第5話 水着といったら大型ショッピングモール、大型ショッピングモールといったら水着
「どうしたの?そんな険しい顔して」
見続けてしまえば、彼女がそっと俺を視界に入れた時、当然のように俺の不満そうな相好は目に入る。そして思うのは誰もが同じことだった。気になったように彼女は不思議そうに問う。
「あぁ……瑠璃さんを下心を持って見てる人たちが居たように思えて、それで」
言われた瞬間に彼女は固まった。「何を言ってるの?」といってるように、俺には見えた。だが、それは刹那の話だ。
「――あっははは!夢灯くんって、独占欲が強いタイプなんだ」
お腹を抱えてもいいほどに笑った。人混みに紛れるから、声はそこまで注目は集めないが、俺にはそれでもどこかむず痒かった。誰からも見られてないけど、彼女にはすっかり笑われて、独占欲が強いだなんて笑われて。
確かにそうだと思ったけど、でもそれを言われるまで気づかないほど、独占欲って言葉に関心は無かったから、余計に浮き上がる羞恥心が、俺の頬を赤く染める。
「そんなに笑われると子供の我儘を言ったように思えるんだけど」
「ごめんごめん。好きになるとか色々と言ってたけど、結構その未来も近いのかなって思ったりしたら、なんだか笑えちゃって」
「俺は色恋には疎いから、魅力が豊富な瑠璃さん相手だと、どうしても早めに落とされると思う」
思春期の男子には、美少女とのデートというものは大きく響く。初恋もまだな俺は尚更。刺激に弱く、耐性もないから、不意に彼女に恋をするだろう。でも、恋をしてると自覚する時は、確かにその思いを理解した時だ。それまで俺は彼女を好きになったとは思わないし言わない。
約束の時まで。
「そうかな?関わる上で、私の見えなかった一部が見えて、逆に失望するかもよ?」
「そんなことはないさ。俺は瑠璃さんに美少女ってイメージしか、正確には抱いてない。性格面だと、まだイメージもつかないから、失望はしない」
「どうだろうね。夢灯くんの苦手なことを平然とやる女かもしれないよ?」
「それでも瑠璃さんの誕生日までは最低限付き合う。俺の苦手なことは、人間関係では俺でも分からないから、そこは心配するだけ杞憂になるぞ」
「だったら私も好きなだけ私で居られるよ」
「俺はそれしか求めてないから、最高以外の何物でもないな」
瑠璃美月らしさを俺はこの関係で求める。これは彼女の思い出作りであり、それに添えられた飾りの俺はサポートをするだけだ。だから、全ては彼女のやりたいことを優先する。
俺に気を使わずに、これしたいあれしたいを、難なくこなす。どこに行こうと、俺は付いていく。それが彼女の闘病で勝ちを得るための可能性ならば。
「振り回されても文句言わないでね?」
「言わないけど、適当に右往左往させたら文句は言う」
「ははっ。流石にそこまでしないよ。私は時間を大切にするからね。病気に罹ってから、それは最優先事項だから」
「それもそうだな。これこそ杞憂だった」
半年という期間は、一般学生が考え思えば長いかもしれない。けれど、高校3年生という受験期間であり、記憶が消えるまでのタイムリミットと考えれば、それは圧倒的に時間の進みの重みと感じ方が違う。
だから彼女は無駄を作らないよう努力する。でも、必要な無駄は作る。例えば物を購入する時の優柔不断な時。悩んで悩んでこれと決めた商品を買う時の時間は、それすらも楽しめる要素。だからそれらは許される。不必要なのは、遅刻という呑気な性格や怠惰な性格が招くよく聞く良くないこと。
「っさ、中に入ったし、私の水着を選びに行こう!」
エスカレーターを降りて、モールの中、詳しくは水着売り場へ着いた俺たち。一瞬にして人が変わったかのような気合の入れ方の彼女に、俺は未だ完璧に付いていくことは不可能だった。
手を引かれることはない。背中を追って、俺もそこへ連れて行かれる。外で待つ選択肢はとっくに消されている。「君と選ぶんだよ」と前日にメッセージで伝えられたので、断ることも出来なかった。
そもそも嫌じゃないから断らないけど。
そして流れるように人混みを避け、水着売り場を回る。圧倒的に女性率が高いのだが、決して男性も0というわけではない。まぁ、学生という視点で見るならば俺1人なのだが、歳の近そうな大学生くらいの男性も、彼女と思わしき人と笑顔で回っていた。
「うわぁ、広いし種類もいっぱいだね」
子供のようだった。幼気のある、女の子という言葉の権化のようで、容姿も相まってフレッシュな雰囲気に似合っていた。
「初めて来たような反応だな」
「そうだね。いつもは家近くにあるショップで済ませるくらいだから」
「なら、別にここじゃなくても良かったんじゃないか?」
「いやー、せっかく見るなら多い方がいいし、それだけ悩んで夢灯くんのあたふたを見れるかなって思ったからここにしたんだよ」
「俺のあたふたなんて、そんなに面白くないぞ」
「さっきは面白かったよ」
「…………」
あれは仕方ない。複雑な感情が絡み合って、視線が許せなかったのだから。多分彼女が闘病中だと知らなければ、その下心で見る彼らを同じ男として共感してただろうが、何も知らない幸せな生活を送る人たちの、難病を持つ人に対しての下心は、何故か許せなかった。
