§ 第18話 §




 王都へと続く、整備された街道をその馬車は行く。

 外を眺めていたスノウリリーの口からぽつりと言葉が零れた。


「ダリーと、無事に意思の疎通が出来て良かったです……」

「そうだな」


 独り言に返事をしてしまうくらいに、リカルディにとっても、重要な案件だった。

 ダリー(黒竜)を二人がかりで説得する事数日。

 しかしドラゴンである彼には、二人の焦りや心配、不安がよく分からない。

 ダリー(黒竜)が直接会った事のある人間は、リカルディを中心にした、精鋭達だ。

 人間はドラゴンに比べて弱いと言われても理解しづらい。

 そして、それを理解して貰おうと頑張った結果。

 ダリー(黒竜)は、リカルディの記憶を見る事にした。

 人間の生活を知ればもうちょっと分かるのでは無いかと考えたからだ。

 リカルディもそれに反対はしなかった。

 言葉での説明ではいつまでたっても、理解して貰えないと思ったからだ。

 その試みは上手く行った。

 ダリー(黒竜)にとって、まさか寒い、暑いだけで、体調を崩す存在だとは思わなかった。

 ドラゴンにとって、無毒に近いものが人間にとっては猛毒だったという事も。

 何もかもが違う。それを受けてダリー(黒竜)はスノウリリーとの間に出来た契約の条件を変えた。

 魔法によっての強制的な発情状態は、夜で、リカルディ限定とした。

 その状態も最初の頃よりもずっと弱い物に設定しなおした。

 リカルディとしては発情状態自体をなくしたいが、それはダリー(黒竜)に受け入れられなかった。

 お互いに妥協出来るのがこの辺りなのだろうと、スノウリリーはそれを受け入れた。


「本当に良かったよ」

「……そうですね」


 旅の間だけならばともかく、城に戻ってもあの状態では、色々問題がある。

 夜の間だけならば、王族であるリカルディが侍女相手に無理矢理手を出したとする事も出来る。

 婚前交渉である事はどちらも違わないが、父親側に子供を守る気があるのであれば、生まれてくる子供の扱いは大きく変わる。

 生まれてくる子供はダリー(黒竜)の子として生まれてくるのかも知れないが、同時に自分の子でもあると、リカルディは、スノウリリーの立場も含めて、今後どうするべきか真剣に悩んで居た。

 そんなリカルディの様子をスノウリリーは盗み見る。


 リカルディの姿は呪いを全て受け入れた時に大きく変わった。

 角だけならば、フードを深く被れば隠せるが、翼や尻尾はそういうわけにはいかない。

 スノウリリーが魔法をかけて翼や尻尾は見えないようにしているため、村や町に普通に入れた。

 でも、それも人が居る所だけで、このような馬車の中では、姿を隠す事も偽る事もない。

 長時間の魔法を行使することは辛いからスノウリリーとしてはありがたい。

 それでも出会った頃の彼ならば、スノウリリーの魔力が続く限り使い続けろ、と言いそうな気もした。

 彼の心境の変化はなんなのか。スノウリリーは考えてみるが分からない。


(私としては嬉しいからいいのですけど)


 自分の太ももの上に、まるで撫でろというように乗っかってきた尻尾をスノウリリーは撫でる。

 その感触にリカルディは顔を上げ、ぼんやりと、無意識の様に尻尾を撫でるスノウリリーを見て、その膝に自分の尻尾がある事に気付いて、彼もまた、赤くなった顔を逸らす。 自分の無意識なのか、それともダリーの意識なのか。時折こういう事が起きる。

 そして、スノウリリーは傍によってきた翼や尻尾を気兼ねなく撫でてくる。

 きっと彼女にとっては、何気なく愛でているだけなのだろうが、リカルディとしては照れくさくとも嬉しい出来事である。尻尾や羽も悪くないな。と密かに思ってしまうぐらいには。

 馬車の中は、そんな甘い空気になっているが、馭者を行っているガウファーには分からない。ただ、彼が思うことはただ一つ。


(自由時間が終わりに近づいているに連れて、自由な恋愛も終わりに近づいているって事かぁ……。お貴族様ってのは、世知辛いねぇ……)


 リカルディの呪いが解ければ、王族である彼にはまた、婚約者が出来るのだろう。

 お互いに好きだから、で結婚出来ないのが王侯貴族だ。


(夜は宿屋に泊まれれば、帰りの旅路はのんびりでも、急ぎでも構わないって言われてるんだから、のんびりゆっくりまったり、行きましょうかねぇ、若のために)


 いっそ、馬車か馬の調子が悪いとでも言って、王都の手前の町で連泊するのもありかもしれない。と、状況が変わった事を知らないガウファーは、リカルディのために何か出来ない事がないだろうか、と考え、そして。王都までの二日の道のりを倍の四日にするというお節介を焼くのであった。

 牛歩のごとくのんびりとした旅路にリカルディはもちろん気付いたが、指摘するどころか、ありがたく、新婚夫婦としての旅路を楽しむのであった。



 その日。第三王子が役目を果たし、城へと帰還した。出発の朝と同じく、ひっそりとしたものだった。

 出迎えすらなかった。

 その事実にガウファーは怒っているが、リカルディは笑みを浮かべるだけだ。

 城の者達からすれば、何の連絡も無く、深夜に帰ってくる方が悪いと言いたいだろう。

 もちろんリカルディはその事に気付いていたが、その方が丁度いいと思ったから口にしなかった。

 魔法で眠らせたスノウリリーを抱き上げ、馬車から降りる。


「ここまでお疲れ様。後で、褒美を贈るが、金がいいか? それとも酒か?」

「今回は金でお願いしやす」

「珍しい」


 絶対に酒だろうと思っていたリカルディは、目をぱちぱちっと動かす。

 そんなリカルディにガウファーは苦笑いした。


「蝶の街にでも行ってみようかと」

「あっ、そうか……。それは悪かった」


 顔を赤らめて、バツが悪そうにリカルディは謝り、そして、上が出す紹介状も用意させると早口に答える。

 ガウファーは一等娼館の紹介状を出してくれるというリカルディに思わず口笛を吹いて、満面の笑顔で礼を言った。


 それで、今回の旅は完全に終わりだ。

 ガウファーは馬車を返しに、リカルディはスノウリリーを連れて、離れの部屋へと戻っていった。


 



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