第15話 永久機関WPC発電

 僕は父と並んで、WPC発電機1号機を見ている。ここは、東京の港区のT電力中央研究所の構内である。


 発電機そのものはケーシングに入っているが、今は扉が開かれているので、中を覗いている人の隙間から部分的に見える。それは10m四方のコンクリートのベースに載せられた、型鋼に据え付けられた大きな3つの箱であるが、全般に青っぽい色に塗られている。


 しかし、ところどころ切り開かれ塞いだため、さび止めの赤い塗装が見えている。まあ、これは試験機なので見栄えはどうでもいいのだ。

 その基礎コンクリートから5mほど隔て周囲を高さ2mのフェンスが囲っているが、その2か所ある入口は一杯に開かれ、さらにいずれのケーシングも前後左右の扉が開かれている。そこを、10人ほどのヘルメットを被った人がのぞき込んでいる。

 彼らは、関係者としての開発に携わったT大と電力会社の研究所の職員と、見学者のお偉方であり、関係者がお偉方に説明しているのだ。


 僕は試験設備の平面・縦横断図を持って、扉から見える中身を確認している。この本命の発電機本体としては、径0.3m長さ2mの銅製のシリンダーに電力励起-EE(Electric Excitation)-WPC、及び電流引出し-CW(Current Extraction)-WPCを取り付けているという簡単な構造である。


 両WPCには3千 KVAの外部電源を引き込んでおり、これらの動力源になっている。このシリンダーには電極が取り付けられており、変圧設備を経て5kVの電圧で5万㎾の電力が取り出されることになるはずだ。この電力は近くの高圧線から電力網に流し込まれることになっていて、すでにその工事は完成している。


 このシステムは、30㎾のベンチテストでは成功しているので、まず間違いないだろうと主開発担当者の電気工学科の塩飽教授は自信を持っている。だからこそ、試運転に日本の全ての電力会社の代表、現職の大臣が2人を招くという決断をしたのだ。

 とは言え、実際には招くつもりはなかったのだが、通知をしたところ彼らが押しかけてきたというのが真相である。


 この電力を連続で取り出すWPCは、パートランにもなかったそうで、バーラムも結構興奮しているようだ。ただ、パートランでは基本的に電力は、B-WPCによって励起されたバッテリーの形で使っており、そのために電力網そのものがない。だから、連続式発電システムは必要なかったという経緯があるのだ。


 ところで、出席者の現職大臣は経産大臣の衣川博太郎、環境大臣は村井佐和子であり、いずれも“2050年に温室効果ガスの発生量を実質0”などという、命題を突き付けられて頭を抱えている当事者である。だから、彼等はT大でその研究が始まったということを聞いて以来、熱心に追いかけてきたのだ。


 はっきり言って政府のこの命題は、よほどの大発明によるブレークスルーが無ければ、100年以上前の生活に戻らない限り不可能である。それは皆解っているが、“化石賞”なる国を揶揄される称号を贈られた政府としては苦渋の発表であったはずだ。


 まあ、一つには同じような発表をした他の国も、どうせ実現はできないだろうから、皆で『ごめんなさい』をして、頭を掻けばいい。そして、もし実現できる技術が発明されれば、それはそれで結構なことだ。その程度の決断だと思われる。ただ、そのための精一杯の努力をしているポーズは大変大事だ。


 その場の衣川大臣の思いはこうだった。

『T大でやっているWPCとかの研究は、最初は“正気か”と思ったが、どうもわが国の最高峰の大学が本気でやっているようだ。そして、言っている効果が半分でも本当だったら、画期的な効果があること間違いない。今度の発電もひょっとしたらひょっとするかも。その場合には自分たちの立場と注目度は爆上げだ。


 WPC製造㈱は通産省が中心になって、株式の上では国が支配権を握っているので、自分はその主管大臣ではある。本当は、子飼いの役人を送り込んでこれを好きなようにしたかったのが、T大とあの忌々しい子供の圧力で経済界出身の経済人に経営を握られてしまった。


 とは言え、医療用のWPCは口も手も出せないが、産業用は通産の独壇場だ。その意味で、この電力用は非常に重要だ。電力会社に睨みを利かして……』そのように思う衣川であったのだが……。


 また、村井環境大臣は、環境省を管轄する今では重要閣僚の一人であるが、“2050年に温室効果ガスの発生量を実質0”を宣言したものの、現状では全く目立った成果はなく、まさに世界的には針のむしろである。


 だから燃焼が不要なWPCによる発電の試験運転と聞いて部屋で躍り上がって喜んだものだ。その意味では、利権を考えている衣川に比べ、村井はまだしも純粋かもしれないが、いずれも自分のことしか考えていない点で似たりよったりではある。


 僕は物理学の権威の父に聞いてみた。

「父さん、質量保存の法則は成立しないことになったけど、エネルギーで無から有は生じないのは確かだと思うんだよね。その意味で、この発電システムは0.1の電力をWPCに供給して、1の電力を取り出すということになるよね。これはいわゆる永久機関の一つだと思うけど、どうなんだろうね?」


