§ 第16話 §

前話は違って、第15話だったのに第16話にしてました。修正してます。



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 スノウリリーには安全な場所に居てもらい、リカルディは未だ濃く残る黒竜の呪いの元へと向かう。

 怨嗟が漂うそこは、近づくに連れ、重く、のしかかるような空気があった。

 それでもリカルディは、足を止めず黒い霧の元にまで辿り着いた。

 そして、左手を黒い霧へと近づける。お守り代わりに渡された髪紐を強く握りしめながら。


 左腕に、黒い霧の固まりが吸い込まれるように消えていく。

 その固まりに細い糸でも繋がっていたのか、漂うようにあちらこちらにあった他の黒い霧の固まりがリカルディの元へと集まって来る。


 ざざざ……。


 葉擦れの音とは違う何かの音が聞こえ、視界が一瞬暗くなった。

 呪いに囲まれているからか、と、考えた時、視界が変わっている事に気付いた。

 黒い霧に囲まれていたとはいえ、視界には木々があったはずだ。

 なのに、今、リカルディの視界を閉めているのは荒れ果てた土地、地面だった。


「……」


 なぜ、と口にするはずだった言葉は声にならず、反射的に喉にあてようと思った手は動かない。

 そこでようやくリカルディは、不味い事になっている事に気付いた。

 なんの痛みも無く、体の自由が奪われた。

 逃げようにも逃げられない。

 助けも、呼べない。

 実際に呼ぶかどうかは分からないが、取れる手段が無くなった事には間違い無い。

 左腕はいまだ呪いを集め、吸収している。

 ……どうにかしなければ。

 そう思うのにリカルディには取れる手段がない。


 ざざざ……。と、また音がした。

 雑音の中に声が聞こえる。誰の声だ? スノウリリーか? と体の自由が利かないなか、情報だけは拾おうとすると、突然視界が開けた。


『……らず、薄汚い色だな。なんでこんな色になるんだ?』

『知らないわよ。わたしがききたいわ』


 ルビードラゴンとまで言われる、レッドドラゴン達を、下から見あげている。

 そんな光景にリカルディは驚いたが、何も出来なかった。

 レッドドラゴンに睨まれて、子供が頭を下げるように、視界が下がった。

 そこにあったのは鮮やかな赤ではなく、どことなく茶色が混じったような赤い鱗の手だった。


 一体何がどうなっている。


 戸惑うリカルディを置いて、景色も状況も変わっていく。

 やがて、自分がこのレッドドラゴン達の間に生まれた子供のドラゴンとして、景色を見ている事は理解した。


 レッドドラゴンの子供は嫌われていた。

 睨まれるだけならまだマシだった。

 尻尾で叩かれたり、蹴られたり、ブレスをかけられたりもした。

 それでも、レッドドラゴンの子供は、両親の愛情を求めた。

 赤かった鱗が黒を染みこませたように濁っていくと、両親だけでなく、群れから孤立し始めた。

 そして……。


『お前は違う』


 そんな言葉と共に、首に噛みつかれ、そしてそのまま振り回されて、投げ捨てられた。

 殺すつもりだったのだろう。

 食いちぎられた首は、ドラゴンといえど、楽観視できない程の深手だ。

 空を見あげながら、泣いていた。

 痛みに。

 お前は違うと、家族ではないと言われた心の痛みに泣いていた。

 どこか薄暗かった赤の鱗は今では、茶色へと変色していた。

 

