第21話 秋といったら紅葉狩り、紅葉狩りといったら秋

 「そうだ、知ってる?ここのジップラインって、今年から2人同時に乗れるようになったらしいよ」


 「え?ホントに?」


 俺の知る限りでは、ここのジップラインは1人専用。だからそのつもりで並んでるし、気持ちも落ちていた。しかし、彼女は違うと言った。


 「ホントホント。だからこんなに進むの早いんだよ」


 「あー、言われてみれば」


 並んだ時から前に前にと進む足は、一定に進んでいた。ここに来たのは初めてだから、ここのジップラインの標準待ち時間や、前に進む早さがどれだけなのかは知らない。だけど、明らかに1人乗りにしては早かった。


 「どう?嬉しい?」


 彼女お得意の覗き込みをしながら聞いてくる。


 「嬉しいよ。寂しくジップラインに乗るよりも、2人で騒がしく乗った方が楽しいしな」


 「ホントにそれだけかな?」


 「なんだよ。何か知ってるみたいな顔して」


 「さぁーね。何を知ってるんだろうね」


 「……ったく」


 明るさも戻って来た彼女の性格も、この周りの雰囲気に酔わされたからかもしれない。俺たちを前後にして並ぶ老夫婦は、「綺麗ね」「そうだな。今年もやっぱりここが1番」なんてほっこりする会話をしている。


 若者だったら、緊張して初々しいカップルというとこを見せつけてくれるだろうか。俺たちは違うけど、似たような感覚なのは間違いない。俺は彼女のことが好きだ。だから、少なくとも俺視点は、緊張に想いを載せて上手く話せはしないだろう。


 暖かな風が吹くことはなく、ただ、前を歩く人たちの微々たる熱を風は運ぶ。寒さには慣れてしまったから、彼女に渡したダウンコートも今は必要ない。


 なんてない待ち時間。海水浴では待ち時間なんてなかったから夏祭りは待ち時間は別々にした。花火を見る時も、彼女の不安をかき消すことで精一杯。こうして初めて待ち時間を共に過ごして分かる。心の落ち着きが。


 体の不自由が無くなって、温かさが薬のように癒やしてくれる。彼女にも、そのような効果があれば、きっとその時はそっと手を差し伸べるのに。彼女の今の想いはどうなのだろう。ほんの少しだけ気になった。


 ゆっくりと彼女に視線を向ける。紅葉の色彩を反射させるかのような乳白色。何度見ても綺麗。もしかしたら、老夫婦の「綺麗ね」という言葉は彼女に向けて何じゃないかって、そう思うほどに美しい。


 そして何よりも、気づかないほどの重みだから載り続ける紅葉。それがおかしくて、1人で口角を上げていた。そして手を伸ばし、それを手に取った。


 「ん?どうしたの?」


 「頭の上にこれが」


 「あぁー、載ってたの?」


 「うん。自作自演とか言うなよ?気づかないほど感覚なかったんだな」


 「言わないよ。多分それは、私が今、夢灯のことを考えてたからだよ」


 「……いきなり何言ってるんだよ」


 「ドキッとした?だったら嬉しいんだけどな」


 「残念。何言ってるんだって気持ちが強かった」


 なんて嘘をつく。彼女も同じ気持ちなのかと、結構舞い上がったのは心の中に秘めておく。いつかは彼女にも知られることだけど、今はその時じゃない。こんな人が居るとこでそんなことを言われても、困るのは彼女だろうし。


 何よりも約束だから。


 「そっかー、まだ好きじゃないってことか」


 「いや、好きだぞ」


 「……え?」


 固まって俺を見る。握る手がピクッと驚いたのを確認した。これを良い方向に捉えられたら、きっと俺は陽キャになれていたはずだ。


 「友達として、こんなに思い出を作ってこれたんだから、それは普通だろ?」


 「……そういうことかぁー。友達として。くぅー!忘れてた」


 「それだけ俺に好かれたいってことか?」


 「んー、否定はしない。夢灯に好かれるのは嬉しいことだからね」


 「そうか。なら良かった」


 美月に恋をして正解だ。


 「逆に、夢灯は私に好かれて嬉しい?」


 「嬉しいよ。誰からも好かれる才色兼備の美月に好かれるなんて、それは選ばれし人だけだし、1番はこうして笑い合える人から好かれるのは心地良いものだからだな」


 相性抜群だから。どうしても、俺は同性同士ではこんなに楽しむことは出来ない。彼女のように天真爛漫で、どんなことにも前向きに挑戦して闘う友人は皆無だから。そもそも俺が真逆の人間で、彼女と凸凹が嵌っただけなので、この関係は奇跡だ。


