第2話 病院といったら出会い、出会いといったら病院
短い髪だから、靡いても俺の肩にすら触れない。けれど、匂いは届いた。髪のではないだろうが、フローラルの優しく柔らかな、包み込んでくれそうな癒やし効果のある匂い。一瞬何かが満たされた気がした。
「本題って?」
「さっき言ったことだよ。君に伝えたいことがあるってやつ」
「告白?」
「違うよ」
可能性としてあったことを恥じらいなく聞く。別に黒歴史になるわけでもないし、誰かに言いふらすこともしないだろうから、冗談で。
「正解だと思ったけど」
「容姿に自信あるのは良いけど、私は特徴無いと揺れないよ」
「それもそうだな」
俺に何も特徴は無いと言われてるようで、傷つく心は持っている。が、至極当然のことを言われたまで。3年で関わったことない男に告白なんて、容姿だけでは流石に無理がある。
「めちゃくちゃ話を逸らされたけど、ここからは冗談無しで聞いてくれる?」
雰囲気というか、声音が変わることで空気感も変わった。真剣に聞いてほしいと、その眼差しは伝えていた。だから俺も、冗談なんてもう言おうと思わなかった。
「うん。もちろん」
「ありがと」
ニコッと笑って、その少し重くなりそうな空気を一瞬退けて、再び真剣な顔つきへ戻る。忙しいが、彼女も重い空気は好きじゃないのだと、なんとなく分かった。そしてその伝えたいことは言われる。
「君は――青年期病って知ってる?」
「……青年期病?」
「うん。世間一般で知られる青年期に起こる、未だに治療法が見つかってない難病なんだけど」
「青年期病……いいや、初めて聞く」
「そっか。まだそんなに有名じゃないから仕方ないね」
想定内だと、知らないことに驚きの反応すらなく、その難病である青年期病という未知の病気について説明する。同時に、何故それを説明するのか、俺は確信に近いものを抱いた。
「青年期病は青年期のいつ誰が発症するか分からない未知の病気なんだけど、その病の種類は無数にあるんだよね。それで、もう薄々分かると思うけど、私もその病気に罹っちゃったんだよね」
今度はこっちの想定内だった。でも、だから驚かない、なんことはなかった。未知の病気で治療法も無い。そんな病に罹ったのなら、最悪のことが頭を過る。そう。不治の病なんて、死を連想してしまうのが普通だった。
「……なるほどね」
聞きたくなかった。正直俺は真っ先に思った。けど、俺にそれを話したということは、何かしら意味があるのだと、即座にその考えを無くした。
「ここからが何よりも大切だから、これは忘れないでいてほしい」
「分かった」
「私の青年期病の病は――18歳になった瞬間に記憶が無くなるって病」
言われた瞬間に、聞く覚悟を撃ち抜いた。易しくなかった。死に繋がらないのだと刹那、安心したのがバカだったと後悔した。
「……つまり、誕生日を迎えたら、もうその時から赤ちゃんと同じってこと……?」
「んー、少し違うかな。私の青年期病は、不必要な記憶を取り除くことらしいから、今まで学んだことで、今後必要なことは覚えたままらしい。分かりやすく言うと、言葉遣いとか足し算掛け算とかの算数なんかは覚えたままだけど、人間関係は家族以外は消えるってこと」
「友達とかとの記憶も消えるってこと?」
「うん。そういうこと」
不思議だった。どう考えても暗い話で、信じられないことを自分でも分かってて言ってるはずなのに、淡々と受け入れたように話すのが。
人間関係なんて、人それぞれだからどう思うかも様々。だけど、友人が多く、人と接することが大好きそうな彼女だからこそ、目の前で気を落とすことなく話すことが、俺には不思議でならなかった。
「……それって、結構重い病気じゃないのか?」
「そうだね。これまでの思い出が全て消えるのは、私からしたら結構ツライかな。でも、この病は治せないし、青年期病の中でもまだ易しい病だから、もう受け入れて行こうと思ったの」
嘘ではないのだと、その瞳は代弁するよう。一切の迷いなんてない。これが運命なのだと、受け止めている姿には元気を貰えるようだ。
「でね。そんな秘密を聞いたからには、君にも手伝ってほしいことがあるの!」
明るく変化した本当の姿。暗い雰囲気を吹き飛ばすほどの勢いは、ついていくのに精一杯だ。
「正確には聞かされた、だけどな」
「細かいことはいいの。とにかく、これは強制だよ。いや、強制って言わなくても、心優しい君は渋々でも手伝ってくれると思うけど」
「……まぁ、出来る範囲なら」
俺には検討もつかなかった。記憶が消える病に罹る人からの、手伝いのお願いなんて初めてで、金輪際触れることのない内容だと思った。
何を言われるか俺はその時を待った。何を言われても協力すると、何故か無意識に決められているようで、頷く準備はしていた。困る人を助けるのが俺というわけではない。でも、誰にも言わないだろう秘密のことを、俺にだけ言った。
俺なら応えてくれると期待して、信じてくれたということだろう。ならば、是が非でもそれに応えなくてはならない。強制に感じることでも、これは俺の意思で強制と変換して頷くこと。だから、強制だって関係ない。
