§ 第11話 §


 リカルディは、スノウリリーの妹が魅了持ちかも知れないない事を手紙に書いた。

 彼女は姉を邪魔に思っているようで、と書いた所で手が止まる。

 そうだ、と。

 まるで姉の死を願っているような話の進め方をしていた気がする。と。

 その事が分かって居たはずなのに、それを重要視しなかった。そんな自分に改めて気付いて、口元を手で覆う。

 リカルディは謁見の間での事を思い出そうとする。

 だが、思い出そうとすれば思い出そうとするほど、ホーリーの笑顔がちらついてくる。

 

「……」


 リカルディは手を止めた。

 己の症状を箇条書きにし、封筒に収めて、封蝋を行う。

 そして、立ち上がり、傍に控えるスノウリリーに一言告げた。


「数日旅に出る。そう侍女長に伝えれば用意してくれるはずだ。勝手で悪いが君も連れて行く。馭者にはガウファーを連れて行きたいと伝えておいてくれ」

「はい」


 突然の命令にスノウリリーは一瞬だけ戸惑いを見せたが、すぐに言われた通り動き出す。

 立ち去るスノウリリーを見送った後、リカルディもまた歩き出す。

 未だ自分に会おうとしない母の元に。




 母の部屋へと向かうリカルディを騎士達が止める。


「母上に直接話したい事がある。其方達はこの姿でも、母上は怯えると思うのか?」

「それは……」

「まずはお伺いをたててくれ」


 リカルディの言葉に彼らは頷く。

 一人が先へと進み、廊下の奥へと消えていく。

 それからしばらくして、王妃付きの専属侍女が現れ、リカルディの姿を確認すると、案内を始めた。

 そして一つの部屋に案内される。

 室内には、明らかに緊張した様子の母が居て、リカルディは小さく苦笑する。

 王妃は、リカルディの姿を見て、安心したように息を吐いた。


「これを母上に」


 傍に居た侍女に、兄宛に書いた手紙を差し出す。

 侍女の手から母親の手に渡るのを見ながらリカルディは話しかける。


「本当は兄上に渡すつもりだったのですが、状況を考えるに母上に渡しておいた方が良いだろうと判断しました」


 その言葉を受けながら、中身を確認した王妃の眉間が少しだけ寄る。


「本当なのですか?」

「分かりません。ですが可能性は高そうです」


 リカルディの言葉に王妃は視線を便せんに戻す。


「ですので、母上。何か有った時は、母上がお持ちのソレでよろしくお願いします」


 彼女の手の届く範囲にある小さな小瓶。

 リカルディが呪われてから、彼女が持ち歩くようになった聖水。

 それに視線を向けて告げると、王妃はばつの悪そうな顔をしたが、やがて小さく頷いた。

 もし、王や王子が魅了に掛かっているのだとしても、この聖水で元に戻す事は出来る。


「それから、私は少し旅に出ます」

「なんですって?」

「兄上から前に頼まれていたのです。今までは踏ん切りが付きませんでしたが、今回の事で少し気持ちに整理が付きました」

「リカルディ……それは」

「ですので、もしかしたら、これが最後かもしれません。母上、どうぞ、お元気で」


 きびすを返し、ドアノブに手を伸ばす。


「リカルディ!」


 母の切羽詰まった声にリカルディは動きを止めた。

 だが振り返らない。


「……ぶ、無事に帰ってきなさい……」


 それは母親の本音なのだろう。だが、そんな事は無理だと分かっての言葉だ。


「……善処します」


 振り返る事無くリカルディは応え、部屋を出た。





 早朝。リカルディとスノウリリーを乗せた馬車がひっそりと王城から出発した。


 黒竜が居た山に向けて。





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