 「やっぱり相性ってやつだね。お互い嬉しいって思えるの、数少ないんだろうけど、こうして揃っちゃうと可能性って低くないのかもって思ったりするよ」


 「あるよな、そういう時」


 記憶が消える可能性が99.9%なのに、残りの0.1%で助かったら、もう1度思ってくれるだろうか。そして、俺にそれを伝えてくれるだろうか。忘れずに、約束を果たしてくれるなら、きっと願わなくても来てくれるか。彼女のことだからきっと。


 「乗る時、どうやって乗る?正面向き合って?それとも横に並んで手でも繋ぐ?」


 「どんな乗り方でも美月となら楽しいからな。係員の人に任せてもいいんじなゃいか?どうせ手は繋ぐし、顔は見合うと思うし」


 「ふふっ。それもそっか」


 嬉しそうに、お互いの気持ちを共有していることを喜ぶかのように笑う。釣られて俺も微笑むような、そんな魅力がある。引き込まれて抜け出せなくなるような、名前を呼べば、話しかければ、すぐに笑顔を作ってくれるような、華奢で歳相応の笑み。


 「もうそろそろだね」


 「高いとこ苦手だから、少し怖い」


 「実は私も」


 「マジか。ホント、些細なことも似てるな」


 「だね」


 時間経過なんて早いもの。並んだ時が10分前に思える。決して無駄とは思わない並ぶ時間も、今では戻してほしいと懇願したいほどには戻りたい。


 次々と楽しそうな声が大きく聞こえてくる。それだけ俺も高さに恐怖を覚え始める。決して高すぎるほどの高さではない。ジップラインから何もなく降りても怪我はしないほどの高さ。だけれど、どうしても視点が右往左往して、その結果、横の滝や木々の隙間から見える下の光景が目を襲う。


 楽しむためにはそれも我慢する必要がある。嫌ではない。彼女とならジップラインに乗る気しかない。万が一を考えるネガティブ精神はここでも出て来る。邪魔なのに。


 そしてついに俺たちの順番が回ってきた。


 「うぅー、怖いね」


 「マジか……寒いし怖いし、良いことが少なすぎる」


 けど断然質は違う。


 「お2人で乗られますか?」


 「はい!」


 「ではこちらのヘルメットをかぶって、1番奥のジップラインに掴まってください」


 「はい!」


 係員の指示に元気良く従う。少し子供っぽくて恥ずかしさはあるけど、彼女らしくて好きだ。係員さんも笑顔で話しかけていて、彼女に仕事中の癒やしを貰っているのだと、共感をする。


 案内されて、変わらない紅葉の絨毯の上を歩く。ヌメッとした感触がして好みではないが、ジップラインの持ち手を持ち、腰に転落防止の命綱をガチガチに固めて準備を整えることで解放される。


 全長200m。和気藹々と楽しむには短い距離かもしれないが、それでも、彼女と至近距離で触れ合えるだけで、俺は十分だった。冷たい場所はなくて、彼女は心から温まってるのだとよく伝わった。