「うん、その点は僕も思っていろいろ試算してみたよ。それで、WPは分子に直接働きかけられることは事実だよね。お前の風や熱を操るWPの操作だけど、あれなんかまさに分子の運動を操っている。それで、B-WPCなどは同様に電子を操っている。


 その過程で銅の原子から電子を引き出し、それを外に持っていくということをやっているわけだ。だから、電子の形でエネルギーが銅から引き出されているけど、その電子を操り・引き出すエネルギーは、引き出されるエネルギーの1割足らずになる。


 その差のエネルギーはどこから来るか?僕は結局銅の原子核からだと思っている。だから、この発電システムで銅シリンダーから電力を引き出していくと、銅の質量が減っていくはずだ。修も、質量はエネルギーに換算できるのは知っているだろう?」


「うん、1gの物質は莫大なエネルギーになるのは知っている。具体的な数値は忘れたけど」


「だから、僕はこの発電を続けていくと、銅の質量が減って行って、発電の効率が落ちていくと思う。だから、どこかでシリンダーを交換する必要があるだろうな。ただ、そんなに頻繁だとは思わない。


 今あるこの発電機のシリンダーは大体1200㎏ある。発電量は5万㎾と想定されているので、日に120万㎾時の発電量だ。質量をエネルギーとして電力に換算すると大体1グラムが3千万㎾時だ。だから25日に1グラム減るくらいだね。数ヶ月か1年くらいは目立って発電量は減らないのじゃないかな」


「うーん、まあその位だったら問題ないと思うな。ところで、そうなるとシリンダーを外した時には重量は測るのでしょう?あらかじめ正確な重量は測っているよね?」


「もちろんさ。僕の今言ったことは大体の先生方は承知しているよ。だから、シリンダーは簡単に交換できるようになっている。そして、その交換したシリンダーの銅の組成がどのように変わるかも皆興味深々だよ」


「へえ、あ!始まるようだよ。作業していた人達がフェンス内から出て行ったから。今からは歴史に残るシーンというやつだね」


「ああ、マスコミはシャットアウトしているけど、T電力の広報部が映像記録を撮っているよ」

 父は、テレビクルーが持っているカメラを構えて、2人のスタッフが撮影している様子を示す。


 今まで大臣を案内していた教授が、マイクを取って話し始める。

「それでは、皆さんお待またせしました。私はT大工学部の電気工学科教授の塩飽です。只今からWPC発電システムの試運転を開始いたします。実証しないと何を言っても心に響かないと思いますので、まずはこれが実際に働くことを見て頂きましょう。では、山名さん」


「はい、T電力の山名です。それでは、WPC発電システムを起動します。実は私はWP能力をまだ発現していないのですが、その場合でも問題なくこのキーを使って起動はできます。まずはキーに電源を入れて、電力励起のWPCを起動させます」

 彼は皆に見えるように箱型のキーに電源を入れて、さらにWPCへの電力供給のスイッチを入れる。


「さて、これでシリンダー内の電子が取り出せる状態に活性化します。概ね5分くらいで定常状態になりますので、少しお待ちください。

 このスクリーンの1番の電圧のゲージの青がここまで赤になったら、シリンダー内の電子が取り出せる状態になったということです。さらに、その下の2番のゲージが電流、3番が電力です。電力は最大7万㎾まで示すようになっています。

 1番の電圧はドンドン赤くなって行っていますね」

 彼は自分の横の80インチのスクリーンを指して説明する。彼が言うように5分ほどで電圧は5千Vに達する。


「さて、電圧が5千ボルトになりましたので、電力引き出しのWPCに電力を供給します。電流値が上がって電力値も上がっていますから良くご覧ください」

 山名の声に電流値、電力値がどんどん上がっていくが、ものの2~3分で電力は5万㎾を越えて、5.5万㎾で安定した。


「このように、発生電力は5万㎾を越えました。熱としてはシリンダーが大体100℃くらいで安定することは、実験で確かめられています。だから、それに相応する設計を行えばよいということです。

 また、発生する電力は、WPCへの供給電力が交流のために交流になっていますので、電力網に流すために変換する必要はありません。また、騒音・振動としては、送電のための変電所の音程度です」


 塩飽教授が代わって言うが、確かに気になる程の音ではない。教授は話を続ける。

「さて、確かに発電は設計通り出来ることは見て頂きましたので、少しこのシステムとその意義について説明させて頂きます。このシステムは、WPという人間の意志の力を使うという新しい概念を適用したもので、発電に際して供給するのは発電出力の10%ほどの電力です。


 ですから、発電に際しては、全世界で問題になっている温室効果ガスを全く発生しません。ただこの実験の設備は、供給電力を外部電源に頼っていますが、実設備は外からのエネルギーまたは燃料は全く必要ありません。

