第3話 病院といったら出会い、出会いといったら病院

 「それじゃこの流れで、今から仲を深めようか」


 「勢いで押すタイプだな」


 「そうじゃないと、ノリ気じゃない君をノリ気に出来ないからさ」


 「ノリ気じゃないことはない。全然君とは仲を深めたいと今は思う。だから君の願いに応えたんだ」


 今は俄然やる気に満ち溢れている。聞いた時は、どうだっていいと思ったが、彼女の立ち向かい方に心に刺激を受けてから、それは一瞬にして砕かれた。関わりたい。誘いに応えて、思い出を作りたいと、心底思うようになった。


 一瞬だ。けれど、それでも俺の心は動いた。良心が働いて、仕方なくそう思ったとかではない。聞いて、心に何度も問うた。その結果、何回聞いても答えは「頷く」だった。


 「そうなんだ。ありがと。それなら、このままで良いね」


 「うん」


 ただ、言葉に出して確定したかった。今後、彼女の勢いに載せられて安安とどんなことでも頷かないように。流石に範囲はあるだろう。犯罪ギリギリのことに手を染めたいとは俺も思わない。そんなことをする人とは思わないが、もしものため、記憶が消える病気を万能とは思わないよう、サポートしなければ。


 「仲を深めるってことだけど、時間はそんなに無いし、1から合コンみたいなやり取りをする必要もないでしょ?だから今後の簡単な予定を言いたいと思いまーす」


 病院内には一切響かない。けど、病院内とは一切思ってないようなハイテンション。高低差が激しくないのが唯一の救いだ。ずっと同じなので、俺も同じくらいテンションを上げるか、このまま聞くだけの案山子になるかのどちらかを選べばいい。


 もちろん聞くだけの案山子を選ぶが。


 「まずは、今はもう夏。ってことは、行くべきはやっぱり海でしょ!」


 人差し指を顔の前に立て、共感を求める。


 「海……2人で?」


 共感は出来た。けど、海に行くのに2人の男女というペアなのかと疑問が生まれた。俺の海のイメージは団体か、少数でも男子だけとかのそんなもの。だから、男女1人ずつなのは結構気になるとこ。


 そんな俺に、彼女は首を傾げて答える。


 「もちろん。それ以外に何か理由があると思う?」


 「うん。友達誘ったり、家族で行ったり」


 「あーそういうこと。でもさ、私の病気を知っていて、一緒に行ってくれそうな人は君しか居ないでしょ?」


 「それは……分からないけど」


 彼女にしかそれは分からない。心を読める異能力者でもないのだから、確かなことを言っているとすらも不明瞭。まだ俺は理解が出来そうに無かった。そして浮かび上がる疑問点。


 「ねぇ、そういえばだけど、君は何で俺にだけしかその病気のことを言わないの?」


 言いにくいことは重々承知しているが、それでも親友の1人や2人、存在する彼女には、言わない理由がつかなかった。


 その俺からの問いに、彼女は再び真剣な目つきに変わり、雰囲気は変えずに言う。


 「それは、友達に申し訳ない気持ちを今から味あわせたくないからだよ。今まで紡いだ思い出が消えるって思えば、もしかしたら、これから先の未来の話をした時に、私が側にいると、記憶が消える私がいる前でこんな話して申し訳ないって思うでしょ?それに、記憶が消えて、友達ってことすらも忘れてしまったら、私が傷つけることもある。だから言わないんだ」


 「でも――」


 「分かるよ。君の言いたいこと」


 遮って止める。言われなくても、自分で知ってると、それを俺に伝えたいがために。


 「私の友達は、私の記憶が消えても友達で居てくれるって。でも、人間関係って脆くてさ。私の記憶が消えるっていうことを聞けば、もしかしたら離れていかれるかもしれない。無いと思っても、皆には記憶を共有出来る友達は私以外にも居るから、だから離れられるかもしれない。それを避けるためにも、私は言わないの。病気は人間関係を崩すことだって容易く出来る。未知の病気で治療法も知られてないって知ったら、それは更に早くなって。今からそんなの見せられたら、助かる可能性なんて捨てたくなるよ。そうならないためにも、絶対言わない」


 離れないって信じたいけど、そうすれば申し訳ないって思わせたくない気持ちが生まれる。まさに葛藤だ。離れなければ友達に気を使わせて、負い目を感じさせる。離れれば、自分自身が崩れる。病気を言うことで、デメリットしかないなら、いっそ隠して知らない俺と思い出をってことだ。


 「だからこれからの友達を作ったのか」


 「うん。私が記憶を無くすかもしれない女の子だって知った上で、1から関係を築くから、もし記憶を無くしてもそれを受け入れてくれると思うんだ」


 「……どうだろう。君を好きになれば、それは簡単じゃない」


 「大丈夫。これは仮定の話。言ったでしょ?俺のことを忘れるなって。私は君のことを忘れるつもりはないから、適当に今は頷いてくれればいい」


 とことん自分勝手の思い込みだ。だけれど――。


 「……でも……仮定の話を続けて、記憶が消えたならば、私を好きになったことを記憶が消えた私に教えてほしいな。我儘だって分かってる。けど、もしかしたらそれで記憶が戻るかもしれない。君からの刺激を私が受け止めれたら、その時はきっと――頷くから」


 これは多分、好きになれって遠回しに言っているように、俺には聞こえた。そう解釈した。記憶の蘇りには、大きな刺激が必要だと。少しでも忘れない可能性を見出して、今からでも予防線を張り抵抗しようとする。やはり彼女は最高だ。