 「それでは準備は良いですか?」


 「はい!やっちゃってください!」


 「行きますよー、3、2、1、0」


 係員に押されて、ゆっくりと進み出す。


 「うおぉーーー!」


 「怖い怖い怖い。ヤバいな!落ちたらどうするんだ!!」


 「はっははは!揺らせ揺らせー!」


 揺らさないでと、意味もないのにジップラインの持ち手を強く握る。どこかに掴まってないと、落ちる恐怖に身を包まれそうで落ち着けない。


 彼女は俺の手を握りながらも、片手は持ち手を掴んでいる。一応怖いからと対策はしているようだが、それでも叫んで揺らす元気さは、高いとこが苦手な人とは思えない。


 「ふぅぅー!気持ちいい!」


 「景色よりも受ける風を楽しんでどうするんだよ」


 「ちゃんと景色も見てるよ。ほらあそこ、1箇所だけ赤が目立つ木が生えてるでしょ?あれが【幸運の紅葉】って言われるやつ!通り過ぎる時に願いを思えば叶うらしいよ!」


 顔面に吹き付ける風が、瞼を上手に開けさせない。違う色の木が生えてるのは分かるけど、綺麗には。


 「ほら、目を開けて!」


 高く、楽しんでる声が、そんな俺の瞼を全部開かせた。ピントもしっかりと合う。左側、すぐそこに通り過ぎる赤色の紅葉。俺は思わず願いを思った。


 彼女が俺を――――に、と。


 「過ぎたよ!何か願った?」


 「願った願った!」


 「ナイス!これで願い叶うよ!」


 直ぐ側にいて、声なんて聞こえてるのに大声で俺の耳を刺激する。キャッキャと騒いで兄妹のように思う俺は、恐怖に勝って、ここでも到着が遅れろと、そう懇願した。


 でもそれは時間停止でしか叶わない願い。流れるように、俺たちは1番下まで走り抜けた。その間の記憶は曖昧で、彼女の握る手と、願い事、そして笑顔と赤色を目立たせた紅葉の景色だけが確かに残っていた。


 「いやー、凄すぎたね。景色もだけど、爽快感っていうの?ブワって顔に来る風がもう、とにかく大好きだったよ」


 「そうか?風なんかよりも高さと景色と美月の怖がらせだけが記憶に残ってるぞ。特に揺らした時、あれは一生覚えてるだろうな」


 「あれは夢灯の反応が良いから仕方ない。私もあれは忘れないよ」


 「高所恐怖症の悪化だな」


 「ははっ。ごめんごめん」


 降りてから2度、目頭から溢れる涙を拭って、今3度目を拭った。楽しさは聞く必要もなく満足したようで、その笑みに嘘はなかった。


 「さっ、次は反対側の公園に行こ」


 「はいよ」


 ここは滝コースと、公園コースがあって、それぞれ色鮮やかさは似てても見え方が違うので、基本どちらも回るらしい。ならばと、それに倣って俺たちも次は公園コースへ向かう。


 降りたとこからでも見える、ジップラインの長蛇の列。増えたのがカップルなのは、さっき俺が2人乗りが可能だと知ったからか。カップルたちにも願い事が叶えばいいと思いながら、彼女の隣へ走った。


 公園まではすぐそこの横断歩道を横切る。この時期、車の通りも多いので、安全確認は万全に。


 歩行者信号が青に変わり歩き出す。隣に並ぶ人は少なくて、予想外ではあった。先を見れば人は多いというのに。俺は横断歩道を歩きながら考えた。願い事。俺は彼女のことを願ったけど、彼女は俺のことを願っただろうか。


 自分のことを願っていても、何もおかしくはないし、むしろそうであってほしいとも思う。同時に俺への願いであってほしいとも。


 少し気になったから、俺は隣の彼女へ聞く。


 「なぁ、さっきの……あれ?」


 そこに彼女の姿はなかった。手も繋いでなかったから、どこに行ったのかは不明。自分のことに集中し過ぎて忘れていた。どこかと探す。前、左右、そして後ろ。


 振り向いて安心した。まだ渡り始めて居ない彼女の姿がそこにはあった。棒立ちで下を……見ている。脱力したように、よく見てみれば彼女は固まっていた。


 その瞬間に嫌な予感が体を襲った。そして胸が苦しくなる。


 「美月……」


 呼び慣れた似合う名前。美しい月。肌がそうだと頷く綺麗な名前。俺は呼びかけず、もしかしたらを思って悲しさに胸を圧迫されて呟いた。それが聞こえたかのように彼女はハッとする。


 「……あっ、夢灯」


 渡りきった俺へ、今から渡り始める彼女。だけど。


 「待て!今はダメだ!」


 歩行者信号は既に赤色。だから呼ばなかった。もし呼べば彼女が走って来ることを知っていたから。でもそれに反するように彼女は自らの意思で走り出す。


 俺も走った。すぐ横には軽自動車が走り出していて、助けなければ美月は轢かれることが間違いなかったから。全力で走った。時間が遅く感じるほど、全力で、焦って焦って。


 「美月!!」


 俺は叫んで彼女を奥へ飛ばした。そして俺は、その反動でその場に残される。もう動けない。衝突は――確実だった。信号待ちの車じゃなかったから、勢いはそれなりにある。ダンッ!!と激しく音を立ててぶつかる。鈍痛が体を襲う。意識も朦朧とし始める。


 美月は大丈夫だっただろうか、俺はこのまま死ぬのだろうか。色んな不安が俺の体を蝕む。けれどどれも、いつものように考え込むことは出来なかった。


 瞼が落ちる。


 苦しい胸は、やがて何も感じなくなった。


 足が痛い。


 足だけが痛いと感じる。


 折れただけで済むなら、神様どうか、俺をもう少しだけ彼女の記憶に残らせてください。

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