 ああ、これは黒竜の記憶なのか。


 目の前で繰り広げられるような出来事にリカルディはやっと理解した。

 そして、その出来事が進むにつれて、『黒竜』が『邪竜』と呼ばれる理由が分かった気がした。

 鱗の色が黒くなればなるほど、彼はドラゴンの中で迫害される存在となった。

 黒竜はドラゴン種の中で最強種と人族の中で言われている。それぐらい強い種だ。

 そのため、ドラゴン達から攻撃されてもケガを負う事はあっても死ぬ事はなかった。

 ただ、寂しがり屋の彼の心は傷つき、血と涙を流し続けている。

 そんな中、彼はあるドラゴンの墓場にやってきた。

 天寿を全うする寸前のドラゴン。

 それゆえか、他のドラゴンたちの様に威嚇することも警戒することも、嫌悪することもなかった。

 ただ、珍しいとだけ呟いて、傍に居ることを許してくれた。

 そして、話相手になってくれた。

 それだけで、彼の心は少しだけ明るくなった。

 人であれば笑顔の一つも見せたのかも知れない。

 彼の視点で見ているリカルディには分からないし、そもそもドラゴンの笑顔が判別付くか分からない。


 彼は、自分と同じ種がどこにいるのか問えば、その老いたドラゴンはいないと答えた。

 特定のドラゴンが、時折、関係のない種に混じって生まれるのだという。

 前の黒竜は地竜と呼ばれる種から出たという。

 じゃあ、このままずっとひとりぼっちなのか、と泣けば、その老いたドラゴンは、では人と子を成せば良いと告げた。

 通常のドラゴンだけでなく、黒竜と同じく、混じって生まれる竜の一部が、人と子を成し、家族を得た事もあったと教える。

 彼はそれに希望を見いだした。

 老いたドラゴンは、死ぬ直前まで、彼の話相手になり、師匠としてよりそってくれた。

 老いたドラゴンが教えてくれた人の言葉はまだたどたどしいし、人化の魔法はまだ出来ない。

 それでも、一歩前進出来たきがした。

 彼は移動する事を決めた。

 話相手の居ないここにいるのは、思い出がある分、寂しい。

 彼は人が住む場所近くへと移動を開始する。

 人の暮らしに溶け込めるように、人間を観察しやすい場所に居を移す。

 その考え自体は間違っていなかったのかもしれない。

 彼が『ドラゴン』でなければ。そして、よりにもよって『邪竜』と人間には認定されている『黒竜』でなければ。

 彼は知らなかった。『邪竜』は問答無用で討伐対象とされている事を。

 だから、将来、自分を仲間に入れてくれるはずの人間が、殺すためにやってきた時には混乱した。


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 やっと希望が見えてきたのに。

 やっと家族が出来るかもしれないと思ったのに。

 やっと一人じゃなくなるんだって、喜んだのに!

 


『りかるでぃ、起きろ』


 耳元で、怒鳴られたように、頭を強く揺さぶられたように、別の声が聞こえた。

 そして、リカルディは目覚めた事で、夢を見ていた事を知る。

 頭を動かす。


「……う、ここは?」


 地面に近い何かに寝転んでいたようだった。

 先程はぴくりとも動かなかった体が自由に動き、声も普通に出た。

 その事に、ほっとしたのもつかの間。体を起こして、目に映った光景に、硬直した。


 熱で潤んだ瞳で、こちらを見あげるスノウリリーがいた。

 引き裂かれた衣服は地面に落ち、その衣服に守られるように隠されていた肌は、白日の下にさらされている。

 どう見ても、自分がスノウリリーを押し倒している図、だ。

 

「おはようございます。リカルディ殿下。突然で申し訳ございませんが、わたくしの処女、もらってくださいませんか?」


 頬を染め、熱で潤んだ瞳と吐息と共に、そうお強請りされた。

 だが、だからといって、応じられない。


「……あぅ……。すみません、今、退きます」


 何故、こんな状況になっているのか。

 記憶を見た影響か、リカルディにはすぐさま察する事が出来た。だからすぐに退こうどしたのだが。


「待ってください、殿下。殿下に今逃げられると、私がとても困るのです……」


 まだダリー(黒竜)がかけた魔法が効いているため、握り絞めるという事も難しい。

 それでも必死に、リカルディの袖を掴む。

 

「え?」

「魔法で、発情させられてまして……。とても、苦しいのです。ダリーは、人と行った事は無いようですし……さすがに、前知識なしのダリーに、初めてを捧げるのは些か怖いといいますか」


 前知識なしというよりも、間違った知識を覚えてそうというのが本音だ。


「お願いします、殿下。助けてください……。こうやってるのも辛いのです……」


 後生ですから、と、続いたスノウリリーの言葉は赤裸々すぎて、流石に女性がいう言葉ではない、とリカルディも顔を真っ赤にしてスノウリリーの口を押さえた。


「うぅ……」


 スノウリリーが恨めしいとばかりに睨んでくるが、現状ではただ煽っているようにしか見えない。

 そして、彼女の体は、本当に、不味い状況なのだろう、という事をリカルディは少し遅れたが理解した。

 リカルディは王族だ。

 幼い頃から、毒やこの手の薬にはならされてきた。

 そして、毒や媚薬に関しては、薬よりも魔法の方が効果は強い。

 それでも通常は同じく魔法の力が宿っている薬で治せる。神官などの魔法でも良い。

 だが、ダリー(黒竜)の魔法であれば、別次元と考える方が妥当だろう。

 耐性のあるリカルディですら、呪われて、国の名だたる神官達も解呪出来なかった。

 そんな折り紙付きのダリー(黒竜)の魔法である。

 ここに魔法薬や神官達が居ても、治せるかは分からない。

 リカルディは必死に心の中で黒竜に話しかけ、スノウリリーの魔法を解くよう告げるが反応はない。声に出しても何も返ってこない。

 そうこうしている間に、スノウリリーの動きの方が怪しくなっていく……。


「~~! 失礼!」


 迷っている時間はもうなかった。

 リカルディには、スノウリリーの望みを叶える事しか、手はない。

 媚薬だからと放置するのは危険だ。

 この手の魔法は、まずは肉体に、そして望みが叶えられなければ、やがては精神に異常をきたすと有名だった。

 既に、スノウリリーの言動は危うい。

 だが、せめて、こんな開けた場所ではなく、物陰で。

 スノウリリーを抱き上げて、暗がりへと急ぎ移動するのであった。

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