とはいえ、今は既にそんなに憤りを感じることはない。視線は集めるが、彼女が気にしないのに怒るなら、俺はただの嫉妬するだけのウザったい迷惑彼氏のような立場になるのだから。
「あっ、ねぇねぇ、これなんかどうかな?」
なんて言い返そうか迷っていると、そんなこと見ず知らずの彼女は良さそうと思った水着を手に取る。どれもこれも同じだと思っていたが、そんなこともないらしい。
黒を基調としたオフショルダービキニ。デコルテラインを強調する、露出の多い水着だ。それを体に合わせて見せてくる。
「正直、俺に意見を求められてもどれも似合ってるってコメントしか出来ないけど、瑠璃さんの印象的に、明るい色が良いんじゃないかとは思う」
「おぉー、そうですかそうですか」
その乳白色の肌は際立つけれど、赤でも青でも、それは同じこと。今服を着ていて、太ももなど露出しているとこをサッと流れるように視線操作するだけで「あー白いな」と思うので、黒にこだわることもない。
1度その水着を元あった場所に戻し、続けて探し出す。求めているのは俺のあたふたらしいが、多分そんなこと忘れて、真剣に選んでる。
「これは?」
淡黄色のクロスホルダービキニ。斜めに薄く白と赤の線の入った、明るさは十分な水着だ。
「いいと思う。瑠璃さんの雰囲気に似合ってるし、砂浜でその水着ではしゃぐのを見たいって思うくらいにはいい」
どの水着も、花柄だったり斑模様があったり、おしゃれに疎い俺にも、人を美しく見せるように作られてるんだとは分かった。でもそれは人の容姿によって左右されるわけで、誰もが全部の水着を完璧に着こなせるとは思わない。
だけど、彼女は違った。これは?と見せた2つの水着。もちろんそれらも似合ってたが、それ並みに、どれも同じように似合ってしまうと思うその抜群のスタイルと容姿に、美少女としての肩書きを背負うだけあるなと、感服していた。
「ホント?よし、まずこれキープね」
「キープ?他にも選ぶの?」
「私って全部見てから決めたいんだよね。夢灯くんの反応を見て、1番良さそうなのを着たいんだ」
「それって……俺の数少ない女性への褒め言葉レパートリーを知ってて言ってるの?」
「うん。夢灯くんなら同じ言葉で褒めてくれても、きっとどこかに本当に好きだと思う水着を見た時の反応があると思うから、それを見たいと思って探すためにね」
「……なかったらどうするんだよ」
「その時はこの水着を着て、一緒に泳ぎ行こうよ」
「……ふっ。そうだな」
これが彼女なのだ。結局は泳ぎ行く前の準備期間。そこでも何かしらの思い出を残そうとする。重たくて残る言葉を欲してるんじゃない。ただ、なんとない、俺としたいことを素直に口にしてるだけ。それが今を楽しむための最善だと知るから。
探し始めて10分になろうとする頃、俺たちは何度か同じことを繰り返しては、良さそうだと口にしてキープを増やした。が、淡黄色のクロスホルダービキニを超える物はまだなかった。
「瑠璃さんに似合う……」
俺も探し始めていた。瑠璃さんだけでは、1つずつ見るのには時間がかかるから、俺も率先して視線を動かす。その上で探すのは、似合う水着。
と、そんな水着を探そうとしていると、ふと思った。瑠璃美月。呼び方では姓を呼ぶ。瑠璃。青に分類される色彩の宝石。ならば、瑠璃色の水着を探してみようと。
色で分類されてることはないので、様々な色の水着が目を奪う。どれもこれも鮮やかで綺麗なのだが、お目当てのものはそれらではなかった。探して探して、俺は手を休めることなく次から次に水着を探した。
「……あった」
瑠璃色のハイネックが目に映る。首下からはレースで透けることなく、花柄を散らせたシンプルなデザイン。もちろん似合うと思うが、どうも明るさ面に重きを置くなら負けている。
「ん?良いのあった?」
そんな俺にタイミング良く気づくと、ちょうど持っていた水着を戻して近づく。
「瑠璃色の水着探してて、これが目に入ったから持っただけ」
「瑠璃色って、私の名字とかけたってこと?」
「そういうこと」
「なるほど!それは面白いね。結構可愛いし」
デザインなんてそんな豊富なものじゃないけれど、瑠璃とかけたことがそれほど嬉しかったのか、クルクルさせて全体を確認する。
「これにしようかな」
「ホントに?」
少し予想外だった。どうしても淡黄色のクロスホルダービキニが頭を過るから、そっちが良いと思ったから。
「夢灯くんが選んでくれたんだし、瑠璃って思い入れがあって嬉しいじゃん。それに、胸元も隠せるから、夢灯くんにはいいことなんじゃないの?」
「……否定はしないけど」
ニヤニヤとしては顔を覗く。今日はとことんイジられる。
「ははっ。正直者め。それじゃ、私はこれ買ってくるから、外に出て待ってて」
「分かった」
そうして彼女は俺の選んだ水着を片手に、その場から笑顔で会計へと向かった。スキップを踏みそうなテンションに、その雰囲気を貰って、俺も少し口角を上げた。
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