第6話 水着といったら大型ショッピングモール、大型ショッピングモールといったら水着

 待つ時間は嫌いじゃない。1人の時間で有意義なことはなにもないけど、ゆっくり何も考えずに済む時間だから。けど、今はそんな時間じゃなかった。待つというほど待つことはなく、セルフレジを使い慣れた彼女はそれなりに早かった。


 「うぃー。ただいま」


 「おかえり」


 軽い挨拶。これも、ただいまだけでは味気ないと思った彼女の性が全面に出ている証拠。彼女らしさはどこにでも詰まってる。それを見つけたり、察したりするのが、今の俺の幸せの時間潰しだ。


 「次はどうする?」


 「フードコート行ってアイスか何か、小腹に良さそうなものを食べる!私って少食なんだけど、お腹空くのは早いんだよね」


 「めちゃくちゃ分かる。俺もそのタイプだわ」


 「おっ、相性抜群なとこ出たねー」


 「今は空いてないけど」


 「えぇー、そこは空いてるっていいなよ。なんだか申し訳なくなるじゃん」


 「嘘嘘。お腹鳴るのを我慢してる」


 駅前のカフェで、抹茶ラテを飲む前に、家で菓子パンを1つ食べたくらいなので、少し歩くだけの消費カロリーでも、思春期の男である俺は自然とお腹が空く。


 「怪しい」


 「鳴らせってことか?聞こえないかもしれないぞ。このガヤガヤだと」


 「ちぇっ。面白そうだったのに」


 「ドンマイ」


 本気で悔しそう。何もかも全力で精神じゃないだろうが、ここまで熱血だと熱量に押されてお腹が鳴りそう。


 そんなこともなく、回避した俺は隣に並んで付いていく。フードコートは5階。ここからだとエスカレーター2回分だ。階段しかない時代にこのモールがあったなら、最上階の売上は今とどう変わってただろう。なんて、つまらないことを考えてしまう。


 もしも、を考えるタイプなんだよな。


 「そうだ、アイスって好き?」


 エスカレーターに乗りながら、後ろに乗る俺に顔を向けて問う。下から見ても整った容姿は崩れない。


 「結構好きだな。甘いものが好きだから、その流れで自然と」


 「いいね。私と同じだ。やっぱり相性抜群なのは1つ2つじゃないのかもね」


 「だったら嬉しいんだけどな。瑠璃さんと相性抜群なんて名誉なことだし」


 「ふふっ。嬉しいこと言ってくれるね。落としに来てるのかな?」


 「本音を言ってるだけだ。そんな簡単に瑠璃さんが落ちるとは思わないし」


 難攻不落の要塞だ。それを俺のような女子とも関わらず、初恋すらも知らない男が、安安と攻略出来るわけがない。それは思ってる。だからこれは、俺が一方的に好きになるようなもの。きっと彼女は俺を好きになることはない。


 「どうだろうね。先のことは何が起こるか分からないから、楽しみだよ」


 その笑う姿が、ずっと見られるなら時間の問題だ。ずっと見ていたいと思うようになれば、それが俺の想いの終着点だ。


 「着いたー」


 「多いな」


 詰まることなくエスカレーターから降り、フードコートのある5階へ着いた。昼過ぎにしても、夏休みというバフが入ったことで人は減らない。多く賑わう数多くの店。絶対にここの店員にはなりたくないと、一瞬にして思った。


 人混みに酔いそう。暑苦しくはなくとも、人の集まる場所は見てるだけでムワッと熱気を感じるよう。アイスを食べるのは大正解だ。


 「どこに座ろっか。場所なさそうだよね」


 一旦止まって周りを見渡す。埋まりに埋まった座席たち。だが、まだ空いている場所がそこにはあった。


 「あそこ空いてるから、座るなら行こう」


 「おー、ナイス。いい目してるね」


 小さなテーブルを囲む、4つの椅子。2人には少し無駄があるが、それでも座らないで食べるより行儀はいい。だからそこに向かって歩き出す。すると彼女は再び止まった。


 「ねぇ、あの子って迷子かな?」


 彼女の目の先、俺たちが座ろうとした席の近くを右往左往している1人の女の子。歳は小学生にもならない、幼稚園児くらいだろう。この人混みで1人なのは明らかにおかしい。


 「多分そうだろうな」


 「席も近いし、いい子ちゃんになろうか」


 「了解」


 医者である父の影響で、困る人は見捨てられないのが俺の性。どうしても助けないと、という使命感に駆られて体が動き出す。動かない時は罪悪感で無理矢理動かされる。例え間違えでも、もしものために俺が恥じるだけで済むなら安い安い。


 少し駆け足で、その子のとこへ向かう。彼女も、放ってはおけないらしく、その良心は優しく備わっているのだと安心した。自分が病人だからという理由もあるだろうけど、その結果、人を優しさから助けられるのは尊敬の念を抱くレベルのことだと思う。


