第15話 祭りといったら花火、花火といったら祭り
「おぉー!やるなぁ兄ちゃん!」
カランカランと、最後の1発を誰よりも集中して見ていた射的屋台のおじさんは、右手に用意していた鐘を鳴らす。同時にその時、俺は自分で景品を取れたのだと分かった。
「あっ……取れた?」
「凄い!ホントに取っちゃうなんて!」
「あぁ、うん。自分でも驚きだ」
開いた口が塞がらない。自分で落とせる気がしていたのにも関わらず、いざその場を目撃すると、色々と複雑な感情が交差して、俺の頭の中は混乱へと導かれた。
確かに見つめた先に落ちたクマのぬいぐるみ。それが景品だと分かっても、1人で勝手に決めた思いを叶えることが出来たことに、俺は何よりも安堵し、心の中で独りでに喜んでいた。
音がうるさいから、そこらの屋台や人混みの喧騒ではかき消されない。よって、当たり前のように人の目は集まる。小さくて落としやすい景品だと音が鳴らないから、何を落としたのか覗こうとする人までいた。
「いやぁ、まさか本当に落とすとはな。これは1本取られた。ほら、持っていきな」
「あ、ありがとうございます」
丁寧に包装され、俺の両腕に抱きかかえろと言わんばかりに押し付けてくる。おじさんの笑顔に、俺はやっと自分の目的を達成出来たことを胸の中でも自覚した。
でも、これだけで終わりではない。些細なことで1番大切なこと。これを取ったのは俺が彼女に、遠回しに伝えたいことがあるからだけではない。思いは他に強くあった。
「瑠璃さん。これ、ホントに取れたから」
彼女に頼まれたこと。期待されたこと。それに真正面から応えた。これはただの優しさに思われるかもしれない。けど、彼女には確かに伝わったはず。これは俺が可視化したかったメッセージだと。
「ありがとう、夢灯くん」
俺は押し付けなかった。だけど、彼女は大切そうに抱きしめた。まだ少しの人たちが俺らを見ていても、そんなことは知らずに。そんな彼女を見る俺も、この時はもう彼女以外何も思えず見えもしなかった。
ただひたすらに抱きしめて、そのクマのぬいぐるみに微笑みかける姿を前に、誰が目を逸らせるだろうか。強がりでも俺は無理だ。華奢で愛おしい。それでいて似合うから、1つの写真の中に彼女を収めたいほどには心は反応した。
「喜んでくれたなら満足だ」
俺の相好は、今までで1番の笑顔だろう。鏡とかスマホで覗くほど必死に見たいとは思わない。彼女に、俺の最高の笑顔だとして受け取ってもらえたらそれでいい。我儘だけど、きっと彼女はそれに感化されてくれるだろうから。
「ホントにありがとう。これ、ずっと大切にするよ!」
「そうしてもらうために取ったんだから、それくらいしてもらわないと困る」
形として夏祭りに来たことが残った。彼女の儚い記憶の中でも、俺との思い出はクマのぬいぐるみと共に残ってくれるだろうか。そうだったら――良いと思う。
日は落ち始めて、もう、辺りを常闇へと変え始めた。屋台に残る灯りたちは、山の中に凛と光る道標のように並んでいる。この先が、この夏を締め括るための花火が良く輝いて見える場所。
場所取りに必死になるからこそ、誰もが我先にと、もう人影は少ない。そうなんだ。一般人にとっては、これは夏を楽しむためだけの一時。特別なんてそんなにない。だからかもしれない。まだ屋台を楽しめる時間は残っているのに、まだ花火を見れる場所は埋まらないのに、先へと行くことを勿体ないと思うのは。
「次はどこに行こうか」
彼女の隣でそっと。この少なくなっていく人たちを見て、終わりが近づくことの寂しさを胸の中に押し込めようとして言った。無限に続かないかな。この日が続いてくれないかな。幸せだけを噛み締めたいと、進路に迷う歳に、全く進路とは関係ないことを思った。
「花火はとっておきの場所があるから、そこで見るとして、今はもう少し楽しんで、お面とかかぶって遊ぼ!」
「だな。似合うお面を探そうか?」
「えぇ?私に似合うの探せるの?」
「何をかぶっても似合うから、目を瞑ってても分かるぞ」
「なるほどね。それなら私も探せるよ」
「それこそ怪しい」
「お互いさまだよ。私が美少女って言われるくらい可愛いのに対して、夢灯くんはカッコいいから。似合うと思うよ」
「だといいけど」
自分では思わないけど、こうして美少女に言われると、冷やかしや冗談でもそうなのかと思ってしまう。どうしても男は女にちやほやされるとテンションが上がる生き物。本能に従順な俺らしい。
「時間も勿体ないし、早く回り始めてギリギリまで回るか」
「そうだね」
彼女の言うとっておきの場所は、人の少ない場所でそこまで離れてないのだろう。ギリギリまで遊び尽くすなら、これから1時間は余裕はある。だからそれまで、告白のためにドキドキする男女や、人生初めての花火を見る赤ちゃんを連れた家族。屋台を何時間も休憩なしに回し続けたおじさんたちを見ながら夏祭りを最後まで楽しむ。
実は夏祭りで遊ぶことは大変で、ずっと歩き回っては、人で埋められたベンチを見て絶望する。休憩が必要だけど出来ない。どれだけエネルギーがある人でも、1度足を踏み込めば最後、疲れるまで出られない。