 「なんだか、重要な任務を任されてる気がする。それに、君も俺を好きになるような未来予知をしてるようで、なんだか恥ずかしい」


 「そう?…………そうかもね。私も今、恥ずかしさが生まれてきたよ。でも、多分嘘じゃない。君はカッコいいから。いや、何より私の病気を知って尚、疑わずに頷いてくれる優しさがあるから」


 そこに惹かれるだろうと。ただの優しい人は、それだけでは好かれないというが、彼女にはそれが何よりも大切なことなのだろう。病気を受け止めて、今後協力してくれると言葉にしてもらえたこと。それが心に響いたなら、響くなら、俺は何事も、受け止めて行こうと思った。


 「まぁ、そんなことは今はいいの。仮定の話に盛り上がっただけだし。これからは、私たちの思い出作りの計画を立てていこうよ。その段階で、きっと仲良くなれるだろうし、君の好きなこと嫌いなことも知っていって、最終的に溢れんばかりの思い出を語ろうよ」


 「そんなに詰め込めるか?」


 「私に振り回されれば、乏しい思い出フォルダも、たくさん埋まると思うよ?」


 「……乏しいってのが刺さるな」


 「あはっ。勘だったけど正解だったか」


 「大正解だ」


 夏は好きだが、それは涼しいからだ。海で泳ぐとか森でキャンプとか、そういう風物詩的なものは興味はない。だから友達ともそういうとこには行かない。結果、乏しいフォルダの完成というわけだ。決してボッチの夏を過ごしたいわけではない。性格上ボッチになるだけだ。


 圧倒的インドアの俺に、アウトドアなことは賛成し難い。が、今年は張り切る必要がありそうだ。自分で頷いたらなら、死んでもその責任は果たすつもりでいる。


 「これから振り回されると思うと、やる気が更に出るというかなんというか。美少女と一緒だと、楽しめそうで良かった」


 「美少女だなんて、照れる」


 「聞き慣れてるくせに」


 「まぁね」


 今日も可愛いなんて言葉は幾らでも聞く。そんな才色兼備だから、神は罰を与えようと病気を作ったのかもしれないな。そうなら、彼女に同情してしまうが。


 「そうだ、君の誕生日を教えてもらっても?いつまで君と楽しい思い出を作れるのか知りたい」


 「いいよ。私の誕生日は12月26日。クリスマスのすぐ後」


 「約半年か……思ったよりも長くて良かった。これなら多分、思い出なんて後悔ないほど作れる」


 「本当にノリ気だね。本気で取り組んでくれそうで、今からでも涙溢れるよ」


 「はいはい。冗談が好きだな。俺も好きだけど」


 「メモメモ」


 「どうでもいいこと覚えるなよ……」


 友達には冗談を言うのが大好きだ。なんなら冗談しか言わないほど、巫山戯るのが大好きだ。友達と幸せな空間を築けるなら、俺は身を削ってでも冗談を言う。常識の範囲内で。


 誕生日を聞いた時に、スマホの操作を始め、カレンダーに彼女の名前を刻んだ。クリスマスが終わる瞬間、彼女の記憶も消える。確定ではないが、それまでに治療法が見つからなければ変えられない未来。


 「連絡先も交換しとこ。これから夏休み、水着買いに行ったり連れ回さないといけないから」


 「分かった。君とデートなんて、俺は幸せものだな」


 スマホを取り出し、簡単にSNSを交換する。手際は最近の子供らしく早い。


 「それは冗談?」


 「そう聞こえたなら、まだ俺を知れてないってことだな」


 相性なんかでは測りきれない人間関係。なんとなくだが、俺は彼女とこれから先、困ることはそんなになさそうな気がする。抜群とは言わないが、対立しない雰囲気が今から匂った。


 「じゃ、それを本気と捉えても、私をバカにしないでよ?」


 「それはお互い様だ。冗談を言い合う中で、本当を見失わないようにしないとな」


 思い出を紡ぐ時、その時を冗談で塗り潰そうとは思わない。お互い本音でその時を語り合い、その結果その景色や思いを心に留める。それらをフォルダに入れて、12月25日。彼女にそれらを伝えたい。そして誕生日を迎えてほしい。


 「なら大丈夫。私たちなら、時と場合を考えられるよ」


 「君がそう言うなら、俺も安心してそう思える」


 ――だって相性がいい気がするんだから。


 これを口に出すには、まだ俺には気持ちが足りない。出会って20分程度の女の子に対して、言える言葉でもない。いつか言える日が来るよう、俺も近づく努力はしよう。


 「っさ、私はそろそろお母さんのとこに戻らないとだから、今日はここまで。明日から何かしらの連絡が来ると思って待っててよ」


 スマホの時間を確認して思ったようだ。時間にはしっかりしてそうだから、イメージ道通りだ。


 「いつでも対応出来るように夏休みの予定を暇にしといたから、好きな時に呼んでくれ」


 「未来予知使えたんだね」


 ただの強がりだ。それにも反応してくれるのは、接しやすいタイプだと確信出来た。


 「それじゃ、また今度。今日は記念すべき私との出会い日。ありがとね、時間潰しも楽しかったよ」


 「うん。俺も。ありがとう」


 手を振って颯爽とその場を去った。夏に似合う、その元気さは流石のものだった。


 彼女の背中を見送り、俺は残り5分程度を欠伸をしながら過ごした。そして父に伝えるべきことを伝え、俺は病院という新たな出会いを築いた場所から、走って帰った。

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