 それは、実際の施設はこのシステムを10基以上並列に並べたものになりますので、自分で発生した電力を供給に用いますのでね。


 ご覧になっているこのWPC発電システムの出力は5万㎾です。そして、発電機が極めてコンパクトであることは皆さんがご覧になった通りです。

 湾岸の大森火力発電所跡に出力100万㎾の施設を今設計しております。これは、この本体を30基連ねたものになります。また、大森では電力網を整備して最終的に300 万㎾まで増強を考えています。過去の60万㎾の火力発電所跡にそれだけの発電設備が設置できるのです。


 また、このシステムの発電において基本的に廃棄ガス、騒音・振動などは全く発生しませんので、東京湾沿岸の首都圏において建設することに全く問題はありません。つまり立地上の問題がないということです。


 従来、大規模発電所はそれが迷惑施設であるために、需要地から遠く離れた場所に建設せざるを得ませんでした。それが、このシステムがコンパクトかつ無公害施設であることから、大都会などの需要周辺またはその中にそれなりの規模の施設を建設することが可能になりました。

 そのため、通常5%ほどになっている送電ロスも最小に抑えられますし、災害時の送電線破損のリスクも最小化されます。


 加えて、このシステムの最大のメリットはコストです。先ほど申し上げた大森の100万㎾の発電所の、概算工事費は既存の送電施設を使える面はありますが、概ね200億円です」


 そこで、電力会社の参加者が思わず声を上げたので、塩飽教授は言葉を切って、そちらを見てニコリと笑って話を続ける。

「今、声を挙げられたのは、電力会社の方々だと思います。原発で3千億円、石油やガスの火力でその半分、それからすると圧倒的に安いことは確かです。ですが、皆さんはこの実験設備の発電機本体というか、只のシリンダーを見て、それがそんなにコストが掛かるとは思われないでしょうが、その通りなのです。

 本体は直径30㎝で長さ2mの銅のシリンダーに、5千kVAの電力を引き込んだ2つのWPCを取り付けたものですが、それが5万㎾の出力があるのです。


 そして、発電所についてはイニシャルコストとしての建設費は大事ですが、それ以上にランニングコスト、運転費がより重要です。だからこそ、建設費が高い原子力発電所が建設されてきたのですよね。これは私が言うまでもないでしょうが。


 運転費は正直に言って、はっきりとは計算されていません。送電設備は、同じ出力の発電所と同じものが必要です。ただ、送電のWPCも実は研究されていて、それがうまくいくと、送電ロスを減らすために超高圧に変電している仕組みは必要なくなるかも知れません。燃料は見て頂いた通り不要です。


 発電設備の管理要員については、設備は簡易で可動部がない点から、減らすことが出来ることは確かと言ってよろしいと思います。同様に、発電設備の修理・更新費は大幅に少なくなるでしょう。ただ、シリンダーは理論的に電力としてエネルギーが消費されることで質量が減っていくと考えています。


 だから、半年か1年か、2年か今のところ分かりませんが、ある頻度で交換の必要があるでしょう。しかし、それが半年毎と考えても従来の燃料を考えれば、極めて低いコストになることは確かだと思います。私が申したいのは以上ですが、なにかご質問がありましたらお受けしますよ」


 教授の声に電力会社からの視察者からさっと手が挙がり、教授が指名した。

「K電力の松田です。大変感激しました。私どもも夢にも可能と思えなかったほど素晴らしいものだと思います。

 ええと、そうなると我々も是非早急に建設にかかりたいのですが、その設計の援助は頂けるのでしょうか。それと、聞いているところでは、電力関係のWPCを活性化できる能力者は数が少ないと聞いていますが、その点は大丈夫でしょうか?」


「はい、設計については政府とも話をして、国内の電力会社については、大森の発電所の設計データをお渡しすることにしています。それから、発電に必要なWPCを活性化できる人材は今のところ18名です。

 ただ、この人数は今後急速に増えていくと考えていますので、年度内には各シリンダーに対し千組位のWPCは用意できると考えています。だから、その面でご心配する必要はないと思いますよ」


 電力会社からの質問はまだあったが、内容的には最初の質問の枝葉であった。最後に参加した両大臣に挨拶を求めたが、衣川大臣は新たな発電所が大した金にならないことを、改めて認識して気落ちしていたので、その主管大臣として形式的な挨拶に留まった。


 しかし村井環境大臣は、自分の期待が正しかったことを確認して浮き立っていた。

「私は今日ここに来て、歴史を変わる瞬間を目撃しました。まさに、このWPC発電システムは地球環境へのインパクトの大きさで、歴史を変えるでしょう。そして、同様に私はWPCの技術を使ってのバッテリーと回転機で自動車の改革が起きていることも聞きました。


 まさに、ここ日本において、地球の温暖化を救う技術が開発されたのです。その意味で、その開発をリードしてきたT大の先生方と協力いただいている皆さんの努力を讃えるものです。しかし、後はこの技術の活用のスピードです。

 いかにして早くこの技術を日本において主流として活用するか、また世界に広げていくか、そこに私たちの力量が問われています。私も衣川大臣も政治家として全力を尽くします。皆さんも学者として、産業に携わる者として出来るだけのご協力をお願いします」

 僕は、この村井大臣はなかなか立派な人だと思ったよ。

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