俺たちもそうだった。それからというもの、残された時間で回った屋台は覚えられないほどだった。次から次に走る彼女のパワフルさに追いつけなくて、どうも体力に自信のある俺でも、息を整えることすらままならなかった。
似合うからと渡された星のお面。似合うからと渡した蟹のお面。俺たちはそれらを頭の上に載せて歩いた。ゴムで固定されてるから落ちることはなく、人から見られれば少し恥ずかしさを滲ませて。
それでも止まらず歩いて走って、屋台に触れて行った。多分、いや、絶対に、ここに来ている人たちの中で誰よりも俺たちが1番幸せだった。ずっと笑ってられるだろうか。ずっと話していられるだろうか。ずっと気にしていられるだろうか。
俺らはそれらを当たり前のように出来た。超えられない。きっと、誰よりも幸せで、誰よりも必死だった。そうやって駆けてきたんだ。だから、誰よりも幸せなのは間違いない。
今だって。
「とっておきの場所って、どこ?」
残り15分。俺は彼女の隣で、疲れてもそれを顔に出さないように歩きながら聞いた。
「それは付いてくれば分かるよ」
「期待していいやつ?」
「ドンと期待しちゃってよ。きっと綺麗って思うから」
自信満々だった。感性が同じというわけではないけど、違っても綺麗だって言うことを確信している様子。それほどにとっておきの場所。今からでもワクワクとする気持ちは静められない。
「やっぱり人って、見えるように先に行きがちだけど、違うんだよね。人の少ない、高い位置から暗闇の中でぽそっと見るのが1番綺麗に見えるんだよ。灯台下暗しじゃないけど、とっておきは入口付近にあるんだ」
「へぇ、そこから上に向かうってこと?」
「そういうこと」
彼女の誘いで今日の思い出作りは実現した。1度は来たことあるんだと思っていたが、とっておきを見つけるほど来てるとは、流石は陽キャの頂点。
集合場所にしていた入口を左に曲がり、坂道になってる歩道を歩いて上に向かう。急勾配ではなく、普通のゆったりとした滑らかな傾斜。腰が痛くなることはない。
「そんなに遠くないし、結構お気に入り」
「去年もそこで?」
「そうだよ。友達と一緒に見てきた」
「へぇ、良いな」
今年も行きたかった?と聞けば、必ず頷くはずだ。でも、今頃そんな精神的に考えさせられることを言われても、混乱するだけだろうから聞かない。
彼女自身、俺とではなく友達と見たかったはず。苦しめないために、自分のことを偽ってでも俺を選んだ。嫌だけれど、記憶が失われる後のことを考えて。複雑な感情が覆う彼女を、少しでも楽にして花火を見たい。その気持ちが強かったから、俺は共感だけした。
「夢灯くんは花火見るの初めて?」
「いいや。これで2回目だな。父さんと母さんと3人で旅行に行った先のバスで見た。小さい頃だから、そんな確かな記憶はないけど、綺麗だったのは覚えてる」
「そっか。なら、今日で花火を見ながらその景色を思い出して、同時に新しい花火の鮮やかさを記憶しよう」
「出来るかな。幼児期健忘で忘れてたりするかもしれないぞ」
「そんな前でも、刺激があれば思い出すかもしれないでしょ?」
俺が少し不安に駆られる彼女に聞かれた時に、スッと答えた言葉だ。脳への確かな刺激があれば、人は反応して記憶を蘇らせる。そう信じるから、俺は何も気にせず言った。答えは分からないけど、もしそうなら、彼女の治療法になるかもしれないと思って。
「そうだな。もしかしたらそれで思い出すかもしれないから、そうなったら治療法としても使えるかもしれない。だから、瑠璃さんも強く良い思い出として記憶してくれ」
「もちろん。私はここに夢灯くんと来れたことだけでも、もう十分良い思い出として記憶してるから、更に上を行くよ」
「花火の彩りがあれば、ふとした瞬間に思い出すかもしれないしな。信号機を見た時とか」
「はははっ。そうだったら、結構私の感性おかしくなってるよ」
「かもな」
まだまだ元気だ。人のいない場所を歩いているから、森の中で反響する声。それは途轍もなく大きい。歩く場所は街灯に照らされているから明るくても、さっきまでクラクラするほどいた人が皆無だと、寂しさにも包まれる。
しかし、その寂しさすらも抱いた瞬間に、彼女の暖かさで消えていく。隣に立つだけで、ジメジメした暑さからも逃れられる気がする。そう感じれば思う。やはり、彼女の記憶が失われるのは良くないことだ、と。
それからゆっくりと歩き続けて10分も経過しない頃、俺たちは目的地へ着いた。人気のない、閑散とした広場。ほんの少しの人たちだけで、人口密度は下の広場の50分の1程度だった。
「あそこあそこ!街灯も届かなくて綺麗に見えるんだよ!」
指差す先には、小さな休憩所。不思議と俺たちが使えと言わんばかりに空席の状態。
「なるほどな」
「良さそうでしょ?ゆっくりと見れるから好き!」
「集中して見れそうだしな」
「私たちの時間を邪魔する人も居ないから最高!」
「そうみたいだな。行くか」
「レッツゴー」
彼女を見れば、お面が邪魔して綺麗に見えなかった。残念でも、俺は後で見れることを知っているから、気にしなかった。
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