§ 第10話 §
封印を解かなくては解呪も出来ない。
話の流れがそう進むのは当然で、スノウリリーもこの場に呼ばれた。しかし、詳しい説明をされていなかったのか、この場にいる家族に内心訝しむ。
そして説明を受けると、彼女はここにいる家族の目的を察し、呆れた。
いつまで経っても知らせがこないのならば、自分で引導を渡しにきたのか、と。
隷属にしろ、封印にしろ、スノウリリーにはあの左腕に魔法をかけた覚えは無い。
呪いは呪いだ。本人のためにも、消せるのなら消した方がいい。
だから、スノウリリーは王子の呪いが消える時はダリーの寿命がやってきたという考えでいる。そんな彼女が、呪いを守るような魔法をかけるはずもなかった。
ただ、天寿を全うするのしても、その引き金を引くのがホーリーであるのは、許せない。
そもそも本職の者達が出来なかったのに、あの気分屋のホーリーに出来るとは思えない。
大方、『隷属』の魔法を使用した事でスノウリリーの処刑を目論んだのだろう。
その影響が実家にもあるとは考えてはいないとこまで考えてスノウリリーは内心でっかいため息を付く。
王子に感謝しなくては。
こちらを心配そうに見ているリカルディにスノウリリーは、小さな笑みを浮かべた後、手を差し出した。
「左手を」
「ああ」
リカルディは言われるがまま左手を出す。
今更彼女に呪われた左腕を見せる事に躊躇いは無い。
躊躇のなさに、周りが驚いていることにも気付かないほどだ。
スノウリリーは差し出された左手の指にそっと口付ける。
リカルディにとって最早見慣れた光景ではあったが、王を含め、周りの者達にそってはそうではない。
呪われた手を取ることも、口付けを行う事も、躊躇いも無く行えるものではない。
その姿を見るのも嫌だと言って、リカルディの母親は未だに息子に会おうとしないのだから。
リカルディの左腕から、光で出来た紙が破けて散るような幻影を作るとスノウリリーはそっと手を離した。
「これで良いかしら?」
妹に向けて尋ねる。妹は一瞬遅れて頷いた。
そして、もう一度解呪を行う。だが、成功するはずがない。
妹は姉を見る。姉も妹を見る。
互いに相手の出方を見定めるように。
「スノウリリー。先に再度封印を頼む。また魔力暴走を起こしたくない」
二人に気付いているのかいないのか、リカルディがそう声をかける。
「はい、殿下」
恭しく一礼し、スノウリリーは先程と同じようにリカルディの手を取り、そして、小さく何かを唱えながら指に口付ける。
光で出来た包帯がリカルディの腕に巻き付いていき、綺麗に巻き上がると光りは消えた。
リカルディは感覚を確かめるように、左手を何度も開け閉めし、そして父親を見た。
「陛下、本日はもうこれで下がってもよろしいでしょうか」
問いかけられてリカルディを見る。少しばかり下げられた顔には失意が見えた。
なんだかんだ言いながらも呪いが解ける事を期待していたのだろう。
「……ああ、良かろう」
許可を出すと彼はスノウリリーを連れて、退室した。
二人が退出し、扉が閉ざされる。
それを確認して、ホーリーは改めて陛下に声をかける。
まずは謝罪を。そして、これからの事を。
謝罪を行っているはずのホーリーの口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
離れの部屋に辿り着くとリカルディはソファーに体を投げるように座る。
「疲れた」
「お疲れ様でした」
「……其方の妹はなんだ? なんか変な能力があるのか?」
「……そう思うのですか?」
リカルディの問いかけはスノウリリーにとっては予想外だった。
女性ならばともかく、男性がそう言い出すのはとても珍しいのだ。
「……ああ。自分の発言が自分で信じられないというか……」
「……殿下がですか?」
スノウリリーは首を傾げた。
「なら、昔よりも力が強くなっているのかもしれませんね。昔は、意志の強そうな方々にはあの子の魅了のような力は通用しなかった様に思えるのですが……」
「魅了!?」
背もたれに預けていた体を思わず立ち上げてリカルディは聞き返す。
「あくまで、『の、ような』力です。昔、神殿で調べて貰った事がありますから」
言った後に、スノウリリーは無表情から眉間に皺を寄せて、不快というのを見せつける。
