第4話 水着といったら大型ショッピングモール、大型ショッピングモールといったら水着
彼女――瑠璃美月さんと出会ってから4日後、8月もすぐ隣まで来ては、暑さを前借りしたかのように真夏日の気温を誇る今日。俺は駅前のカフェにて彼女を待っていた。
出会った日には1日後とか言っていたが、そう簡単に彼女も行動出来なかったようで、少し遅れての4日後。別に夏休みはまだ残っているのだから、急ぐ必要もない。思い出のための行事は、まだ始まらないのだから。
炎天下に晒されないよう、カフェに入って待っているが、実はまだ集合時間ではない。時間を大切にするあまり、逆に30分早く来てしまった。だから連絡を入れて、中で待ってると伝えた。
食事はとっくに済ませている。集合時間が13時なので、流石に一緒に食べようとはならなかった。でも、彼女は食べたかったそうで、一緒に食べる機会があれば絶対待っててと釘を刺された。
頷いたが、少食であり食べるとこを見られるのが恥ずかしいので、対面での食事はなんとも抵抗がある。が、彼女が望むなら受け入れる。不快ではないのだから、俺の単なる我儘で拒否も良くない。
抹茶ラテを片手に、彼女が来るのを待つ。12時50分。スマホの時間がその時刻を教えた時、カフェの扉は力強く開かれた。
10分前行動を徹底している優等生か、息も乱れてないところ、急いで来た様子はない。しっかり「急いで来なくていい」と言ったことを守ってくれたようで、そこらの気を使わないようになってくれてるのは嬉しい。
彼女は俺を見つけると、砂漠でオアシスを見つけたかのように目を開き、早足で向かって来た。
「やっ、早かったね。そんなに楽しみだった?」
明るく、夏にも負けないそのフレッシュさを感じさせる声音。乳白色の肌を見せるような真っ白のショートパンツに、カーディガンを羽織って、今は外しているがサングラスも身につけた、スタイル抜群を見せるように着飾ったオシャレさん。疎い俺でも、誰が見ても文句なしなんだと思った。
「そりゃ、暇な夏休みに彩りが添えられるなら、男なら誰でも楽しみだぞ」
正直に言ってしまうほど、俺の脳内は溶かされていた。夏の暑さなんて、この涼しい空間も相まってどこか忘れ去られてしまっている。
「君もその1人?」
「もちろん」
その似合う姿は、誰の視線も集めるほどに可愛い。それに尽きる。俺には似合わない、人に好かれるのが当たり前のような女の子。そんな人と隣を歩けるのは、幸せでありながらも、羞恥心に取り憑かれるプラマイゼロだろう。
「それは良かった。少しだけだけど、メイクしたかいがあるよ」
「その服も似合ってるし、流石は才色兼備だな。可愛い」
「ありがと」
可愛いという語彙力しかないのが申し訳ない。もう少し良い言い方があれば、褒めることが出来て俺もスッキリするのだが。オシャレにも疎いから、俺からかけ離れたデートをいきなり始められると、どうも困る。
「もう行く?」
「そうだね。ゆっくり来て、疲れてもないからいいよ」
「分かった」
「あっ、それ飲んでいい?」
「ん?いいけど」
半分ほど飲んだが、まだ冷たい抹茶ラテ。それを指差すので、飲み干さなくてもいいも思っていた俺は、気にせず許可する。間接キスなんて、俺が慌てふためくことじゃない。
「私抹茶好きなんだよね。でもホントにいいの?」
「うん。結構お腹いっぱいだから」
「そうなんだ。じゃ、いただきます。君からの初めての奢りだと思って」
そう言ってストローに口をつけて、残りの抹茶ラテを胃の中へ流し込む。俺の飲みかけを、そう思うと申し訳ない気持ちが生まれてしまう。ネガティブの性なのだが、どうしてもこれは拭えない。
それからスッと飲み干すと、満足気に満面の笑みを浮かべる。早速見た幸せの表情に、幸先好調だと受け止める。
「ごちそうさまです」
丁寧に合掌し、俺に向けてペコッと軽く頭を下げた。
「それじゃ、行こっか。私の水着を買いに」
「そうだな」
今日の目的は水着だ。去年も海に行ったらしいが、その時からサイズが変わったらしく、女子のそういうところは大変だと思わされた。まだ使えても、キツくて使えないなんて、そんな贅沢な悩みは同性からも羨望の眼差しが集中するだろう。
手を引かれることはない。だが、声で背中は押される気分にはなる。なるべくこういうことでも楽しみたいのだと、ワクワク感に従って体を動かしているよう。
だから俺もそのペースに合わせる。なるべく同じ気持ちを共有したいから、思い出にしたいから、無理矢理ではなく。駅前のカフェを出ると、すぐ隣には大型のショッピングモールがある。無いものは無いほどの、多種多様な商品が揃っていて、ここに来ることで、欲しかったものが全て見つかる魔法のモールだ。
「ここに来たことってある?」
日差しから守るようにサングラスを掛け、それ越しに目を合わせる。
「1回だけ。映画を見に来た時の1年前が最初だった。これで2回目」
「そっか。なら道案内とかそんな必要ないね。迷子になる歳でもないし、気にせず歩き回っても」
「一緒に歩き回るなら、どうやって迷子になるか教えてほしいもんだ」