 そんな思いを抱きながら、俺たちは女の子の前へきた。膝を曲げて、彼女は目線を合わせる。


 「どもー、はじめまして」


 「??誰?」


 「あー、私はこのお兄さんとここに遊びに来た人なんだけど、君は1人でここに来たの?」


 「ううん。ママと来た」


 「そっか、ママと来たのか。それじゃ、今ママはどこに居るの?」


 「分からない。待っててって言われたから待ってるの」


 迷子ではないということ。でも、子供1人置いてどこかへ行くのは不自然でもある。何かしら理由があるならいいんだけど、俺らには検討もつかない。その立場になったこともないのだから。


 「だったら、お姉さんたちも一緒に待っていい?そこに椅子があるから、そこに座って待ってよ?」


 「うん」


 明らかに女の子からしたら知らない人だが、付いて行ってしまうほど、彼女には魅力があるらしい。きっと俺が同じ歳でも付いていくとは思う。今も付いていくが。


 こうして女の子を手懐けると、彼女は俺を目で誘導して席へと腰を下ろした。


 「瑠璃さん。俺、アイス買ってくるから、この子の相手をお願い出来る?」


 絶対に俺よりも彼女が適任。知らない男よりも美少女で、優しそうなオーラを放つからこそ選ばれた。


 「分かった。チョコ2つお願いしていい?」


 「任せて」


 「ありがとう」


 やはり女の子の分も買ってと遠回しに。次から次に湧き出る優しさは、どんどんと俺を侵食して行く。心奪われる日もそう遠くないのだと、自分のことはよく分かる。


 避けて避けて通り、アイスクリーム屋へ着くと、2つのチョコアイスと1つのバニラアイスを注文した。シンプルな味が好きだから、チョコも好きだけど、1番はバニラだ。


 お金を払い、両手に持ってその場を後にする。手のひらが大きいわけではないが、アイス2つを片手に載せても落とさないほどには余裕はある。カップに入れられた、まだ溶ける気配のないアイス。それらを持って彼女たちのとこへ戻った。


 「おかえりー」


 「おかえりお兄さん」


 「えっ、うん。ただいま。え?もう懐いたの?」


 戻るとそこには瑠璃さんと、幼くなった瑠璃さんのような女の子が座って俺を待っていた。ニコニコしていて何かを求める様子はないが、楽しそうに見つめてくる。


 「そう。サナちゃんだって」


 「へぇ。流石は才色兼備」


 「どーも」


 どんなやり方で5分という短い時間でこんなにも仲を深めれるのか。これが陽キャの当たり前ならば、ぜひとも必修科目に人間関係のコミュニケーションを用意してもらいたい。


 「あっ、はいこれ」


 「ありがと。バニラ食べるんだね」


 「うん」


 「はい、サナちゃん。これ食べながらママを待とうか」


 「いいの?ありがとう」


 いい子だ。普通じゃないと思うから、1度聞き返す。これが出来る出来ないで、人の差は調べられる。大きくなるにつれて、奢ってもらうことを当たり前と思うかの分岐点はここじゃないかと思うほどに大切だと思っている。


 笑顔で感謝を伝えられると、どうしても頬が緩む。まだ小学生でもない小さな子が、何も考えずに幸せを求めて頬張る。無邪気で感化されるような気分に、懐かしい気持ちを味わう。


 スプーンを持って、ゆっくり口に運ぶ。入った瞬間に目を瞑るほどに美味しさを表現してくれる。これほど買いに行ってよかったと思える時はないだろう。それほど癒やしだった。夏の暑さに対抗出来そう。


 「ねぇ、お兄さんとお姉さんって家族?」


 席について早々、サナちゃんからの質問が飛んでくる。その先は俺たち2人に向けてだ。すぐさまそれに対して彼女は答えた。それもニヤニヤと悪巧みするような表情で。


 「ううん。違うよ。私たちは好きな人同士。デートしてるんだ」


 「ちょっ、え?」


 何を言うかと思えば、俺の欲望と言わんばかりのことを平然と言ってみせた。とても恥ずかしい。これなら好きになるからとか言わなければ良かったと後悔してしまう。


 「そうなんだ。お似合いだね。お姉さん可愛いしお兄さんはカッコいいし」


 「えぇー、嬉しいな。良かったね、夢灯くん」


 「……恥ずかしいから……やめてくれよ」


 心底恥ずかしい。子供は思ったことを素直に言うらしいが、俺にはどうも冗談というか、彼女が仕組んだように思えて、素直に喜べなかった。けど、嘘でも内心ではそうなのかとニヤニヤはしていた。


 単純な男だから、それを悟られないように無表情で対応するが、それも無効になるのはすぐだろう。バレにくいとは自分で思わないから。比較的バレやすいタイプだと俺や友人、自他共に認めている。


 「楽しい?」


 「私は楽しいよ。お兄さんはカッコよくて頼りになるし、私のことを大切にしてくれる理想の相手だから」


 「……まじで……」


 耐性はないから、耐えられない。本気と捉えないようにしてもそれにも限界がある。美少女というのは魔女だから、どうしてもその言葉を信じさせようと惑わしてくる。同時に、次はお前の番だと視線で伝えてくる。


