§ 第21話 §




「お初にお目にかかります。リカルディ殿下」


 謁見の間にて、紹介された人物にリカルディは内心驚く。

 使節団が来ているとは聞いて居たが、まさか、この方々だとは思わなかった。

 なぜなら彼女はどの国の王にも従わないのだから。


「こちらこそ、噂に名高い聖女にお会い出来て、光栄です。貴方に来て頂けるとは思いもしませんでした」


 互いに挨拶を交わす姿を父王は嬉しそうに眺めている。

 聖女がリカルディの呪いを解きに、この国までやってきた。それがどのような意味を持つのか、分からない者はこの場にはいないだろう。


「わたくしが崇拝する神は愛を司る女神ですから」


 聖女は、先ほどの彼の言葉は一種の疑問だろうと考えて、脈絡無くそう告げた。

 その言葉にリカルディは一瞬戸惑う。


「それは……」

「貴方達の愛が、女神様に認められた、という事ですわ」


 小声で告げられた言葉に、リカルディが驚き、そして笑った。照れくさそうに。


「そうですか。それは、これ以上ない祝福を賜りました」


 赤くなっているであろう顔を押さえる代わりに、フードをさらに深くかぶり、顔を下げる。

 聖女は楽しげに笑ったあと、こう告げた。


「では、我が主神、愛の女神様からの祝福を貴方達に」


 聖女が祈りの仕草を取る。

 カッと光の柱がリカルディを包んだ。

 光の中、リカルディの体に異変が起こる。異形と言われた体が人の物になっていく。


「おぉ!!」

「ああ……っ」


 王と王妃が感動に声を出す。

 いや、二人だけではない、周りで見ていた者達全てが無意識に声を出し、見守っていた。

 光の柱が徐々に細くなっていき、やがて消えると、リカルディは崩れ落ちるように座り込んだ。


「大丈夫でしょうか?」

「ええ、まぁ……。非情に疲れましたが……」


 色々と造り変えられて、流石に体力がごっそりと奪われた、とリカルディは心の中で呟く。


「どうでしょう? 問題はなさそうですか?」

「……ええ、大丈夫そうです。問題はありません。私達は女神に感謝します」


 答えながら立ち上がる。

 自分の体がどうなったのか、不思議とよく分かる。

 まるで生まれた時からこうだったかのように。


「良かったです」


 聖女はにこやかに微笑んだあと、王を見た。


「では、陛下。わたくしの役目は終えましたので、これにて失礼したいと思います」

「聖女殿、お待ちを」


 すぐさま帰路に着こうとする聖女に、王は慌てる。


「今宵はリカルディの呪いが解けた事と、婚約発表を兼ねて宴を用意しているのです。愛の女神の使徒である聖女様にそれを寿いで貰えれば、息子も大層喜ぶと思うのですが、いかがでしょうか」

「婚約発表ですか?」


 聖女はリカルディを見る。リカルディも初耳だったため、その顔は警戒心が見て取れる。

 実際本人には今まで何も告げていないのだから、警戒するのはわかる。

 王は一度リカルディを見た後、聖女を見た。


「とある子爵家の娘なのです」


 その言葉にリカルディの警戒心は一気に吹き飛び、息を呑んだ。

 その様子を聖女が見つめている。リカルディは気恥ずかしそうに小さく頷いた。

 自分の思い人だ、と。


「……そうですか。分かりました。喜んで参加させていただきます」


 子爵家の娘では王子の結婚の相手としては少々立場が弱い。

 だがそこに聖女の祝福があるとすれば、後ろ盾というほどではないが、多少の強みになるだろう。

 女神が認めた二人の婚約発表なのだ。普段であれば政治的に利用されるのは好まないがこの場合は喜んで利用されようと思った。


「リカルディは下がって準備に入りなさい」

「はい。陛下」


 聞きたい事はいっぱいあったがリカルディは素直に下がる。

 扉が閉められて、振り向いた時、執事長や元側近達が居て、問い詰める。


「婚約発表とか初耳なのだが!?」

「内緒にしてましたから」

「殿下の呪いが解けたら、という事でしたので」


 元側近と執事長の会話で、自分達が余計な期待をしないように、秘密にしていたのだろうと気付いてリカルディは苦笑した。


「彼女は?」

「もう準備に入られていますよ」

「女性は準備が大変ですから」

「では、会いに行くことは無理か……」


 リカルディの言葉に二人は頷いた。

 下手をすれば入浴しているタイミングだろう。元の姿に戻った事を見せに行きたかったが、リカルディは諦めた。

 執事長の後を付いて歩いていると、ふと、気付いた。

 離れではなく、元の自分の部屋へと向かっている事に。

 確かにもうあの離れを使う必要はない。

 魔力が暴走し、周りを傷付ける事はないのだから。

 

 そうか、もう前の生活に戻るのだな。


 離れの生活は、スノウリリーと二人っきりだったとも言える。

 それが今日唐突に終わった。

 少し前までであれば、それを願っていたはずなのに、状況が変われば、このままでも良かったのに、と身勝手にも思ってしまう。


「……流石に働かなきゃ駄目だからな……」


 リカルディの呟きが聞こえたのだろう。側近の一人が顔を見合わせて笑った。


「仕事いっぱい溜まってますよ!」

「笑顔で言うな!」


 懐かしい気易いやりとりにリカルディは笑った。

 久しぶりに戻る自室。

 どこか自分の部屋じゃないように感じるのダリーの影響か。


「リカルディ殿下、お戻りを待ちしておりました」


 そんなメイド達の言葉にリカルディは一瞬、嫌味か皮肉か。ここから立ち去ったのはお前達も同じだろう。と考えたが止めた。

 今日はめでたい日なのだ。

 こんな事で苛立ちたくない。

 後で全員変えよう。

 そんな事を思いながらリカルディは久しぶりの自室に入った。


 婚約者の名前を一度も確認しなかった事をすぐに後悔することになるとは知らずに。












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