第7話 姉の高校生活・医療用魔道具(WPC)の製作
さつきの高校生活は順調と言えるだろう。高校生活で、ある意味最も重要な学業成績は、弟と彼に宿っているバーラムによって“処方”を受けて以来順調に伸びている。
これは処方によって、魔力(WP)の循環を行うことの副作用で脳の血のめぐりがよくなることで、その働きが改善されたからということだ。
このことは、ピートランではすでに確認されている事実であったし、実際に地球において処方を実施したものは例外なく効果が表れている。とは言いながら、勉強するという努力なしに成績が上がるわけでない。
ただ、今まで理解できなかった授業の内容が理解できるようになり、教科書や本の内容が直ちに理解できるようになって、するすると頭に入ってくる。
そうなると、授業を真剣に聞くようになる。そして、それだけで教わった内容を理解して覚えてしまう。またそうなると、自信がつくので、疑問に思ったことは積極的に質問するようになるし、意見も言うようになる。
さらには、教科書と副資料のみでは理解しにくい内容は、自分で調べて知識を深めることになる。現在においては、インターネットに溢れている資料を検索することで、大抵のことは十分調べられるのだ。
結果的に頭脳の働きが良くなったことで、より良く・効率よく努力することになって、成績は必然的に上がっていく。今は、授業の後の女子サッカー部の2時間ほどの練習、早朝に起きて弟とその友人の荒木やその後加わった数人と共に運動している。
このため、夜の11時前には就寝しているが、時間が足りなくなることはない。
それは、教科書の範囲は授業で理解しているために、帰ってからは確認と補足的に調べるために1時間ほど勉強の時間を取れば十分であるためだ。
だから、定期考査前といっても、頭に入っている内容を確認するのみで済んでいるため、試験前は部活の練習が中止になることもあって、睡眠不足になることはない。
さつきはこのような良い循環に入っているので、3学期に入ると中間考査で学年3番、さらに学年の締めくくりと言うべき後期考査で1番になった。これは1年生の学年の中では、小さいながらセンセーションを起こしたが、本人は少々気が咎める思いをしている。
また、女子サッカー部においては、1年生を入れても15人の部員であるため、運動神経の良いさつきは最初からレギュラー入りをしている。これは運動音痴の父の血をひかず、スポーツに秀でていた母の血が色濃くでたこともあって、中学の部活でエースであったことからも、当然の結果であろう。
そのようにさつきは、成績がどんどんあがって学年1番になるうえに、授業中には積極的に質問や発言もしている。さらに、これまた母の血をひいて美人でスタイルも良い上にスポーツでも活躍するということで、教師も注目する優良株になってきたことになる。
加えて、父はT大学の準教授、母は爆発的に売れ始めた高級菓子“いのちの喜び”の生産元会社の役員と、いまや人がうらやみ、もてはやす存在になってきた。昼休み、同級生の百地真理が、ゆかりの横に座って「はあー」とため息をついて言う。
「さつきは、もはや高嶺の花になってしまって、わたしゃ悲しいよ。比べて地を這っているわたしゃ並んで歩くも気が引けるわ。ねえ、ねえ、さつき、どうしたのよ。ついに学年1番になるしさ。
だいたいトップファイブなんて、皆寝不足で試験中なんかとろんとしているのに、さつきだけは寝が足りてぴんぴんだもんね」
中学以来の親友の真理は、けだるげに言うがその目は真剣だ。またもやさつきは、胸にとげが刺さるのを感じた。弟や母、父との話では修の魔法の覚醒があったら、ゆかりの友人関係の処方もやっても良いとこうことになっている。
毎日のように魔力の具合を聞くさつきに、彼は今朝『うん近いよ。もうすぐだ。春休み中かな』と言ったのだ。だから、解禁間近ということで彼女は真理に言った。
「実はね、まりりん。私が急に成績が上がったのは訳があるのよ」
真理は、親しい友人に“まりりん”と呼ばれているが、確かに顔はどことなく、かの大女優に似ている。
「うん、うん。そう思っていたよ。そもそも、授業中も態度もうんと変わったもんね。サッカーも随分視野が広くなったというか、もうエースだもんね」
真理が身を乗り出してくる。
「それは、わが浅香家に伝わる秘伝でね……」
「ええ、嘘だあ!浅香家のさつきのお父さんの家系って、なんの変哲のないサラリーマンじゃないのよ。地元の旧家のお母さんの方だったらまだわかるけど」
まあ、これじゃ騙されないわねと、さつきは思う。真理はなかなか鋭いのだ。成績だって上位1/3には入っている。だから、それなりに成績に執着もあるのだが。
「うん、それは嘘だけど。ある方法、私たちは“処方”と呼んでいるけど、それを受けると魔法が使えるようになるのよ。その処方は、一切の外科的なものでもありませんし、薬も使いません。
だけど、そのためには処方後1年くらいの訓練が要ります。そしてその訓練の副作用で、頭脳の働きが改善をすることになります。
