第35話 WP能力の処方のあれこれ

 WPの処方が始まってすでに3年以上を過ぎた。とは言え、僕が中学1年生で始めた時点では、翌年にWP能力が発現するまでは、まだ処方する僕もバーラムの力を全面的に借りたものであった。

 このために、処方した数は限定的なものであった。僕の家族やその親しい者に加えて、父に頼まれたT大の関係者であり、延べ人数は300人足らずである。


 しかし、2年生の春に僕がWP能力に目覚め、続いて姉など処方した人々が覚醒し始めてからは、それらの人々に処方の方法を伝授したために処方の数はどんどん増えて行った。そして、間もなく処方の一般的な方法が確立され、覚醒を早めるために手法をバーラムの手を借りてT大と共に開発した。


 これは、WPの体内循環の促進のためのWPCとしての循環棒と循環を促進する成分の入った循環飴を使うもので、循環の時間に姿勢、循環の促し方などの詳細な指導ビデオを用意している。このことで通常では1年はかかるWP発現までの期間が半年足らずになった。

 

 WPの処方とその知力増大などの付帯効果さらに、その能力発現に付随するWPCの導入などによって国力の増大することと温室効果ガス削減の効果は、最初に研究を始めて実践しているT大から詳細な研究が早々に出来上がった。

 そして、国に太いパイプを持つこの大学は、この成果を政府の最重要政策として受けいれさせた。


だから、WP能力の発現促進の手法が確立する頃には、政府の『処方促進計画』も出来上がっていた。これは、WPの発現が出来たものは他の人の処方を行うことを義務化するもので、自治体がWP発現者の把握と動員、処方の会場の準備、被処方者の招集計画を策定することになっていた。


 これは、かの新型C型ワクチンの接種を思わせると多くに人が話題にしたような大規模な計画であった。そして、この場合には処方後にWP能力発現を促進するために、最大2千5百万人対する循環棒と循環飴の準備が必須である。


 この準備は、循環棒は2人に1本、循環飴は1日1個であるので、それぞれの製造を担ったWPC製造㈱と日本製菓㈱は24時間操業で生産した。


 そして、この仕組みで1人のWPを発現した能力者は、人数が少ない初期には平均100人以上の処方を行っているが、能力者が増加した後期には数人になっている。この処方は個々人のWP能力によって処方に要する時間に差があって、一人の処方に10分から2時間と幅広い。


 この処方は基本的に有償とした。これは後述するように、処方が明らかに個人の能力を嵩上げすること、さらに心身の健康に良い影響を与えることが、すでに証明されてマスコミによって十分に人々に伝播されていることによる。


 だから処方会場までの交通費は自己負担であるし、処方を受けることで1万円を払うことになる上に、1万円の循環棒、1個100円の循環飴は個々人で買うことになる。

 このWP循環というのは、あたかも結跏趺坐を組んで瞑想を行うようなもので、1日で最低30分が必要である。このように、循環棒を使うのは1日精々1時間程度なので数人で1本買うことも可能である。


 ただ、WP発現後も循環を行うことは精神的な疲れを取る効果があり、20歳代までの若い世代にはWP強さを増すことが確かめられているために、循環棒については個々に使うとして買い取る人が多い。


 WPの強さについては早くから測定メータが作られていて、称して“WPS(WP-Strength)メータ”と呼ばれ、単位はWPSで平均が85WPS程度、現状で見つかっている最大値は550WPSである。誰が?って僕だよ。


 実はWPSの数値については、平均100にするように考えてT大では決めたのだけど、WPSを最初に測ったのがT大関係者だったのでその約100人の平均を取ったのだ。しかし、WPは脳をより良く使って鍛えている人が高い傾向があるので、T大関係者ではその平均が高すぎたという訳で、全国民の平均が85だったということだ。


 そのように政府にWP処方拡大の積極策を取らせた原因は、WP能力に目ざめた後のことより、むしろ処方の後にWPの体内循環による知力増強の効果である。WPをWP溜りから脳内を含む循環をすることで脳の血の巡りを良くする効果があり、結果的に知的能力が上がる。


 つまり、人間の脳の働きは働く脳細胞の数に依存するものであるが、実際に働くのはごく僅かであり大部分が眠っている。ここで、処方の後に行われるWPの循環によって脳細胞が活性化されて、働く脳細胞が増えることになるとこの現象は説明されている。


 最初期に僕から処方を受けた中に、T大の教員と院生300人ほどが入っていた。そして、そのほぼ全員が科学的アプローチを得意とするために早い段階で、知力増強の効果を自覚して、その度合いの定量的な計量を行った。彼らが知力の増強を自覚したのは、文献を読んだ時の理解を速さと深さである。


 そうなると、読むことが苦痛ではなく逆に面白くなってどんどん読み続けるが、通常であれば2時間ほどで疲れるのだが殆ど疲れがない。最初の段階で処方を受けた数人がその効果を自覚して、その効果を話し合って具体的に効果を測定する方法を考えた。そして、結局IQテストと英語のTOEICテストを使うことにした。


