第11話 祭りといったら花火、花火といったら祭り
『ごめん。遅れる』
最大の熱気を放った時期を過ぎ始める夏。やはりあるのだと、彼女と海から帰宅中に誘われた夏祭り。俺は自宅から離れた標高も然程高くない山へと足を運んだ。
神社を借りての夏祭り。近くに広がる海面からは、夜遅くに花火が打ち上がるという。これに行かずして思い出は語れないと、彼女の勢いに乗っかることで俺はここに立つ。
そんな俺に、メッセージが届いたのはついさっき。集合時間18時を過ぎる少し前に、彼女から謝る絵文字と共に送られてきた。
どうも準備や移動に時間が必要だったらしく、移動だけの俺にはまだその大変さは理解出来ない。だが、浮かれて何かを疎かにすることは分かる。きっと彼女も途中で忘れ物をして取り帰ってる。なんてことだろう。
予想を立てながらも、俺はその場にて待つ。人通りはそれなりに多くて、海水浴場で見た人たちを遥かに超える人数が押し寄せていた。
夏と言ったら?と聞けば祭りを思い浮かべる人も多いほどの風物詩。やはり大人気だ。そしてもう1つの風物詩。予想なんてしなくていいほど、こんなに人が集まるのはそれが理由だ。花火。1万を超える花火が打ち上がり、今年の夏休みの終わりを告げようと、鮮やかに舞う。
駐車場は埋まり始めているし、もう既に高所や自分たちしか知らないスポットに待機する人も居るくらいだ。
そんな人たちを横目に、甚平を着た俺はスマホを触る。今時男性の私服の人が少ないのは、俺が久しぶりに来たことによる勘違いか。家族連れを除くと、ほとんどが今日のためにだけに着るような和服を身に纏っていた。
ピコンと、通知が来るのを待つ。それ以外にすることがない。今は1人でここに居るし、暇を潰せる友人も、今はスマホを通しても意味がない。待つのは寂しいため、早く来ないかなと、どこかワクワクする小学生のような感情に、下唇を噛まされる。
「居た!お待たせ!」
うん。何となくだが、そんな気はした。『大丈夫』と簡素に送ったメッセージは既読になっていて、返信は来ないと思ってた。それに彼女ならそんなに待たせないんだって。後ろから彼女が来てるんじゃないかと、そう思って振り返った時に、息を切らしながらも慣れない下駄をカツカツと鳴らしてそこに姿を現した。
「久しぶり、でもないけど、あの元気な瑠璃さんが2週間も見れないと久しぶりって思うな」
「2週間は久しぶりだよ。って違う違う。ごめんね、準備に時間かかっちゃったよ」
下駄の先を地面で叩き、鼻緒に親指と人差し指の間を食い込ませる。
「いや、それは気にしなくていい。俺もトイレに行ってて2分前に来たし、実質遅れたようなもんだから」
今は18時17分。たった2分前なら堂々な遅刻だ。
「ホントに?優しさで嘘ついてない?」
「そんなことしない。嘘つくならトイレよりももっと良い言い訳を考える」
何も思いつかないけれど。でも、遅れただの遅れてないだの、そんなのはどうでもいい。仲の良い友人同士、夏祭りの遅刻1つでガミガミ言う人の方が珍しいのだから。
「そうかな?」
「そうだ。だから、今は少し休もう。今からはしゃぐほど息は整ってなさそうだし」
「分かった。ありがとう」
まだ3時間近くある。それまで回り続けるほど足は耐えられないだろうから、先を急がずにスタートから挫かないよう整える。
次第に近づく彼女。離れたとこからでも、その華奢な体躯は愛おしく見えた。しかし、彩りや繊細な部分がはっきりと目で確認出来るようになると、それは浴衣効果なしでも鮮やかだった。
「似合うな。水着は水着で良いけど、浴衣は浴衣で、夏祭りだ!っていう特別感あって、吸い込まれるっていうか、隣に立てることが嬉しく思う」
紫を基調とした色彩のもとで、3種類の花を添えた浴衣。普段の性格からは少し離れた、イメージ外の色。それでも落ち着いた印象を匂わせる彼女は、流石だった。
「ふふっ。ありがと。夢灯くんも、まさか甚平着てくるなんてね。釣り合いの取れる女の子に見えてるか心配だよ」
「逆だな。俺の方が視線怖いぞ」
通り過ぎる人たちの中で、圧倒的に視線を受けるのは彼女。すると必然的に俺にも向けられて、似合わねぇ、なんて思われるのが見えている。
「さー、本当かな?」
ベンチに座って、疲れが今、全回復したと言わんばかりに俺の顔を覗く。時々こうして俺の顔を覗くのは癖だろうか。もしそうならば、いつも不意のタイミングを狙うのはやめてほしいものだ。ドキッとし続けてしまう。
「夢灯くんは体力大丈夫?休憩する?」
「俺は常に万全だから、動き出すなら俺も動き出す」
「なら行こ!今日は何か1つ、奢ってもらうんだから」
「そうだったな」
別に瑠璃さんの笑顔が見れるなら等価交換でいいよ。なんてことを言いたかったけど、それは彼女を困らせるだけの俺の我儘だ。これは彼女を中心に走る物語の列車。途中で事故なんかで止まることも、そもそも止まる駅も12月25日の23時59分59秒まで一切ない。
こうして、明日明後日なんて言われた海水浴から2週間。少し寂しかった期間を経て、俺たちは新たな一歩を刻むために歩き出した。
「まずは何食べる?」
「ガッツリ食べようよ。晩ごはん食べてないんでしょ?」
