§ 第12話 §
外見はおんぼろに見せかけた馬車が街道を走る。
強面の馭者の隣に、見せつけるための槍を体に預けたリカルディが座っている。
安全に旅をするのなら、良くも悪くも、外見が大事、という事なのだろう。
本来は守られるべき存在が表に出ているのはどうかという意見はあるかもしれないが。
「俺ぁ、納得できませんぜ。若じゃなくても良いはずだ。それこそ、どっかの罪人でも」
馭者のガウファーが、隣に座るリカルディに対して、不満を隠す事無く口にする。
「それだと、呪いが強化されそうだな」
そういう事に使われる罪人であれば、ドラゴンの呪いと同調しそうで、余計な厄介事になりそうだ。
「……だとしても、若じゃなくて、若のご兄弟でも良いわけっすよね?」
「……まぁ、な。でも、無理だろ。もともと、俺はある意味、死んでも良い存在だ。だから、討伐の命令も俺に来た。俺が兄弟の中で一番強かった、っていう理由もあるのはあるけどな」
「若は見事に御役目を果たした。にも関わらずコレとは。つーか、土地の浄化は神官共の仕事っすよね!?」
「……そうだな」
言われて見たらそうだ。と思うが、それが不可能だったからリカルディに取り込ませて、最上位の存在に呪いを払わせようという手に出たのだろうと考えを改める。
「……ガウファー。黒竜討伐は命令だったが、残りの呪いは、命令ではないんだ」
「いいんすよ。若。家族を悪く言われたくないっていう気持ちは分かりますが」
「違う。そうじゃない。……いや、それが少しも無いわけではないが……。そうじゃなくて、黒竜の残りの呪いを受け止めに行くのは……惚れた女のため、だ」
「惚れた女……。まさか、若、あの、婚約者のためだとか言いませんよね!?」
「違う。あれはもうとっくに切れた。後ろに居る彼女だよ」
「……ほぉ」
厳ついガウファーの表情がにやぁっとなんとも言えない笑みを作る。
「あのメイドの嬢ちゃんはなんで連れてきたのかと思ってましたが、そうですかそうですか」
ニヤニヤと笑ったのちに、ふと彼は首を傾げる。
「残りの呪いを受け止めるのが、なんであの嬢ちゃんのためになるんすか? 彼女の故郷とか?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、この左腕の呪いを、彼女が満足出来る終わり方にしたかっただけだ」
「……はぁ?」
「余り気にするな。ただ、星聖国の聖女に呪いを解いて貰う事が彼女の希望に添うだろうなという話だ」
リカルディはそれで、話は終わりだと告げる。
ガウファーは納得出来なかったが、気が向いたら話してくれるだろうと、諦めた。
それからガウファーは、休憩や昼食などの合間にスノウリリーを盗み見る。
一言で言えば、愛想の無い美人だ。
どうせならもっと笑顔の似合うかわいい女性を好きになればいいのに。
他人事ながらガウファーは思う。
まさかその笑顔の似合うかわいい女性に追い詰められて、ここまで表情や感情を押し殺しているのがクセになったとは思いもしない。
こんな旅だが文句の一つも言わない事には好感が持てる。だからこそ、彼は勿体ないと思う。
もっと笑えばいいのに、と。
ああ、もしかして、若はそれが見たいのか?
リカルディがスノウリリーに惚れているというのは本当なのだろう。
相手にされていないようなのもガウファーからも見て取れた。
黒竜の呪いを受け入れる事がどうスノウリリーの笑顔に繋がるのかガウファーには分からないが、ただ、「青春だねぇ」と生温かい目で、アピールを頑張るリカルディを眺めた。」
宿泊所の一室でスノウリリーはベッドに座り、ぼんやりと床を眺める。
大河を下り、そこから二日ほど進むと黒竜が居た山に到着するという。
そこではまだ黒竜の呪いが残っていて、リカルディはそれを全て受け止めるために旅立ったのだと言う。
全ての呪いを受け入れれば、星聖国に出向いて聖女に呪いを解いて貰う。そう王たちと約束しているとリカルディは話してくれた。
スノウリリーはそれを聞きつつ、何故、と問いかけたくなった。
星聖国の聖女であったとしても、黒竜の呪いが解けるかは分からない。
全ての呪いを受け入れるとなると異形化は左腕だけでは済まない可能性の方が高いだろう。
少し考えれば、逆に、何故、と問いかける気にはならなくなった。
聞かなくても分かった。
自分のせいだ、と。
自分があのような弱音を吐いたから、妹が関わらなくて確率が高い方法を取ってくれたのだろう。
リカルディの気持ちを今更疑う気はなかった。
それでも自分達が共に歩む道はないだろうとスノウリリーは分かっていた。
子爵令嬢は王子の妃にはなれない。どこかで養子縁組しなければならない。だが、それも難しいだろう。次期当主としてお披露目までされて、廃嫡されたのだ。明確な理由などなくても、瑕疵まみれ、汚名にまみれにされたも同然だ。
せいぜい愛人止まりだろう。
ふっ。とスノウリリーの口元が綻ぶ。
きっとそんな立場の私を家族は喜ぶだろう。
王子と縁づいた事を誇らしげにしながらも、愛人にしかなれなかった何の地位もない私を、あざ笑い楽しむのだ。
「……」
そんな事を想像する自分にスノウリリーは嫌気がさした。
「悲劇の主人公になったつもりになっても何も変わらないわ」
そう口にする。その目から涙は零れない。家族に期待しなくなったからだろう。
「私は私の最善を尽くす。ただそれだけ」
目を閉じて、自分に言い聞かせる。幼い頃から何度となくしてきた自己暗示。
だが、そこでスノウリリーは目を開けて、困った様に首を微かに傾げた。
今回のような事の最善とはどのようなものなのだろうか。
相談してくても相談出来る相手がいない。
この場にいないからではなく、両親や弟だけでなく、友人を含めて何もかも奪われてきた彼女には本当に相談出来る相手がいないのだ。
「……難問だわ」
ぽつりと零れた本音は、弱々しく、彼女の困り果てた心情を表していた。
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