 「……俺も楽しいよ。お姉さんはカッコいい負けず嫌いだから、どんなことにも前向きで、絶対に挫けない芯の強さを持ってて、いつも俺を笑顔にしてくれる理想の相手だから」


 いや、これだけじゃ終わらない。理想なのはそうだけど、それだけで片付けれるほど彼女の魅力は小さくない。言いたいけど、言えばそれだけ俺の心も許して、結果言葉にしてしまうかもしれないから言えない。約束は守らないといけないから。


 「そうなんだ。ラブラブだね」


 「……そうだな」


 「それは良いんだね」


 「流れだろ」


 イジられる内容がどれもこれも色恋に関係している。それが原因で必然的に頬を赤めてしまう。俺の弱点のようなものだ。これでは押され続けるだけになる。それは避けないとな。


 それこら、目を逸らしていた俺に耳元で小さく。


 「ちょっとドキッてしたよ」


 「!?…………俺もたった今した」


 多分彼女の2倍はドキッとしたはず。それくらい驚いた。不意に聞こえる透き通るような優しい声音。誰をも魅了する力のありそうな特徴的な声音。心地良かった。


 拗ねるように吐き捨てた子供っぽい言葉は、彼女には面白かった様子。今後こそ、お腹を抱えて声を出さないように笑っていた。それが見れるなら、まぁ、ドキッとしても良かった。


 これがあと何回続くんだろうか。ワクワクしてしまうのは、今の声音が本当に気に入ったからだ。いつか聞けたらと、そう願うほどに俺は落ちていた。


 そんな俺たちを見て、サナちゃんはニコニコしているだけ。やはり彼女の作戦に参加させられたのか、若しくは似た性格をしているかの2択だ。でも、こればかりは確信していた。彼女と似た性格なのだと。


 「あっ、ママだ」


 未だ頬を赤らめる俺を横に、サナちゃんは指を差して母親が誰かを伝える。と、振り向いた母親も気づいたようでこちらへ向かってくる。


 間違い無さそうで良かった。これでこの件は一件落着だな。


 「あの、すみません、私その子の母親なんですけど……」


 「そうですか。すみません。サナちゃんが1人で居たので、危ないかなと思って一緒に待ってました。悪いことはしてないので、ご心配なく。勝手なことしてすみませんでした」


 「いえいえ、とんでもない。待たせた私が悪いんですから。ありがとうございます」


 深々と一礼する。誰でも自分の子供が知らない人と同じ席に座ってたら不審がる。だからそれを知っていて彼女は謝罪してから、高圧的な態度を取らなかった。何でも出来すぎて怖いものだ。


 そうして母親に手を引かれるサナちゃん。すると母親は気づいたらしい。


 「サナ?アイス買ってもらったの?」


 常識人というか、気づくべきとこに気づく。多分母親譲りの性格なのだろうと、先程の言動を思い出して合致させる。


 「うん。美味しかったよ」


 「そう。すみません、おいくらでしたか?」


 「いえ、サナちゃんには俺が食べ切れないアイスを食べてもらっただけなので、お金は必要ないです。それに、サナちゃんと話してると楽しかったですし、元気も貰えたので。ね?」


 「はい!彼の言う通りです!」


 曇りなき笑顔。この上ない共感に思わず吹き出しそうだった。


 「……そうですか。本当にありがとうございました。ほら、サナも」


 「お兄さんお姉さんありがと」


 「ううん。こちらこそ」


 「では」


 「バイバーイ」


 「バイバイ」


 「バイバイ!」


 そうしてサナちゃんは母親と共にどこかへ行ってしまった。満足そうなのが背中から伝わってきて、我ながらアイスを食べさせて大正解だったと思う。いや、彼女の判断だから我ながらではないか。


 見送ると、少し静かに寂しさが生まれる。が、それを即座に追い払い、自分のペースへ運ぶ美少女がそこには居る。


 「いやー、良かったね何事もなくて」


 「ホントだよ」


 「最後、カッコよかったよ。やっぱり夢灯くんは優しいんだなって、何回目か忘れたけど思ってた」


 「そう?良い人として印象づいたようでなによりだ」


 彼女も何回も優しいと思っているのは予想外だ。そんな機会は無かったのに。でも、嘘をついてる様子はない。だから本音として受け取る。


 「それじゃ、私たちも帰ろうか」


 「もういいのか?」


 「うん。次は明日明後日くらいに炎天下に負けずに泳ぐぞ!」


 「ははっ。元気だな」


 「いつでも私は元気だよ」


 席を立ち、ゴミを捨てて帰路につく。少ない時間の割に、濃い1日だったが、多分、このフードコートで少し彼女に近づけたと思うので、結構有意義な時間だった。


 人の数は減らない。むしろ増えたのではないかと思う。空きはなく、並ぶ列は長蛇。これは家に帰ってベッドダイブ1択だな。


 「手、繋いで帰る?」


 「……冷やかすのやめてくれ」


 「ちぇーっ。つまんなーい」


 そんな冗談の言い合いも、今は慣れ始めて心地良かった。

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