第20話 秋といったら紅葉狩り、紅葉狩りといったら秋

 騒がしい周りとは全く違う。俺たちの居る場所だけ次元が違うかのような静けさ。言われたことが、彼女との距離を言葉にしたようで、俺は思わず口を強く閉じた。それから口が開いたのは3秒後だった。


 「俺は楽しいから美月の行きたいとこに頷いてる。一緒に居て分かると思うけど、俺は美月と一緒に思い出を作り始めて、たくさん笑うようになった。それは行く場所が楽しいのもあるけど、1番は美月と一緒だから。それ以上はないよ。心配してるからって、ずっと意識の中にそれがあるわけじゃない。楽しむことは心の底から出来てる」


 嘘なんかじゃない。何回も不意に笑わされて、幸せだと思わされて、それなのに楽しめてないなんて、絶対に思えるわけがない。強がりですら思えない。いや、思いたくない。


 「……ホントに?」


 「本当だ。ずっと気にしてたのか?」


 「……うん。私だったら、我儘な私と、自分の行きたいとこばっかり連れて行かれるの嫌だもん」


 「美月はそうかもしれないけど、俺は違う。俺が心配してることで、美月にそう思わせるのは悪いな」


 「ううん」


  心配性な俺。恐怖で覆われる17歳の子供は、どしても耐えられない。だから、俺は強く心配する。嫌がられても、心配しないと自分を保てないから。


 危機感を感じるんだ。目の前で笑う少女が、一瞬にして俺のことを忘れたらどうなるのかって。それを重く捉えてしまうから、頭の中には最悪の結果が常にある。


 人間は常に最悪を考えて、そこに至らなかったら杞憂だったと胸を撫でる。でもそれは、人によって重さが違う。俺は記憶が消える彼女の最悪のパターン――今までの記憶を全て失うことを考える。


 それが少し精神的にキツいんだ。少しでも考えないようにしないと、いつか目の前で崩れそうなんだ。


 「結局、私も考え過ぎなんだと思う」


 そう言ってニコッと微笑む相好だけは、この紅葉狩りの雰囲気に似合う。


 「だからさ」


 素早く右手を出した。何を意味するか、それは俺にでも分かった。いや、正解か不明瞭だったけど、それしかないと思った。だからそっと近寄って、その無言で差し伸べられた手を握った。


 「んふふ、温かいね」


 「俺からしたら冷たいけどな」


 カイロで温めた手と、常に外の空気に晒された冷たい手。俺に伝わるはひんやりとした、彼女の中の寂しさを示したかのような感触。


 「夢灯からの、私の愛が注がれてるみたい」


 「……それの代わりに俺は冷めた気持ちを注がれてるのか?」


 「そうなるかもね」


 「それは悲しいから握るのを止める」


 でも、手は離せなかった。美月が離してくれなかったから。


 「ダーメ。私の全てを受け止めなさい」


 「ははっ。言われなくても」


 夏休み中だったら、多分言えなかった。彼女の全てを受け止めれる自信なんて微塵もなかったから。でも今は違う。変わりつつある俺の気持ちの変化。恋心を自覚して、思いに秘めた言葉。後は彼女との約束の日に伝えるだけ。そう思うと、俺は受け止めれる気がした。


 「よーし、ここからもっと紅葉狩り楽しむぞー!」


 ギュッと握り、その先へ行こうとする。元気だけは消えなくて、彼女の記憶が失われても、それは永遠と残るのか気になった。性格の一部までどこかへ行ってしまうなら、それは彼女のシンボルを失うようなもの。それだけは絶対に失わないでほしい。どうか、それだけは。


 手を引かれることはない。彼女の気にした、俺が満足してるかという不安。それが杞憂で無意味な時間だと教えるために、俺は真横に並ぶ。引っ張られない。置いて行かれないように、足並み揃えて。


 傍から見れば恋人同士に見えるだろうか。雰囲気に酔わされた人たちなら、普通に思うようにそう思うだろう。この場所に、手を繋ぐほど仲のいい男女が来てるなら、それ以外に思うことはないから。


 ゆっくりと踏みしめて、紅葉で滑らないようにと慎重に歩いてるのに、何故か進むのが早いと思う。今、幸福感は感じているけど、いつもよりも時間の経過が早い。もっとペースを落として、長い間手を通じて触れ合いたかった。


 きっと、この先彼女が目指す場所では繋げないから。


 人混みの凄さに負けず、先へ進む。目的地はおそらくジップライン。ここの紅葉狩りで有名な、全長200mほどの。上下左右、紅葉だらけの空間を一気に降りていく。その景色の良さと快感はたまらないという。


 多くの人が利用し、長蛇の列と噂されるこのジップライン。その通り、待ち時間は有名アトラクション並みだ。午後になるに連れて、陽光の差し具合で綺麗さが変わるらしく、ちょうど今はその時間帯。彼女もそれ目的で来たのだろうが、あまりの人の多さに開いた口が塞がらない状態だった。