出来る範囲じゃなくても、頷こう。
今度は緩くない。ガチガチに固めた覚悟の念。それを胸に発せられる言葉を、俺は静かに待っていた。
「待ってました。お手伝いの内容は、私と18歳までの思い出作りに付き合うことです!」
「……え?どういうこと?」
元気に押されたが、理解しようとしても無理だった。だって記憶が消えるというのに、何故思い出を作ろうというのか分からなかった。
聞き間違いかと思ったが、隣の距離で声も良く聞こえていたから、それはあり得ない。間違いなく伝えたことに、俺は未だぽかんとしていた。
「分かる分かる。君は今、なんで無意味なことするの?なんて聞きたかったでしょ?チッチッチッ、甘いね。18歳までの記憶が消えるのは可能性の話でしょ?私はそれを受け入れてても、確実に起きるとは思ってない。それに、消えるからって今から何もしないなんて、この時間が勿体ない。だから、少しでも抗う意味を込めて、私は必死に思い出を作りたいの!」
語られるそれらは、どうも心に響く。良心がしっかりとあるからではなく、1人の人間として、聳え立つ難攻不落の要塞に対して必死に対抗するその覚悟が、俺のちっぽけなその覚悟を凌駕したから。
可能性なんてただの言い逃れの道かもしれない。だけど、それでも可能性として1%でも戦う意味を残されているなら、必死にもがき続ける。それが私だと、そう解釈出来る言葉に、同い年とは思えない豪胆さを見せてもらった気がした。
「ははっ」
笑みが溢れた。その不安と恐怖に怯える姿なんて微塵も見せない彼女の意気込みが、それほどカッコよかった。立ち向かう姿勢なんて、これほど据わったことはない。尊敬の念を抱くほど、彼女の気迫は素晴らしく俺の心へ響いた。
「中々面白いな」
でも。
「でも、悪いが頷けない」
無理だった。本当に、俺は今までないくらいの覚悟を決めた。いや、つもりだったかもしれない。固く決めたと思ったが、その内容はあまりにも、俺の予想を超えた。情けないとは思うけど、こればかりは。
「なんでか聞いてもいい?」
そんな俺の答えに不満を述べることはなく、理由を知りたいのだと、俺になんの罪も載せないよう、優しく聞いた。これには嘘で答えるわけにはいかない。
「なんでって。俺は君を好きになる可能性があるからだ。君は美少女で、誰からも好かれる才色兼備として有名な女子。俺も君を見た時はドキッとした。そんな君と長い間を共にすると、自然と君に好意を持つ。そうなると、きっと苦しい思いをするはずだ」
少なくとも容姿は可愛いく、性格も優しくて親しみやすい天真爛漫な女子として、既に好感は持っている。遠目から見ているだけだが、俺は長い時間を共にしたら、好きになるとそう思った。間違いない。これは確定だと言えるほど、俺の気持ちは伝えていた。
「そっか……なんだか将来告白することを確定されてるようで、なんだか照れるね」
えへへと頭を触って照れるふりをしているが、実は落ち込んでいるのだと、今の俺には分かった。感じたのだ。申し訳ないことを言ったと、全く悪くないのに内心で思うのが。
勇気を出して言ったのに、それをへし折った。俺は最低最悪の人間だ。それは重々承知している。自己中なことで傷つけたのだと。だけれど――。
いや、いや。やっぱりどうでもいい。どうでもよくなった。俺の気持ちなんて。だって、少し考えれば彼女がどれだけの覚悟で言ったのか、それは小学生でも分かる。可能性があるなら、その道に懸けろ。その通りだ。彼女が見せたその覚悟を、無駄にしてはいけないんだ。
…………悪い……か……。
「悪い。考えたんだが、君の思い出作りを手伝ってもいいか?」
これは迷いを捨てた彼女の覚悟に対しての答えだ。
「え?いいの?」
「ああ。でも1つ条件を出させてくれ」
「何?」
「この先俺のことは忘れないことだ」
可能性を100%にして、可能性でなく絶対にしろと、俺からの遠回しの圧であり、後押し。この先があるのなら、俺は忘れられたいとは思わない。だって、好きな人に忘れられるのは、きっとツライだろうから。
「君を――夢灯くんのことを忘れないってことね。分かった。絶対に忘れない!」
力強く頷く。その意味をしっかりと理解して。
「答えたくなかったらいいんだけど、なんで手伝ってくれるように考え直したの?」
「君の覚悟を無下にはしたくなかったから。病気に罹る君が抵抗するのに、俺が可能性を見捨てたらバカバカしいだろ?だから、頷いた。それに、君を好きになっても、後悔はないと思ったから」
「なるほど。そうなんだね。なんだか、君にそう言ってもらえると、早速嬉しい気持ちを味わえた気分だよ」
「そうか?それは良かった。早速何かの助けになれたなら」
簡単に作れるとは思わないが、喜んでもらえると素直に嬉しい。彼女はきっと俺に大きな特別は求めてない。だから、重圧はない。彼女のやりたいことを後ろから厚く支えよう。それが俺の役目だ。
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