§ 第14話 §
食事を食べた場所とは少し離れた所にある別の洞窟で、二人は夜明けまで過ごす事にした。
たき火の光りが二人の姿を闇の中から少しだけ浮かび上がらせている。
「見張りは俺がするから君は寝ててくれ」
「そういう訳にはいきません。私も行います。先に寝てください。後で交代しましょう」
スノウリリーの言葉にリカルディは首を横に振った。
「女性にそのような事はさせられない」
「この様な場合は性別は関係ないのでは?」
「……火の番や見張りなど、行った事ないだろう。その意欲はありがたいが」
「ありますよ」
リカルディの言葉をスノウリリーは否定する。
「あります。これでも少し前まで、次期当主でしたから」
何故、そんな返しになるのか。
リカルディは一瞬理解出来なかった。理解出来た後は、まさかと、浮かんだ考えを頭の中で何度も否定する。
リカルディの表情で、彼が何を考えて居るのか分かったのだろう。スノウリリーはもう一度告げる。
「次期当主の勤めとして、魔物討伐に同行した事もあります」
「ばかな!」
驚き半分、そして怒り半分といった様子のリカルディに、スノウリリーは、ああやはり、と納得もした。
自分が同行すると聞いて、討伐隊の者達も驚いていた。
当時のスノウリリーは、普通の令嬢とそう変わらなかった。
独学で魔法は覚えていたが、戦闘など行ったことはない。
次期当主として、指揮権を渡されても、まともな判断が出来るわけがない。
副官として同行する事になったベテランに頼り切りだった。
その時彼に言われたのは、「一度でも実戦経験があるというのは強みになりますから」というものだった。今回のこれは、女性当主となる自分への箔付けだろうと。だから今回だけだろう。というものだった。
だが、実際は違った。
二度目の同行。そして、三度目が決まった時、彼は生きる為の術をスノウリリーに教え始めた。たとえ、自分達が全滅しても、彼女だけは生きていけるように。
四度目は無かった。彼女が騎士科の学校に行きたいと言い出したからだ。
騎士科の学校に行けば、彼女の人脈が増える。そして何より、女性の身でありながら魔物討伐に同行していたという話が広がる事を恐れた。
領民を守る為に戦う勇敢な女性。
騎士を目指す者達ならば、そんな女性に剣を捧げるように、求婚を申し込んでしまう可能性もあるからだ。
「先日、幻影魔法はとても上手く出来たと思いませんか?」
「幻影?」
問い返して、城でダリーに封印を外したりかけたりという、それらしい見た目の魔法を使った事だろうとあたりをつける。
「魔物討伐では主に私は後方部隊でした。多少なりとも治癒魔法は使えますし、身体強化も使えましたから。戦場で傷ついた者を後方に下がらせ、癒やす。それがわたくしの主な仕事でした。でも……」
スノウリリーはそこまで言って、何を思ったのか立ち上がり、背中を向ける。
戸惑うリカルディの前に、スノウリリーの背中を覆っていた衣服がずれ落ち、真っ白な肌が晒される。
「な!? スノウリリー嬢!?」
驚きの余り声を上げ、遅れて、視線を顔事逸らす。
「それでも、無傷と、言うのは難しかったのです。殿下、もう一度、わたくしの背中を見てくださいませ」
「いや、だが!?」
「大丈夫ですから」
何がどう!? と言いたかったが、リカルディは盗み見るように、少しだけ視線をスノウリリーの背中に向ける。
そこには先程まで無かった痕があった。
男の手よりも大きいだろうか。
「毒蛙の酸でやられました。これは一番大きいものですが、他にもいくつか小さいものがあります。それでも、次期領主、いえ、領主代行として、領民を守るために働いて出来た傷です。本来なら誇れる傷です。ですが、殿下も知っての通り、私は次期当主の座を降ろされました。最早ただの傷物令嬢です」
「そんな事を言ってはいけない」
彼女のその言葉をリカルディは認める事は出来なかった。
認めるわけにはいかない。
王族として有事の際は、同じように戦場に立つことになる身としては、有ってはならないことだと思えた。
勲章となるものを瑕疵にするなど。
「……ありがとうございます」
彼女は小さくお礼を述べると衣服を纏っていく。
それにほっとしながら、リカルディは城で見た、彼女の父親に毒を吐きたくなった。
「殿下」
気付けばすぐ傍に居たスノウリリーにリカルディは体を一瞬竦ませる。
「このように多少は経験があるので、私でも火の番は出来ます。どうか先にお休みください」
「っ」
しかし、と反射的に反論しかけて、リカルディは言葉を飲み込んだ。
ここで彼女の協力を断る事は、それこそ、彼女を『無力な令嬢』として扱う事になる事に気付いた。
次期当主として、努力してきた彼女を、自分もまた無視する事になるのだ。
「……分かった。俺は先に休ませて貰う。何かあったら、必ず起こしてくれ」
リカルディには彼女の提案を受け入れるしかなかった。
「はい。お休みなさいませ、殿下」
たき火の明かりのもと、振り返った彼女は少しだけ、誇らしげに微笑んでいるような気がした。
リカルディは困ったように笑みを浮かべた。
奪われ続けていた。
と、告げたスノウリリーの言葉の重みや辛さがまた少し分かったような気がして、彼女の父親に対する呪詛と、悔しさと悲しさを胸に秘め、リカルディは横になるのだった。
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