 どちらも、多くのテストを持っており、どの問題を選んでも同じ人ならほぼ同じ結果が出るというものである。IQテストは処方の前と1か月後、TOEICも同様であるが、その間はテストのための勉強はしないという制限をかけている。そしてTOEICについては2回目の後再度1ヶ月後に今度は勉強してから受験することにした。


 20人がこの試験に挑んだが、IQテストは処方前に平均125が処方後には143とはっきり差が生じた。TOEICテストは処方前の平均720が790点になり、1ヶ月の試験勉強後は920点になっている。


 流石にT大教員や院生で元が高いが、それでも前後ではっきり差が生じている。特にTOEICにおいて1ヶ月の勉強後に満点の990点に近くなったのは素晴らしい成果と言える。


 その後、普通の高校生などについて同様な比較が行われて、処方の前後の知能増強の効果が記憶力で25%、読解力で21%、応答の速さで25%、持続力で35%の伸びを示すという結果になり、大体20%以上の知力増強になるとされた。


 普通の人が20%程度の知力向上があったとしても、それほど大きな効果ではないと思われがちである。だが、理解が早く深くなりかつ、それをより確実に記憶できるというのは、学習において大きな差が生じる。つまり、学習が楽になるため、より深く広くのこのことを学ぼうとする意欲に繋がるのだ。


 現実に、中学生と高校生について処方の前後で比べると、平均的な学習時間ははっきり増えている。教科書をベースとする理解度からすれば、早く理解してしまえるのであるから、学習時間は減ってもおかしくない。


 しかし実際は増えたのは、アンケート結果から、理解が進むので意欲が増したことの現れであることがはっきりしている。そもそも、中学・高校の授業について、内容を確実に理解して覚えて使いこなせる生徒というのは少数派である。


 特に高校で習った内容などは大学受験のためには覚えはするが、余り理解できていないというのが正直なところであろう。それが、大多数の生徒が理解し身に着けて言っているというのが現実になっている。


 教師も勿論処方を受けているのであるが、授業において、処方後に俄かに質問や意見が増えて、自分もあらかじめ勉強することを迫られるようになったという者が多数になりつつある。また、試験において従来のレベルのものだと、平均点が従来の上位5~10%のレベルの点数になってきている。


 また、特に処方の効果として高い持続性の向上というのは知的な意味でのスタミナがあるということであり、タフな仕事に取り組む場合にとりわけ効果的なのだ。だから、医者や弁護士、建築士などの士業の人々やエンジニア、コンサルタントさらに研究者などの社会人で知的な作業をする人々に極めて有用である。


 だから、国は、生産性を高めるために、官僚を含めてそのような人々を優先して処方を受けさせている。また、受験を控える高校生、中学生も公平の観点から処方を急いでいる。


 これは一つには僕と家族の住む村山市において、姉の受験時にはほぼ100%の高校生が処方を受けていたために、全国との大きなゆがみが生じて“不公平”という合唱が起きたということから来ている。


 このように国が計画的に処方を進めた結果として、現在では日本で処方を受けたものは55%になっているが、WPを発現したものは35%足らずである。つまり国民の20%である2千4百万人はすでに処方を受けてWP発現に備えている。つまり、毎日循環を行い、身体強化に備えて体を鍛えているところである。


 ちなみに、日本では当面12歳以下は当面急ぐ理由がないので処方を急がないことになっているので、上記の割合はこの部分の人口約10%を除いている。

 処方を受けた後に毎日WP循環を繰り返すことで、2週間後程度に知力増強が起きる。それのみで処方の大きな効果があがる訳であるが、概ね半年後にWP発現が起きる。そしてWP発現に伴って発するWPを様々に利用できる。


 その一つは身体強化が可能になることである。その強化の度合いは基本的にはWPの強さに関係するが、この身体強化は平均の85WPSの人で筋力を2倍、それを動かす速さは20%程度高めることができ、増強した状態を30分程度持続できる。


 ただ、WPSが高い人、例えば僕の場合だと筋力は3.5倍、早さは30%増し程度で身体強化の度合いは必ずしもWPSに比例するわけではない。また、この状態で50分ほど持続できる。だから50分以内の長距離なんかは有利で1万mでは世界記録を切る。


 だから、普通の人が100m走で世界記録を破るような記録を出せないが、持続時間以内の長距離走などは大いに有利である。ただ、重いものを動かしたり運んだりする人々には重宝する能力ではあるが、重機が簡単に使える現代においてそれほど重要とは言えない。


 WP発現で最も重要な能力はWPCを活性化できる能力である。しかし、これは残念ながら出来る人の方が少なく、WPCの回路を理解してその作用をはっきりイメージする能力と、回路を刻めるだけのWPの強度が必要である。

 とりわけ、複雑な医療用のWPCは理解して働きをイメージできない者が多く、その上に稀にみるWP能力が必要である。


 しかし、最も弱いWP能力の者でもWPCの発動を促すことができるが、その点でバーラムの世界ピートランではWPCがあふれているので、このためにWP能力を発現することが必須である。

