§ 第4話 §


 スノウリリーは困ったわ。と言い足そうな顔で首を微かに傾げた。

 そんなスノウリリーに、首を傾げたいのは私の方だ。と言いたいリカルディ。


「言葉のままなのですが……。詳しい説明が必要ですか?」

「必要だな」

「そうですか。わたくし、幼い頃から、大事にしていたものや好意を寄せたものがなくなったり壊されたり、手放さなくてはならない事の方が多かったのです。生き物だろうと物だろうと、人であろうと」

「人?」

「ええ。いつの間にか辞めていたり、あと、突然嫌われたりしてましたね」


 リカルディは眉間に皺をつくる。

 スノウリリーに対する貴族達の評価はそこまで悪くなかったはずだ。

 と、なると貴族達とは違う、彼女の実家、屋敷の使用人達の話なのだろう。


「お気に入りのドレスや装飾品、ぬいぐるみや人形などは、欲しがった妹に譲るよう両親から言われました。それ以外の物は、ふさわしくないと捨てられたり、無くなったりしました。ですからわたくし、基本的には、物には執着しないのです。執着してしまうと、奪われたり、傷付けられたりしてしまいますから」

「……それで?」


 なんとなく嫌な予感がしてきたリカルディ。

 スノウリリーは、ここに来て初めて、素晴らしい笑顔を見せた。


「ですが、殿下のこの左腕は違います。誰にも奪われないし、傷付けられません」

「愛剣があれば斬り落とせられる」


 ムッとしたようで、すぐさまそう返したが、スノウリリーは首を傾げるだけ。


「斬り落とした腕ならば、尚のこと、誰も見向きもしないのでは?」

「待て! 本当にこの『左腕』のみを愛でる気か!?」

「ですから、そう言ってます」

「斬り落とした状態でも!?」

「はい」


 何故、そう何度も確認されるのだろう? と、スノウリリーは不思議に思った後に気付いた。


「あ、殿下ご自身は不要です」

「不要……」


 ドラゴンに呪われる前は、リカルディはそれなりにモテた。

 身分もそうだが、眉目秀麗でもあったので、その容姿だけでもモテた。

 にもかかわらず、今目の前の女性は「不要」とばっさりと切り捨てたのだ。


「だって、殿下には婚約者がいらっしゃいますでしょう?」


 自分に恐れもしないスノウリリーから出た言葉に、リカルディの顔が歪む。

 目の前の彼女と、婚約者と、二人の対応の違いが、嫌と言うほど目に付く。


「……今の私の姿を見て、悲鳴を上げたうえに引きこもったが?」

「それこそ隻腕になれば、また戻ってくるのでは?」

「こちらからお断りだ」

「だとしても、別の方が婚約者として立ちます。殿下はその方のものとなりますわ」

「物……」

「……もしかして、次の殿下の婚約者になる候補の方は、この呪われた黒竜の腕も所望するのでしょうか?」


 複雑そうな顔をした、リカルディにスノウリリーは、少しばかり不安そうに尋ねた。

 先程までの人形の様な顔はどこにもない。


「……いや、しないのではないか?」

「ですよね。殿下と婚約を結ぶとなると、高位貴族のご令嬢ですし、こういったものに触れる事は中々ありませんものね」

「……君はあるのか?」

「は虫類という意味ではあります。昆虫なども。犬や猫など可愛らしい物は妹が欲しがりましたので、彼女の趣味とは違う方ならばどうだろう、と思ったのですが、両親には激怒されまして……。自力で捕まえたりもしたのですが……。子供の浅知恵ではすぐに見付かってしまいますし、最終的には庭での一期一会を楽しむようになりました」

「……君は思ったよりも……」


 そこで言葉を濁したリカルディに、スノウリリーは顔を上げる。


「野生児、ですか?」

「そこまでは言ってない」

「似た様な事は思ったのですね」


 自分の返答が失敗していたことに気付いたリカルディは、耳の後ろをかいた。


「それで、殿下?」

「ん?」

「詳しい説明を行いましたので、殿下のこの左腕、わたくしが所有してもよろしいですか?」

「……所有って実際どうするつもりだ? 流石にドラゴンの腕だから、なまくらな剣とかでは斬り落とせないぞ」

「そのような事をするつもりはありません。普段は殿下に貸し出しますので、左腕として使ってくださいませ。ですが、わたくし個人の所有物となりましたら、殿下にはこの左腕を傷付ける権利はないと思ってください」

「……」


 スノウリリーの言葉に、リカルディは息を呑む。

 なんて遠回しないたわりの言葉だろう、と。

 要は、これ以上自傷行為をするなと、彼女はそう言いたいのだとリカルディは考えて、軽くため息を付いた。

 本当に、自分の婚約者とは大違いだ。


「……魔力が暴走する事があるから、それについては約束出来ないが……。こんな左腕で良ければくれてやる」

「本当ですか!? 殿下! ありがとうございます」


 花が開くように、スノウリリーの笑顔が咲き乱れる。

 そして、彼女は嬉しそうにリカルディの左腕に触れる。

 自分の呪われた左腕に触れながら、そんな表情を見せられるとは思っていなかったリカルディの心臓が跳ねる。

 左手を握り絞めて、今だけは魔力暴走を起こすなと、そう願わずにはいられなかった。




 




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