銃によって死んでいるものね。でも、それだけの銃があるということは、生産する巨大な業界もある訳で、その産業界は極めて大きな政治力を持っています。
そして、銃禁止に踏み切れない理由は、所持を禁止した場合には善良な市民は供出するでしょうが、悪者は隠し持って善良な人々の安全が脅かされるというもので、確かに過渡期にはそのようになるでしょうね。だけど、状況は変わりました。
WD-WPCによって強制的かつ効果的に無効化することが可能になったから、禁止を立法化すればそう1年もあれば完全に駆逐できるでしょう。今は公共施設ではWPCによる探知機が行き渡っているから、事実上それなりの建物に銃を持ち込むことは不可能になっているし、市民の間にも銃器禁止の機運は高まっています。
今、連邦議会で盛んに議論されているところだけど、火薬を使った銃器の禁止法ができるのは、全米銃組合の猛烈な反対はあっても時間の問題です。だから、かれらも半ばは火薬を使った銃器は諦めて、WPC方式の銃の合法化を企んでいるようね」
「ええ、それはまずいでしょう!」
「無論まずいわよ。我が国でWPC方式の銃が合法化されれば、それはたちまち世界に広がるでしょうよ。そうすれば元の木阿弥よ。でも、普通の人々も銃に脅かされる生活には飽き飽きしていますから、まあ全米銃協会の要望が通ることはあり得ないでしょうよ」
「でもWD-WPCが普及している今では、火薬を使った銃器がもはや時代にそぐわなくなっているのは明らかです。だから、官民を問わず火器は廃棄されていく傾向にあると思いますよ。
日本では世界の対警察に限って、WD-WPCとWPC方式の銃を供給する予定になっています。まあ、人道的に危機にある地域は我々が強制的に火器を無効化しますがね。とは言え、WD-WPCの照射は一過性のものですから、その際に実包を抜いておけば、銃砲弾を供給すれば再度火器は使えます。
だから、今全国的に照射をやっているイエメンなどでも、銃などから弾を抜いておけば後で銃弾を持ち込んで使えるようになる訳ですよね。でも、今回は我々が電撃的にイエメンに乗り込んでいますから、国境を超えて避難させた銃砲弾はわずかだと思いますので、当分はあそこで火器は殆ど使えないはずです。
アメリカでもそうですが、銃器を隠して、WPCの照射範囲外に銃弾を避難させておいて、後に持ち込んで使うということに注意する必要がありますね」
「ええ、その点は十分考える必要があるわね。我がアメリカの場合には、市民から銃器と銃弾を共に供出させて弾は安全なところでまとめて照射して燃やす予定です。銃はスクラップですね。
すでに火薬の検知器は大量に出回っていてちゃんとチェックするので、隠すのは難しいと思いますよ。それに隠し持つと重い刑に処せられるはずですからね。わが国については、自国でも生産できるのでWD-WPCはそれなりの数が揃うはずなので問題はないと思っています」
「なるほど、今やっているイエメンの場合には、今後の治安維持にわが部隊も関わる予定になっていますが、これは結果を担保するために必須ということですね。とは言え、今後もソマリア・スーダンのほかに、ウイグルとチベット、そらからシリアの作戦を遂行するためには、代替の部隊を早急に送ってもらわねばなりません。
その件は調整部で担当していますが、感触は聞かれていますか?」
人道防衛隊の本部機能に調整部という部署があって、基本的に外部と折衝・調整を行っている。防衛隊を構成する各国から少なくとも2人以上は出向しており、各国との人員や機材、場合によって予算の折衝を行う。さらには、その任務を遂行する上で、必要な各国や組織との折衝も行うことになる。
そのためには、当然必要に応じて構成国の外交力を使っているが、これは当面は知名度もないので、自分で圧力を掛けようがないためにやむを得ない。具体的には、イエメンの作戦ではヨーロッパの構成国とアメリカを通じてイエメン政府とサウジアラビア政府との折衝を行っている。
さらに、同じメンバーで次回の作戦のためにソマリア、スーダン及びエチオピア政府との折衝を行っている。
ちなみに、人道防衛隊としては基本的に高圧的な姿勢で交渉に望むことになっている。そのため、概ねまともな政府であるサウジアラビアやエチオピアとは、ある程度まともに対応するが、イエメン、ソマリア、スーダンなどの政府とは反政府勢力と同等の扱いとなる。
どの道これらの政府は統治能力を失っており、閣僚は己の利益にしか目が向いていないので、火器の無力化をしたら中央政府は強制的に組みなおしであるので、交渉するだけ無駄なのだ。銃器を無力化するWPCを持っていて、一方的に攻撃できる銃を持つ人道防衛隊に現地政府が武力で逆らう術はないのだ。
「ううん、まあ、イエメンにはイギリス、ソマリアとスーダンにはイタリアとフランスが派遣の名乗りを上げている。ただ、当然WD-WPCとWPC方式の銃を供給する必要があるので、それを狙ってという面もあるね。
各国で千人ほどの部隊でヘリとトラックを付けて送り込めば足りるだろう。準備が出来るまで3ヵ月ほど時間がかかるけど、仕方がないね」
溝口の話にカーラル司令官が応じて話を続ける。
