第14話 祭りといったら花火、花火といったら祭り

 治療法も見つかってない。けど、僅かな可能性を信じて思う彼女の消えないという願い。どっちなんて言わなくても、彼女は縋りたいから決して消えると言って欲しくない。それは知ってる。


 「消えないと思うけどな。こんな今を楽しんでる瑠璃さんの記憶が消えるなんて、そんなことあるわけがない。運命で出会った俺も、きっと瑠璃さんの記憶を豊富にして、忘れられないほどの記憶を刻むために出会ったんだと思う。これで消えてしまうなら、運命の意味がないだろ」


 これは運命の話だ。そういう巡り合わせだとしてなら、俺と出会った説明がつかない。俺は日頃から罵詈雑言だって溢さない、成績も優秀な生徒だ。そんな俺に試練として、何故こんなことが与えられないといけないんだ、そう思う。


 これもまた現実逃避。だが、これは必要な現実逃避だ。


 「ふふっ。だよね。治療法が見つからないってことは、薬とかでは治せないってことかもしれないし、他に方法があるよね」


 「そう。こうしてご飯を食べてると、幸福感で治るかもしれないしな」


 未知ってことは無限ってことでもある。治療法が見つからない。ならどんなことでも治療法になるかもしれない。暴論だが、現代の医療でどうにも出来ないなら、そう思っても間違いではない。


 不安に駆られて可能性に縋る。それが無力な人間の当たり前。それでもいい。いや、それしか出来ないからそう思いたい。治療法はきっとある。記憶が消えるなんて、そんなことは許さない。無力なりに足掻こうじゃないか。


 「やっぱり夢灯くんと話してると元気になるよ。一緒に闘ってくれてるって思うと、それだけで幸せになれるし」


 「美化されてるな。でも、それで瑠璃さんが笑ってくれるなら俺は満足だ」


 彼女から貰える多くの幸せ。等価交換にしては量が多いほどの笑顔。彼女の脳内の俺は、きっとカッコいいのだろう。


 「だったらもっと満足しようよ。はい」


 箸でたこ焼きを挟んで俺の口元へ運んでくる。これがなんなのか、俺でもよく分かった。


 「……恥ずかしいな」


 「気にしない気にしない。あーん」


 「……いただきます……」


 箸先に唇がつかないようにしても、横持ちされた大きなたこ焼きを食べれば、絶対に横幅が足りなくて当たってしまう。高校3年生という歳でも気にする間接キス。そういうことで恥じらいを覚えたのは初めてだった。


 「どう?」


 「美味しい」


 「いぇーい。これで満足の更に上を行ったね」


 ピースでその喜びを表す。


 「それじゃ、次は逆にお願いしようかな。夢灯くんだけいい思いするのはズルいから、私にも」


 そう言って口を開けて待つ態勢を整える。背筋を伸ばして上品に座るから、明かりの当たり方も相まって可愛いよりも綺麗に見えてしまう。そんな大人びたように見える姿は心臓に悪かった。


 「分かった」


 断る気もないから、早速同じような順序で口に運ぶ。そして、結構食べると豪語してた割に小さい口を開ける。当たり具合で赤く染まったように見える頬に惹かれて刹那、腕が止まったが、振動が指先に伝わることで我に戻った。


 「ん。ありがと。美味しい!」


 目を瞑るほどの笑顔。美味しいよと、嘘じゃないんだよと、その相好て知らせてくれる。疑う気もないし、彼女の笑顔を何よりも信じてるから、俺はそれが動悸を速めるだけの笑顔以外の何物にも捉えられなかった。


 「今日はずっと美味しいって聞いてる気がする」


 「美味しいものばかり何個も食べてるからね」


 「飽きないのか?」


 「夢灯くんは飽きてないんでしょ?なら私も飽きてないよ。今みたいに出来ることはあるし、食べ物の味を変えること以外にも、楽しみながら食べれるから飽きることは色んな意味でないよ」


 「まぁな。それに関してはいつも瑠璃さんにしてもらってるから、感謝しかない」


 「そうでもないよ。その私に付き合ってくれてるだけで十分だから」


 「そうか」


 それでも感謝はする。今を楽しめてるのも彼女が居るからだし、幸せになれてるのも、充実してるのも、俺の幸せを作ってくれてることには心底感謝しかない。それに、付き合わされてるなんて微塵も思ってない。


 「最後の1個、食べる?」


 「いいや、お腹いっぱいだから譲る」


 「分かった」


 そうして一口でたこ焼きを食べ、見事3種類を食べ終えた。時間はそんなに経過してないと思ったけど、結構経っていて、幸福感に浸りながらの時間経過はやはり早かったと改めて思わされた。


 「「ごちそうさま」」


 「美味しかったね」


 「特にたこ焼きがな」


 「それは私のあーんの効果かな?」


 「間違いなくそうだな。ってことは瑠璃さんもたこ焼きが1番だったりする?」


 「ふふっ、間違いなくそうだよ」


 上機嫌だと彼女は笑って喋り出す。無邪気で天真爛漫で愛おしい、誰が見ても幸せだと思うその声音で、優しくそっと。


 「嬉しいな」


 「私の気持ちが分かったようだね」


 心から温まるような気持ち。同じ思いを共感出来てることを実感したから、内側からポカポカと暖炉に当たるように、狭くて閉ざされた部屋が開かれる。踏み出せば抜け出せなくなる部屋。そこが約束の地なのだと、俺はもう知っていた。


