第13話 祭りといったら花火、花火といったら祭り

 場所を移動しただけで、周りに見えるものは屋台だの神社の周りを埋める木々だの、変化は屋台の種類くらいしか無かった。そんなとこで、少し落ち着いた雰囲気のベンチへ腰を下ろした。


 既に離した片腕の温もりも、今は忘れるほどに彼女をナンパから遠ざけることにホッと安堵していた。月明かりが若干見える程度の明かり。俺らには邪魔では無かった。


 「ありがとう。ああいうのは自分で逃げられないからさ、助けに来てもらえて助かったよ」


 「そうか。でも、遅れたのは悪い。もう少し早めに向かうべきだった」


 「ううん。夢灯くんも女の人に捕まってたでしょ?その上で急いで来てくれたんだから、文句も何もないよ」


 「見てたのか」


 「見えちゃった」


 人混みが凄いのと、俺からして女性たちの立つ方向が、ちょうど彼女の居る方向だったのでよく見えないと思ったが、しっかりと見られていたらしい。俺よりも早く買い終えたようだし、俺を列に並んでる時から見てたなら見つけられるのも納得だ。


 「やっぱり夢灯くんも人気だね」


 隣に座っているのに、どこか遠くの人に向かって放つほどの声音には鋭利さを感じた。いつもの元気はどこか消えたように、寂しさに包まれたそれは、少しだけ引っかかった。


 「人気なんて……欲しくもないんだけどな」


 自分の望む相手だけに向けられれば良いんだから。どうでもいい無関係の人から突然人気が出ても、そんなの嬉しくもなんでもない。友人や恋人、そういった関係を築く人たち以外は、心底評価なんて興味ない。


 「ちょっと嫉妬したなー。何事にも無関心な平凡男子に見えるから、時々出るその優しさと笑顔がギャップなんだけど、それを知らない人に近づかれるのは、少し抵抗があるよ」


 「あれはただの暇潰しのお遊びってか、1人で来てるのを冷やかしてるだけの会話だろ。俺を本気で誘ってたわけじゃないさ」


 「それでもだよ。私が別れて買いに行こうって言ったけど、その時間も出来れば話して過ごしたかったのが本音だから、その時間を話せることと、ちょっとした独占欲でね」


 言われてハッとした。彼女も俺と同じことを思ってくれていたことに、素直に嬉しさが湧き出た。少しの時間でも話していたい。そう思うのが俺だけだと思って悩み考えた時間は杞憂だったということに、心底安堵した。


 「それを言うなら俺もだな。誰が見ても美少女な瑠璃さんなら、ナンパされることもあるとは思って覚悟はしてたのに、手を引く前は嫌な気持ちで溢れたから」


 男性たちから手を上げられる危険性も、あの状況では考えられたはず。でもそれを全て考慮せず、ただ助けないといけない一心で踏み込んだ足は、不思議と軽かった。


 迷いがなかった。是が非でも助けないと、そう思うことで自分よりも彼女を本能的に優先したんだと思う。それほどに俺には必要不可欠な存在で、少しずつ約束の領域に向かっているのだろう。次第に実感し始めている。


 「そうなんだ。それほどお互いの距離が近づいて来たのかもね。少なくとも私は、病院で会う前よりかは断然、今の夢灯くんとの距離感が好き」


 「それは同じだな」


 これまで距離感なんて無いようなものだった。それほど関わってこなかったのだから当たり前。だが、今はもう彼女の秘密を知る唯一の友人として距離が存在する。


 きっと秘密を知るという特別がなければ結ばれることもなかったこの関係。でも今は、この運命では結ばれた。結果論でも、俺たちは友人になれた。その上で言えることが、今の関係を築けて良かった。それだけだ。


 「さっ、温かいうちに食べよう」


 「そうだね」


 袋から2つの食べ物を取り出しながら話を変える。彼女の落ち込んだ様子をそのままにしては、きっと弱さを見せる。そうなれば堰き止めていたものが消え去って、流れるように病気のことを思い出させられるだろう。そうなってはダメだ。まだやることはたくさんあるのだから。


 これは言い方を変えれば、思い出作りという現実逃避だ。病気のことを忘れたように遊んで笑って楽しむ。そうすることで今が幸せだと、それだけを思うように自分を洗脳出来る。


 良くないかもしれない。現実を見せられたら2度と堰き止めることは出来ないかもれない。けど、それでも記憶が消える日までには、現実逃避をしていてもらいたい。それが最善で、今を楽しく生きる唯一の手段だから。


 たこ焼き、お好み焼き、焼きそばをそれぞれ並べる。たこ焼きが1つ多いのは、俺がボーッとしてる間におじさんが入れてくれたのだろう。


 「うわぁ、美味しそうだね!」


 っと、彼女はらしくなった。


 戻ったというのが正しいか。普段俺が見る彼女そのものだった。空腹という調味料で、今にもよだれを垂らそうかと見つめる瞳は、無数の星屑をチラつかせているようだ。


 「どれも1分で食べれそうな雰囲気出てるぞ」


 「多分今の私なら余裕だよ。匂いと見た目がもう最高だから、今食欲が世界で1番凄い人な自信ある」


 「確かに。その風格ある」


 「でしょ。だから早く食べよ!」


 多分無意識に割り箸を割ると、お手本のような持ち方で掴む。それに誘導されるように俺も割り箸を持つ。


 「「いただきます」」


 俺の声よりも遥かに大きく、でもこの人混みに消されるほどの声で発したいただきます。食べられるご飯たちも、彼女に食べてもらうことを嬉しく思うだろう。


 彼女が手を伸ばした先は焼きそばだった。最初に食欲を刺激されたからか、迷うことなく箸先は向かった。そして豪快に掬い上げると、勢い良くズルズルっと。


 「んー!美味しい!最高!」


 「良かったな」


 頬を支えて嬉しそうに言うから、当たり前に見せてきた笑顔も愛おしい。日に日に増していく笑顔の頻度に負けず、慣れても超えてくる笑顔の良さに、きっと俺の気持ちの変化も関係してるんだと思わされた。