その結果が私の成績上昇よ。だけど、もちろん勉強もちゃんとやったけどね。でも、理解力があがって記憶力が良くなると、勉強するものうんと楽になるのよ。
それに、どんどん新しいことを知るので勉強するのが、楽しいまではいかなくても苦痛でなくなるのよ。教科のことは授業だけでほぼ十分だしね」
「うん、聞いてみると、さつきのやって来たことは今言った通りだったわねえ。でも魔法?そんなことがあるの?ちょっと信じられない。でもそれを話してくれるというのは、その処方を私にも受けさせてくれるのでしょう?魔法はともかく、成績がさつきみたいに上がるのならぜひ受けたいよ」
真理はそう言って、ためらっていたが少し恥ずかし気に聞く。
「でも、魔法ってどんなことが出来るの?ファイアボールとか?」
「うん、残念だけど大したことはできないそうよ。大体は、機械や道具で出来るようなものが多いとか。あとね、魔法でなくて“Will Power” 訳して意志の力、略してWPって呼ぶんだって。お父さんが学会で発表するときに、魔法では信ぴょう性に欠けるんだってさ。
それでね、その魔法じゃないWPだけど、それをは魔法として使うこと自体にはあまり意味はないけど、それより魔道具というか、略してWPCつまり“Will Power Circuit”でWP回路と呼ぶようになるだけど、それが重要だそうよ。
医療をうんと改善するWPC、とかマジックバッグもできるらしいわ。
弟の修がもうすぐ、そのWPを使える力に目覚めるらしいから、実際にそうしたWPCが出来るようになるわ」
「へえ!医療!そしてマジックバッグねえ。それは楽しみね。ねえ、ねえ、お母さんの会社の“いのちの喜び”も、その処方なんかの影響なの?」
「うん、同じ系統の知識から出たことは事実よ」
「あれには感謝しているのよ。体調が悪いと言って心配していたお母さんが、さつきからもらって食べて、すっかり元気になってきたよ。それに親戚のおばあちゃんも元気になってね。なかなか品切れで手に入らないから、さつきのおかげで買えて感謝しているわ」
「うーん、ちょっと高いものね。その点は少し気が引けるけど。まあ会社の方針なのでねえ」
「いいのよ。皆それだけの価値を認めて買っているのだから。我が家なんかはお母さんの医療費が大幅に減ったし、家に笑いが戻ったので大幅に黒字よ。それはそうと……」真理は話題を変える。
「さつきはドンドン成績を上げて来たでしょう?そうすると、トップグループが押し出されてくるわけよね。けっこうトップファイブなんて、お高いところがあったでしょう?その点は嫌がらせなんかは無いの?」
「まあ、廊下であった時に睨まれる位で実害はないから、なんと言うこともないわね。ただ、トップだった氷室君は直接嫌みを言ってきたわね。まあ、私も自分だけ“処方”を受けたという負い目があるから、仕方がないとは思うけどね。
“まりりん”も成績があがったらその点は覚悟しなくちゃ」
「うん、私は成績がトップクラスになれるのなら、そんな負い目はなんのそのよ。だけど、その“処方”はどの程度広げられるのよ?その程度とその効果が知れ渡ったら社会問題になるよ」
「うーん。その点は父さんが考えているようよ。その魔法じゃないWPの力の応用をWPC、つまり魔道具で世の中に広げるようだから。当然、WPを使える人が増えないと、どうしようもないはずだからね。
私の聞いているのは、WPCを作るのも使うのも、WPを使える人が必要らしいの。だけど、使う方は、まだ何とかする方法はあるらしいのだけど、作る方はWPを使えないと、どうしようもないらしいから」
「ということは、さつきのお陰で、処方によってそのWPを使えるようになる私は、WPCを作れるようになるわよね。将来安泰じゃないのよ。有難いわ。でもそうなると、私だけってわけにはいかないわよね?」
「うーん、そこなのよ。いずれにせよ、当面のところ処方は弟しかできないのよ。WPの覚醒前の弟は、精々1時間に1人くらいしか処方はできなかったわ。間もなく覚醒するというけど、どの程度になるかねえ。
それをWPCを使ってやるという話があるけど、実際はどうなのか、まだ私には見えないのよ」
まあ、いずれにせよ修が覚醒して、それから実際にWPを振るってそのような事象(魔法)を起こすか、さらに実際にWPCを作ってその効果だどうなのか、それからのことと私は思っていた。
そして、春休みに入った直後、修がWPを振るえるようになった。その最初に使う様子はぜひ見たかったのだが、私は試合があって留守だったので、修は一人で公園に行って実演したらしい。私は帰ってそれを知って、むっとして思わず修の頭を小突いてやったわ。反省したけど習慣になっているのよね。
彼は、家では母から頼まれていたWPCを、我が家の庭に作った作業小屋で作り始めていたので、私ももちろん立ち会った。小屋は10畳くらいの一面の壁が棚になっているもので、床は板敷きであり、入口で靴を脱いでスリッパを履くものだ。