 だから知らないふりをした。見て見ぬふりをした。自分で確実に気づいては、ここから先に支障を来す。俺の気持ちは今は必要ない。押し殺してでも、俺は知らないふりをする。結果が良い方向へ向かうと信じて。


 ベンチを立ち、食べたご飯の入れ物を捨てると、再び歩き出した。花火までの残り1時間ちょっとを、ぶらぶらして潰すために。


 「お祭りといったら屋台の食べ物だけど、他にも色々あるよね」


 「濃いもの食べたから甘いもの食べたくなったのか?」


 「んー、それもあるけど、金魚すくいとか、射的とか、遊んで楽しむ系のやつ」


 「それをしたいってことか」


 「そういうこと。夢灯くん得意なのある?」


 「残念ながら、どれもこれも苦手だな。強いて言うなら射的くらい」


 当てても落ちないことがほとんどの射的。似たようなものだが、ゲームセンターで、どう当てても取れないだろってやつを取ることが得意なので、射的でも遺憾なく発揮出来そうなのだ。


 「ほうほう。なら、射的やってみようよ」


 「分かった。全部外しても笑うなよ?」


 「大丈夫。私も外すから」


 「安心出来ないな」


 彼女がもし、誰でも取れるような景品を選んだならば、その時は悉く外して終わる。優しくて気を使える彼女なら、取りやすいのを選びそうで、内心ドキドキが止まらない。


 恋愛的なドキドキは多かったが、しっかりと錯覚せずにこのドキドキを焦りのドキドキだと認識出来たのは我ながら凄いと思う。


 そんなこんなで歩くペースも変えずに、射的の屋台へと向かった。人通りも多くなり、花火までの時間が近くなることを体感する。圧倒的に多いのは若者。カップルはもちろん、学生の男子集団女子集団と、あるあるの若者が揃っていた。


 全員が全員、思い出を作ろうとして来ているわけでもないのだろうが、青春の1ページに何かを刻もうとするその意欲はよく理解出来る。今まさにしているところだから。


 「全部難しそうだね」


 「そうだな。絶対に落ちてやらないって意思が伝わるわ」


 射的屋台に着くと、未だに誰にも狙われてすら居ませんよと言わんばかりの猛者感を出すクマのぬいぐるみを中心に、数多くの景品が並んでいた。どれも歴戦の猛者のようで、どれを選んでも取れそうな気はした。


 「よし、瑠璃さんはどれが欲しい?あっ、これがいいって見て思ったやつを教えてくれ」


 「えっ、取ってくれるの?」


 「取ろうとはしてみる」


 絶対取れるとは思わない。しかし挑戦ってか、今までの取れない景品を取ってきた俺のプライドが、これを試練として出しているようで、引き金を引かないなんて、俺には出来そうになかった。


 「カッコいいとこ見せてもらおうかな」


 「そう言われると失敗出来ないプレッシャーが凄い」


 「ふふっ。それでも取るのが夢灯くんだから大丈夫」


 景品を取れるプレッシャーじゃない。これは1つの希望のようなもの。絶対に無理だと思わせるほどの風格のある景品。それを取ることで、絶対に無理だという確実を、出来るかもしれないという可能性で打ち破ることが出来た事実が記憶に残る。つまり、大げさだが、不可能を可能にしたという事象が、闘病中の彼女に、小さくても希望に見えるかもしれない。


 そう思うのは俺だけでもでいい。だからここは確実に取りたい。どんなプレッシャーがあっても、無理を可能にしたという俺からの些細で気づきにくい後押しを。彼女だって信じているんだから。


 「じゃー、あのクマさん欲しいって言ったら、取ってくれる?」


 「もちろん。期待に応えるよ」


 「嬉しい!頑張って!」


 台に置かれた銃を手に取り、大きめのコルクを先端に入れ込む。威力はそんなにないだろうが、それでも落としてみせる。景品は欲しい。それは彼女の思い。それよりも欲しい物が俺にはあって、それを景品を取ることで得られるのだから、子供のようにぬいぐるみに必死になってもいいだろ。


 彼女も、もしかしたら似たようなことを思ってるのかもしれない。クマのぬいぐるみを選ぶとは、ドSの素質もある。


 そんな彼女の両腕に込められた思いを、俺は見ずとも受け取る。


 頼む。


 弾は5発。俺は狙って撃った。若干下がった右足を一点集中で。同じ場所にズレなく撃ち込まれる。パンパンパンと、3発目で体はようやっと半分斜めにズレた。


 絶対に取れないよう細工はされてない様子。屋台の横ではおじさんもそこまで動いたのは初めてのようで、目を開いては驚いてはちまきを定位置に戻した。


 残りは2発。全ては運だ。軽くて押しにくい、力の伝わりにくいコルク。ぬいぐるみが景品だと分が悪い。でも始めたなら最後までやりきる。


 パンッ。子供が聞いてもビビらない音量。砕けないコルクも質のいいものが使われていて、本気で景品を取らせる気が伝わった。


 残り1発。彼女が見守る中、周りの喧騒が収まったと錯覚した瞬間、パンッ。俺はゆっくりと引き金を引いた。弾道を目で終えるほど動体視力は良くない。だから結果だけを望んだ俺の視覚はクマのぬいぐるみを見た。


 そしてそこには、右足から、重力に抗うこともせずに落ちて行くクマのぬいぐるみの姿があった。

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