彼女が俺を撒こうとしても、きっとそれは不可能だ。運動能力も彼女より高い俺が、動きで負けることはないはず。だから人混みに隠れて逃げるかしない限り、俺は迷子になることはない。
「それもそうだけど、初めてだとパニックになって大人でも迷子になることはあるんだから、油断はだめだよ」
「肝に銘じとく」
しっかりと忠告を聞き入れ、見失わないように隣に立つ。身長差はあるが、サングラスを掛けられると大人びて見えるから、俺が歳下に見えなくもない。
ファッション1つで見た目の年齢が変わってくるのだから、女性のそういう世間に対しての気の使い方は勉強になる。そんな視点で顔を覗くと、ふと疑問に思った。
「失礼なこと聞くかもしれないけど、君ってメイクする?」
見たところ、病院で会った時もメイクをしているようには見えなかった。今は口周りや眉毛付近が少し手を付けられているようで、それ以外は変わらなかった。
「あー、メイクね。私ってそんなメイクに興味ないんだよね。だから今もそこらへん歩いてる女性よりも全然薄いよ。なんかメイクは社会のマナーとか聞くけど、別にそんなメイクしなくても生き方は変わんないと思ってるし、今後もするつもりはない。いきなりだったけど、気になったの?」
「うん。すっぴんが1番可愛いって分かってるからしてないのかと思ってた。でも、理由聞けば面倒なことをしたくないだけで、思ったよりも薄かった」
「メイクだけにね?」
「そういうこと」
「まぁ、すっぴんでもブサイクでは無いと思ってる。けど、そんな人様に褒められるような容姿とはそんなに思わないよ」
本音だろう。でも、それを否定したいほど彼女は可愛い。多分話して性格も好みだったら、今は胸の鼓動が高鳴るばかりだったはずだ。
「俺から言われてもだと思うけど、自信持っても良いと思うけどな。すっぴんで才色兼備って言われてるんだから、俺もその通りだと思うし、カフェでも君は人目を集めてたから」
「……なんだか今日は押してくるね」
「君には、謙遜だとしても、えへへって声出して笑っててほしいから、そのために本音で思ってることは包み隠さず言うさ」
悔いなく思い出を作る。途中で気落ちしたりしては、それまでの過程が全て台無しになる。だから今から根っこを固定する。彼女と俺との関係は、謙遜とかで埋められるんじゃなくて、素で語り合って埋めるんだ。
「そっか。私もそろそろ、君との関わり方に当たり前の気持ちを持たないとだね」
「当たり前?」
「そう。君とは親友関係みたいに、阿吽の呼吸っていうか、お互いを知ってるから出来る言動をしないとなって。君は素直に思ったことを伝えてくれる。冗談なら分かりやすく、本気なら伝わりやすく。それを理解して、君との関わり方を確立するの」
「なるほど。なら、俺も君に対してそうする。遠慮されるのが苦手なとことかあるだろうから、時と場合を考えてて、遠慮なく関わる」
「ふふっ、いいね。これでやっと友達かな?夢灯くん」
「そうだな。瑠璃さん」
「そこは美月さんでしょ。お互い下の名前で呼び合うと、距離はそれだけ縮まりやすいんだから!」
これも初耳だ。陽キャでコミュ強の彼女の言う事なら、きっと正しいことなのだろう。ネットは信じないが、こうして確信出来る相手には、何も気にせず信じる。疑心暗鬼社会に適応しない俺らしい。
「そうか?でもそれなら瑠璃って呼び捨てが好きだな。下の名前は気安く呼び捨てには出来ないけど」
「んー、仕方ないね。なら、今はまだ瑠璃でいいから、夏休み開ける前に、私のことは美月って呼んでね。約束」
右手の小指を出して、俺に向ける。足は止まっていて、そこを見下ろすと不満気な相好を見せていた。傍から見れば喧嘩したカップルに見えたりするのか。なんにせよ、この状況での約束は恥ずかしかった。
右手を出して小指を重ねる。曲げてサッと素早く振って約束を交わした。初めて触れた部分が小指でも、十分柔らかさは感じた。ドキドキもしたし、それなりに美少女と触れ合うことの難しさを身に感じた。
「約束した後で悪いが、俺のことも夏休み開ける前に、夢灯って呼び捨てにしてくれ。対等な関係でいたいから」
「分かった!」
これは俺への一本の線だ。まだ恋愛感情を抱いてはいけないという区切り。同じ関係だと言うことを暗示して、まだ対等な関係でいたいことを意識する。今からは彼女のために必要なことをするべきだから、俺の不要な思いは今は必要ない。彼女が求めるのは、もしもの記憶が消えた後なのだから。
元気に返ってきた言葉に感化されて、今は元気を貰えた。自然と笑顔になる彼女の返事。夏にも病気にも対抗するかのように、彼女の気合は既に闘病へと一歩を踏み出していた。
それからエスカレーターに乗って、俺たちはゆっくりマイペースに水着売り場へ向かった。汗は少しかいた俺に対して、彼女は一切かいてない。真っ白な肌に日焼けの気配もなく、相変わらずきめ細やかな肌は露出されまくりだった。
男性の視線が集まるのは、早速だが不快だった。嫉妬なのだろうが、彼女をそんな下心満載の目で見るなと、何も知らない人の呑気な雰囲気にもほんの少しムカついた。
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