トイレと小さなキッチンが付属しているその作業小屋は、WPC制作ために最近作られたものだ。我が家は田舎の旧家だった祖父から贈られた土地に建っており、家は建面積120㎡程度の普通のものだ。でも、屋敷は500㎡ほどもあるので、その小屋も十分建てられた。
その小屋から、その後1年近くの間に数々のWPCの試作品が生み出されたが、さすがにセキュリティの問題もあって、後に近くのビルを買収したWPC研究所に試作場所を移した。
小屋にはすでに弟だけでなく、父と私も知っている父の教室の2人の院生が、何やら作業をしている修の手元を見ている。弟が作業しているのは、小屋の中に据えられた試験室用の試験台の上で、その上にB6の本位の大きさで、厚みが1㎝ほどの銀の板に両側に取っ手を付けたものだ。
これに精密な回路(魔方陣)がエッチングで刻み込まれている。これは、すでに注文して作られた2枚の異なる板が用意されている。これにWPを果たすべき機能を念じながら注ぎこんで、用途の異なる2つの医療用のWPCとして活性化するのだ。
つまり、形はすでに出来上がっており、それを機能するように活性化するのはWPを放出する能力を持った術者ということになる。
弟がやっているのは、その刻みこまれた回路図を見ながら、回路のそれぞれの部分の機能を活性化させるためのWPの注入である。その意味では、現在日本においては、CADの活用で複雑な形を簡単に図化でき、それを記憶しておけば複製できる。
さらにその上に、日本では金属を腐食させる溶液を使って精密な形を作るエッチングの技術の進んでいる。ということは、近代日本はWPCの製作に最も適した土壌であると言えよう。その点はバーラムも感心している。
「出来た、1枚目だ。腫瘍やがん細胞を殺し、消化器系に移送する機能がある」
修が言うが私が抗議する。
「ええ!説明が簡単すぎる。もっと詳しく説明しなさいよ」
「ああ、うう。解ったよ。このWPCは、体の中の腫瘍やがん細胞などを検知してそれを殺します。そして、その殺した細胞をゲル化して、大腸や胃等の消化器の中まで浸透させます。
あとは浸透した悪い細胞は大便や小便などとして排出されるというわけです」
「ええ?まだ簡単すぎるよ。腫瘍やがん細胞などを検知するというけど、具体的にはどう検知するのよ。そしえ、どのようにそれを殺すの?」
「うーん。検知はそれら体に害をなす組織を、この回路の部分で悪の組織としてグルーピングするんだ。そして、そのグルーピングした対象をこの回路の部分で熱する、つまり焼き殺すわけだ。
更に死んだ組織を放置すると、再発の可能性があるので、それをゾル化、つまり液化して体の組織細胞を浸透させて消化器に移すのだ。それは回路のこの部分だ」
そう言って修はそのちっぽけな回路の部分のそれぞれを指さすが、回路の読み方が判らないので、その部分は理解できない。だけど、機能としての理解はできる。だけど、そんなにうまくいくのかしらと思う。
「うーん。働きは解ったわよ。だけど、本当にそんなにうまくいくの?」
「うん、それで腫瘍とかがん細胞は取れるよ。ただ、体に巣くっているものを取り出すのだから、体の細胞は痛めつけられている。その回復促進の魔道具をこれから作るんだ」
修はそう言って、試験台置いてあるもう一つのWPCを取り上げて見せる。これも最初のものと同様に、複雑で精密な回路が刻まれている。
どうも、皆から質問役として期待されているようなので、私はさらに初歩的な質問を続ける。
「じゃあ、あらかじめそれの説明をしてよ。ああ、その前にそれとかこれじゃなくて、名前を付けましょうよ」
「ああ、名前ね。こっちは主として傷によって傷んだ組織を治すものだから、Injure Curing つまりIC-WPCかな。さっき作ったこれは、主としてガンを除くものだから、Cancer RemovingつまりCR-WPCというところじゃないかな」
「修。何であんた、中一を終わったばっかりで、英語が判るのよ?」
「うん、バーラムと一緒に勉強したからだよ。姉さんだってこの程度は解るだろう?」
「もちろんよ。でも私は高2になるところ、あんたとは違うわ。はあー、まあいいわ。じゃあそのICの方の機能を教えて」
「うん、これは引き裂かれ切られた細胞の記憶から、元に戻ろうとする働きを極力早めるものだよ。大体自然治癒の場合の10倍位に期間を縮めることができるし、痕もあまり残らない。
それと痛みをほとんど無くすことも機能に入っている。ほらここの回路だよ。まあ、CRに比べると単純かな」
やっぱり修は解らない回路を指す。そのように説明を終わらせて、修は30分ほどでIC-WPCを活性化した。このように、魔道具であるWPCは別に試行錯誤することなく出来たが、それを患者に使うには結構苦労したのだ。
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