 ところが僕がWPCのいわばスイッチを作って、それをWPCに組み込みことが標準になっているために、日本ではこの点は余り意味がない。


 ところで、外国が日本のこの有様を見て黙っている訳はないよね。だって、インターネットが普通になった現在において、処方の効果はすでに世界に知られているのだから、当然俺たちも、ということになる。


 むろんこれはWPCについてもその通りで、俺たちにもその技術を寄こせと言うよね。そして、政府もほとんどあらゆる外国から圧力を受けていて、そのことは当然考えている。


 だから住民票のある在日外国人も差別せずに地方自治体の行う処方を受けられるようにしているし、海外からやって来る外国人に対して民間が処方を行うことは制限していない。


 民間の行う処方は、大体5万円のようだから割高だけど、日本に飛んでくるような人にとってはそれほど大きな負担じゃないだろう。循環棒と循環飴は日本人と同じ値段で買えるから、必要なだけ買って帰ればいいんだよ。


 そして、外国人の組織的な処方受け入れ、公的な外国への処方チームの派遣は、“当方に余裕がない”ということで民間に任せて断ってきたが、そろそろ公的に始めないとやばいという判断になってきた。


 幸いというか不幸にしてというか、日本にはWPCの導入による産業構造の変化で増加した一定の数の失業者がいる。まあこれらの人々は、数年中には変化した社会の中で吸収される予定ではあるが。


 現状で日本には、世界から年間7千万に迫る外国人が来ていて、ほぼ全員が処方を受けて帰っていく。そして日本は処方の方法は公開しているし、循環棒と循環飴の製法は明かしてはいないが、日本と同じ値段で買える。


 だから、処方を受けて帰った人々は自分の国で処方を行うことが出来るのだから、先進国はそれでやってちょうだいということだ。第一に、これ以上日本に来られても宿泊施設の空きがない。


 元々日本に国民の多い近隣諸国は、放っておいても、在日の国民が帰って処方するからいいだろう。実際に100万人以上在日している中国人は、政府がWPを発現した国民を積極的に呼び返して組織的に処方を行っている。


 フィリピンとかベトナムも、政府が主導して入って同じようなことをしている。日本政府は、当初アフリカとか中南米などについて、ODAの一環で日本人の処方チームを送り込むことで済ませるつもりだった。


 だが、処方を加速したいという先進国の強い要望というか強請を受けた。そこで、政府は処方チームの選抜と送り出しまで行うこととして、受け入れ以降は受け入れ国の責任とした。


 勿論現地では、ちゃんとした宿を供給して、週5日の8時間労働という条件は付けて、経費は別で個人に日当で200US$を支払うとした。ただ、メンバーの資格としてそのWP能力は10人に1人レベルの150WPS以上としたため、彼らは1日に10人以上は処方できるので、受け入れ国に損はない。


 僕の友人の荒木健太は、政府の募集した欧州WP処方派遣チームに応募した。彼は、東村山高校の1年生だからクラスは違うがアジャーラの同級生である。政府の出している応募資格は、15歳以上でWPS150以上であり、処方の経験があることで、任期は3ケ月以上1年までである。


 条件は週5日8時間労働で、交通費に3食支給で個室の宿舎提供で日2万ドルが相手側政府から支払われ、残業代は別途支払われる。元々該当者が1割程度であることを考慮して、政府は大学生・高校生も可として、この場合の労働時間は4時間で、その代わりに報酬は8千円/日である。


 高校生・大学生は、C型感染の時代にノウハウが培われたリモート授業による授業を受けることとしている。荒木は中学時代までサッカーのそれなりの選手であったが、僕の家の隣にできた意心館の格闘技にはまって、現在は少年の部では全国のトップクラスである。


 この募集人数5千人に対して応募者が1万2千人であったが、学校の成績と語学の資格、さらに面接の結果荒木は選ばれた。そのプリントした選定通知を持って、荒木は俺の作業小屋に乱入してきた。俺が、せっかくアジャーラと作業しつついい雰囲気だったのに無粋な奴だ。


「おおい、オサム。合格だぜ、合格!3月20日から6か月フランクフルトだ」

「ああ、この前申し込んだ奴な。しかし、お前が選ばれるとはよほど人材不足なんだな」


「オサム、そんなこと言っちゃだめよ。私は荒木君が選ばれると思っていたわ。WPSが190だったかな。それからTOEIC820点というのは効いていると思うし、意心館2段というのは大きいと思うわ」


「まあ、そうだな。なんと言っても語学が出来るのは大きい、もっともフランクフルトはドイツ語だけどね。だけど英語とドイツ語は親戚だから、大抵の奴は英語が大体わかるものね。それと成績も学年21位だったかな?まあ立派なものかもね」


「ああ、成績は苦手だった英語を克服したし、数学をアジャーラちゃんに教わったものな。皆処方を受けた者ばかりの中で、1学期の前期に280人中109番の俺が、2学期期末では21番だからなあ。思えば遠くに来たもんだ」


 そう言って、天井見あげる荒木であるが、確かに彼も努力するようになったよ。だから、多分あっちに行っても成績がそんなに下がることはないと思うよ?

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