 そんな笑顔の横で、俺はたこ焼きに手を伸ばした。個数は1番少ないものを選んでも、1つが大きいから満足感はそれなりに大きい。器用に挟んで口に運ぶ。


 「たこ焼きも美味しいわ。夏祭りって雰囲気も相まって、気分的にも満足するし」


 「ホント?私も食べよ」


 サッと食欲に駆られる腕は速かった。いつの間にか挟まれたたこ焼きは、いつの間にか消えていた。


 「うんまぁ!」


 「だろ?」


 「焼きそばの濃い味食べた後でもめちゃくちゃ美味い!これはいいね!幸せ!」


 「満足そうでなにより。どんどん食べろー」


 「夢灯くんもね?」


 「もちろん。早いもの勝ちだからな」


 「あぁー!負けないから」


 「詰まらせるなよ?」


 目で追えないほど速い箸使いに、詰まらせそうな予感をヒシヒシと感じた。彼女ならば日常茶飯事で起きてそうなことなので、余計に心配する。


 そしてその心配をして気づく。


 「って言ったら飲み物ないな」


 「あー確かに」


 お互いにそれは計算外だった。食べることだけに必死で、この水分取らないと食べ進めれないような濃い集団に、無策で挑んでいることに今気づいた。だったらと、周りを見渡す。


 「おっ、目の前にあるから買ってくるわ」


 「いいの?ありがとう」


 「任せろ。一応ナンパには気をつけろよ?俺も見える範囲だけど、男は獣だから」


 「それを男子に言われると説得力あったりなかったり。まぁ、大丈夫!すぐに来てくれるだろうし」


 「だな。じゃ」


 彼女は1人と確認されれば男を呼び寄せてしまう体質を持ってると言っても過言ではない。寂しそうに1人でご飯を食べていたら、それは漬け込めると思う男がわんさか近寄るだろう。


 それは普通に嫌なので、お茶を買ってからすぐに戻るとする。多少並ぶ時間はあっても、作る作業がないので、待ち時間はそう長くない。


 手に持ち続けることは不可能なほど冷えたお茶を2本手に取り、お金を払って即座に移動した。購入時、背を向けていた時が落ち着きなかったが、振り返ってそこを見れば落ち着いた。


 俺が見るのを知っていたかのように、目が合うと笑顔で手を振る。悪巧みを考える彼女のニヤニヤは最近消え、今は自分の心に素直な笑顔だけを見せるようになった。


 遠くからでもその可愛げのある笑顔は確かに見えて、同時に誰にも見られたくないと、そう思っていた。だから笑顔を止めろとは思わなくて、逆に、周りの人間が見るのを止めろ、なんて自己中極まりないことも思った。


 それほど思う俺だから、走って戻って、今は彼女の隣に戻ってきた。


 「ホントに早かったね」


 「心配性なのと、独占欲が強いからな」


 「私の同じってことかな?類友だね」


 さっきのここに来た時の寂しさはなかった。それと真逆の喜びのようなものは感じた。素直に受け取ってしまえば、勘違いしそうな、そんな微笑み。


 「性格の軸は真逆だけどな」


 「それは凸凹で捉えれば、逆さまにしてハマるように、私たちもハマるんだよ」


 「なるほどな。それは良い考えだわ」


 「類友だったり、相性だったり、そういうのは誰かとランダムに合うように出来てると思うから、その時その時にハマる人と一緒に居られるのが1番いいよ」


 俺と彼女は人付き合いという点に於いて凸凹がハマったということ。運動や勉強、仕事やプライベート。それぞれにある自分の趣味や目標に、似たような人や真逆の人が居て、上手いように当てはめて行った結果俺たちが出会った。


 これを人は運命と呼ぶのだろう。


 だとしたら、大正解かもな。


 「だな。今も、瑠璃さん以外に考えられないだけかもしれないけど、相性抜群だと思う」


 異性の友人は皆無だ。だから初めてのことで一概にそうだとも言えない。勘違いだってあり得る。


 「それならあの日、夢灯くんに話しかけたのは大正解ってことだよ」


 「お互いにな」


 「ふふっ。だね」


 人との関係に正解不正解は存在する。自分の気持ちを考えて寄り添える人、それは正解。それ以外は不正解だ。いくら人間という生き物が、自分が楽をするためなら他人を蹴落とす生き物だとしても、付き合う人間が自分を蹴り落とそうとするなら縁を切る。


 それが世界の当たり前で理だ。だから誰もが言う。人間関係は難しいのだと。畢竟、蹴落として蹴落とされる関係を築けるのが、きっと親友という関係なのだと、俺は密かに思う。


 「私たちが運命だとしたら、26日。私はどうなるんだろうね。幸せを今貰うから消えるのか、幸せを今貰うから消えないのか。どっちなんだろうね」


 俺も考えたことがある。出会ったことが運命として、彼女の病気を治す手助けが出来る人として、そう出会ってたなら、彼女はどうなるのか、と。

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