 「すっっご。長過ぎるでしょ」


 「それだけここの景色は見る価値あるってことだろ」


 老若男女、全世代の人たちがズラッと一直線に。


 「これは暇するよね」


 もう後ろは埋まり始める。次から次に、最後尾が変わっていく。俺たちもせっかく並んだなら、時間を無駄にしたくはない。ただ待つ時間すらも濃くしたい。


 「まぁ、そのために持って来たものがあるんだけどねー」


 「え?ホントに?」


 「うんうん」


 そう言って、彼女はショルダーバッグに手を伸ばす。


 「これです……って保冷剤だった。えっと……」


 ドジなとこは初めて見る。


 「今度こそ、これです!」


 「……餅?」


 彼女が取り出したのは、使い捨てのフードパックに入った、まんまるの白色をした餅のようなもの。餅以外あり得ない見た目だ。


 「そう、餅。多分ジップラインは待つだろうと思って用意してました。保存の仕方分からなくて保冷剤を袋に詰めてたから冷たいけど」


 「何から何まで用意周到なのは流石です」


 「いえいえ、これくらいは普通ですよ。さっ、食べましょー。多分早く食べ終わって待つ時間減らす意味ないけど」


 「それでも何もしないよりは全然いいよ」


 フードパックの音がガサガサ鳴るが、周りの音とほとんど変わらない。人の声が響いていて、それに共鳴するだけ。そっとつまようじを渡される。


 「これ、手作り?」


 「そんな女子力高くないよ。市販の餅を詰めてきただけ」


 「手作り上手いねって言うつもりだったから先に聞けて良かった」


 「それ、まだ食べてない時に言われると複雑なんだけど」


 「冗談だから許してくれ」


 目を細められたので、ドキッとしてしまう。好きな人のたまに見る表情はどうしても耐えられず心臓が跳ねる。不意が多いから、その時その時でバレないかヒヤヒヤもする。


 「いただきまーす」


 「いただきます」


 申し訳ないと、フードパックは俺が持つことにした。彼女の手よりも冷たく伝わる餅の温度は、耐えられるぎりぎりで俺の手を冷やした。


 そして口の中へ運んだ餅。1度噛むと中からこしあんが溢れ出す。パンパンに詰まってたようで、大き過ぎるから、と半分で噛み切ろうとしたら、それだけ多くのあんこが溢れたくないと餅の奥を膨らませた。


 甘いものは大好きで、彼女も甘いものは大好きらしい。だからこうして味も同じ餅を持って来てくれたのだろう。俺の些細なことでも覚えてくれてるようで、口の中以外は温かくなるのを感じる。


 半分を嚥下し、残りも口の中へ運ぼうとした時、俺の隣の美少女は既に食べ終えていた。


 「え?もう食べたの?」


 「うん。んんんんんんんんんんくちのなかあるけどね


 イントネーションでなんとなく伝わる。頬をパンパンにしてまで一気に食べたかったらしい。口なんて俺よりも小さいのに、それでも一気したのは中々のチャレンジ。詰まらせないことだけが心配だ。


 「んー!んんんんつめたい


 「だろうな」


 やはりポンコツだ。可愛いからこういうのも愛おしく見えるが、友人や家族がこんなことしたら、きっと呆れて物が言えなくなる。頬をプニっと触りたい欲に駆られるが、まだ手は出ない。緊張はそれほど手を止める。


 そんな彼女を見ながら、俺は残りを食べ終える。結果では飲み込むまでなら俺が早かった。格闘している時間が長いのは俺にとっては良くても、彼女からすれば大変だったようで、飲み込んでから今、頬をナデナデしている。


 「ごちそうさま。大丈夫か?」


 「もうしない。一気に詰め込むのは良くても、冷えた餅は口の中がおかしくなるから」


 「どっちもじゃないのかよ。喉に詰まらせたら危ないから気をつけないとな」


 「うん。多分もうしないよ。歳を重ねてもやりそうだから、1回だけで終わらせとかないとね」


 餅なんて高齢者の敵だ。噛み切れずに飲み込めば、最悪救急車に運ばれてしまうことになる。彼女を見続けるならば、きっと何度注意することになるんだろうか。きっと1回も無いだろうな。


 「うぅ……冷たい……」


 「指でも舐めとけば?温かくなるかもよ」


 「夢灯の?」


 「なんでだよ」


 「私の手冷たいから」


 「それでも口の中より温かいだろ」


 すると、分かってないね、と言わんばかりに俺の手を握った。餅を取り出す時に1度離してるので、2度目なのだが、変わらず冷たかった。


 「なんで?」


 「多分保冷剤触って、その後ずっと手を出してたから」


 「マジか」


 彼女の頭の中に、手をポケットに入れるということはないのかもしれない。昔から元気で、寒さに強いからという体質でもない。さっきから寒いとはっきり聞いてるからそれは間違いない。


 「はい、またお願い」


 「片手だけ温かくしても意味あるのか?」


 「両手だったら向き合って変な人たちっぽくなるじゃん。だから妥協して片手。両手繋ぎたいだろうけど、我慢してね」


 「……はいはい」


 彼女は繋ぎたいと思ってないような言い方。若しくはそう捉えさせるために、俺の恋心を揺さぶってるか。繋ぎたいと思ってくれてるなら、きっとそれは僥倖だ。彼女は記憶を残してくれるはず。強い刺激なんてなにもないけれど。


 呆れたふりをして変わらず右手を繋ぐ。やはり彼女の方が冷たくて、柔らかく華奢な指先でも熱は微弱にしか伝わらない。


 でも、俺は温かい。彼女に熱を取られてる側だけど、触れられることが何よりも心を温めた。唯一無二の彼女にしか出来ない温め方。


 段々前に並ぶ人が少なくなる。同時に嬉しさと、手を離す寂しさが葛藤を始める。繋いだままがいいと、初々しいカップルのようなことを思いながらも、一歩ずつ進む足は止まることを知らない。


 そんなことを思っていた時だった。これこそ僥倖だと思ったのは。

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