§ 第13話 §
旅は順調に進んだ。
大河は風で荒れる事もなく、馬車が悪路に故障する事もなく。
あっという間に、黒竜が住んでいた山までやってきた。
「馬車はここまでだな。スノウリリーは、ガウファーと共に最寄りの町で待っててくれ」
山を見あげながらリカルディは口にする。深くフードをかぶり、背には食料なのか、個別にと用意されていた荷物があった。
山を見あげる横顔は真剣で、彼の覚悟が垣間見えた。
だから、こそ、スノウリリーは彼の言葉に従えなかった。
「いいえ、わたくしも一緒に参ります」
「な!?」
「おいおい、嬢ちゃん、それは無理な話だろ」
「反対されても勝手に付いて行きます」
そう言ってスノウリリーは、リカルディに比べて小さな鞄を抱えた。
村や町に寄るたびに日持ちのする食料や刃物を買っていた。
二人がそれに気付かなかったのは、一見するとお土産のように見えるように彼女が仕向けたからだ。
「あのなぁ、嬢ちゃん。それで危険な目に遭うのは、嬢ちゃんじゃ無くて若になるかもしれないんだぞ?」
ガウファーはリカルディの強さを知っている。だが、令嬢を連れて魔物が闊歩する山道を登るのは賛成できない。
「……そうですね」
頷いた彼女にほっとしたのもつかの間。
「では、わたくしは勝手に行きますので、『若』もご自由にどうぞ」
付いて歩くのを止め、先行する事にしたスノウリリーに二人は慌てる。
「待て、スノウリリー! ガウファー! 止めろ!」
「ったく、この嬢ちゃんは!!」
馬車から離れていくスノウリリーを止めようと、ガウファーは彼女に向かって駆け出し、その肩を捕まえる。
その瞬間。バチンッと音と共にガウファーは地面に倒れた。
ガウファーもリカルディも何が起こったのか分からなかった。立ち上がろうとしてもガウファーの全身は痺れ、しゃべるのもまともにしゃべれない。
「ガウファー!?」
リカルディが駆け寄り、ガウファーを覗き込む。気絶しているわけでない。
その目は開いているし、何かしゃべろうとしている事は分かる。まともな言葉になっていないだけで。
そして、その症状をリカルディは一応知っていた。
「まさかの麻痺!?」
状態異常魔法と呼ばれる魔法は、通常の攻撃魔法よりも実は扱いが難しい。
そして、それを治療する魔法も同等に難しい。
「え!? ちょ!? 待ってくれスノウリリー!? 俺、治せないんだけど!?」
慌てて声をかけるが、返ってきた言葉は無情にも、時間が経てば治ります。というもので、彼女は立ち止まる事もなかった。
リカルディは遠のく背中と、未だ動けず、地面に倒れているガウファーを何度も見比べ、叫ぶように声を上げると、ガウファーを担ぎ、馬車へと放り投げる。
「ガウファー! とりあえず、町には行くからその後は頼むぞ!」
リカルディは馭者台に乗り、馬車を走らせる。
痺れて動けないガウファーをここに放置してスノウリリーを追いかける事は、最悪の場合、彼を魔物の餌にしてしまうという事だ。
そうでなくても、一定の危険がつきまとうだろう。
見捨てきれない自分の性格をよく理解した方法だとリカルディは、感心したくないが、感心してしまう。
ガウファーの麻痺は町につく頃になって、やっとしびれが取れ、違和感はあるものの動けるようになる程の強力なものだった。
ならば後は任せた、とリカルディは馬を1頭馬車から離す。
身軽になった馬を、黒竜が居た山へと走らせる。
「ああ、もう、どうして彼女はああなんだ!?」
馬上の上で口にするべき言葉ではないかもしれないが、どうしてもリカルディの口からはそんな愚痴が出てしまう。
令嬢が一人、魔物がうろつく山を登るなどというのは無謀すぎる。
だが、それでもガウファーを優先したのは、今まで見てきたスノウリリーならば、無抵抗に殺される事などないだろうという信頼もあったからだ。
そしてそれは同時に、彼女が『当主』になるために努力した結果なのだと理解出来た。
理解出来たからこそ、その努力の結果を不当に取り上げられて、自暴自棄になっているようにしかリカルディには見えなかった。
それは、自暴自棄になってたのは俺も同じだが!
自分に都合の悪い事は心の中でだけしまいながら、リカルディは、一路、スノウリリーと別れた場所を目指した。
鳥や虫、そして獣の鳴き声を聞きながらスノウリリーは山を登る。
道に迷わないためなのだろう。一定の間隔で木々に目印を付けている。
それともリカルディと合流するためなのか。
途中、せせらぎの音が聞こえてきて、スノウリリーはそちらへと向かう。
川は長い年月をかけ、周囲の土地を削っているのか、斜面の下にあった。
スノウリリーは躊躇う事無く斜面を降りていく。
登ることは頭にないのか、それとも、登れる自信があるのか。
川辺に立ち、彼女は水を掬う。
川の水は冷たく、また澄んでいた。
黒竜の呪いの影響は受けていなさそうだ。
(……呪いの影響が土地に出ているのなら、殿下の意志になどに任せずに、強硬手段をとっているはずね……)
個人の意志に任せている辺り、余裕があったのだろうと思い至る。
それが良い事なのか、悪い事なのか、スノウリリーには判断が付かなかった。
強制的に呪いを受ける事にならなかったのは良かった事と言えるが、いっそ命令された方が気楽な時もある。
自らの判断のみに任せているのは、呪いが解呪出来なかった時のためではないか、とスノウリリーは思ってしまう。
「……考えたところで無駄ね」
むしろ不敬に当たるだろう。
スノウリリーは立ち上がり上流に向けて歩き出した。
「や、やっと見つけた…………」
疲労困憊のリカルディが、スノウリリーと合流出来たのは、日も暮れて、たき火の明かりが、遠くからも見え始めた頃だ。
「丁度魚が良い具合に焼けた所です。一ついかがですか?」
ニコリともしない、相変わらずの無表情でスノウリリーは川魚を差し出した。
「魚を焼いたのか」
「はい。もちろん、魔物よけの香も十分に焚いています」
風上はニオイが混じって凄い事になっているかもしれないと思いながらスノウリリーは答える。
「……たき火も、魔物に人が居る事を知らせる事になる。それは」
「知ってます。でも同様に殿下も気付いてくださると思いましたから」
「…………はぁ……。……君は酷い女性だ」
心配したからこそ、思わずリカルディはそう口にした。
「存じてます」
スノウリリーはその言葉には笑顔で受け答えた。
その対応に、リカルディは、怒りたい気持ちと悲しい気持ちと、言い過ぎたという罪悪感と、いろいろな感情が沸き起こる。
謝るべきだろうか。そう思うものの言葉は出てこない。
「……」
「わたくしはそれで良いのです」
「……良くはないだろう」
「いいえ、わたくしは酷い女です。それで良いのです」
その言葉には、何かを決意した強さがあった。
言葉にしない想いを含んでいるようで、リカルディは、差し出された魚を受取、口にする事で、何も聞かないことを彼女に示すのであった。
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