「……子供の戯言、と、わたくしを納得させるために、お父様が神殿で調べたとウソを付いていたら分かりませんが」
「……後で、兄上宛てに手紙を書くから、届けてくれ」
「かしこまりました」
もし魅了持ちだとしたら放って置くわけにはいかない。
隷属魔法と同じぐらいに魅了という異能はタチが悪い。
子供の言葉だといって、無視する者は責任を持つ者ほど、いないだろう。
魅了にかかると本人には変わった意識は無い。周りからでないと分からないのだ。
だからこそ、たとえ自分は何の問題も無いと思っていても、身近な者達から「おかしい」と言われれば、検査をするものだ。
「ところで、殿下。『封印』についてなのですが」
「ああ。君はテイマーの能力持ちなのか?」
「いいえ」
「でも、ダリーは、君から『ダリー』という名を貰ってから大人しくなったが?」
リカルディの言葉にスノウリリーは首を横に振る。
「違います、殿下。だぶん、ダリーはもともと微弱な意志……とでもいいますか、簡単な思考といいますか、意志の様な者があるのだと思います。それが呪いという形で殿下の腕に宿っているのだと思います」
スノウリリーの言葉にリカルディは己の左手を見る。
「小さな子供が殿下の腕に必死にしがみついていて、怯えていた。と思えばいいと思います。大人が怒れば子供は怖いものです。悲しんでいても、子供はどうすればいいのか分からず、同じように泣いてしまうかもしれません。周りの状況と殿下の精神状態に怯えて泣いていただけで、周りと殿下が落ち着いたから、ダリーも落ち着いたのでしょう」
「いや、君の言葉に反応して、魔力を暴走させたよな?」
「殿下よりもダリーに好かれているという自信はあります」
ふっ。と普段は見せない感情をこういう時ばかりに見せるスノウリリーにリカルディは苦笑する。
黒竜の呪いに好かれても。と思うと分かっていての反応なのだろう。
「……呪いが消える事に対して、思う事はあるか?」
「いいえ。ダリーは天寿を全うした。わたくしは最初からそう思うようにしています」
きっぱりと言い切った。
そんな彼女ならば、喩え無意識でも、ダリーを守るための魔法はかけないだろう。とリカルディが思ったところで、彼女は「ですが」と言葉を続けた。
「今日、初めて、思いました。殿下の呪いが解けることは喜ばしい。ですが、それを行ったのが妹であったらわたくしは絶対に許せないだろう、と」
腹部で重ね合わせた手をスノウリリーは握り絞める。
「幼い頃から、両親はあの子の味方でした。わたくしは両親の代わりにわたくしを愛してくれる存在を求めて、数回ペットを飼いました。そして、可愛がるわたくしを見て、妹がわたくしのペットを欲しがるのです。両親は姉なのだから、と言って、わたくしからペットを奪い、そしてペットは数日後には冷たい姿となって帰ってくるのです。いろいろと理由を並べてくれましたが、まとめてみれば、妹に懐かなかったという理由につきます。そうやって奪われてきたため、先程は、殿下の呪いが解ける事を望む事は出来ませんでした、申し訳ありません」
頭を下げられて、謝られてもリカルディは困るだけだ。
リカルディ自身、呪いが解けるとは思ってもみなかった。
落胆したようにみせたのは、あの場からすぐにでも立ち去るために必要だったからだ。
それに。と、リカルディはスノウリリーを見る。
呪いが解ければ、スノウリリーはどうするのだろう。と、今更ながら考えた。
女官として、このまま城で働くのか。自分の専属として。
それとも、別の部署で働くのか。
それともこの城から出ていくのか。
「……スノウリリー。ここに座って手を握ってくれないか?」
己の左側を叩き、左手を差し出す。
右手であれば、彼女は拒否したかもしれないが、握る手が左であるために彼女は拒否しない。
言われたまま隣に座り、ごつごつとした手を、嫌悪や躊躇いを一切みせることなく握る。
岩というよりも金属のようなドラゴンの手でも、スノウリリーの手の平の温度を感じた。
彼女の手を握りながら、リカルディはこれからどうするべきか、と思案し始めた。
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