§ 第8話 §


 スノウリリーは今まで、妹の引き立て役だった。

 愛らしくかわいらしい妹とは正反対だと言われた。

 むしろ「かわいげが無い」と嫌がられてばかり言われていた。

 そのために、自分が、そういう対象になるとは思っていなかった。

 結婚はしても、恋愛は出来ないだろうと思っていた。

 だから今、彼女は困惑していた。


 差し出される一輪の花。


「……どのあたりに飾りましょうか?」

「君へのプレゼントだよ」

「困ります」

「大丈夫。すでに私の婚約はもう無くなっているから」


 にこやかな笑顔で切り替えされてスノウリリーは無表情に見える顔の下で考える。

 本気なのか、それとも遊びなのか。

 遊びだとしたら、色事を含んだ遊びなのか、それとも、からかうだけなのか。

 もしくは遊びではなく誰かと賭ているのかもしれない。


「……花も駄目なのか?」


 じっと見つめるだけで受け取ろうとしないスノウリリーにリカルディは軽く息を吐いた。


「……受け取れません。他の仕事がありますので失礼します」


 頭を下げてスノウリリーは部屋から立ち去る。

 リカルディはその背中を眺め、持っていた花を左の手首にある『首輪』に差し入れる。

 彼女が戻ってきた時、ダリーからのプレゼントとすれば、彼女も受け取るだろう。

 そうして戻ってきた彼女にリカルディは左腕を差し出す。


「ダリーが貴女に、と」


 自分の手ではなく、首輪に挟んでいる状態が特にそれっぽく見えるだろう、と思って行った。

 スノウリリーは、リカルディのやり方に小さく息を吐いて、困ったように笑った。


「ありがとうダリー」


 そうお礼を言って、花を抜き取り、手の甲にキスをする。

 離れていく顔にリカルディは左手を伸ばした。

 よけられる事なくスノウリリーの頬に触れる事が出来る。

 彼女の柔らかな頬を傷つけないように気をつけながら撫で、唇に触れる。

 嫌がられる事は無い。

 そっと、静かに少しだけまぶたが伏せられた。

 それはまるで、許可のようで、リカルディは顔を寄せる。

 花の匂いと共に唇にかさりとしたものが当たる。

 リカルディはスノウリリーを視線だけで見下ろし、スノウリリーは見上げる。

 ダリーがプレゼントした。とされた花によって、リカルディの唇は押さえられている。


「……」

「殿下、わたくしが唇を許すのは、ダリーだけですよ」

「ダリーは私の一部なのだから、私もダリーではないか?」

「……わたくしからダリーを取り上げますか?」

「は?」

「だって、殿下はダリーは要らないと言っていたではありませんか」


 いつものやりとり。

 だが、いつも以上にいらだちが募る。

 はぐらかしているのならば良かった。だが、そうではない。


「……君の目にはこの左腕はどのように映っているんだ?」

「……もちろん。殿下の腕として認識しています。それと同時に、妹や両親に奪われることも壊される事もない、大事な宝物だと思っています」

「……妹や両親……か」

「ええ。そして、殿下の新しい婚約者様からも奪われる事もない、と」

「……」

「いつも答えている内容に、嘘も偽りもありません。奪われるのが嫌だから、わたくしは欲しがる事を止めました。そして、ダリーはそういったことにほぼ無縁ともいえます。だから、愛でているのです」


 スノウリリーは自分の頬に置かれたままの左手の手のひらに頬を寄せる。

 いつかきっと、この左腕も、呪いを解き、元の姿に戻るのだろう。

 だが、それは奪われたや壊されたのではなく、生き物には当然ある「死」なのだと、受け入れられるだろう。

 自分がかわいがっていて、そして、妹になつかなかったからといって、訪れる死とも違う。少なくとも、スノウリリーの中でも納得できる別れになる。


「殿下、わたくしは子爵家の人間です。殿下の想いを受け入れたところで、続く道はありません。それでも、というのなら、条件があります」

「条件?」

「はい。新しい婚約者が決まったら、わたくしを殺してください」

「何を馬鹿なことを言っている!」

「今までさんざん奪われる立場だったのです。その痛みはよく知っています。そして、わたくしは奪う立場になりたくありません。たとえ、本人達には一切の恋慕のない政略結婚であったしても、です。わたくしは、愛人にはなりたくありません」


 見上げてくる瞳は嫌になるほど真剣で、リカルディの左手が静かに下ろされる。

 スノウリリーは微笑んだ後、深く礼をとり、離れていく。

 リカルディは離れていく足音を聞きながら、うつむいていた。

 かけるべき言葉は何一つ浮かばなかった。

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