「それから、エチオピア政府には、主として我が国とイギリスが“説得”当たっているが、彼らのダム計画に協力することで話はほぼついた。それと、何といっても国境で揉めているソマリアの石油資源も大したことがないことが判ってきて、更に石油そのものの価値が大幅に下がっている。
更には荒れ果てているソマリアの住民を取り込むという点で腰が引けていることが、決着しそうな主な理由だね。まあ、ソマリアとスーダンはわが部隊が展開しているイエメンから近いので、オスプレイがそのまま使えるし、すでに米軍の補給艦もサウジついているので展開は楽だね。
その面では、その次のターゲットのウイグルとチベットは何と言っても中国相手になるので、アフリカの作戦ほど敵対する政府が脆弱ではないが状況は整理されたかな?」
「はい、中国は例の核兵器の無力化と、沿岸部の火器の無効化によって軍事力については大打撃を受けました。そのため、体制を保っていた重要な要因である軍事力に関して国民への威信が失われて、各地で暴動が頻発して国内がずたずたになりつつあります。
当面で香港は、すでに軍警も住民側に立って自治を取り戻しました。ここは、すでにG7も介入していますし、もはや人民解放軍も介入する余地がありません。
ただ、ウイグルとチベットでも暴動は起きていますが、人口そのものが少ないこともあって、現地の軍警に抑え込まれています。だから、軍の監視は緩んではいますが、いきなり航空機で乗り込むという訳にはいかないでしょうが、100人程度の部隊を送り込めば拠点は容易に構築できるでしょう。
その際に飛行場を占領すれば、ヘリでなくとも航空機で要員を追加の要員を送り込めます。体当たりを防ぐために戦闘機の護衛が必要でしょうがね。ただ、人権の名の元に中国の領有権を無視するわけですから、G7+1が中国政府と戦争状態になることを覚悟する必要があります。その点の意思統一は出来ているのでしょうか?」
「ええ、今まで国連において中国、そしてロシアの2国のために、色んな事が決まらなかった点でG7+1では随分フラストレーションがたまっていたのよ。まあ、一面では金持ち達の勝手な論理だという意見もあるけどね」
カーラル司令官は苦笑いをして肩をすくめて話を続ける。
「元々、G7+1と同調する国々はロシア、中国、北朝鮮の核の無力化は同意していたのよ。ということは治外法権もなにも無視するということで、これは宣戦と同様であることは承知していました。それに、人権防衛隊を設立する時にウイグル、チベットは当然視野に入っていました」
「ということは、問題ないということですね?」
「その通りです。それで、結局オサムの力を借りる必要がある訳ね。すでに、ウイグルは現地協力者と拠点は確保しているけど、チベットはもう少しということだったわね?」
「ええ、その通りです。チベットは、ゲートを開いて侵攻できるだけの情報は集まりましたし、現地の必要なサポートは得られます。ただ、チベットの情報は十分ですが、現地サポートがもう少しというところです。それで、両地区は独立まで持っていくのですか?」
「ええ、両地区の人々の奴隷化、人権侵害は看過できませんし、そのような問題を起こす中国政府に統治能力が無いという結論になっています。だから、独立させるしかありませんが、両地区とも人口に比して極めて広大で、相当な資源が見つかっていますから、しかるべき投資をすれば十分経済的に自立できます。
まあ、そうなるにはそれなりの時間を要しますが……。
私はね、世界の将来の姿としてこう考えているのよ。中国の例にみられるように、多数の民族からなる大きな統一政府を保つというのは無理だとおもうのよね。とは言え、際限なく細かく国を分けるのはこれまた効率が悪すぎて無理です。
そして、地球の民族の分布と、有用な資源や肥沃な土地の分布は一致していませんから、どうしても経済的な格差が出来ます。そうは言っても、日本のように碌な資源が無くて大きな人口を抱えても豊かに暮らしている国もあります。その点は国民の質と言ったら語弊がありますが、人々も資源の一つですね。
まあ、どう分けるかはそれぞれに考えていく必要がありますが、幸いな点はWD-WPCの普及で世界の軍備が今後大きく変ることで、世界の軍事費が大きく減るチャンスがあることです。G7+1が人道防衛隊をうまく使って立ち回れば、国や民族相互の侵略の可能性を殆ど無くすことは可能です。
その場合は、世界の国々の武装組織としては警察のみになりますから、年間2兆ドルもの軍事費が1/2~1/3になるはずです。その場合その莫大なお金は貧しい国々のために使うことも可能です。私はそういうことを期待しているのです」
「うーん、そうあれば良いのですが、軍事費が減ったからと言って、貧しい国への援助へ回すというのは難しい問題だと思います。しかし、世界の軍事の仕組みを変えて互いに争わない、より安全な世界にすることは可能だと思います。その点は是非実現してほしいですね」
人道防衛隊の2人のトップは、さらに今後について会話を重ねるのであった。
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