「そう言われたからな」
「偉い!だったら、焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、この3つで夢灯くんの好きなものを食べよう!」
「俺の?」
「うん。私って優柔不断で選べないんだよね。だから、スパッと決めてくれそうな夢灯くんに託す。他力本願ってやつ」
屋台の種類は豊富だ。5桁はいくだろう人数を、この広すぎる神社とはいえ、1つの敷地内で全て回るのは厳しい。だから近くに見えるその3つを提示してきたのだろうが。
「俺も優柔不断って言ったらどうする?」
「えっ、マジ?それは困ったね」
生粋の優柔不断だ。誰かから物事を聞かれた時、どうしても長考して長所短所を探し終えるまで顎に手を置く。それくらいなので、実は引っ張られることに感謝しながらここに来ていたまである。
「どれも美味しいのが悪いな」
「確かに。私たちは悪くないよね」
そんなことはないと分かっていても共感する。
「それじゃ、全部1番小さいやつ買って、2人で分けようよ。それなら全部味わえて得した気分にもなるから」
「俺、そんな食べれる自信ないけど」
「大丈夫。私が居るから」
「結構食べる派?」
「普通くらいだけど、小さいのだったら多分食べれるよ」
お腹をポンポンと叩くが、その小柄のどこにそんなに入っていくのか、気になるほどには量はあるはず。高校3年生女子の全国平均を下回る身長に、シンデレラ体重と言っても過言ではないだろうその体躯は、圧倒的に俺の不思議欲を掻き立てた。
「なら、信じてそうするか」
お腹も満足して、空いた彼女の笑顔も見て、一石二鳥で満足したい。強欲だが、それが許されるのが彼女の隣という特権で立てる場所。
「いぇーい。買おう買おう。お腹が鳴る前に」
「そんな空腹なんだな」
「お昼から何も食べてませんので」
「それは凄いな」
少食でも、空腹になる早さは結構早いので、短い間隔でお腹は空く。それは困ることで、飲み物でカバーしても、晩ごはんまで我慢は厳しい。だから空腹の気持ちはよく分かる。
同い年とは思えないはしゃぎようで、彼女は俺の手を引いた。今まで引いたのは、彼女の背中と声だったのに、始めて触れられてその先へと連れて行かれる。
温かくて柔らかい。でも、どこか冷たく。彼女の内側に触れてるようで、隠す気持ちがあるのかと思って、俺はその瞬間に少しの間、瞳を下げた。
そんなこと見ず知らず、彼女は駆けた。俺のことは指先で知ってるから、確認しないでいいのだと、振り返らずに。そして先についた場所は、1番近くの焼きそばを売る屋台だ。
「うわぁ、いい匂い!やっぱり焼きそばを満腹に食べたくなってきたよ」
「流されやすいな」
「そう、それが私なんだけど、んー、やっぱりたこ焼きとかも食べたいって思うんだよね!」
「正真正銘の優柔不断だな。俺よりも凄いって思ってきたわ」
「夢灯くん超え?名誉だね」
「何をバカなことを」
どこまでも、繋いだ手から感じられた寂寥のような冷たさは感じさせない彼女。心が強く、決して闘病中には弱さを見せないと豪語しているかのよう。
無駄を捨てるべきだ。彼女はこれが本心なんだと、強がって見せてるんじゃないんだから。弱さを見せれば耐える壁が崩れて、記憶が消えるという絶望の淵に落とされる。けど、それなら俺が横から支えればいい。彼女に邪魔と思われても、約束の日までに忘れることを絶望だと思わないのなら、それでいいんだから。
「買うのか?大きいの」
「まさか。3つ小さいの買うんだよーん」
「了ー解」
屋台の列に2人並んで進む。大盛況だから、それだけ長い列が出来るけど、待ち時間が退屈だなんてことは無い。無言だとしても気まずい雰囲気にはならないし、口を開けば最後は笑って会話の途切れる俺たちに、そんな初々しいカップルのような出来事は起こる気配皆無だ。
そして屋台の前まで来て、お金を払い焼きそばを受け取ると、その列から逃げるように離れる。振り返ると、長蛇の列が出来ていて、タイミングを間違えればお腹は確実に鳴っていた。
右手に提げた袋に入った焼きそば。残るはたこ焼きとお好み焼きだ。3種類全部ソースで濃いという、夏祭り感のある食べ物。イメージ的に瑠璃さんには似合っていた。
「暑いねー。やっぱり鉄板の前だとどうしても熱気が」
「そう言う割には汗かいてないけど?」
「そう。私ってなんでか汗かきにくいんだよね。でも熱中症とかにはならないし、特異体質かも」
「えぇ?もう瑠璃さんが同じ人間なのか怪しく思えてきた」
デメリットは記憶が消える病に罹ってることだけ。それ以外は何もかもがメリットで、羨望の眼差しを向け続けてしまう。人間じゃなくて魔女だと、最近勝手ながら思わせてもらってる。
「しっかり人間ですぅ」
「拗ねてないのに拗ねられた気分になる言われ方だな」
「拗ねたからね」
「なんだ。なら正解の捉え方だな」
口先を尖らせただけかと思ったが、それが彼女の拗ねるなんだと、学べたのは今後に役立つ。ふっと笑った俺の声も聞こえず、彼女は先を行く。空腹に先導されるかのように、微笑みながら。
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